十通目 再会
「あれ? ソウ? もしかして、六層まで行く歩荷って君?」
驚きと喜びを満面で表して手を振るのは、思った通りにナクタだった。彼はぼく深層に行くことに驚いているようだが、ぼくもかなり驚いた。まさか、先鋭潜行者だなんて思いもしなかったのだ。
先鋭潜行をしている人たちは、命知らずな言動が目立つ。未知の領域に挑もうというのだから、並の思考の持ち主ではやっていけないからだろう。地上で生きる人たちは、不特定多数との和を重んじるが、先鋭潜行者たちはリュマでの意思疎通が取れていれば、他はどうでも良いと考えているだろう行動が多い。一般的な常識から外れやすく、地上では上手くやっていけなくなることも少なくない。そういうこともあって、人懐こい印象のナクタが先鋭潜行をしていることが意外だった。
「知り合いか?」
ニーリアスに尋ねられ、ぼくは少し困った。二度ほど会った人を知り合いと呼んで差し障りはないのだろうか。顔を知っている、といったほうが正確な気もするが、それはそれで失礼な気がする。
「お世話になります」
ナクタとその背後にいる面々に頭を下げると、大袈裟に感動された。ぼくの住む地方では頭を下げるのはごく一般的な仕草だが、チャムキリにはないものらしく、本物を見たと喜ばれることが多い。
「ソウの荷物はどれ? あ、結構大きいね。どれぐらいの重さあるの?」
「出られるなら、すぐに出たいんだけど」
好奇心全開でぼくの荷物を眺めながら、矢継ぎ早に質問しては自己解決しているナクタに、リュマのひとりが苛立ったような声を上げた。そちらを見ると、毛先に行くほど柔らかな黄緑色に変化する髪を長く伸ばした青年が、唇を尖らせている。ほっそりとした身体つきは冒険者らしくないが、装備品はどれも高価そうなので、腕は良いのだろう。
「丁度いいから紹介しよう。こいつはウィスク。珍しい光魔法が使えるんだ。その奥の丸太みたいなのはデラフ。見てわかるように体が強い。そしてピュリスは魔導剣士だ。火の魔法と相性が良すぎて怖い」
誰の了承もなくリュマの紹介を始めたナクタに、ニーリアスが唖然としている。気持ちはわかる。冒険者から歩荷に向かって個人の名前を教えるなんてことは、普通はしない。その逆もだ。名前を呼ぶことがないので、教える必要がない。ぼくたちが声をかける時は「ご主人様」とか「旦那様」といった具合に呼びかける。冒険者側からの呼びかけは「おい」とか「そこの」とかいった感じで、耳のある物として扱われている。チャムキリであるニーリアスでも驚いているのだから、ナクタのような人は稀なんだろう。
「怖いとはなんだ。怖いとは」
ピュリスという冒険者が不満げに言う。生え際が濃い紫で、それから先は青の濃淡が筋のように入っている髪色が幻想的だが、怖いと紹介されたからか、存在感はとても強い。黙っているが、面白そうな顔で事の次第を眺めているデラフは、小柄ながら筋肉隆々とした小山のような肉体をしている。背中には戦斧を背負っていることから、見かけ通りの前衛職なのだろう。
そしてナクタは、騎士然とした出立ちではあるが、間接部分の構造が自由になった装備をしていることから、俊敏性と攻撃性が高い前衛ではないかと推察した。地上での戦いと比べて、狭く足場の悪い地下での戦いは、受け流すような戦い方には向いていない。大きな盾は邪魔になるし、装備品もできるだけ軽い方がいいからだ。重装備ができないとなれば、技術力の結晶といわれている魔導防具を装備することになるが、その価格はとんでもない。破損したり摩耗したりするものであることを考えると、裕福なチャムキリ出会っても、そう易々と手を出せるものでもないだろう。
「なに和気藹々としてんのさ。そっちの準備できてんなら、さっさと戻るよ」
「気にしないでくれ、少年。ウィスクはメイェネイティが復活するのを恐れているだけなんだ」
「復活するも何も、あいつらも魔物の一種なんだ。急いだところで他の個体が出てくるだけだろうに」
デラフが茶化すように言えば、ピュリスが呆れたように首を振る。
「うるさいなぁ! 標的にされる可能性もないヤツらが言わないでよね」
ウィスクが声を荒げるも、デラフもピュリスも知らん顔だ。ナクタはといえば、微笑ましそうな顔をして、彼らのやりとりを見ている。仲の良いリュマなのだろう。
冒険者がすぐに下に向かいたいというのなら、従うのがぼくらの役割だ。魔導ランプにミヒルの実を詰め直し、靴紐を締め、荷物のベルトと紐を確認すると、ぼくとニーリアスは荷を背負った。
「準備ができました」
ニーリアスが誰にともなくいうと、ウィスクが「じゃあ、君たちは真ん中ね」と言って先頭を歩き出した。その次にデラフで、後方にピュリスとナクタという順番で、ぼくが思っていたのとは違う隊列だった。ナクタが殿というのも意外ではあったが、ウィスクが先頭というのには驚きすらあった。思わず、ニーリアスと見つめ合ってしまう。
