十七通目 秘密の暴露

「先を急ぎましょう」

 重苦しい雰囲気に耐えかねて、ぼくは目的を達成することを提案した。こんなところで頭を抱えていたところで、何ひとつ解決しないのだから、目の前にあるわかりやすいゴールに到達するのが最適に思えた。

「それはそうだが」

 ニーリアスが物言いたげな視線をぼくに向ける。態度から感じられる憐れみには、単なる同情だけでなく、愚かさを悲しむ色があった。井の中の蛙であるから、世界を知ることがなく、己の不当な待遇にすら気づかない愚かさを、広く高い視点を持つニーリアスは感じるのだろう。その心境は、わからないではない。

「今は仕事をするのが最適でしょう。ここで頭を抱えていても埒があかない」

「おまえさんの言うことは正しいんだが」

 そこで言葉を切ったニーリアスは、大きくため息をつくとナクタに視線を向けた。

「あんた、王家に繋がるお人でしょ?」

 その一言に、ナクタ以外のリュマ全員の意識が警戒色に染まったのがわかった。向けられる気配が、今までとは全く異なる。

「どうしてそう思う?」

 デラフの問いに、ニーリアスは肩をすくめた。

「どうしても何も、瞳の色がその証でしょうに」

 思わずナクタの顔を見るが、揺れる光球では、瞳の色まで確認できなかった。わかるのは、暗色であるということぐらいだ。

「それに、ここまでの道中、一度も戦っていない。であるのに、リュマをまとめ上げているのは間違いなくナクタだ」

「支援役ではなく?」

「王家にだけ伝わる能力があるんだ」

「そこまでだ!」

 ピュリスの剣先がニーリアスに向けられる。ニーリアスは慌てることなく、両手を開いて相手に見せることで、武器になるものは何も持っていないと示しているようだった。剣呑な雰囲気の中、ナクタだけがいつもと変わらぬ雰囲気で、少し困ったような顔をしていた。

「よくわかったなぁ」

「リューネ!」

「その呼び方はやめてくれて言ってるだろ、ピュリス」

 鋭い声に臆することなく、ナクタはただただ困ったという顔で、ピュリスとニーリアスを交互に見やり、そしてぼくに視線を定めた。

「何も言わずにすまない」

 深々と頭を下げられ「いや、別に」というのが精一杯だった。

 正直なところ、狭い範囲でしか生きていないので、この世界における「王族」と呼ばれる存在が人々にとってどういう存在であるのか全くわからず、平民として相応しい態度というのもが全くわからなかった。

 前世であっても、王という存在は歴史や物語の中のものであったし、自分の生活に直接関係したことないので、どれぐらいの距離感で、どのような態度を示すのが妥当なのかわからない。

「ナクタがなんであれ、ぼくには関係ないです」

 ぼくの返しに、ナクタは情けなく笑い、ニーリアスが再びため息をついたのがわかった。あまり宜しい言葉ではなかったようだ。

「関係ないと言われても仕方がない。間違った治世を正すのが王家の勤めだというのに、オレは何も気づかず過ごしていた。己の不勉強さを恥じるよ」

 言いたいことが正しく伝わらなかったようで、ナクタは深い反省の弁を述べる。

「とは言ってもさー。ナクタはお忍びで冒険者やってるようなものだし? 何かできるわけでもなくない?」

 忍んで冒険者などやっていて良いものなのだろうか。今朝、『戻らずの通路』に入っていったという話を聞いたばかりだが、そんな危険なことを王家に繋がりを持つ人物がやっているのはおかしいのではなかろうか。

「本当に、王家の人ですか?」

「一応そういうことになってるけど、繋がりはかなり遠いよ。大体、近年召喚された聖女様だって、今から四百年前のことだからね」

 急に絵空事のような言葉が飛び出してきて、自分の耳を疑った。召喚された聖女、だなんて、まるで前世でよく見た異世界移転のファンタジーだ。ぼくが知らないだけで、そういった話がこちらでも流行しているのだろうか。「前世持ち」がそれなりにいることが判明しているので、彼らがそういった娯楽を広めているのかもしれないが、だとして、今の会話で出てくるには少々おかしな感じはする。

「召喚された聖女様、とはなんですか?」

「それも知らないのか」

 デラフの率直な驚きを示したが、次の瞬間ピュリスに足を踏まれていた。デリカシーに欠けるということだろう。ぼくとしては全く構わないのだが。

「王家の成り立ち、というのかな。それが書かれた聖典に記されていることなんだけど、――その昔、まだこういった社会が成り立っていない頃、世界は魔物で溢れ、人々は絶滅の淵にいた。人類最後の街といわれたネルヴィアで、ひとりの男が、魔物を討つと立ち上がるんだ。彼は街を出て、仲間と共に魔物の王に立ち向かうのだけれど、次々に仲間たちは斃れ、片手で数えるだけの人数になってしまう。これではもう無理ではないか、と思われたその時、聖女が現れて、男を救うんだ」

