2-05  食事への誘いと彼女との仲

「うーん、終わったー」


 歌恋と別れ、風紀委員室に戻って数時間後。

 最後の書類の山を捌き終え染谷が大きく体を反らさせる。


 時計を見ると既に下校時間はとっくに過ぎており、他の風紀委員会の生徒も

 その業務を終えとっくに帰宅していた頃だった。


「今日もお疲れ様、染谷さん」

「ありがとう最上君。貴方も毎日遅くまで付き合ってくれてありがと」

「いいんだよ気にしないで」


 会話をしながらさっきまで使っていた資料をササッと片付け帰りの支度をする。


「…………」


 不意に先程話していた歌恋の案を思い出す。

 彼女の話だと染谷はいつも寮に戻り一人で食事をしているという。

 あれだけ忙しかった仕事にも一様の目途が付き、仕事でも実績が付いてきた今、

 俺の評価は上々なはず。


「(誘うなら今か)」


 風紀委員室の電気を消し戸締りを確認し、並んで校舎を後にする。

 日が落ち遊歩道に沿うようにして設置された街灯の光に照らされる中、

 隣を歩く彼女に視線を移す。


「そういえば染谷さんって寮に住んでるんだよね」

「ええそうよ。基本的に風紀委員会の子たちは寮に入ることになってるからね」

「それじゃあ、みんな寮でご飯を?」

「寮には専用の食堂があるからね。ほとんどの人はそこで済ましているわ」

「へぇ」

「興味あるの?」

「実は結構ね。噂ではカフェテリアに負けないくらい美味しいとか」

「味に関しては確かに美味しいことは間違いないわね」

「一応聞くけど、それって寮生じゃないと食べられないよね?」

「規則としてはそうね」

「そっか。それは残念だな」


 食事に誘うなら、彼女の馴染みのある場所で一緒に食事をするのが

 距離を縮めるには良いかと思ったが、そう上手くはいかないらしい。


「(とするとやはり学外に食事を誘うのがベターなやり方か。

 ここ数週間の会話である程度の趣向は知れたが、彼女の好みの店が分からない以上

 博打にはなるな)」


「そんなに寮の食堂が気になるの?」

「え、ああ、まあね」


 俺の逡巡していた様子を見てか。

 彼女にはそれが俺が食堂に行けなくて落ち込んでいるように見えたらしく、

 優し気に声を掛けてくれる。


「そこまでいうなら食べてみる? 食堂のご飯」

「え、いいの?」

「この時間だと私たちが最後だろうしいいんじゃないかな。

 風紀委員長特権ってことで特別だよ」

「あ、ありがとう染谷さん」


 そうして俺は無事、染谷を食事に誘うことに成功し、二人で寮にある食堂へと

 向かう。



  ◇



 学生寮は広大な学園敷地内の南西と南東に位置し、正門から見て右手の部室棟の

 奥にある方が魔術師生徒用の学生寮で、反対に位置するのが魔導師生徒用の学生寮

 となっている。


 特区内にあるという学園の性質上、在校生の殆どが本土から入学してくることも

 あってか、全校生徒の約八割が入寮している。

 ちなみにその他の生徒に関しては、島内に持ち家がある、もしくは企業家族の

 関係者であることが殆どで、場合によっては敢えて寮には住まず俺のように

 学外のマンションを借りている者もいる。


「着いたよ。ここが学生寮だよ」


 俺は染谷に連れられるように学生寮のエントランスを抜け、

 一階に備え付けられた食堂へと向かう。


「あら、ゆづはちゃん」

「どうも」

「今日もご苦労様。いつも通りゆづはちゃんの分のおかず残してあるからね」

「ありがとうございます。それであの、実は今日はもう一人いまして」

「こんばんわ」

「あらま、珍しい。ゆづはちゃんが誰かと一緒に帰ってくるなんて。

 もしかしてアンタが噂の転校生かい」

「最上司です」

「これはまた行儀がいいね。もしかしてご飯食べに来たのかい?」

「はい」

「そうかいそうかい。それじゃあすぐ準備してあげるからね」


 そうして食堂のおばちゃんによって準備された定食を受け取ると、染谷と共に

 適当な席へと移動する。


 食事を開始してしばらく。


「どう、最上君」

「うん。とてもおいしいよ。なんというかいつも食べてるカフェテリアの料理が

 お店の味なら、こっちはどちらかというと家庭の味って感じだ」

「だよね。私もそう思う」


 と染谷はとてもきれいな所作で上手に箸を使い定食を口へと運んでいく。

 その様子に加え、普段の所作や言葉遣いからも育ちの良さが伺える。

 まさに風紀委員長という肩書に相応しい人物だと、改めて感じさせられた。


「ところで最上君、風紀委員の仕事には慣れたかしら」

「そうだね。最近じゃあの書類の量にも耐性が付いてきたところだよ」

「悪いわね、事務処理ばかり押し付けてしまって」

「いやいいさ、それも大事な仕事だろ。それに染谷さんが自由に動ける方が組織と

 しては重要だ」

「そういってもらえると助かるわ」


「そういえば今まとめてる資料にある創立記念日って、あれは何かのイベント

 なのか? てっきりただの休校日かと思ってたんだが」

