十三通目 共有されることのないもの

 潜行隊が用意した拠点内は、地上の太陽の動きが再現されている。目を覚ました時の明るさに、ここはどこだと考えてしまった。魔導具によって再現されているらしいが、常時起動していなくてはならないので、魔核の消費が激しいと聞く。一般流通していない魔導具は高価であるし、ミヒルの実では賄えないほど消費が激しいらしい。そんな高級品を全ての拠点に設置するなんて、流石はセルセオ・ダットンの遠征隊だ。

 地下に長くいる冒険者は、心身のバランスを崩しやすいといわれている。なんだかんだで太陽の動きが身体に作用しているのだろう。そのため、上級リュマは太陽の動きを感じられる魔導具を持っていると聞く。

「おお、朝か。おはようさん」

 ぼくが寝袋を片付けていると、ニーリアスが目を覚ました。拠点の明るさに反応してしまうのは同じようだ。

 洗面に行くと断りを入れて荷物から離れた。歩荷にとって、荷物は自分の命よりも大切なものだ。不特定多数が出入りする場所では、信頼できる人に任せなければ、荷物から離れることはできない。今回の潜行では、全員が仲間のようなものだからそれほど神経質にならなくても大丈夫ではあるが、習性がすっかり染み付いている。

 必要な身支度を終えて荷物に戻る。入れ替わりでニーリアスが身支度に行った。

 帰りにもらってきた水でツォモ茶を作る。リュマの面々に大人気となったので、朝にも用意すると約束したのだ。茶を用意する側で、ダクパを作る。板に手のひらぐらいの葉を置いて伸ばし、それをクルクルと筒状に丸めるだけだ。葉は生すぎても乾燥しすぎてもダメで、丁度良いタイミングを見計らって作らねばならない。ヤニの多い葉なので、それだけでくっついて筒状を維持してくれる。

 ダクパは魔物除け効果があり、タバコのように使う。タバコと同じように嗜好品にする人もいるが、ぼくは吸い込まずに、ふかして使っている。独特な匂いがあまり好きではないし、前世での喫煙者の肺の画像を思い出すからだ。

 そうしているうちに、リュマの面々が目を覚ました。最初に起きたのは、意外なことにナクタで、寝ぼけ眼で鼻をひくつかせると、ぼくのほうを向いた。

「おはよう。ツォモ茶作ってる?」

 さっきのはツォモ茶の匂いに反応したようだ。ぼくは頷いて、寝起きの一杯を差し出した。

「ありがとう。それは、何?」

 茶を啜りながら指さしたのはダクパだ。ナクタたちのような先鋭冒険者が知らないとも思えないが、この土地ならではのものなのかもしれない。

「ダクパです。魔除けに使います」

「どんな風に?」

「火をつけて、吸います」

 動作をして見せると、納得したように二、三度頷いた。

「へえ、あれって中身葉っぱだったんだ」

 知らないわけではないらしいが、どうやら形状が違うようだ。中身ということは、紙タバコのような感じなのだろうかと想像する。ぼくが作っているものは、葉巻ということになる。

「あんまり使わないから気づかなかったな」

 上級冒険者ともなれば、ダクパを使って除けるなんてことをしなくても、難なく突破できるものなのだろうか。生返事のような相槌を打ったぼくの様子に気づいたナクタは、自分の荷物を漁って薄手の手袋を取り出した。

「魔法があるんだよ」

 指先を軽く舐め、その指で手袋の上に何かを描くように動かした。始まりと同じ位置に指が戻ると、シャボンのような色に図形が浮かび上がってくる。

「これを持っていれば、今日一日は大丈夫だよ。お茶のお礼にどうぞ」

 そう言って、ぼくの手に手袋を渡してきた。ナクタの手を離れても、図形はくっきりと残り、手袋を捻ってみても消えてしまうことはなかった。魔法とは便利なものだ。この魔法が使えれば、ダクパ分の重さや容量が空き、他の何かを運ぶことができるのだから。ぼくは礼を言って、荷物の一番上に手袋を仕舞った。

「今日は六層まで行きますか?」

「行けると思うよ」

 言いながら、ナクタは地面に図を描き始めた。

「六層は降下地点が近いから、突っ切るだけならあっという間なんだけど、ちょっと暑くて嫌になるんだ。ここが、手前の拠点で、ここが奥の拠点」

 描いていたのは六層の見取り図だったようだ。書き始めた場所に四角を描き、そのままグネグネとした線に沿って進んだ先に同じような四角を描いた。

「五層からの降下地点はこの通路の途中にあるから、手前と奥、どっちに行くかで進む方向が変わるんだけど、ソウはどっちなの?」

「多分、手前です」

 降下地点からそれぞれの拠点までは、反対方向に進むことになるが、手前の地点の方が距離が短い。図から察するに、降下地点から近い場所に手頃なタシサがなかったので、行き止まりになっている場所に拠点を作ったのだろう。

