十二通目 気の持ち様

 チャムキリたちは、故郷の話をするのを好む。どんな土地に生まれ、どんな経験を経て冒険者になるに至ったのか。好きな食べ物から初恋の話から、好きな人の話など、自分史を語りたがる。明日をも知れない稼業である彼らは、生きた証を覚えていて貰いたいと願うのかも知れない。ナクタたちも例外ではなく、故郷の話をしてくれた。

 見知らぬ土地の話を聞くのは好きだ。文明のほどを知れるのと、ぼくの知る範囲以外にも世界が広がっていることがわかるからだ。

 ぼくは心のどこかで、ゲームのような作られた世界にいるのではないかと思っているのだと思う。自分が行動する範囲はハリボテで囲われ、それより先には何もないのではないかと考えてしまう。飢えに苦しんでも、死ぬような体験をしても、どこかに消え去れない疑念として残っているのだと思う。


 早めの夕食だったため、寝るにはたっぷりと時間があった。タシサから出るわけにはいかないので、やれることは多くない。ぼくは服や靴の修繕をしながら、ナクタたちの話を聞いていた。彼らも武器や防具などの手入れをしている。ニーリアスはストレッチをしていた。

「グムナーガ・バガールにはいつからいるんです?」

「ひと月前ぐらいだったか?」

「そうだな。私とデラフは山の麓で野営して過ごしてたんだ」

「オレはサンガでラクシャスコ・ガルブの情報収集してながら観光してたな」

 ニーリアスの質問に、彼らが答え始める。思ったよりも早くからグムナーガ・バガールに入っていたようだ。

「ラクシャスコ・ガルブに入ったのはいつですか?」

「半月ぐらい前だ。最初の二日は三層までを何度も巡ってな。こいつは、なかなか面白い魔窟だと思ったね」

「この潜行隊のために来たのですか?」

「潜行隊はモノのついでというやつだな。話が来たのが『アムフェイトン』の最深層調査が終わったところだったんだ」

 アムフェイトンというのがどこにあるのかはわからないが、魔窟だということはわかった。その最深層の調査に参加するほどの実力があるということも同時に理解し、ぼくは驚くとともに深く納得した。魔窟の最深層の調査ができるだけの実力があるのならば、半月でラクシャスコ・ガルブの六層を難なく歩けるのも理解できる。

「アムフェイトンは何層でしたか?」

「十四層だ。厄介なのが十層から十二層までが海の中でな。そこを制覇するのが難儀だったなぁ」

 デラフが顎を撫でながら懐かしむように言う。難儀したという割には表情は楽しげで、有意義なモノであったことを伺わせる。冒険者としての適性は、こういうところに出るのだろうと、ぼくは考えている。普通の人なら無理の一言で終わらせるところを、どうにかして進み、その苦労を楽しかったと笑える神経がなければ、とてもじゃないがやっていけない。

 ぼくが今まで関わったことがある冒険者で、成功しているのは慎重に楽しめるヤツばかりだ。楽しむだけでも命を落とすし、慎重だけならそもそも冒険者になろうなどと思わない。冒険者は金になると言われているが、金なんてものは使うあてがあってのものだ。死んでしまったら意味がない。最初の動機が金だとしても、それだけで続けられるほど楽な道ではない。自分の死を自覚することもあるし、仲間の死を目撃することもある。それでも折れずに、また魔窟へと足を向けられる精神構造の持ち主で無ければ、続くことはない。

 ぼくは胸中に蠢く様々な思いをそうっと吐き出して、茶を用意するために炊事場に水を貰いに行った。ほんの少しでいいから、ひとりになりたかったのだ。

 リュマの人たちも、ニーリアスも、好きで魔窟に入っていると胸を張って言えることが、少しばかり羨ましかった。兄たちのように地上で荷運びをすることもできたのに、魔窟を選んだのはぼく自身だ。そこれは間違いない。でも、荷運びがしたかったわけではない。それしかないから、そうしている。ぼくにも子どもじみた憧れみたいなものはあって、それはまさにナクタたちのような冒険者になることだった。魔窟を選んだのも、何かのきっかけで冒険者になれるかも知れないと甘い夢を抱いていたからだ。けれど、そんなきっかけは巡ってこず、こうして今日も荷物を運んでいる。冒険者の足手纏いにならないようにするのが精一杯だ。

 前世で読んでいた漫画のように、転生したら不思議な力を得て活躍できるなんてことは思っていないが、すり潰されるような人生だなと感じることは多い。それは、ぼく自身の経験だけではなく、ケルツェやナムツェの大人たちが過ごした歴史がそう感じさせるのだということも、気づいている。

