五通目 予想外の配属

「集まってくれ」

 ラクシャスコ・ガルブ潜行三日前となった日の朝、歩荷が集まる広場にタバナ・ダウがやってきた。若く野心のある歩荷がタバナの前に転がり出るのを見なが、ぼくはコンロの火を消した。

「今回の潜行では、最初に四層から六層までに二つずつ拠点を作る計画になっている。今から各層の長を任命するので、任命された者は組みたいヤツを選んでいってくれ」

 タバナの言葉に、戸惑いを含んだざわめきが生じた。ほとんどの人が三層にも拠点を置くだろうと思っていたからだ。噂ではそう言われていたし、測量と整備が済んでいるのは三層までなのだ。

 整備が済んでいるということは、冒険者以外も入っているということで、比較的安全地帯であると認識されている。といっても、それより下に比べたら、というだけでしかない。四層は測量終了、五層は測量途中で、六層に至っては上下箇所周辺だけが極少人数に知られている、といった具合だ。

 タバナにより指名された六人のうち、六層の担当になったふたりが動き出した。最も危険性が高く、最も人数が必要となるところだ。血の気の多い連中が指名しろと騒いでいる。出世のためか、金のためかはわからないが、どちらも明日があってこそだろう。

 血の気も少なく、経験も実力も控えめなぼくには声がかからないと決めこんで、ベテランたちが話し込んでいるのを眺める。選び方などはある程度わかっていたのだろうが、三層を入れての編成を考えていたのだと思う。それが変わったので再編成に頭を悩ませているというところだろう。

 ほとんどがこの周辺の集落から出てきた面々なので、大体の家族構成や事情は把握されている。子供が成るとか、結婚を控えているだとか、稼ぎ頭が誰なのかとか、そういったことも考慮しているはずだ。

 金が入り用であれば六層に――と考えるが、その理由が育児となると、命を落とす可能性が高い場所に連れて行っていいものか、という迷いもあるだろう。しかし、生きて戻るという使命感が弱い人間を連れていくのも危険度が増す。富と名声に目が眩むような奴は、冷静さを失いやすい。平常心を保てなくなれば、本人のみならず、リュマ全体を危険に晒すことになりかねない。思い切れることは重要だが、慎重さは必須だ。

 ここにテントを張ってから、ベテランからの視線を終始感じていたし、何度か希望階層について訊ねられたりもした。ぼくは無難に四層と答えていた。三層は何某かの事情がある人が選ばれるであろうし、五層以上は実力が知られている人物が選ばれるだろうと予想していた。四層ならば、ぼくの実力的に釣り合いが良いだろうと判断した。四層からとなると条件が変わる。健康で異常がなく、実績はそこそこだが兄弟が多い四男坊の年少組となれば四層に選ばれるとは考え難い。五層で確定だろう。測量が済んでいないということは、出現する魔物も全ては特定はされていない。危険な香りは濃厚だ。

「ソウ!」

 ベテランのひとりがぼくを呼んだ。同じ集落出身のディミ・ナビンだ。長兄と同い年というよしみで、姉やぼくを何かと気遣ってくれている。ナビンは硬い顔でぼくを手招いている。嫌な予感がしたが、こちらには従うという選択肢しかない。

 近づいていくと、周囲のベテランたちもナビン同様の表情をしているのがわかった。寡黙な男たちの雄弁な表情だ。ぼくは自分の予想が楽観的だったのだと理解した。

「オレと六層だ」

 硬い表情のままナビンが言った。素直に頷くと、ベテランのひとりが「どれぐらい持てる」と訊いてきた。「ニャダー(七十)」と答えると「では、クゥダー(三十)渡す」と返された。ムダー(五十)は任されるだろうと思っていたのだが、かなり軽い数を示されたので首を傾げると、男は何も言わずぼくの肩を叩いた。

 ナビンによると、六層へは人数を増やし、ひとりあたりの重量を下げることにしたらしい。何があるかわからない場所であるので、ある程度余裕がある重さで行こうということにしたらしい。

 今までに潜ったことがあるのは五層までなので、六層については人伝の話でしか知らない。これから情報を集めるにも、文書になっているものはほとんどない。サンガにはあるだろうが、冒険者が利用しているだろうことは想像がつく。口頭でとなると、相手に時間を取らせることになるので、暇をしている人を見つけなければならないが、この状況で六層を経験していて時間がありそうなのは、この場にはいそうになかった。

 姉なら情報を持っていそうだが、時間はあるだろうかと考えていると、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、ニーリアスが立っていた。

「六層に選ばれたみたいだな。まだ、行ったことないんだろ?」

 この辺りでは聞かない訛りのある話し方をするニーリアスは、チャムキリなのにぼくたちと同じように生活をして、歩荷をやっている変わり者だ。噂では、調査隊としてやってきて、そのままグムナーガ・バガールに居着いたと聞いている。なので、キャリアとしてはタバナと同じぐらいある。その上、通訳としても重宝される逸材だ。

