第57話 宰相ノイマン①
「はぁ……今日もセバスティアーナ殿はいつものメイド服だった。いつになったらあの美しい衣装の彼女を見れるのだろう……」
カルルク帝国宰相ノイマンは溜息を付きながら仕事に励む。
いっそのこと戦争でも起きれば、あの完璧な美の化身であるセバスティアーナ殿をもう一度みれるのだろうか。
いっそのこと私が彼女に襲い掛かれば。
……いや、だめだ、私は弱すぎるし彼女は強すぎる。
それに私が死んだら彼女の姿を見れないではないか。
宰相となった今でもあの時の記憶ははっきりと憶えている。
あの鍛え抜かれた美しいボディーラインがはっきり見える黒い衣装。彼女の肉体美を強調している完璧なデザイン。
はぁ、あれ以来、私の心は貴方に捕らわれたままです。
あれは十数年前のことだった。
◆
私はカルルク帝国のエリート外交官。30代独身、恋人は仕事だ。
現在は西グプタに駐留している。
不満はない、出世コースだからな。
だが、今回の仕事は聞いていない。
ルカ・レスレクシオンを保護しつつ首都まで護衛をしろとは。
国は何を考えている。
いや皇帝陛下とルカ・レスレクシオンは知己があったという。
まったく面倒くさい仕事だ。
私は後任の外交官に引継ぎをしながら考えた。
ルカ・レスレクシオン。エフタル王国の辺境伯。
発明家として有名だが、それ以外のことは知らないし興味もない。
しかし、エフタルの貴族の対応も考慮しなければ。いよいよ面倒くさいぞ。
現在彼女は東グプタにいると聞いた。
とりあえずは本人に会わなければならない。
私は船旅はそんなに好きではない。
その原因は閉鎖された空間に長時間居なければならないのもあるが。
最大の原因は……
「女神様! おいらの仕事を見てくださいっす!」
これだ、運が悪い。私はこの女神と呼ばれる化け物と同じ船に乗ってしまった。
ただでさえ暑苦しいグプタの船乗りが更に暑苦しくなる。
あの女の何がいいのか、確かに見た目は良い。絶世の美女といってもいいだろう。
だが人間ではないし、不老不死の化け物ではないか。
一週間の船旅はかなり堪えた。帰りは事前に調べて、あの女が乗らない船を選ぶとしよう。
しかし、船内のサービスが女神様がいるのといないのでは各段に違う……悩ましい問題だ。
船から降りると例の女神様は俺に声を掛けてきた。
ち、このままやり過ごすつもりだったが、面倒なことになった。
「カルルクの外交官よ。名はたしかノイマンだったな? グプタに赴任して2年だったかの。いいかげん私にも打ち解けてくれると嬉しいんだがの、そんなに人外が嫌いか?」
はい、そうです。超越者たる化け物様には関わりたくありませんとも、って言えないのが公務員という者。
「とんでもありません、グプタの女神であるベアトリクス様を、私の様な異邦人が軽々しく接していいはずもなく。このたびご尊顔を拝謁しましたこと光栄に――」
「よいわ、そういう社交的な言葉は好きじゃない。どれ、お主も忙しい身。少し東グプタを散歩するというのはどうであろう、それくらいは時間はあろう?」
たしかに、ルカ・レスレクシオンとの会談は午後だ。丸半日は暇なのだ。しょうがない、それにこの誘いを断ったら外交官失格だしな。
「ところでの、お主らカルルクの外交官は西グプタに居を構えているだろう? 外交官ならエフタル側である東グプタに居を構えるのが正解ではないか? 先任の外交官はそうしておったがの、お主はカルルク側におる。どういう理屈じゃ?」
「はは、それはその通りなのですが。なんといいますか。いえ、ベアトリクス様に嘘をついてもしょうがありませんな。それはあえてですよ。最近のエフタルは信用できませんのでな。
船で一週間かかるということは、そのまま交渉も一週間の時間稼ぎができるのですよ。それも書面のやりとりで。
あるいは、面と向かって会談するのに段取りも必要になります。どっちの外交官が海を渡るのかなど、それにエフタルの外交官は東グプタにいますし。程よい距離感が重要なのですよ」
「なるほどの、人間とは付かず離れずの距離感を大事にするのだな。ふっ、我らドラゴンとて似たような物だったか」
丘を上がり、東グプタの全域が見えるところまできた。領主の屋敷もよくみえる。
そのとき一人の少女が声をあげて駆け寄ってきた。
「女神さまー。たいへんなの、街の入り口に真っ黒な格好をした怪しい奴がいるの、エフタルの偉い人っぽいみたいで皆困ってるの」
「おやおや、何事かの」
私はこのままベアトリクスについていくことにした。エフタルの揉め事に介入する気はないが情報収集くらいはしても良いだろう。
それにここで一人にされても困るしな。
私は東グプタからエフタル方面へ出る大通りに来ていた。
この街には門も無ければ関所もない。まあ化け物が常駐しているので問題ないが。
東グプタ、エフタル方面の入り口にはエフタルの使者と思われる、豪華な服を着た男と取り巻き達が数人いた。
その中にエフタルの外交官も混ざっている。外交官が屋敷ではなく、なぜこんな道端にいるのか。
それになにか話し込んでいる。俺は聞き耳をたてる。
「執行官殿、困ります。ここは中立都市ですぞ、荒事を行うならせめて街の外でないと」
「何を言うか! 貴様がレスレクシオンの進入を許すからこうなってしまったのではないか。
それに我らはまだ街に入っておらぬ。貴様の仕事はレスレクシオンをここに連れてくることだ!」
エフタルの執行官……聞いたことがある。
反逆者に対して、その場で死刑を執行する権限をもった武装勢力だ。
エフタル王国の影の実力部隊。高レベルの魔法を修めた精鋭中の精鋭。
そんな奴が揉め事を起こそうとしているが、外交官はそれを必死で抑えているということか。
そんなやり取りを見ていたら。
ベアトリクスが彼らに割って入った。
「エフタルからの客人よ。街には入らんのかの?」
「なんだ女。貴様には関係のない話だ!」
取り巻きの若い男が突然介入してきた女性にイラつき怒鳴る。
まあ、若い異国の人間は知らんか。いや知ってはいても、まさかこんな普通の外見の女性とは思いもよらなかったのだろう。
私も赴任した当時は気付かなかったものだ。
ベアトリクスもこのやり取りには慣れているのでいちいち怒ったりしない。
「うむ、たしかに関係ないが。そこにいると通行の邪魔だしの。入るなら歓迎する。入らぬなら邪魔だから少し離れてもらえんかの、子供達も怖がっておる」
「生意気な女、我らに指図するか!」
若い男が前に出ようとするのを、上司と思われる男が制止する。
「おい、まて。例の青い髪の女だ。……部下が失礼した。我らとしてはグプタへ危害を加えることは望んでおらん。犯罪者の引き渡しを願うだけだ。ここの盟主宛に王からの手紙を預かっている」
ベアトリクスは執行官のリーダーと思われる男から手紙を受け取る。
「ふむ、わかった。アミールに渡せばよいのだな。それなら任せられた。くれぐれも穏便にたのむぞ?」
まったくだ。戦争になったら外交官として失格だ。私は出世コースから外れるわけにはいかんのだ。
私の恋人は仕事。ならば最高の恋人と付き合いたいものだ。
こうして私は東グプタ盟主、アミール・サラザールの屋敷に向かった。
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