第44話 カルルク帝国の旅④
旅は続く。
砂と岩、所々に若干の草が生えている。
生き物はいない。魔物がいると聞いていたが毎日遭遇するかというとそうではない。
せいぜい月に数回、遭遇すれば運が悪いという感覚のようだ。
それでも旅の商人にとっては死活問題だろう。ラクダや馬が襲われたら損失は計り知れないのだ。
道中、旅の商人達の商隊に遭遇した。
俺達は水を手渡し、お返しに干し肉などを受け取る。
そして情報交換をした。あと数日で最初のオアシス都市に到着するようだ。
夜になる。
俺はシャルロットに水魔法を教えてもらいながら貯水タンクに水を補給する。
しかし、随分と水が入るものだ。これも魔法機械というのか。
セバスティアーナさん曰く。この貯水タンクは見た目よりも三倍ほどの貯水量があるという。
寝る前に満タンにするのが俺達の日課だ。もちろん俺はまったく貢献できてないけどな。
やはり俺は魔法の才能はないのだろう。でもシャルロットは根気良く俺に魔法を教えてくれる。期待に応えたいところだ。
水の補給を終えるとシャルロットは残りの魔力で水浴びを楽しんだりしている。
彼女の魔力量は日に日に増している。極大魔法への切っ掛けを掴んだ彼女は今まさに成長期なのだ。
俺はというと、セバスティアーナさんから剣の訓練を受けている。
「カイル様、これからは実戦形式で行きましょう。素振りはもう充分ですね。その剣にも馴染んでいます。今ならあのデスイーターの甲殻程度なら一刀両断にできるでしょう」
「セバスティアーナさんのおかげです。なんとなく刃筋を立てるという意味が体感的に理解できました。空気が斬れる音といいますか。そういうのを感じるようになりました」
「よいことです。では早速……」
セバスティアーナさんは、自分の身長ほどもある大きな剣。九番の魔剣、鋼鉄の大刀『ノダチ』を鞘から抜く。
俺より小柄な彼女だが重心はずれていない。そして彼女が剣を構えると空気が変わった。
彼女の黒い衣装と黒髪は夜の闇に溶け込むようだった。
美しい波紋の反りのある剣が月明かりに照らされる。
恐ろしいが美しかった。俺も彼女の正面に立ち剣を構える。
次の瞬間、俺は金縛りにあったように身動きが取れなかった。
いや、俺は既に斬られているのだ。そんな感じがした。
セバスティアーナさんは剣を再び鞘に収めると俺に言った。
「カイル様、なかなか鋭い感性をお持ちのようですね。よいことです。今、私はカイル様に剣気を浴びせました。それを感じ取ったのでしょう。カイル様は斬られたと錯覚しましたね?」
「はい、恥ずかしながら、3回ほど斬られたような気がしました」
「なるほど、これは教えがいがあります。正確には16回の剣気を放ちました。
まあお遊びですが、カイル様の身体能力なら致命的な斬撃は3回が正解でしょう。
……ふむ、今ので大体カイル様の状況を理解しました。
そうですね、カイル様は接近戦に不慣れですね? 今までどのような訓練をされていましたか?」
「言われてみれば、俺は接近戦を学んできませんでした。
魔法学院の授業では魔法を使った遠距離での戦いかたで、戦闘訓練は一定の距離からの魔法の撃ち合いくらいでしょうか」
「それにしては接近戦のいろはは理解しているように思えましたが。本当にそれだけですか?」
「あ! そういえばシャルロットとの決闘で、俺は彼女の懐に飛び込むという戦術を試していたことがあります。なんせ魔法じゃ絶対に勝ち目はありませんでしたし」
もちろん一勝もしていないから、それが訓練として役に立ってるとは思っていなかったが。
「なるほど。ならばその路線でカイル様には間合いの取り方の練習をしていきましょうか。
相手は魔法使いではなく戦士を想定した接近戦の訓練を。まあ私も接近戦の専門家ではありませんので、ご容赦いただきたいのですが」
そう言うとセバスティアーナさんは九番の魔剣『ノダチ』と腰に下げていた二本の剣も地面に置く。
剣を三本も持っている人が接近戦の専門家でなくて何なんだろうかと俺は思った。
そして、上着を脱ぐと中にあった小さな投擲用のナイフが何本も入ったベルトを外した。
やはり服の中にも隠し武器があったか。
「お待たせしました。刃物は全て外しましたので体術の訓練を始めましょうか。本格的な剣の訓練は体術を習得してからですね。
剣の専門家は体術をおろそかにしがちですが、魔物との戦いにおいては間合いの取り方は生死に繋がります。
効率的に習得するのに体術は最適だといえるでしょう。
それに私の剣術は人様に教えられるほど立派でもありませんし。おっと、無駄話はこのへんにして、参りましょうか、どこからでもかかってきてください」
セバスティアーナさんは構えすらしない。
でも分かる。俺では勝てないだろう。悔しい。
ならば胸を借りるつもりで全力で挑む、俺も剣を地面に置くと、深呼吸をする。
「本気で行きます。ヘイスト!」
…………。
セバスティアーナさんが接近戦の専門家でないなら、専門家とは何だろうか。
俺は先程からセバスティアーナさんに投げ飛ばされている。
地面は砂だからよかったものの、岩に叩きつけられていたら無事で済まない。
「カイル様、もっと本気で殴ってきてもいいのですよ? 私はかわすだけですから。
カイル様に敵との間合いの取り方を学んでほしいのです。さあどんどんきてください」
…………。
目を覚ました。
いつの間にか気を失っていた。目の前にはシャルロットの顔が見えた。
「起きたようね。うふふ、ぼろ負けだったわね。でも頑張ったわね、えらいえらい」
「シャルロットか、ここはどこだ?」
「どこって、知らないわよ。カルルクの砂漠でしょ?」
「カイル様、目を覚ましましたか、先程は失礼しました。つい調子にのりまして思い切り投げてしまいました。
現在のこの場所ですが。カルルク帝国、オアシス都市パミールの手前ですね、そしてカイル様はシャルロット様の膝の上です」
な! ああ、俺はシャルロットに膝枕されてたのか。
「ふふ、まるで大きな赤ちゃんみたいで可愛かったわね」
言わせておけば。それにしても体が軽い。そうか回復魔法を掛けてくれていたのか。
「ありがとう、シャルロットはいいお母さんになるな」
「な! 私はまだ13です。まだ早いわよ。……もう、大人しくしてなさい。回復魔法に集中してるから。もう少し安静にしてなさいな」
「ふふ、ではお二方、私は少し水浴びをしてきますのでごゆっくり。しかし、マスター級の魔法使いの回復魔法でも手こずる傷を追わせてしまって申し訳ありません」
「ちょ! よけいなこと言わないの。いつもなら一瞬で回復してるわよ。でも…その、今は魔力不足(せっかくのチャンス)だし……」
「うふふ、まあ独身おばさんの僻みですから聞き流してくださいな。では」
「悪いなシャルロット手間をかける」
「いいのよ、でも、セバスティアーナさんって歳はいくつなのかしら?」
たしかに。見た目は二十代に見えるが、技の数々からしてそれは有り得ない。
何より体術と剣術に魔法、全てを習得している技術レベルの高さからして若いはずがない。
「言われてみれば、……シャルロット、それとなく聞いてくれないか?」
「い、いやよ、ハチの巣を突っつけっていうの?」
「ごめん……」
こうして夜は過ぎていった。
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