九通目 岩に刺さった剣

 ラクシャスコ・ガルブでの目覚めは、暗闇の中だ。

 体を起こすと、番をしている冒険者が手を振ってきた。まだ寝ている人を起こさないように気をつけながら寝袋から這い出し、冒険者の近くに寄る。

「朝、でいいんですか?」

「キヴィクニンガスになったばかりだ」

 チャムキリの使う時間を表す言葉はぼくには馴染みがなくて、咄嗟に判断ができないのが難点だ。以前、教えてもらったところによると、時間ごとに神様の名前が名付けられているのだそうだ。一日十二時間で、一時間を四等分する。前世での時間感覚でいうと、こちらの一時間は前世の二時間で、二時間を三十分ごとに区切っている、となる。

 ちなみに、ケルツェ周辺では一日は六時間が二度あるという認識で、一時間が二時間で四等分されるのは同じだ。時間は精霊の名前がついていて、4等分の区切りは、数字で表す。前世での朝五時頃を示すなら「ジュン・ジャワ・サ」となる。キヴィクニンガスが何番目かを教えてもらうと、四番目とのことなので、朝五時頃で間違いないようだ。

 何はともあれ湯を沸かさねばと、炊事場で火を熾す。簡単に火を扱えるのは本当に便利だ。六人分の湯を用意するとなると、結構大量になる。鍋も大きくなるので、炊事場の存在はありがたい。

 四層も下層に下る前にはドジェサがある。ここのドジェサは湿地だ。濡れずに通過するには浮水葉の上を渡らねばならないのだが、飛び移らなければならないので荷物が重いと膝に来る。湿地の中を歩くのも、泥に足が埋まるし、浮水葉の下にある茎には細かい棘が生えているので不快感が凄い。層主がいなくても、気楽に通過できるところではい。濡らしたくないものを上の方に入れておいたほうがいいだろう。

 朝食はロティにした。全粒粉を捏ねて十数分ほど寝かせた後、平に伸ばして直火で焼く。前世で食べたもので、こちらでも似たようなものがあるが、こちらでの名称はわからない。簡単に温かいものが食べられて、ミネラルも豊富なので都合がいい。そのまま食べるのは味気ないので、蜂蜜をかける。ツォモ茶に塩と蜂蜜を入れたものをつければ、これからの行程もバテずに行けるだろう。

「いやぁ、贅沢だなぁ」

 温かく甘いものは、魔窟の中では最高のご馳走だ。冒険者でも歩荷でも、嫌いな人は見たことがない。斜に構えて「甘いものは苦手なんだよね」なんて言おうものなら、根こそぎ食べ尽くされてしまうだろう。それぐらい貴重だし、人気だ。

 今回の潜行では食べ物の心配はしなくても良いと言われている。三日に一度は新鮮なものが届くように手配しているそうだ。その荷を運ぶのもぼくらの仕事なのだけれども、上まで全てを歩く必要がないので楽だ。とはいえ、事故が発生しないとは限らない。次のものが届く前に食べ尽くすなどという愚行は避けるべきだ。

 片付けを終えて、出発する。普段は通らない場所を歩いて行くと、クコールが多く生えているところに出た。人間を栄養とするだけあって、かなり大きい。袋だけでも二メートルはある。ふかふかしていないのでシャーンタ・クコールだろう。昨日見たものとは、模様が違っているような気がする。

「ここのは、ベルと共存するから気をつけて」

 ベルというのは蔦の総称だ。確かに、多種多様な蔦が天井から垂れ下がっている。踏むと絡んでくるもの、ネバネバしているもの、呼吸に反応して首に絡んでくるものなど、嫌な性質を持つものばかりだ。

「荷物に引っ掛かりそうだな」

 ニーリアスがぼくの背中を見ながら心配げな顔をした。今回はそれほど背を高くはしていないが、頭よりは上になっている。ニーリアスの荷物はぼくよりも背が高いので、上の感覚を掴むのは難しそうだ。

「じゃあ、焼きますか。ラハヴァ」

 昨日毒を食らってしまったひとりが、淡々と火球を三つ放った。飛ぶ高さを変えた三つの球は、高さ三メートル、横一メートルほどの幅にベルを焼き尽くして飛んでいく。

「再生能力高いから、早く行ったほうがいいよ」

 言い終わるうちに先行のふたりが歩き始め、ぼくはその後についていく。地面の上まできっちり焼けているので、よろけたりしなければベルを踏むこともないだろう。周囲に気を配りながら歩いていくと、どうしても目に入るのが、クコールに捕食されている魔物の姿だ。クコールは装飾品は吐き出すのか、袋の下に木製や金属製の武具や防具が落ちている。上の方には、ネバネバしたものに絡まったまま干からびているのがいた。どういう処理をしているのか、腐ることなく、干物になっているのが不思議だ。