「心配めされるな。メイェネイティとは相性が悪いが、ウィスクはああ見えても優秀な盾だ」
「盾、なんですか?」
「ああ。あいつの得意技は『初手を絶対に防ぐ盾』というものでね。奇襲に滅法強い」
ほっそりとした容姿に似合わぬ役割に、ぼくは感嘆の声を漏らした。流石に先鋭潜行者ともなると、他には見ないような得意技を持っているのだろう。説明をしてくれたピュリスの魔導剣士という肩書きも、浅層攻略中のリュマではよく聞くものだが、三層を境に耳にすることがなくなる。剣も魔導も使えるというのは格好良いし、憧れるものではあるが、どちらも使えるものにしようとすれば、高い基礎能力とセンスが必要になる。ほとんどが挫折し、若き日の黒歴史となるばかりだ。二兎追うものは一兎も得ずという言葉があったが、まさにそれだ。
ウィスクは光球を三つ作り、腕一本分ほど離れた場所に上・中・下と浮かした。その後について歩いていく。ほんの少し前に彼らが通ったということもあって、ベルが通路を覆い隠していることはなかったが、空いた空間を埋めようといち早く垂れ下がりだしたベルを、見つけ次第ピュリスが焼いた。
ドジェサ前はどこの階層でも整っていて、試されている気分になる。三層と同じく、大きな石扉で塞がれているが、今回は誰も立っていない。ナクタたちが扉を開くだけの力を持っているということかと気づいた時、背中が粟立った。
大抵のリュマは四から六人で構成されている。それ以下での探索は難しく、それ以上だと身動きしにくいという理由だ。しかし、ドジェサで巨大魔物を討伐する場合においては、いくつかのリュマ合同で戦闘することも多い。ドジェサは広いので、六人以上で挑んでも展開できるだけの余裕があるのと、巨大魔物はかなり強いからだ。なので、最初は複数のリュマで挑み、経験を重ねて単独リュマで倒せるまで下層にはいかないと考えている冒険者は多い。特に、三層目のドジェサは単独攻略できなければ進むべきではないと言われている。無理をして四層に行っても、すぐに死んでしまう可能性が高いからだ。各層の主は、下層に挑む実力があるかどうかの試金石としての役割にもなっている。
四層は測量を終えているとはいえ、ドジェサから先に行けるリュマはそう多くない。そのドジェサの石戸を、ナクタたちは四人で開ける。その事実に怯みそうになった。
石戸は難なく開いた。その先には、見覚えのある湿地に顔を顰める。ぼくたちにとって足場が悪いのは最悪なのだ。とはいえ、進まなくてはならないのだから、覚悟を決めなくてはならない。
全員が石戸を通り抜けたところで、ウィスクが足を止めて振り返った。
「魔法かけるよ。ツィプイ」
なんの魔法をかけるのかの説明もなく、指先をぼくらのほうに向けると、足元を撫でるように手を動かした。そよ風に前髪が揺れたと感じると同時に、足元が急に覚束なくなる。ニーリアスは慌てたような声を上げ、不気味そうに足元を見ている。
「大丈夫、落ち着いて。これは浮遊の魔法だ」
ナクタがぼくとニーリアスの腕を掴みながら言った。
「浮遊、って、何のために」
「向こう側に送り飛ばすために決まってるじゃない」
わかりきったことを言うなとばかりに物騒なことを言って、おもむろに「アフェ」といって払うように指を動かす。その仕草を見終えるかどうか、といったところで、ぼくの体は宙に浮いて、飛ばされた。ニーリアスの悲鳴が聞こえるが、ぼくは驚きすぎて声を出すこともできなかった。ナクタも一緒に飛ばされているが、こちらは何故だか楽しそうな声を上げている。
「到着!」
ナクタの大声に身を硬くすると、それまでの浮遊感がなくなり、足の裏に地面を感じた。よろけそうになる体をナクタに支えてもらいながら背後を見れば、デラフとピュリスが飛んでくるのが見えた。その後ろにウィスクが見えるが、彼は浮いてはいなかった。
「なんですか、これ」
喉を枯らしたニーリアスが尋ねると、ナクタが元気よく答えた。
「ウィスクの魔法だ。湿地は歩くのが不快だろう? 浮水葉を渡るのに失敗すると濡れるし、チクチクするし、最悪だから、飛ばしてもらうのさ」
確かに不快だし、今回は濡れるどころか靴も汚れてはいないが、前もって説明を受けたかった。ニーリアスも同じだと思うが、ぼくらにとって足で感じる大地の感覚は、重要な情報だ。自分の足が、どんな風に地面を感じ、どんな角度で踏んでいるのかを感じながら歩いている。変な歩き方をすれば身の危険に繋がるので、足裏の感覚には敏感なのだ。それが突然遮断されるとなると、パニックになりかねない。
「次からは前もって言ってください」
消耗しきったニーリアスに、ナクタは首を傾げなからも頷いてくれた。ぼくとしてもそう願いたい。足裏の感覚が戻っているか不安になり、二、三度地面を踏みしめて、確認した。
ウィスクは軽やかに跳躍して先行したぼくらに合流すると、そのまま真っ直ぐ下層へと進んだ。
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