八通目 最初の夜

 四層は、不思議な空間だ。

 太陽の光が届かないのに、植物が生えている。牧草地の草原のように、柔らかな葉が生い茂っているのは幻想的だ。ただし、地上の草とは違い、どれも青白い。植物に見えるそれらが光合成をしない種類のものなのか、はたまた全く違う体系のものなのかは、ぼくにはわからない。

 四層の終点側の拠点から戻ってきたリュマと入れ替わりで、ぼくたちは出発した。ほとんどの冒険者は今回の遠征に参加しつつも、いつもの通りに探索もしているのだそうだ。探索で結果が出なくても、金にはなるので良い仕事らしい。

 今までと違い整備されていない階層ということもあって、全員ヘッドライトをつけている。一応、道筋がわかるように光る石がパン屑のように落ちているが、光源が少ないので視界が非常に悪い。不規則に石柱があるので、気をつけなければぶつかってしまう。

 ぼくとニーリアスが冒険者に挟まれる形で進んでいく。普段、冒険者がよく歩く場所は踏み跡がついていて、多少は歩きやすい。今回は荷物を背負っていることもあって、狭い場所が歩けないので、草を踏みしめていかなければならない箇所も通る。

 ここで気にするべき魔物は植物の形を模したものたちだ。蔦に見えるものや、花のようなものなど、一見しては魔物だとわからないものが多い。それらは大体が食中植物のように、ぼくらを捕食しようとするので、極力触れないように動くのが望ましい。

 食われてしまうよりも恐ろしいものとしては、種の運び手となってしまうことだ。ビウリヌという植物型の魔物は、人間の皮下に種を植え付けて開放する。種は皮下に根を張り、人が死ぬと、死体を養分として一気に発芽、成長するというものだ。種が体内にあるかどうかは、神殿で見てもらえば判定してもらえるが、そうでなければ生活拠点の周囲にミヒルが繁茂しているかどうかでもわかる。服薬か神殿での祈りで種を殺すことができるが、何の対策もしないまま死んでしまうと、集落が壊滅するほどの被害を生む。

「前にいたリュマは、この階で全滅したんですよ」

 休憩を取っている時に、冒険者のひとりが過去の悲劇を語ってくれた。

「グルザントゥというシダっぽい魔物がいるんですが、そいつの胞子には睡眠導入的な成分があるんですよ。それを知らないまま、グルザントゥが多く生息しているところで休憩を取ったら、全員寝てしまいましてね。そのまま、他の魔物にやられてしまったんです」

 ぼくは思わず、シダ植物がないか足元を確認してしまった。何もしていないのに、こんなところで死んでしまうわけにはいかない。

「どうやって生還されたんです?」

 ニーリアスの言葉に、別の冒険者が答えた。

「彼らの捜索を頼まれたのが、うちのリュマでして。彼は、運よくテンユン・クコールという草に捕まっていましてね。そいつは眠らせながら養分をゆっくり吸い取っていく魔物だったんですよ。他の人たちは、シャーンタ・クコールという魔物の方で、そっちは飲み込んで窒息死させた後、ゆっくり溶かす種類だったんです」

 あれがシャーンタ・クコールですよと指された方を見ると、ウツボカズラのようなものがぶら下がっていた。

「どうも、あの形に惹かれてしまう人間が一定数いるようで、自らあの中に入っていく冒険者も少なくないんです。何が作用しているのか」

 冒険者は首を傾げたが、ぼくはちょっとわかるなと思ってしまった。体に丁度いい大きさの寝袋のような形であることと、それが空中に浮いているというところが気持ちよさそうに思える。ハンモック的な快適さがありそうだと、試してみたくなるのではなかろうか。

「テンユン・クコールも似たような形なんですか?」

「そうですね。形は同じです。質感が違うんですよ。テンユン・クコールはふかふかしていて、いかにも心地良さそうな見た目をしていますね。数はそう多くないんですが。最近では寝袋に加工されているみたいですよ」

 あの形でふかふかしていたら、ずっと寝ていられそうだ。デザインした何者かは、人間の心理に詳しいとみえる。

「私はもうごめんですけどね」

 全滅したリュマにいた冒険者の一言でひと笑いがおき、休憩は終了となった。


 休憩から魔物との遭遇が六度あり、最後の戦闘で冒険者のふたりが麻痺毒を浴びてしまったことから、近くのタシサで一泊することになった。

 いつもの探索でも利用するタシサで、休憩所としてサンガ主導で作られた場所だ。草の一本も生えていない殺風景な場所で、剥き出しの青黒い岩肌が殺伐とした陰鬱とした雰囲気の空間ではあるのだが、ここではそれが安心の象徴に見えるのだから不思議なものだ。

 神官による浄化の炎と不可侵の魔物除けが施された場所で、不毛であることが清浄である証だ。慣れない頃は、草木が茂っている洞内のほうが安らげるような気がしたが、今となっては何もないのがとても良いと感じるようになっている。

 簡易的な炊事場と手洗い場があり、ゴミ類を処分できる廃棄場もある。採取したものを選分けたり、解体した余分なものを捨てるには、こういった設えのあるタシサを利用することが魔窟でのマナーであるし、命を長くする方法でもある。

