第三章 港町
第28話 港町グプタ①
季節は本格的に夏に入る。
日中は汗ばむほどの気温であるが、それでも、ここは海風もあり日陰に入れば心地よい。
空を見上げると北方では見ない鳥が見える、あれが海鳥なのであろう。
白い羽毛に包まれた美しい鳥が空を気持ちよさそうに優雅に飛んでいる。
シャルロットも初めて見たのだろう、その海鳥の優雅な姿にしばらくの間、俺達の視線は空に奪われた。
気付いたら急な下り坂に遭遇した。
俺達の歩いてきた丘の上から眼下に見えるのは大きな港町だった。
遠くには、青い海が広がっている。海岸に目を向けると大小様々な船が並んでおり波に揺られている。船着き場のようだ。
さらに陸の方を眺める。海岸から緩やかな勾配にそって建物が綺麗にならんでいる。
レンガ造りの家々が並び、最も高い場所にはひときわ大きなの屋敷が建っていた。
領主の屋敷だろうか、王都でいえば中級の貴族の住んでる様な屋敷が、一番目立つ高台に建っている。
俺達は港町グプタまでやってきた。
ついにエフタル王国から逃げのびることができたのだ。
この国でやること、まずは独立都市グプタの市民権を得る必要がある。
市民権を得る条件は一つだけ。仕事を見つければいいのだ。
ここにも北方に比べたら規模は小さいが冒険者組合はある。
南方はバシュミル大森林からもっとも遠いことから魔獣に遭遇することはまずない。
だから、仕事は狩猟やレアな薬草採取、要人の警護などだ。
だから冒険者の数も少ない。名声を上げたい冒険者は皆北へ向かうのだから。
でも俺達にはむしろ好都合だ。
今日はとりあえず手ごろな宿を探して明日から本格的に活動しよう。
正直この暑さに少し参っている。お金に困っている訳でもない。
明日は街を一回りして情報収集だ。
「シャルロット。とりあえず今から宿を探すが、他に行きたいところはあるかい?」
「ないわ、今日はもう疲れちゃった。しかし暑いわね、汗びっしょりよ。南方の夏を甘く見ていたわ。とりあえず最低でもお風呂付の宿にして頂戴」
「了解。俺もさすがにこの暑さはこたえる。慣れるまではゆっくりと活動しよう」
「賛成。ねえ、明日海に行きましょうよ。あそこに見える白いビーチなんて楽しそう。それに海の幸をいただきましょうよ。私、海に来たの初めてだから楽しみだわ」
もう観光気分だ。だがそれも悪くない、俺も海は初めてだ。
それに、街に入ってしまえば基本的に外部の人間は何もできないはずだ。
でもまだ完全に安心はできないだろう。市民権を得るまでは大人しくするべきだろうな。まあビーチに行くくらいなら何も問題ないと思うけど。
「さすがにあれから三か月は経ってるからな、エフタルの惨状はもう知れ渡ってるだろうね。政治的になにか動きがあるかもしれない。とりあえず新聞をじっくり読まないといけないね」
シャルロットは眼下に見える港町を隅々まで眺めていた。額に手をかざして目を細める姿は年相応の少女のようだった。
そう、本来なら旅は楽しいだけで良いはずだし、12才の少女が体験するには余りに過酷なことばかりだった。
いや、年下とはいえ彼女は魔法学院では同級生だった。あまり年下扱いは良くないか。
俺達は坂道を降り、港町グプタに入る。
しかし違和感がある。関所がないのだ。
まさか、街に入るのに通行料がいらないとは驚きだ。しかも持ち物検査もない。
どういう事だろうか。ここは独立都市国家であるはず。
この道に無いだけで入国の手続きはどこかでする必要があるはずだ。
俺達は街の入り口でキョロキョロと周りを見る。後から商人が入ってきた。
「お二人さん、なにやってんだい? さっさと進んでくれないかい。馬車が通れないじゃないか」
商人のおじさんに事情を話した。
どうやら入出国の審査は必要ないらしい。
本当だろうか、にわかに信じられない。だが商人のおじさん曰く、本当にないらしい。持ち物検査も必要ないらしい。
そんなんで治安は大丈夫なのか? と聞くと。商人は笑った。
もしこの街で何かしようとしたら、海の女神様にきつい制裁を受けるのだそうだ。海の女神様は優しい人には優しい姿で、悪党にはそれはそれは恐ろしい姿であらわれるのだそうだ。
ああ、納得した。あいつだ、あの洗濯の女神様だ。
忘れるところだった。あれについても調査しないといけない。
少なくともこの街の人々には好意的に受け止められているが、間違いなく化け物の類だ。
俺は商人のおじさんに宿屋街の場所を教えてもらうと。
しばらく滞在することになるだろう少し高めの宿へと向かった。
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