第43話 カルルク帝国の旅③

 一週間が経った。


 相変わらず岩石砂漠の風景が続く。

 どこまでも続く石や岩に覆われた砂漠。

 地面は砂利や石に、ゴロゴロとした岩があって歩きずらい。ここでは馬車は使えない。


 なるほど商人が大規模な商隊になるのは理解できた。

 移動はラクダや馬を使うのだろう、この悪路では馬車は無理だ。

 少しでも利益を得るために水を必要最低限にするという理由も理解した。

 それにおそらく道中は魔法使いも必須だろう、水魔法が使えるだけで生命線になる。


 灼熱の太陽が俺達を容赦なく照りつける。

 グプタである程度の暑さには慣れたはずだが、砂漠はさすがに別次元の過酷さがある。


 魔物だって現れない。

 日中に移動するのはそう言った事情もある。夜になれば夜行性の魔物が徘徊するというのだ。


 夜は魔法結界のおかげで問題はない。おそらくこの辺の商隊も魔法結界を使用していると思われる。


 しかし、暑い。汗が滴り地面を濡らす。

 俺もシャルロットも汗びっしょりになっていたが、セバスティアーナさんは涼しい顔をしている。


 曰く、「心頭滅却すれば火もまた涼し」とのことだ、これもモガミ流忍術の奥義の一つらしい。

 いつか俺も習得したいものだ。


「ああ、もう無理。いやよ、昼は暑いし、夜は寒い。汗びっしょりでべとべとする。お風呂に入りたい! 洗濯もしたい! 私はもう13歳になるのに、こんなの嫌よ!」


「シャルロット様、お誕生日でしたか、おめでとうございます」


 そうか、シャルロットは今日が誕生日だったか。

 ふむ、ならば。

「セバスティアーナさん、水は貴重ですけど彼女の誕生日ですし、それに一週間も風呂に入らないのは可哀そうで」


「はい、了解しました。私も配慮が足りませんでしたね。水は貴重ですが。たまには贅沢も必要という事でしょう。わかりました」


 こうして俺達は丁度よい岩石を見つける。俺はそれに剣を当て少しずつ削る。やがて中央に大きな窪みが出来た。


「カイル様、これなら水を溜めるのにちょうどよいでしょう。ではシャルロット様、いきますよ」


「ええ、いいわよ、ではやりましょう」


 岩の窪みにはなみなみと水が注がれた。そこには水風呂ができていた。


 シャルロットは成長していた。あれだけの水魔法を使っても平気な顔だった。

 もちろんセバスティアーナさんも手伝ったとはいえ、出した水は相当な量だった。


 岩の水風呂ができると、すぐさまシャルロットは服を脱ぎ飛び込む。


「シャルロット様。殿方の前で素っ裸になるとは、はしたないですよ」


「平気よ、カイルには既に見られてるし、どうせすぐ目を逸らすから。それよりも今は水風呂、それ以外に気にするものなどないのよ」


 シャルロットは勢いよく水風呂に飛び込むと。セバスティアーナさんは俺を軽蔑した目でみる。

「カイル様。失望しました」


「違う、セバスティアーナさんが想像していることはしてない! あれは事故だったんだ。見たけど、そういうことはまだというか。まだ告白だってしてないんだ」


「ふふ、冗談ですよ。では、私もシャルロット様にお付き合いするとしましょう。カイル様には申し訳ありませんが見張りをお願いいたします」


 そう言うとセバスティアーナさんもメイド服をその場で脱ぎだした。


 まったく、俺の目の前で堂々と脱ぐなよ。

 だが、彼女のメイド服が地面に落ちるとガシャンと金属音がした。

 スカートの中にはやはり武器があった。搭適用のナイフだろうか。それに針の様なものもある。やはり彼女はただ者ではない。


「カイル様、申し訳ありませんが着替えを持ってきてもらえますか? あと、私のメイド服に夢中になられましても照れてしまいます。シャルロット様にも申し訳ありません」


「ち、違います、武器があったのでつい」


「ふふふ、そういうことにしましょう。臭いを嗅ぐとかは勘弁してくださいよ? 女性としてはそういうのはちょっと……」


 誤解だ。俺は彼女たちが脱ぎ捨てた衣類を運ぶと着替えを用意して水風呂の側に置いた。


「セバスティアーナさんって着やせするタイプなんですね」


「ええ、普段はさらしをまいております。戦闘の邪魔になりますので、私としてはシャルロット様の方がうらやましいと思いますよ? とても美しいバランスの取れた体です」


 いかん、早くここから去らないと。


「カイル様、私達が出たら次は貴方様も入ってください。気持ちいいですよ? そのあとは洗濯でもしましょうか」


「え? カイルいるの? 信じらんない。あんたセバスティアーナさんを覗きに来るなんて最低」


「いいえ、カイル様はシャルロット様を覗きに来たのでは?」


「へっ? そうなの? でも、あんた前にも見たでしょ! ま、まあ、二度あることはなんというか。その……」


「うふふ、まったく面白い方たちですね、まさにお似合いのお二人です」


 こうして俺達は一週間ぶりの風呂を堪能し洗濯もした。

 驚いたことに洗濯ものは数時間と立たずに乾燥した。

 どれだけここが乾燥しているのか、自然の脅威を実感したのだった。


 砂漠の乾燥した風に揺れる洗濯ものを見ながら俺達は明日の準備をする。


 シャルロットは相変わらずショートパンツとノースリーブの格好だった。

 何着持ってるんだと思ったが、本人が気に入ってるのだから何も言わない。

 俺も代り映えのない服だし。


 そんな中、セバスティアーナさんの来ている服は違った。

 メイド服はかさばるので一着しか持っていないようだった。


「あの、セバスティアーナさん。失礼ですがその服はなんでしょうか……」


 彼女は、前身黒づくめだった。

 服というか、肌に密着するような網目のある肌着が首から上を除く全身を覆い、その上に黒いショートパンツ、そして同じく黒いノースリーブの上着を着ている。


 シャルロットの普段着と形状は似てはいるが、脚や腕は露出していない。

 黒い網目が肌に密着しているからだ。


「この服ですか。これはモガミ流の戦闘服です。

 ニンジャーのなかでもクノイチと呼ばれる女性のエリート部隊に許され衣装だそうです。

 ちなみにカイル様が夢中のこの黒い網目は金属繊維で出来ております。

 斬撃に対しての防御力を確保しつつ、機動性をそぐわない構造となっております」


「へえ、カイルそういうのが好きなんだ。なら私も着てみようかしら」


「シャルロット様、申し訳ありませんがこれはモガミの里でしか手に入りませんので、今すぐには無理ですね」


「そうなの残念。って、ちょっと! カイルいつまで見てるのよ」


 いかんいかん。つい見とれてしまった。

 全身黒ずくめのセバスティアーナさんは完璧だった。

 メイド服の状態でも隙はなかったが、この衣装だと鍛え抜かれた体のラインが良く見える。

 その立ち姿から実力がはっきりしたのだ。


 この人は本当に強い。「魔法使いは無防備である」といってた歴戦の戦士とはこうだったのだろうかと実感したのだった。

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