「救う?」

「そう。不老不死を男に与え、魔物の王に勝利した。そしてふたりは最初の王と王妃になり、それから後に生まれる人々には男と女という性別ができた、と記されている」

 よくあるファンタジーと神話が融合したもののように思えるが、王政の正当性を示す物語として、聖典という形で広められたのだろうと想像できる。前世であれば眉唾物の話として聞き流されただろうが、こちらではそれが正史として伝わっているということなのだろうか。

「それが、四百年前のことなのですか?」

「いやいや、聖典が作られたのは、今から一万年前だといわれているし、聖女様だってその後も、何人か降臨されているよ」

 一万年前という途方もない数に眩暈を覚える。一万年も前から人類が存在し、文明が栄えてきたというのだろうか。

 ぼくが前世で生きていた時代から一万年前というと確か、縄文時代だったような気がする。縄文時代といえば、縄文土器が有名だが、定住化してきた頃とされ、植物の栽培が始まった頃ではなかったか。文化らしいものが始まったばかりと考えて間違いないだろう。世界的宗教であるキリスト教の誕生を、西暦の紀元としているのだからそういったものが誕生して二千年といったあたりの文化で、ぼくは生きていた。

 と考えると、一万年前に宗教的紀元が作られているこちらの世界は、ぼくが生きていた時代よりも成熟度合いが高いと考えられるのではないだろうか。まして、「前世持ち」というイレギュラーな存在によって、文化レベルが一気に躍進するという裏技を持っているのだから、世界の動きは凄まじいものであってもおかしくない。

 というのに、どうにも発展しているように感じないのは、辺境の地にいるからなのか、魔物という存在があるからなのか、魔法によって科学的発展が阻害されているからなのか、王政という社会制度に問題があるからなのか――考えるのを止めたくなった。

「ええと、王様は不老不死だとしたら、今も生きてるのですか?」

「いいや。王は、王妃が隠れると寿命が尽きる運命なんだ」

「では、王様と王妃様は今は不在なのですか?」

「いや、どちらも存命だ。けど、そろそろ代替わりだろうと噂されているね」

 それは、聖女の寿命が四百年で尽きる、という意味なのだろうか。召喚と聞くと、ぼくが前世でいた場所から喚ぶものだと考えてしまうが、別にそうとは決まっていない。他のどこか、前世のぼくも知りはしない世界から、長命種族が喚ばれることもあるだろう。そう考えられるぐらいには、ぼくの脳は柔らかい。

「さっき、ニーリアスが言おうとしたことだと思うけど、王家に繋がる者には他の人たちには顕現しない能力というのがあるんだ。ひとつは治癒能力」

 ピュリスが咳払いをして言葉を止めようとするが、ナクタは肩をすくめただけだった。デラフは諦めたように姿勢を崩し、ウィスクは光球で遊んでいる。ニーリアスとぼくだけがナクタの話の続きを待っていた。

「治癒能力は王家に連なる者は全員持っているといわれているもので、最低でも怪我を治すことはできる。オレができるのは、傷を塞ぎ、病を遠ざけることぐらいだ」

 それでも十分とんでもない能力だと思うが、「ぐらい」ということは、もっととんでもない能力を持っている人もいるということなのだろう。例えば、蘇生とか。

「それと、もうひとつ――これは、全員が持っているわけではないんだが」

「リューネ、いい加減にしておけよ」

 今まで以上に冷ややかな声でピュリスが制する。流石のナクタも視線を彼女に向けた。

「おまえたちも。あまり知りすぎると碌なことにならないぞ」

 凍えそうな声色と、刺すような眼差しに、容赦というものは全くなかった。単なる脅しというわけではなさそうだ。

「ナクタ。今は、これ以上聞かなくていい」

 ぼくとしてはあまり深入りしたくはない。人生は複雑さを増すと、呼吸をしにくくなるものだ。ナクタが全てを吐き出したいという気持ちはわからないではないが、知ってしまえば、本当に碌なことはないのだろう。

「ニーリアスは知りたいなら聞けばいいと思うけど」

 水を向けると、ニーリアスは苦い顔で首を振った。

「俺だって、もうちょっと長生きしていたいからな」

 ナクタはがっかりしたようだが、他の三人の気配が穏やかなものになる。ぼくの選択は正しかったようだ。

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