「普通の生徒にとってはあながち間違いではないわ」

「というと?」

「うちでいう創立記念日っていうのは毎年、上層組織からの視察日のことなの」

「視察…………とするとその組織っていうのは」

「もちろんマギアテックスのことよ」

「――――」


 その名を聞き、僅かに鼓動が高鳴る。

 しかし高揚する胸中を表に出すことはせず、至って冷静に言葉を続ける。


「それは風紀委員会も当然参加するんだよな」

「当日の警備としてね。このイベントは生徒会、延いては学園にとっては

 絶対に失敗できない大事な日だからね」

「…………なるほどな」


 彼女の話を聞き、脳内で瞬時に浮かび上がる質問や疑問が口から漏れださない

 ように気を付けつつ。同時にがっつきすぎない様にできるだけ淡泊に相槌を打つ。


「ちなみにその日は俺の様な仮入隊の生徒は休みになるんだろうか」

「そのことなんだけど、最上君。よかったら当日の警備に加わってくれないかしら」

「大事な日なんじゃないのか」

「だからよ。当日の警備は一年で一番気を遣うからできるだけ優秀な生徒を事前に

 選出するようにしているの」

「仮入隊でもか?」

「この日ばかりは役職は関係ないわ。私の一存で決定する以上、警備は少数精鋭。

 要らぬトラブルを避ける為にもね」

「――――ふむ、なるほど」


 染谷の提案に敢えて分かり易く逡巡の時間を取る。


「どうかしら?」

「染谷さんがそれでいいなら俺は全然かまわないよ」

「それは良かった」


「実は少し心配してたの。最上君はこういう話は引き受けてくれないかと

 思ってたから」

「そうなんのか?」

「ええ。栢原君から最上君は面倒なことは避ける人物という話を聞いていたから」

「あいつ…………」


「(…………栢原め、余計なことを――――)」


「染谷さんは栢原とは仲がいいのか?」

「仲がいいとは言えないかな。彼もつかみどころのない人物だからね。

 話すのも委員会の時だけだから」

「では初風とはどうだ」

「愛唯のこと? 彼女とは一年の時同じクラスだったから仲はいいわよ」

「確かに二人とも少し雰囲気が似てるかもね」

「そうかしら? まぁでも悪い気はしないわね」


 ふふっと染谷は今日初めて表情を和らげ笑う。

 それを見て少しは関係の進展に手応えを感じたと思えたが…………。

 直後、食事を終えた染谷がゆっくりとこちらを見据えるとその場の和やかな

 空気が少しだけピリリとひりつくのを感じた。


「それじゃあ最上君、私からも一つ質問いいかしら?」

「もちろん。なんでもどうぞ」

「…………」


 すると染谷は十分な間を取り、意を決するかのようにして口を開いた。


「その、最上君は遠乃緋音とはどういう関係なの?」

「先輩と?」


 突如として緋音先輩の名が飛び出し俺は不意に首を傾げてしまう。


「もしかして恋人とか?」

「あーいや違うぞ。彼女とはその同じ中学の出身なんだ。この前、偶然再会したから

 気に掛けてもらってるだけだ」

「そうなんだ」


 染谷はそれだけ聞くと二の句をつなげることなく押し黙る。

 そのあからさまな態度に緋音先輩と何かしらの関係があることは自明の理であるこ

 とは言うまでもない。


「彼女と何かあったのか?」


 風紀委員長と魔導師科のトップ。

 関わり合いがないわけではないだろうが、この雰囲気を見るにどうもそれだけでは

 なさそうだ。


「いえ別に。ただちょっとした因縁があってね」

「…………」

「と言っても大した話じゃないのよ。昔、剣道の試合で負けたってだけ」

「剣道――――」


「(そういえば中学時代の先輩は剣道部に所属していたっけ…………。

 ということは染谷はその時の大会で緋音先輩と戦っていたということか)」


「もしかして先輩のこと苦手なのか?」

「苦手というよりは近寄りがたいといった方が正しいかもね」

「あーその気持ちはよく判るよ」


 あの頃から先輩は文武両道でクラスの人気者だった。

 彼女の周りにはいつも数人の友達がいて、明るい雰囲気を醸し出していた。

 俺でさえ中学生だったとはいえその存在は眩しかったし、それが他校生徒ならば

 尚更輝いて見えたことだろう。


 とはいえ光あるところに影があるように。そんな彼女を疎ましく思う層も一定数

 いるのも確かで、大なり小なり染谷のように考える人もいる。


「(まぁ本人はまったく気にしていないだろうがな)」


「それにしても意外だな。染谷さんが剣道をしていたなんて」

「そう?」

「あぁ。どちらかというと染谷さんは運動系より文科系のイメージだったから。

 例えば茶道とか」

「まさか。私はそれほどお淑やかではないわよ」

「そうかな?」

「そうよ」


 一見、謙虚さ故の発言にも聞こえる彼女の発言。

 だが俺にはどうにも飾付けられた言葉には思えなかった。

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