「タバナほどじゃないが、俺もそこそこ入ってるんでな。知ってることを教えてやる」

 ぼくの他にも幾人かに声をかけ、広場の一角に集まってニーリアスによる六層の講習が始まった。

 六層は五層から降りてきた場所から七層に向かう場所まで緩やかな下り坂になっていて、下っていくほど温度が高くなるのだそうだ。なので、方向感覚を失ったら温度を頼りにするといいという。同じ層内でかなり気温差があるので、服の調整は降りる前にした方がいいということだ。

 厄介なのは虫のような魔物で、音もなく忍び寄ってきて吸血するのだそうだが、ヤツの唾液には麻痺系の毒があるという。弱毒故に悪化するまで気がつかず、うっかりすると動けなくなり、最悪心臓が止まるらしい。

「拠点には冒険者による魔除けの魔法がかけられるから大丈夫だとは思うが、各個人は対策した方がいいだろうな」

 集まった全員がニーリアスの言葉をじっと聞いているが、筆記することはない。ほとんどが名前ぐらいしか文字が書けないからだ。ぼくも筆記具を持っていなかったので、仕方なしに地面に要点だけを書くことにした。

「オレたちの体質は、そいつには効かないのか?」

 ナビンと同じくらいの男が尋ねる。このあたりの集落出身者は魔物に気づかれ難いという体質がある。ニーリアスや冒険者はチャムキリだから襲われるのではないかという意味だろう。

「無くはないだろうが、こいつは数が多い。それに、血を吸ったヤツは仲間を呼ぶ習性があるようで、近くにいる冒険者が吸われたりしたら、群れでくるからな」

 気づかれ難いとはいえ、魔除けがあるわけではない。一匹だけなら誤魔化せるかもしれないが、群れでやってこられたら、避け切ることは難しいということだろう。

「魔物の強さはどうだ?」

 別の男の質問に、ニーリアスは肩を竦めた。

「別の層と同じように変化してるさ。一層より二層の方が強いように、六層も五層よりも強いのがウヨウヨしている。魔除けの道具類は多めに持って行った方がいい」

 脳裏に浮かぶのは、今日まで繰り返してきた荷造りだ。魔除け道具を買い足すとして、何を選ぶかで荷物の重さに影響してくる。他にも、暑いとするなら塩類を増やしたいし、水も多めにした方が良いのではなかろうか。

「他に質問は?」

 ニーリアスの問いに誰も手を挙げない。覚えておける量しか聞けないのが、口伝の悪いところだ。そして、誰もいないということで、一番年若いぼくの発言権がようやく回ってきた。

「五層の降下地点から七層までの形状は、どうなっていますか?」

 六層は測量手付かずと言われているが、冒険者は測量を待たずに入り込む。それが彼らにとっての名誉であるし、楽しみでもあるからだ。ナビンやニーリアスは彼らについて行っているので六層のことも知っているし、七層についても少しぐらいはわかっているはずだ。

「いい質問だな。六層は吻合型だろうと言われている。幸いなことに、五層からの降下地点と七層への降下地点までは、左手を壁につけたまま進めばいい。ぐにゃぐにゃしていて見通しは悪いが直線ではある」

 吻合型というのは、湾曲した通路が網紐状に組み合わさった環状迷路状態のことをいう。湾曲しているため先が見通せない上に、段差もあるので前後左右だけでなく、上下からの敵襲もあるようなところだ。

 ラクシャスコ・ガルブでは、三層目が吻合型とされている。一、二層は分岐型で、四層は迷路型と認定された。五層は現在調査途中だが、通称は螺旋階段だ。

「他の階層に比べて拠点の位置は近いが、死角は多くなるので油断大敵だ」

 その言葉を最後に解散となり、ぼくはそそくさと自分のテントに戻った。そして筆記具を持ち出すと聞いた情報をざっと書き、コンロに火をつけて湯を沸かしながら、じっくりと考えた。

 今日中に姉と会ったほうがいいだろう。想像していたより深い層に行くことになってしまったことを伝え、家族に何か言葉を遺したほうがいいかもしれない。言葉はいつか消えてしまうから、文字にしたほうがいいだろう。簡単な言葉なら読めるようになるかもしれないし、多少複雑でも、きっと姉が勉強して伝えてくれるだろう。

 絶望しているわけではない。死ぬと決まったわけではないし、 ぼくという人間は深刻そうな表層の中に、楽観の根底を持っている。けれど、何が起こるかわからないのがラクシャスコ・ガルブで、深層になればなるほど無慈悲になっていくのも事実。それを実感しながら生きるのが、魔窟に関わるという生き方だ。

 荷物を再確認し、テントを置いていくことを決めた。これで大分重量が減る。魔窟内は屋根があるので雨に濡れる心配はない。地下水に関しては防水布と紐で対処すればなんとかなるだろう。テントの代わりに魔物除けの道具と、着替えを増やすことにする。ただでさえ湿度の高い空間なのに、温度が加われば不快指数はグッと上ることが予想された。乾燥系の魔導具があるなら手に入れたい。

 できれば、五層降下地点の拠点に配属されたいものだ。

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