「少し行くと、『戦士の墓標』があるぞ」

 観光地を案内するような気軽さで、なんとも陰鬱な言葉を口にする冒険者に、ニーリアスが尋ねた。

「誰か、有名な方が亡くなったんですか?」

「死んだ奴もいるだろうけど、名前の由来は別だな。岩に刺さった剣に模した魔物がいるんだ。冒険者ってのは、そういうモノに弱くてね。つい、引き抜きたくなるんだ」

 しかしその剣と岩は魔物の擬態だそうで、引き抜こうと踏ん張ると、地面が捲れるように持ち上がって食べられてしまうのだそうだ。

 冒険者の好奇心をくすぐる罠とは、敵もさるものと言わねばなるまい。どれぐらいの冒険者が食われてしまったのかは知らないが、全滅しなければ情報は広まるので、罠の効果は薄くなるとは思う。が、冒険者の性が発動してしまうと、食われてしまうものなのかもしれない。

 岩に刺さった剣なんてものは、前世でも大人気なモチーフだろう。アーサー王が引き抜いたというエクスカリバーが一番有名な話だろうが、ファンタジー作品にはお約束のように出てきたように思う。日本にも、剣が刺さった山がいくつかあったような記憶があるが、そこにロマンを感じる人がかなりいる、という事なのだろう。

 クコール地帯を抜けた後、戦闘が二連続で発生した。戦闘が発生した場合、非戦闘員のぼくらは、冒険者が動きやすいように距離を取らなくてはならないのだが、ベルが垂れ下がっている場所が多く、離れるのにも難儀した。

「この先だよ」

 そこから数歩進んだ場所で冒険者が指したのは、両側がえぐれて細い道ができた先にある、ちょっとした広場があった。不思議なことに、その道から先にはベルもクコールもなく、青白い草も生えていない。代わりにキラキラと輝く地面があり、広場の中央には剣が刺さった岩があった。

 話を聞いているので、罠っぽいと思ってしまったが、知らなければ神秘的な雰囲気の場所だと思っただろうし、何某かの力が宿る剣なのではないかと思っただろう。

「どこからが罠なんですか?」

「広場全部がそうだよ」

 想像していたよりも広域なことに驚く。全員で渡ってしまったら、リュマは間違いなく全滅だろう。

「『慣れ合わない!』とかいうリュマは、大体全滅する」

 冒険者の一言に、ぼくはとても納得した。深層に挑む冒険者は気さくな人が多い。最低でもリュマにひとりは外交的な者がいる。そういった人がいるから情報を集められ、こういった罠に引っかからずに済むのだろう。引っかかった者は淘汰されるので、その結果外交的な冒険者の息が長くなっている、ということかもしれないが。

 二度目の人生だから、こうして人と関わって生きているぼくだが、前世ではコミュニケーションがあまり得意ではなかった。失敗することが怖いので、人と接することでボロが出るのじゃないかと怯えていたのだ。完璧でなければならない、というプレッシャーは全員がなんとなく背負っていた世界なのではないかと、こうしてみると思う。

 こちらであっても、失敗をしたがらない人は多いと思うが、冒険者は失敗しても死なねば大成功というところがあるので、一緒にいれば自然とその考えに馴染んでいく。小さな失敗など互いに全く気にしない。気にしていたら、生きられない厳しさがある。失敗しても取り返せればいいのだ。死ななければ取り返せるだろうし、取り返せなくても次の日には死んでるかもしれないので、クヨクヨしても意味がない。ネガティブに染まっているのは時間の無駄、というのが身に沁みる。


 昼過ぎ頃に、四層後方の拠点についた。拠点はドジェサ手前にあった。

 ここで、今回の冒険者ともお別れだ。彼らは食事について讃えてくれた。ロティがお気に召したらしい。作り方を教えようかと言ったが、仕事を頼むからその時に頼むよと言われた。未来の予定が埋まるのはありがたいことだ。

 次のリュマが到着していないということで、しばらく休憩となった。荷を下ろしての休みの時は、どんなに短い時間でも横になることにしていた。眠れなくても、目を瞑って横になっていれば体が休まるものだ。

 朝に作ったツォモ茶を飲んで、横になった。タシサ内の少し砕けた空気感が心地よく、人のざわめきが徐々に遠くなっていくのを感じ、ぼくはそのまま眠りについた。

 何かの気配に気づいて、ぼくは目を覚ました。タシサは明るく、一瞬どこにいるのかわからなくなった。横を見ると、ニーリアスが眠っている。少しの隙間時間にも眠れるというのはぼくらの特技なのかもしれない。

 何が気になって目が覚めたのだろうかと思っていると、賑やかな声が聞こえてきた。

「遅かったな。何かあったのか?」

「すまん、すまん。ドジェサ出たところでメイェネイティと出くわしてさ」

「メイェネイティって、美少年の前にしか出ないっていうアレだろ? すごいな!」

 会話から察するに、ぼくたちと一緒に下に行く冒険者が到着したのだろう。ぼくが体を起こすと、ニーリアスも起き上がり、ぼくの顔を見た。

「メイェネイティって本当にいるんだな」

「なんですか?」

「滅多にお目にかかれない魔物さ。長い髪をした絶世の美女で、美少年の前だけにしか現れないって話だ。だもんで、本当にいるのかって言われてる」

「へぇ。魔物も寄せる美少年ってどんな感じなんでしょうね」

 ぼくの言葉にニーリアスは一瞬真顔になったあと吹き出した。そんなに面白いことを言っただろうかと首を傾げつつ、騒ぎの方に視線をむける。

 遅れてきた冒険者の声に聞き覚えがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る