 この辺りの有名人といえばタバナ・ダウで、彼はもちろん憧れであるけれど、タバナ・ダウが頂点なのだと思うと、その天井の低さにゾッとする。ナクタたちのように、他の魔窟を制圧して他の魔窟に移動するような、そんな華々しさはない。誰よりも運がいい男が、ぼくたちの出世頭なのだ。そして、ぼくの姉からすれば、そんなぼくですら可能性が多くて良いと羨むような状況だ。煮詰まりすぎてドロドロで、よくわからないそいつに足を取られて這い上がる意欲すら奪われる。軽やかなチャムキリを見ていると、泥濘の底にいることを思い知らされて、勝手に辛くなる。


 炊事場で声をかけると、同郷のバルコが対応してくれた。ぼくの二番目の兄と同じ歳で、最近結婚したばかりだったはずだ。

「ドゥケ、調子はどうだ?」

 問いかけに、ぼくは「悪くないよ」と努めて普通に返した。バルコの表情に罪悪感めいたものを感じたからだ。結婚していなければ、バルコが六層になるのは確実だった。ぼくよりも経験が長く、六層にも何度か入っていると聞いている。自身の結婚によって経験の浅いぼくが六層担当になったのだと思っているのだろう。

 実際バルコが結婚していなければ六層担当になっただろうし、それを回避するために結婚したのだろうとも言われている。バルコは悪い奴ではないが、夢想家で大口を叩くくせに、気が小さくて小狡いところがある、というのが仲間たちの間での評判だ。

「六層まであの人たちと行くのか? 強いのか?」

「強いよ。何も問題ない」

 チラチラとぼくとリュマに視線をやる様子には、やましさが滲み出している。本当に気が小さいのだろう。こんなに気にするぐらいなら、結婚などせずに、きちんと結果を残した方が気が楽だろうにと思ってしまう。

「そうか、強いか、なら、安心だな。水でいいのか? 湯もあるぞ」

「ツォモ茶を飲むから、水がいい」

「そうか、そうだな。ツォモには水がいい。待ってろ、すぐに持ってくる」

 いそいそと水瓶に近づき、すぐにとって返してきた。水の満ちた瓶と一緒に魔核の欠片も手渡してくる。詫びのつもりなのかもしれないが、直接何を言うでもないのでこちらの受け取り次第にしているところも卑怯に感じる。そう感じるのは先入観のせいなのかも知れないと、ぼくは気にしないことにした。言葉にされていない意味を受け取らずにいるのが気楽に生きる秘訣だ。

「気をつけろよ」

「ドゥケ」

 言葉に嘘はないだろう。ぼくが死んだりしたら寝覚が悪いと感じるぐらいの小者なのだ。そして、すぐに忘れるぐらいの小狡さがあるから、バルコはこうして生きている。彼なりの処世術というものだ。あまり、合っている生き方とも思えないが。

 リュマの輪に戻ろうとして、ニーリアスがじっと見ているのに気づいた。バルコが炊事場にいるのを知っていたのだろう。物言いたげな視線に、ぼくはちょっと肩を竦めてみせた。別に取り立てて言うことなどないのだ。

 荷物から携帯コンロと鍋を出して、ツォモ茶を煮出す。燃料にはバルコに貰った魔核ではなく、ミヒルの実を使う。使い慣れているものの方が安定して使えるからだ。特に魔窟にいる時は、できるだけ普段通りにするのが心に良い。

「何を作ってるんだ?」

 ナクタが興味津々といった様子で覗き込んできた。好奇心旺盛な彼は、現地人の食生活も気になるらしい。

「ツォモ茶です。身体が温まります。心が落ち着きます」

「へえ。貰ってもいい?」

「みなさんも、どうぞ」

 ナクタはもちろんのこと、ウィスクまで器を出してきたのには驚いた。知らぬ土地の知らぬものを口にするのはただでさえ勇気や覚悟が必要だろうに、ここは魔窟の中だ。何かあっても対処できることは限られているのに、豪胆なことだ。

「香ばしい匂いがするね」

 ナクタが湯気に鼻を寄せながら感想を口にした。チャムキリには葉っぱなのかと訊かれるが、ツォモの実を炒って叩いて崩したものを軽く煮出して飲むのがツォモ茶だ。香りを強くしたければ、煮出す前に軽く炒ると良い。

「体臭を抑える気もします」

「え! そうなの? どこで売ってんの? ボクも買える?」

 急に前のめりで尋ねてくるウィスクに気圧される。自分で採取して作っているので売っているかどうかはわからないと伝えると、地上に出たら栽培方法を教えて欲しいと言われた。その表情には切実なものがある。

 茶を振る舞うと、全員がほっと緩んだ顔をした。

「味もいいな。オレにも作り方を教えて欲しい」

「体臭が抑えられるというなら、魔物に気づかれにくくなるんじゃないか?」

「確かにな。この辺りの人々は、これを毎日飲んでるものなのか?」

 ツォモはその辺りに生えている、いわば雑草のようなものだ。栽培するというほど手をかけずに、勝手に育つ。何気なく飲んでいたものがこれほど注目されるとは思わず、ぼくは琥珀色の水面を見つめた。

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