 直線上に降下地点が二箇所ある、通過するだけなら楽な階層に見えるが、六層の測量が終わったという話は聞かないので、階層としてはもっと広いのだろう。

「ナクタは六層を探索してるんです?」

「してるよ。こっち側が複雑でね、まやかし回廊があったりして、面倒なんだよね」

「まやかし回廊?」

「同じところをぐるぐる歩かされるんだ。こういう仕掛けは、他の魔窟でもあるんだけど、すごく、面倒臭い。法則性を見つければ、あとは手順に従えばいいんだけど、それを見つけるまでが、とんでもなく面倒臭い」

 面倒臭いと二度もいうことは、よっぽど面倒臭いのだろう。

「法則は見つけた?」

「まだ。今のところ、デラフの鼻だけが頼り」

 鼻とはどういうことだと首を傾げると、デラフは嗅覚が鋭いのだと教えてくれた。

「デラフによると、まやかし回廊に入った場所と出る場所ではちょっとだけ匂いが違うらしい。オレには全然わからんから、それぐらい微妙な違いなんだと思う。匂いの変わり目で、魔法か薬かで気付けすると、回廊から抜けられるっていうのはわかった」

 そういう仕組みもあるのかと頷いて聞いていたが、そこで不穏な疑問がわいた。

「その情報は、出回っているんですか?」

「どうだろうな? オレたちが六層に入る頃には、共有はされてなかったな。サンガには『戻らずの通路有り』とは書いてあったけど」

「もしかして、その『戻らずの通路』に入ったってこと?」

「そこはまやかし回廊だった、ってこと」

 ナクタは笑顔を輝かせているが、笑い事ではない。『戻らずの通路』というのは、三層にもある。文字通りの場所で、その通路に入っていったリュマは戻ってこないのだ。その先がどうなっているのか、知っている者はいないと言われている。浅層なので、場所は特定されていて、立ち入り禁止の表示もされているので、今では新人冒険者がうっかり入り込むようなことがないようになっている。

 そんな危険な箇所に、彼らは自ら踏み込んで行った、ということだ。

 話を聞くに、デラフの嗅覚が優れていなければ、彼らは未だにその通路を彷徨っていた可能性もある。命がいくつあっても足りないような行動を、ナクタたちはやってしまうのだということに、背中がぞわりとした。

「危険な場所なのに、よく入る」

「危険を冒すのが冒険者だからなあ。危ないと言われて引き返せるほど利口じゃないんだ。危機感よりも好奇心が勝ってしまう。とはいえ、多少の常識はあるから、この潜行隊に参加している間は大人しくしているつもりだから、安心して欲しい」

 話している最中に、ぼくたちの立場を思い出したようで、後半は言い訳のようになっていた。それでも「つもり」と言うのだから、信用ならないし、本当に常識があるのかは怪しい。

 ナクタが好奇心が強いのはわかってきたが、他の面々も同じとは意外だった。ウィスクあたりは大反対しそうなものだと思うが、そうでもないのだろうか。四人とも、生まれが良さそうに思うのだが、命知らずな行動を選ぶ大胆さは、どこから生まれてくるのだろう。

「今回の潜行隊が解散したら、他の魔窟に?」

「いや、ラクシャスコ・ガルブが踏破されるまでいるつもりだよ。踏破されるまで、というか、オレたちが踏破するつもりだけど。全部の通路を開拓したいなぁ」

 目を輝かせるナクタを見て、ぼくは考えを改めた。今までは、最終層で階層主を倒せば、魔窟を踏破したことになるのだと思っていたが、ナクタにとっては全ての通路を開拓したら踏破ということになるようだ。

 考えてみれば、わざわざ測量を行っているのだ。先に進むだけならば、直線ルートだけを開拓していけばいい。なのに調べ尽くすということは、ナクタのような考え方の冒険者も少なくないということなのだろう。

 冒険者と一口にいっても色んな考え方があるものだと、改めて感じる。ナクタたちのように全てを網羅しようとするリュマがあれば、先へと急ぐリュマもある。生活のために魔物を狩るリュマもあれば、戻らない冒険者探しを請け負うリュマもある。それぞれにそれぞれの考え方があって、リュマという組織を作っている。

 そしてそれは、ぼくたちにはほとんど共有されない。ぼくたちは仕事内容を見て、請け負うかどうか決めるだけだし、酷い時には何も聞かされずに契約させられることもある。姉のように、リュマの一員にならないかと誘いを受けることは極稀だ。

 チリリッと胸のあたりが焼けるように痛むのは、きっと魔窟に長くいるせいだ。知らずのうちに、精神のバランスが狂ってきているんだろう。地上に出て、しばらくすれば、この痛みも消えてなくなるだろう。

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