第27話 二人旅⑥

 山頂に来た。後は下るだけだ。


 向かい側から人が歩いてくるのが見える。


 商人ではない。

 山を上るには場違いな、青いドレスを着た青い髪に青い瞳の女性が歩いてきたのだ。


 山頂に吹く風が、彼女の青い髪やドレスの裾をなびかせながらゆっくりと近づいてくる。

 手荷物一つ持っていない。共もいない。


 ありえない。それだけで異常事態だった。

 俺達は警戒しつつ彼女とすれ違おうとしている。


「……臭いわね、昨日は臭わなかったのに、どういう事かしら? ……おっと、お嬢ちゃん、体臭の話ではないから安心するがよい。お嬢ちゃんの体からは若々しい、フレッシュないい匂いがするぞよ? 自身を持つがよい」


 シャルロットは慌てて着ている服の胸元を引っ張り、臭いを確認していたが、すぐに冷静になる。


 俺達はこの謎の女性に振り返る。


 俺はこの女性に会ったことがある。

 そうだ、この間、洗濯の時に現れた洗濯の妖精さんだ。


「だが……それとは別の臭いがするのう。この臭いをなんというか、呪い臭いが正解かのう。お主たちからルシウスの臭いがするのじゃが。

 ドラゴンロードの手先を我が領域に入れる訳にはいかんしのう、ここを通りたければルシウス本人が頭を下げるまでは許可するわけにはいかぬのう」


 ドラゴンロード? こいつ、俺達のことを知ってる?

 だが、俺達はドラゴンの手下じゃない。


「待ってくれ、俺達はドラゴンロードの手先じゃない。俺達はあいつを殺したんだ。信じてくれ」


「ふむ、それをルシウス自身の口でいうなら信じてやってもいいが。人間は嘘をつく、だから奴は人間を操って自身の代わりに嘘をつかせる。わかるか? お前たちの言葉など信用できんという事じゃ。

 去るならよい、だが、これ以上進むなら……死んでもらうぞ? お主が死んだらルシウス本人が来る以外にないからのう。

 まあ、あのビビりのルシウスが私の前に現れるとも思えん。だから貴様らをよこしたのじゃろうが?

