2-04  仮入隊

 風紀委員会に仮入隊して最初に思ったこと、それは――――圧倒的な仕事量の

 多さに対する驚きだった。


 何度も言うが風紀委員会は学生組織ではあるものの、魔術特区内での治安維持の

 ほとんどを担っている組織である。


 故に普通なら大人たちが管理統括するような仕事も学園生徒である彼らの業務の

 一環として組み込まれているようだ。


「(とはいえこれは一介の中小企業か、それ以上の業務量だぞ)」


 黙々と渡された紙媒体のデータをPC画面に打ち込みつつチラリと

 隣の席に座る染谷を見る。


 彼女もまた俺と同様に一定のスピードでキーボードを叩きながら

 瞬き一つせずにPCのモニターを注視していた。


 その動きはまさに正確無比でありながら繊細で、まるで機械のようだと思った。


「染谷、こっち終わったよ」

「ん? あぁ、ありがとう最上君。うーん疲れたー」


 俺が声を掛けると彼女は眼をショボショボとさせ、両腕を天井に掲げ背筋を

 伸ばしてみせる。


「少し根を詰め過ぎじゃないのか?」

「これくらいいつものことだよ。それよりも最上君は大丈夫? 無理はしないでね」

「俺のことは気にしなくていい。それより少しは休んだらどうなんだ?

 もうずっと作業しっぱなしだろ?」

「うーんそうしたいところだけど、急ぎの案件だから。

 最上君は先に休憩しててもいいよ」

「…………。ならコーヒーでも買ってくるよ。好みはあるか?」

「それじゃあ甘いので」


 そうして作業を続ける染谷を置いて風紀委員室を後にし、

 校舎内の廊下に置かれた自販機へと向かう。


「はぁ」


 自販機で飲み物を購入しつつ無意識にため息が漏れ出る。


 俺が風紀委員に入ってしばらく。業務の忙しさも相まって

 中々染谷との距離が近づかない。


 本当は休憩中に世間話でもして親密度を上げたいところなんだが、

 その真面目な性格からかタイミングを合わせるのも難しい。


「(どうしたもんか…………)」


 加えて今俺が担当している業務ではある程度の内情は知れても、

 重要な任務に関する情報は見つかりそうにない。

 こればっかりは焦っても仕方がないことだが、何とも歯痒い思いだ。


 なんて考えているとふと廊下の先から現れた少女に声を掛けられた。


「あれ先輩じゃないですか。こんなところで奇遇ですね」

「君は――――沢城さん」


 それは以前、生徒会室に行く途中で出会った沢城歌恋であった。


「いやだなー先輩、私と先輩の仲じゃないですか。私のことは気安く歌恋って

 呼んでくださいよー」


 そういうと、彼女は開口早々にこちらに近づき、自身の肘を俺の胸元に

 グイグイと押し付ける。


「俺との仲って、まだ会うのはこれで二回目だろ?」

「いいんすよそんなのは。私にとって先輩は恩人っすから。ほら」


 すると彼女は制服の襟元から、首に掛けた例のネックレスを取り出す。


「ネックレス、直したんだな」

「はい。今度は頑丈な留具にしたのでもう安心です」


「それよりも先輩はこんなところで何してんすか? もう放課後っすよ?」

「俺はこれだよ」


 と、俺は自身の左腕に着けられた腕章を見せる。


「風紀委員補佐? ほへー凄いっすね。私初めて見たっす」


「するとあれっすか、今は休憩中っすか」

「ああ」

「なら良かったら少しお話しませんか?」

「まぁ……少しくらいなら構わないが」


 そうして自販機近くに置かれたベンチに二人並んで腰掛ける。


「先輩、何だか随分お疲れ見たいっすね」

「――――そう見えるか?」

「ええ。聞くところによると風紀委員は激務だって話ですが、その様子だと

 本当なんすね」

「まぁ大変ちゃ大変だが疲れてはいないよ」

「じゃあもしかして悩み事っすか?」

「そんなところだ」


 すると彼女は突然、パンッと手を鳴らし何かをひらめいた様子をみせる。


「なら丁度良かった。その悩み、私が解決してあげましょう!」

「は?」

「ネックレスのお礼ですよ。こう見えて私、義理堅いですから」


「で、どんな悩み事ですか? もしや恋!?」

「――――違うよ?」


 若干彼女の口車に乗せられている感が否めないながらも、

 何かしらの情報が得られるのではないかと思い、出来る限り言葉を濁しながら

 染谷ゆづはについての話をすることに。


「なるほど。風紀委員長とお近づきになりたいと」

「その言い方だと多少語弊があるように聞こえるが、まぁ彼女の信頼を得たいという

 ことではあながち間違いではないか」

「ちなみですけど、それは出世欲からですか?」

「そう捉えてくれて構わない」

「へぇ。先輩って案外堅物さんなんですね」

「現実主義と言ってくれ」


「それで何かいい案は浮かびそうか?」

「うーんそうですね。私は一年生ですから染谷先輩をそれほど知ってるわけでは

 ないですが、案ならあります」

「ほう。良ければ聞かせてもらっても?」

「構いませんよ」


 そう前置きしつつ歌恋は自身の案を離し始める。


「まずですね、染谷先輩を食事に誘いましょう」

「食事に?」

「はい。染谷先輩はその立場上、門限ギリギリに寮に戻り、寮内の食堂で食事をして

 いるそうです」

「つまり俺に彼女の話し相手になれということか」

「ですです。ね、悪くない考えでしょ?」

「そうだな」

「――――もちろん、無暗に誘えばいいというワケではありませんよ」

「分かっているよ。とはいえありがとう歌恋、参考にさせてもらうよ」

「はい。検討をお祈りしてます」

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