第58話 宰相ノイマン②

 東グプタ盟主アミール・サラザールの屋敷にて。


 盟主の執務室のソファには盟主が座っている。

 その反対側にいるのがルカ・レスレクシオンだろう。

 実に堂々とした態度だ。


 とても亡命した貴族とは思えない。

 むしろ厚かましさすら感じられた。そして、その後にはメイドが一人立っている。


 この屋敷のメイドではないだろう、衣装が違うし目つきから察するに護衛と言った感じがする。


 ベアトリクスは盟主に手紙を渡すと部屋から出ていった。

 曰く、政治には口を出さないらしい。


 私はその一点において彼女を尊敬している。

 圧倒的強者が支配するという歪な状況は好ましくないからだ。

 権力が肥大化すると必ず足元から崩れるだろう。

 歴史を学べば明らかだ。エフタル王国もそんな兆候が既にいくつかみられる。

 王制はすっかり腐敗した。エフタルはまさに晩年の王朝なのだ。


 おっと、今は私の仕事をしないと。

「お初にお目にかかります。私はカルルク帝国の外交官のノイマンと申します。

 本日は皇帝陛下からの親書を持ってきております、陛下は貴殿の亡命を快く受け入れるそうです」


 私はルカ・レスレクシオンに親書を手渡すと。彼女は一通り読み、そして言った。


「うむ、さすがオリビアちゃんだ。持つべきものは妹分だ、オリビアちゃんは吾輩には頭が上がらんからのう」


 今の会話でルカ・レスレクシオンの人となりは理解した。

 それに陛下のご友人であるということも、しかも上から目線だ。陛下をちゃん付けで呼ぶ態度。


 これは厄介だな。

「レスレクシオン卿、いくつか質問があるのですが、現在の貴殿の立場についてお話をしていただけると、こちらも動きやすいのですが……」


「ふむ、そうじゃな。まず、吾輩はもう貴族ではないから、その呼び方は必要ない。ルカで結構。

 そして現在エフタルからは反逆者として指名手配されているだろうな。セバスちゃんよ、説明をたのむ」


「はい、では私から説明させていただきます。ルカ様は王の命令により、ある秘密兵器の開発をしておりました。

 しかし、完成するも王の期待に沿えず、なぜか反逆者として裁判に掛けられるような状況になってしまいました」


 ふむ、この態度を見ればなんとなく想像がつく、だが反逆者とは少しオーバーだ。


「なるほど、その秘密兵器とやらは今どちらに?」 


「はい、あれは現在、国王が管理しておりますが、すぐにでもオークションに掛けられてしまうでしょう。

 元々は国の予算で造られたのに、それを売って自分のポッケに入れるのですから呆れたものです」


 ふむ、なるほど、状況はだいたい理解した。今の話ではルカ殿にも落ち度はあるな。エフタル王の手紙も気になる。


「盟主殿、その手紙にはなんと書かれておりますかな?」


 私は、いったん話を東グプタ盟主アミール・サラザールに振った。

 先程の使者のエフタル王が書いたという手紙の中身も気になる。

 

「……ううむ。これは本当にエフタル王が書いたのか? 罵詈雑言の嵐だ。とてもじゃないが正気の沙汰ではない」


「ふむ、どれ見せてもらおうかの、吾輩は王の筆跡を知っておる故」


「構いませんが……。怒りませんよね? 私は一応、注意しましたよ?」


 ルカはアミールから手紙を受け取ると書面に目を通す。


「何々? ……おお! セバスちゃんも見てくれ。奴のヘイトポエムはとんでもないぞ。長文の割りに結局何が言いたいのか分からん。まあ吾輩は戻れば投獄、逃げれば死刑ということだけは理解したぞ!」


 後ろに立っているメイドも覗き込むように手紙を読む。


「おや、これは酷いですね。悪口というか、所々にルカ様に対する嫉妬が見え隠れして、実に味わい深い文章ですね」


「じゃろう? しかも奴め、飲みながら書いたな、所々にワインの染みがついておる。うわっ……、吾輩の祖国……終わりすぎ? ……ほれ、外交官殿も読んでみよ」


 私は立場上この手紙を読んでいいのだろうか。いい訳がない。

 だが好奇心に負けてしまった。ルカ殿から手紙を受け取ると読んでみた。


 ――っ!

 なん……だ……と? 

 これが一国の王が書いた手紙……だと?


 私は国の要職について初めてこんな悪文を読んだ気がする。

 ある意味でホラー小説というか、たしかにメイドが言ってたように、味わい深さすら感じる。


 いや、落ち着け。ここは外交官として冷静に対応を。


「ルカ殿の状況は分かりました。狂人のいる国との外交は出来そうもありませんな。これよりカルルク帝国はエフタル王国との国交を閉じさせていただきましょう。

 そのうえでルカ様を正式な賓客としてお迎えいたします」


「外交官が独断で決めていいのかの? それに貿易とかあるじゃろ?」


「それは問題ありません。我々はあくまで西グプタと交易してるのであって、エフタル王国は関係ありませんからな。ですよね? 盟主殿」


「はい、もちろんです。我ら東グプタの交易先は西グプタとエフタル王国ですので、カルルク帝国とは元々取引しておりません」


「ふむ、知ってはいたが、面と向かって聞くとお主らはたくましいのう、なら喜んでカルルク帝国の賓客となろう」


 話は終わった。


「では決まりですな。さっそく船の手配をいたします」


「うむ、よろしく頼むよ。では吾輩たちは船に乗る前に一仕事しようじゃないか。セバスちゃんよ、久しぶりに戦闘モードでいこうじゃないか。カルルクに行く前にあのゴミどもを掃除しないとな」

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