 ならば、なおさら許せんな。お前らの首を奴に投げつけるとしようか? なあ、ニンゲンよ!」


 俺達はこの謎の女性から距離を取る。

 明確な殺意を感じた。逃げられない。

 シャルロットも覚悟を決めた。


 俺に出来ることは魔剣を使うことだ。


「シャルロット! すまん、俺に少しだけ時間をくれ」


「わかったわ! ここで引き返すわけにもいかないし。やるわよ。相手はドラゴンを知ってる。

 ただの頭のおかしい女じゃない。油断したらこっちがやられるわ。最初から本気で行くわよ!」


「ふむ、そうせい。悔いのないようにな。全力を出してみせよ」


「馬鹿にして! 喰らえ。アイスジャベリン!」


 シャルロットの放った氷の槍は謎の女性の胸元に命中した。

 だが、氷の槍はその場で砕けて霧散した。


「おおう、冷たくて気持ちがいい。もっとおくれよ」


「また馬鹿にして! ならこれならどうかしら? ヘルファイア!」


 極大魔法を除けば最強の火炎魔法。真っ赤な火柱が謎の女性を包み込む。

 だが謎の女性は笑っている。服どころか髪の毛一本すら無傷だった。


「あはは、熱い熱い。お嬢ちゃんはその歳でマスター級とは恐れ入った。さてさて、お洗濯のお兄さんは何を見せてくれるのかい?」


「ヘイスト!」

 俺は魔剣を振りかぶり青い女性に突っ込む。


「ふふふ、鈍重な動きだな、止まって見えるぞ? そんな大振りの剣が私に当たるとでも? えっ? 足が動かない……」 


 いつの間にか彼女の両足はぬかるみに嵌まり。身動きが取れなくなっていた。

「カイル、今よ! 思いっきりたたきつけなさい」


 完璧なおぜん立てだ。俺は謎の女性に向かって思い切り魔剣を振り下ろす。

 彼女は人間ではない。圧倒的な魔力と威圧感、そしてあのドラゴンを子馬鹿にする態度、明らかに異常だ。

 手加減しようものなら一瞬で殺されてしまうだろう。


「ふん、やるじゃない。お嬢ちゃんは頭も切れるようだ。マスター級をはるかに超えている。で、お洗濯のお兄さんはどうかしら? その大きな鉄塊で私を斬れるかしら」


 彼女は右手をあげる、手の平で魔剣を受け止めようとした。

 魔剣が彼女の手の平に触れる。


 次の瞬間、女性はその場から消えた。


「なっ! 消えた?」

 そうか彼女は瞬間移動が出来る。それを失念していた。

 くそ、最大のチャンスだったというのに。


 謎の女性は最初は剣を受け止めようとしていた。

 だが手が触れた瞬時に回避行動をとった。


 この魔剣の特性を知っているのか?

 それとも防御結界をいともたやすく破ったから、瞬時に回避行動をとったのだろうか。


 すぐ後ろに現れた彼女は、自分の右手を見ていた。

 彼女の右手からは血が流れている。

 自身から流れる血をひとなめすると急に笑い出した。


「ふ、ふふふ。あっはっは。危なかったのう、舐めプしてたら死んじゃうところだった。

 ふむふむ、なるほどのう。そうか、そうか、なるほど。

 いやー、いいね! 前言撤回。君たちはグプタにいくといい。

 くくくく。そうかルシウス死んじゃったか。あの呪いの偉大なる、なんちゃらだっけ? ぶふっ!

 いやーごめんごめん。君たちの話は信じるよ。あっはっは。じゃあね。良い旅を」


 そう言い終えると、謎の女性は姿を消した。


 俺達はしばらく周りを見回していたが。彼女はどこにもいなかった。


 しばらく、そうしていると。商人が近くにやってきた。

「おや、お二人さん財布でも落としたのかい?」


 商人のおじさんは馬車から降りると、一緒に探してくれると言った。

 今までに出会った商人達は皆親切だ。でも、財布を落としたわけじゃない。


「いえ、違うんです。その、変なこと聞いてるかもしれませんけど。この辺で青い髪に青いドレスを着た女性を見かけませんでしたか?」


 商人は目をまるくしていた。やはり変なことを聞いてしまっただろうか。

 しかし、商人の反応は逆だった。


「おお! 兄ちゃんたち。そいつはめでたい。女神さまに会えるなんて幸運だぜ。ちくしょう。俺ももう少し早く来ていればご尊顔を拝することが出来たってのによ」


 うん? 女神? それにしては随分と好戦的だったような。

 それに、どう考えてもドラゴン関係者だった。しかし、商人の話を聞くにそういう訳でもないようだ。


 曰くグプタからこの山脈にかけて目撃例が多数あり。

 山で病気にかかった商人を不思議な力で治療したという報告もある。


 また、海で溺れた子供を助けたりと。随分グプタの人には親しみのある、というか実在する女神さまのようだ。


 いろいろ引っかかることはあった。

 まあ、その女神様からグプタへの訪問を許されたのだ。とりあえずは良しとしようか。


 商人のおっちゃんから果物を貰ったことだし。これ以上気にしてもしょうがないだろう。


 山を下りる。

 そこには反対側の密林とは打って変わって、広大な高原が広がっている。

 気温も比較的に低いようだ。夜になったらかなり冷え込むことだろう。


 グプタまであと少し、高原には山小屋のみで村はないと言っていたが。それはあらためないといけないだろう。


 山小屋と彼らが言っていた建物は俺達が泊まった宿よりも立派な建物だった。


 広い馬車置き場に馬留もしっかりと整備されており。そこには数台の馬車が駐めてある。

 それが道なりに数件あるのだ。

 なるほど、これから本格的に山越えをするための休憩所ということか。


 それにグプタは港町だ。標高差を考慮してのことだろう。


 だが、俺達は商人ではない。

 泊まってみたいとは思うが、出来るだけ目立つのは避けるべきだろう。

 宿に行ったら色々と会話をする事になる。数分なら構わないが、宿ではそうはいかないだろう。俺達の出自がばれてしまう恐れだってある。


 シャルロットも同意見だ。

 少し後ろ髪を引かれる思いがしたが我慢だ。


 もうグプタまでは目と鼻の先なのだ。

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