第26話 二人旅⑤
俺達は山道を歩いている。
頂上まではしばらく上り坂だろう。
ここまで来ると大きな木は生えていない。
比較的小さな木々がまばらに生えているだけだ。
昨日はあの密林を全力疾走していたというのに。
そう、あの密林はやばかった。
シャルロットは随分落ち着いたようだ。
ゆっくりと山道を歩いている。
「こほん、カイル。昨日のことはお互いに忘れましょう。
私は貴方に助けてもらった。その恩は一生忘れません。それだけでいいじゃない。細かなことは忘れましょう」
「おう、そうだな……」
俺はあの後、シャルロットに付いていたヒルを全て取ったのだ。
太ももに首筋、下腹部にヒルは喰いついていた。
俺もさすがに気持ち悪かったのでそれ以上思い出したくなかった。
でも、それでも彼女の体は綺麗だった……。いやいや、忘れよう。煩悩よ去れ。
山道を登るにつれて気温は下がり心地よい風が吹いてくる。気持ちの良いじつに爽やかな風だ。
おっと、忘れてはいけない。山登りの鉄則だ、早めに休憩をとらないといけない。
「シャルロット、今日はここで一泊する」
「え? どうして? まだ日は明るいわよ?」
「ああ、山に急いで登ると病にかかる確率が上がるらしいんだ。どういう理屈かは分からないけど。とにかく山に登ったらこまめに休憩を取ること。それが冒険者の鉄則らしい」
「なるほど、私もレンジャーの科目を受けておくべきだったかしら。まあ、今さら言ってもしょうがないから、カイルの言うことに従うわ」
「ああ、そうしてくれると助かる。山の病気は年齢や魔力に関係なく等しく襲ってくる。山の神の試練らしいからね。先人の経験から得た教訓は素直に従う事さ」
翌日。
俺達は昨日は少し早めに寝たため、朝は早かった。
久しぶりにゆっくりと朝食をとり。コーヒーを楽しみながら本を読んだりした。
テントはそのままにして散歩をしたり。途中で泉を見つけたら、そこで洗濯をした。
洗い終えた洗濯物をもってシャルロットはテントに引き返そうとしていた。
だが、洗い残しがある。おかしい、わざとだ。
それにこの服は一昨日のヒルの豪雨の時に着てたやつだ……
シャルロットはその一塊の衣服を見ながら俺に言った。
「一生のお願い、これはカイルに洗ってほしいの。嫌なら捨てるから」
と言ってその場を離れた。
さすがに捨てるのはもったいない。これは商業ギルド公認のしっかりとした服だ。
洗ってやるさ。
俺はさっそくシャルロットのショートパンツを広げる。
うわ……。ヒルの死骸がこびりついてガビガビになっている。
さすがに水洗いだと厳しいか。
「お兄さん、その汚れは水洗いだと無理だと思いますよ?」
「うん、わかってるんだけど。洗剤がないんだ」
「でしたら、この木の実をすりつぶして、汚れにこすりつければ落ちると思いますよ? ふふふ、森にも洗剤はあるんですよ?」
「ありがとう、お姉さん詳しいんですね。ってあれ? いない」
確かに女の人が俺の後ろにいた。それに洗剤だといって後ろから俺に木の実を手渡したのだ。
たしかに俺は見た、シャルロットよりも色白の腕と、長く青い髪の毛が視界の隅に映ったのだ。
最初は商人かと思った。でも今はいない、だが決して幻ではない。
なぜなら木の実をすりつぶした洗剤は効果が抜群だったからだ。
汚れがみるみる落ちていく。
よかったな、シャルロット。
通りすがりの洗濯の妖精さんに感謝だ。
ヒルの体液が綺麗に落ちたか確認するために、もう一度、シャルロットの服や下着を広げる。
うむ、綺麗だ。これなら問題ない。
しかし俺は女性の服や下着を洗ってしまった。
許されるのだろうか。いや、それを言えば彼女は俺の服を毎回洗ってくれている。
何も問題ないだろう。俺が自意識過剰なだけだ。
洗濯くらいでいちいち考えすぎだな。
さてと、あとは俺の服も洗わないとな……。
シャルロットの着てた服に比べ俺の服は布面積が圧倒的に多い。
ヒルがどれだけついているのか数えるだけ無駄だろう。
洗濯を終える頃には夕方になっていた。
今日はここでもう一泊をする。
商人が山頂から降りてきて俺達に声を掛けてきた。
これからグプタまで行くと言うと、いろんな事を教えてくれた。
彼らも山道では慎重でこまめに休憩を取っている。
俺達はそんな商人にコーヒーを御馳走すると、機嫌よくいろんな情報を話してくれた。
ここから先、グプタまでは緩やかな高原が続いているらしい。
村は無いが、商人たちの休憩所としての山小屋がいくつか建っているそうだ。
こちら側にそういう建物がなかったのは、エフタル王国の領土であるために勝手に山小屋を建てる訳にもいかない事情があるそうだ。
この辺はグプタの方が進んでいるようだ。
商人の為の山小屋くらい良いと思うんだが、まあ、あの森があるし、その前にも広大な無人地帯がある。
わざわざ山小屋を建てるために遠征するのも大変なんだろう。あの辺は田舎しかないし。そんな財力もない。
そんなエフタル側の事情はさておき、グプタ領内は随分景気がいいようだ。
高原には山小屋以外ないとはいえ、グプタは港町だ。全ての収益はこの港で賄うのだろう。
それに海を挟んだカルルク帝国側のグプタとも交易が盛んだ。
グプタは海を挟んで、エフタル側を東グプタ。カルルク側を西グプタとして。
その間の海域を独占している。
船の行き来も自由だ。
だから交易が盛んになる。
ただの港町が一国に匹敵する財力をもっているのだ。
そういった事情で、グプタは独立都市であり、中立の立場を維持できるのだ。
俺達が目指す理由もそのためである。ここまで行けば。もうエフタルで起こった貴族狩りの心配はしなくていい。
しかし、安心できるかというと、いくつか引っかかることがある。あのドラゴンの存在だ。
あんな奴を自由に動かすことができるやつがエフタルを乗っ取ってしまったら。グプタだって安心とはいえない。
いずれはカルルク帝国に行って、ルカ・レスレクシオンがいるというカルルク帝国最北端の迷宮都市タラスまで出向かなくてはならないだろう。
まあそれは後のはなしだ。いまはグプタまで無事にたどり着くこと、それだけだ。
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