二十二通目 感覚の違い

 六層はじっとりと暑い。気温が高いのもあるが、それ以上に湿度が高い。こういう環境はじわじわと体力を削られやすく、食べ物も傷みがちなので注意が必要だ。

 冒険者に低温を維持できる魔法陣を描いてもらえれば良いのだが、維持するには魔素が必要になる。四層までならば冒険者が砕いてしまった魔核が潤沢だが、六層となるとそうもいかない。到達している冒険者の数が少ないのと、冒険者の練度が高いので魔核を砕くことがなく、ロスが出ないからだ。

「冒険者に頼んでみるか」

 言葉とは裏腹に、ナビンの表情は曇っている。六層の魔物はまだまだ希少価価値が高い。魔核も売れば良い金になるだろう。それをくれと言って快く差し出してくれる冒険者はいないだろう。彼らはまさに命懸けなのだ。

「ぼくが調達することはできないかな」

「戦うって? それこそ無理だ」

 そうだろうなと思いながら、チラと過ぎるのはナクタたちだ。彼らに頼めば何とかなるのではないか、という淡い期待が浮かぶ。彼らは金にはそれほど興味がないようだったので、頼めば融通してくれそうに思えた。しかし、交換として差し出せるものが何もないのが問題だ。

 食の安全のため、という理由で納得してくれれば良いのだが、そうはいかないのが冒険者だったりする。食品の管理はおまえたちの仕事だろうと、聞く耳を持ってくれない場合もあるのだ。そんなことを言われてもと思うが、道理が通らない相手の場合はどうにもならない。いっそ早々に食中毒にしてしまうほうが話が早かったりもする。

「聞いてみるだけ、聞いてみます」

 想像しているだけでは何も進まないし、諦めもつかない。ナビンに断りを入れて持ち場を離れ、ナクタを探しに出かけた。

 タシサの中には、所狭しとテントが並んでいる。長期滞在予定のリュマはテントを張って居心地を整えるのが一般的だ。六層に滞在するリュマともなれば、テントの色も揃いのものになっている。一度覚えれば見分けやすいだろう。

 ナクタたちのテントはどれだろうかと歩いているとデラフに行き合った。

「お話があるのですが、大丈夫ですか?」

「おお、なんだなんだ。どういった話だ?」

「魔核のことを、相談したいです」

 そういってもピンとこないようで、デラフは言葉の続きを待っているようだ。

「食品を守りたいので、ダメな魔核をもらいたいです」

「食品? なんだかわからないが、魔核が欲しいんだな?」

 首を傾げながらも腰に下げた袋を外し「どれぐらい必要なんだ?」と言って、袋から一掴み取り出したのは、傷ひとつない魔核だった。

「いえ、キレイじゃないのでいいんです」

「汚い魔核なんて持ってないぞ」

 そんなものあるのかと、デラフは小首を傾げる。清潔か不潔かの話をしているのではなく、品質の良し悪しの話をしたいのだが、適切な言葉が思いつかない。もどかしく思っていると、デラフはぼくの手を掴み、革袋を乗せた。

「なんだかわからんが、これだけあれば目当てのものもあるだろう」

「そういうことではなくて、ですね」

「無いようなら取ってきてやるぞ。汚いのがどういうのかはわからないが」

 頼もしい言葉であるが、意味が通じていないのが悔やまれる。それよりも、渡された革袋を返さなくてはいけない。こんなにたくさんの欠けのない魔核など、勿体無くて使えない。

「シュゴパ・デラフ。ありがとう、嬉しいです。でも、これは大丈夫です」

「いいのか? 魔核が必要なんだろう?」

「そうです。けど、これはキレイです」

「これは代わりにならないのか?」

 何故だか不安げな様子になっていくデラフに、何といったものかと、こちらも真剣に困ってきた。代わりになるどころか贅沢この上ないのだが、だからこそ使えないというのはどうやったら伝わるのだろうか。

「ちょっと、邪魔なんだけど」

「おお、ウィスクよ。いいところに来た。汚い魔核を持っていないか?」

「汚い魔核? 何それ?」

 装備を外した楽な格好で現れたウィスクは、スラリとした美少年という言葉がものの見事に当てはまる。淡い黄緑色をした光沢のある柔らかな布が印象を変えていて、デラフがいなかったら気づかなかったかもしれい。