 ゴミや、排泄物などをその辺りに廃棄してしまうと、魔物が寄ってくることがある。魔物の餌になるから、というよりは、人の気配が漂う場所に魔物は集まる習性があるからだ。ゴミ類を食すため、ではなく、人を倒すために魔物はやってくる。

 タバナ・ダウが重宝されるのは、なんでも食うスライムを使役しているからというのも大きい。使役できる魔物の数は能力次第だと聞いたことがある。能力値が十ならば、全てを使って十の強さがある魔物を使役するか、一の強さがあるスライムを十匹使役するか、というような選択になってくる。使役する能力がある冒険者は、戦力になる魔物を使役したがる傾向がある。スライムは便利ではあるが、それほど強いわけではないし、いまひとつ格好が良くない。そういうこともあって、非戦闘員である歩荷がスライムを持っていてくれると、大助かりなのだ。

 食事や体を清める湯を沸かすのは、歩荷の仕事だ。折角なので、炊事場を利用させてもらうことにする。炊事場には魔導具のコンロが設置されており、コンロの近くには売り物にはならない、欠けた魔核が投げ入れられた箱がある。戦闘時にうっかり割ってしまったり、解体時に砕いてしまったりしたものを、ここに投げ入れていく決まりがある。

 話し合いの結果、ぼくは汁物を担当し、ニーリアスはドゥンクーを焼き始めた。

 ドゥンクーは、餅を乾燥させたようなもので、保存食のひとつだ。焼いたドゥンクーはカチカチに固いが、汁に浸すと水分を含んで柔らかくなり、香ばしさが加わるので旨さが増す。焼かずに入れることもあるが、その場合は粘り気が出て、キャラメルを噛んだ時のような食感になる。ぼくはどちらも好きだが、チャムリキには焼いたほうが人気がある。

 汁物のほうは粉末の山羊乳を溶いたものに、干し肉を削いで入れ、少しのジムメイを入れ、チューボルで味を整えることにした。ジムメイは梅干しで、チューボルは味噌のようなものだ。酸味で体の疲れがとれるのは、こちらでも同じらしい。

 ニーリアスから焼いたドゥンクーを受け取り、鍋に入れる。ぐるりと二回かき混ぜたら完成だ。

「できました」

 声をかけると、各々が自分の器を持って集まってくる。

「おぉ。やっぱり歩荷と一緒だと飯が豪勢でいいな」

 武具を外した冒険者は嬉しそうに自分のカップを受け取り、円になって座ると食事を始めた。ぼくは体を拭くための湯を沸かしながら、皆の反応を伺った。初めて食事を提供する相手の反応というものは気になるものだ。誰からも文句はあがらず、ほっとした。

 食事が終わると、自由に過ごす時間になる。早々に寝てしまってもいいし、明日への備えをするも良しだ。麻痺毒を浴びたふたりは、回復薬を飲んですぐに寝てしまい、残ったふたりが念のために寝ずの番を交代ですることに決まった。

 ぼくは寝ずの番をするというふたりのために、ネイジンスム茶を振る舞うことにした。軽い興奮作用のある不眠に効果があるお茶で、少し苦いが、味は悪くない。眠くなった時に飲むと目が覚める効果があるが、長続きするわけではないので、一晩中目が冴えてしまうというものではない。

 もうしばらく起きているというニーリアスと自分のためには、ツォモ茶を淹れた。三層に比べて四層は少し乾いているので、水分不足に気づかないことも多い。魔窟ではできるだけこまめに水分補給をするのが良いとされているが、どうしても飲み忘れるので寝る前に多めに取った方が良い。明日の調子にも影響してくる。

 足だけ寝袋に入り、明日の朝食をどうしようかとニーリアスと話しているうちに、冒険者を交えての世間話になっていった。チャムキリの言葉をうまく話せないぼくはもっぱら聞き役になったが、勉強になるのでありがたい。

 彼らは現在四層を中心に探索しているリュマで、活動方針としては捜索が主になっているらしい。幼馴染の三人で旅に出て、別の魔窟に一年ほど潜った後、グムナーガ・バガールにやってきたのだそうだ。今では十人になろうかという大きさで、幼馴染以外は、捜索で救助した冒険者たちなのだという。

「救助されるまでになっているというのは、大体が全滅。よくて半分生き残ってるって具合ですからね。リュマを解散するのがほとんどです。帰る路銀があるならいいが、無ければ稼がなくてはならない。死にかけても、結局潜るしかないことになるんですよ」

 テンユン・クコールにやられかけた冒険者の言葉なだけあって、実感がこもっている。 それから少し話を続けたが、ニーリアスが時計を見て「そろそろ寝よう」と提案したので横になった。最初の夜に安定した場所で、足を伸ばして眠れるのは幸先が良い。

 目を閉じて、考える。死にかけたとしても五体満足で生還したのなら、再び魔窟に入るのは、ぼくたち歩荷も同じことだ。幸にして、まだ全滅の憂き目には合っていないが、人の死には五指では足りないぐらいには遭遇している。

 横になりながら、腹の底から息を吐く。そして、実感する。

 今日も生きていられた、と。

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