「食品を守りたいので、ダメな魔核が欲しいんです」

 デラフに言って通じなかった文言を口にするが、それしか言い回しがわからないのだから仕方がない。

「ああ。汚い、じゃなくて、質の悪いってこと」

 理解したように頷いて「じゃあ、行こうか」と言い出した。

「行こうって、どこに?」

「温度を保つ魔法陣、描けるの?」

「描けないです」

「だったら、オレが行ったほうが早いでしょ」

 一言で全てを理解したらしいウィスクに、ぼくは感動してしまった。ぼくの言葉が拙いのが悪いのは百も承知だが、デラフとの不毛なやりとりは何だったのかと思ってしまうぐらいに、理解速度が早すぎる。

「ここ、暑くてやんなるよねぇ」

 歩き出したウィスクに慌ててついていく。何故かデラフもついてきていて、不思議に思うと同時に、まだ革袋を返していないことに気がついた。

「シュゴパ・デラフ、これ、お返しします」

 歩きながら差し出すが、デラフぼくの顔をチラと見ただけで、受け取らなかった。何故なのだと思いながらも、ウィスクだけを行かせるわけにはいかず、炊事場についてから返すことに決めた。

「ナビン、戻った、けど」

「おかえり、って、チャ」

 チャムキリと言いかけて、慌てて言葉を飲み込んだナビンは、どういうことだと視線で尋ねてきた。

「魔法陣描いてくれるって」

 聞きたいのはふたりもやってきた理由だろうけれど、それはぼくにもわからないので説明はできない。ナビンは、通りやすいように道を作り、失礼にならないように少し腰を落とした。

「もしかして、ここで寝るの?」

「はい。調理が終わったら、ここに」

 何故か不機嫌そうなウィスクに、まずいことだったろうかと視線をナビンに向ける。ナビンはチャムキリの言葉はわからないようで、首を傾げたのち横に振った。

「衛生面悪すぎるでしょ」

「あ、ニーリアスはこっちの奥のほうで、安全です」

 そういうことかと思ったが、そういうことでも無いらしい。ウィスクは大きなため息をつき、デラフに「ナクタ連れてきて」と行った。

「どうした?」

 不穏な雰囲気に不安になったらしいナビンが訊いてくるが、ぼくにもよくわからなかった。衛生面が気になっていることはわかるが、寝る場所と食料が近いと不衛生なのだろうか。

「食料と寝る場所を遠くしないとダメみたい」

「遠くといっても、場所が無いしな」

「じゃあ、食料を一番奥にして、水場のほうを寝床にしようか」

 地面が濡れやすいので注意が必要だが、防水布は持ってきているし、食料との距離はできるから問題は解決するのではないだろうか。

「連れてきたぞ」

「あれ? ソウもいたんだ?」

 デラフの後ろから顔を出したナクタが、ぼくに気づいて笑顔を見せる。ぼくはナビンの隣に立ち、彼らの会話を伝えつつ、指示があればすぐに動けるようにと考えた。

「彼らさ、ここに寝るっていうんだよ。流石にどうかと思うワケ」

「ここに? ここって炊事場だろ?」

 やはり、食料と近いことが問題のようだ。ぼくはナビンに頷いて、口を開いた。

「食料を奥にして、ぼくらが水場の近くでどうですか?」

「ダメに決まってるでしょ」

 ウィスクはぼくの提案を即座に否定して、腕を組んだ。

「あのねえ、こんなドロドロしたところで寝るとか、ありえないから」

「ウィスクの言うとおりだ。せめて、寝る場所は高さを変えたほうがいい」

「なるほど! それでオレを呼んだんだな!」

 理解できずにいるぼくらを他所に、三人は周囲を見ながらあれこれと話し合っている。

 不安げなナビンになんと説明したものかと考えていると、寝ようとしていた場所の地面が盛り上がった。そして見る間に、二段ベッドが二台並んだような形に整えられ、炊事場とは指の長さ分ほど高低差がついた。

「これなら多少はマシ」

 納得がいったように頷いたウィスクは、続いて食料棚を作りあげ、温度管理の他に、鮮度維持の魔法陣まで描いてくれた。

「魔核なんて、欲しいだけあげるから、ケチらないでよね」

 そう言って、魔核を適宜補充できる装置まで作って、デラフの革袋の中身を全部入れてしまうと、三人とも満足げに頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る