1-01  憧れとの再会

 編入初日から数時間後。

 

 アストラルの学生会長、九里賀谷桐花の案内により学園を見学し終え帰路について

 いた頃。俺は小腹が空いたこともあり一人、街の中心にある商店街へとやって

 きていた。


 商店街はその道幅に比例するかのように多くの人で賑わっており、夕方という

 こともあってか多くの社会人や学生が多く見受けられた。


 魔術特区が制定されてから数年。


 ここではあらゆる魔術、魔道の使用が一定の条件下で認められていること

 からも、魔術、魔道における実験が多く行われている。


 その為か現在もこの島には日本全国から個人、企業を問わずして移住者が

 殺到し、街外れには多種多様な魔力関係の研究所が点在している。


 それを加味するとこの賑わいも納得できる。

 とはいえ土地勘のない俺からすれば闇雲に歩いてはただ体力を消耗するだけだ。

 ただでさえ学生会長との予想外のエンカウントに精神を疲労させているわけ

 なので、適当に食事を済ませたいところだ。


「おっ」


 すると運良くも商店街のメインストリートを外れたところにある小洒落た店を

 発見した。どうやら最近オープンしたばかりのお店らしく、その外装からも

 とても落ち着きのある雰囲気だった。


「丁度いい。今日はここにしよう」


 そう思い俺はその洋食屋『パレット』の扉を開ける。

 カランカランッ――――


「いらっしゃいませ」


 店に入ると明るい照明と明るい声が俺を出迎えてくれる。


 店内を見渡すとカウンターとテーブルがそれぞれ設けられており、天井が高い

 せいか外から見るよりも広く感じられる。


 お客さんも既にチラホラと入っておりオープンから日も浅い拘わらず繁盛して

 いるように見える。


「何名様ですか?」

「一名です」

「はい。それではこちらへどうぞー」


 出迎えてくれた定員に促されるがまま窓側の席へと腰を落ち着ける。

 そして水を一杯飲むと差し出されたメニューに目を通す。


 メニューには見知った洋食の料理名が種類ごとに羅列されており、時折

 印刷されている写真がとても美味しそうで食欲が駆り立てられる。


 そうして俺は好物の一つであるオムライスを注文した。


「お待たせいたしました」

「どうも」


 料理を注文してからわずか数分後。


 俺の座るテーブルに熱々のオムライスが運ばれてくる。

 黄色い卵のコーティングから上がる白い湯気にケッチャプの香りが乗っかり

 鼻腔を擽る。


「いたただきます」


 俺は静かに手を合わせるとオムライスの端をスプーンで掬い上げ口へと運ぶ。

 その味は見た目通り、いや、見た目以上にとても美味しいものだった。


「司くん?」


 すると唐突に聞き覚えのある声が店内に響いた。

 ふと、顔を上げるとそこにはホールを担当する店員さんが一人立っており、

 その人物の顔を見てハッとした俺は無意識に彼女の名前を呼んでいた。


「――――遠乃先輩」


 それは俺の中学時代の一つ上の先輩、遠乃緋音であった。



   ◇



 その日の夜。


 時刻は十時を回り商店街からも人が減りだしたタイミングで俺は街外れにある

 公園へとやってきていた。


「お待たせ」


 公園のベンチで時間を潰していると、そこへ洋食屋で偶然出くわした中学時代の

 先輩、遠乃緋音がやってくる。


「はいこれ、コーヒー」

「ありがとうございます」


 洋食屋で再開した彼女の提案により、俺はこうして人気のない公園でバイト

 終わりの彼女を待っていたというわけだ。


 彼女の制服姿に俺は昔の彼女との記憶を蘇らせる。

 彼女は昔、俺の通っていた中学校の生徒会長をしていた一つ上の先輩なのだが、

 それも只の先輩ではない。


 文武両道にして学内のヒロイン。弱きを助け強きを挫く、まさに天下不動の

 優等生。当時不真面目だった俺もまた彼女には色々とお世話になった記憶が

 ある。


「それにしても久しぶりね、司くん。中学生以来?」

「そうですね。先輩が卒業してから初めて会います。

 まさか先輩がアストラル学園に通っているとは思いもしませんでした」

「それはこっちのセリフよ。

 まさか噂の編入生が私の後輩だなんてビックリもいいところよ」

「ハハッ、確かにそうかもですね」


 偶然の再開に多少なりとも心を躍らせながらも、俺は彼女の制服についた

 校章を確認する。


「やっぱり気になる」

「え、いや」

「隠さなくてもいいわよ。私も今となっては気にしてないから」


 そういう彼女の校章は銀色に鈍く光りを反射させる。

 対して俺の校章は金色。


 これは校内における学科の違い。

 つまり金色が魔術師学科ウィザード、銀色が魔導師学科ソーサラー

 生徒であることを表しているのだ。


「先輩は当然、魔術師かと思ってました」

「ふふ、そうよね。私もここに来るまではそう思ってたけどしょうがないよね。

 才能がなかったんだから」


 魔術師か魔導師の違い。

 それはたった一つの才能の差である。


 まず前提として、魔術師も魔導師も最低限必要となる資質は同じ、魔力に対する

 適応能力『魔力適正』である。


 しかしながら同じ魔力を扱う者同士でも違いが存在する。

 それが『魔術』の有無である。


 そもそも現代における魔術とは、魔力を行使することによって個人に宿った

 特殊な能力を発現させるもののことであり、それを扱う者を魔術師とし、

 それに対して魔術を持たず魔力適正だけを持つ者のことを魔導師と呼称して

 いるのだ。


 そして個人に宿った『魔術』は百パーセントの先天的な才能ギフトであるが故に

 その両者間にある溝はとても深いものなのである。


「でもね私も頑張ったんだよ。今では魔導師科で一番の成績を取ってるんだよ」

「マジですか。スゴイですね」

「でしょ。もっと褒めてもいいのよ」

「よしよし」

「えへへ」


 冗談半分で頭を撫でてみたが、緋音先輩は嫌がるどころか逆に顔を綻ばせる。

 その表情はいま語られた話とは全くそぐわない程可愛らしいものであった。


「あっ、それはそうと司くん。そういえばずっと気になってたんだけど。

 どうして今頃になって学園に編入してきたの?」

「大した理由はないですよ。まぁ、云うなれば家庭の事情ってやつです」

「ふーんそうなんだ。司くんも大変なんだね」

「ええ、まあ」


 と当然、任務の事は口外できないので今の質問は軽くはぐらかしたわけだが。

 しかしながら家庭の事情というのはあながち間違いではないのかもしれない。


 というのも俺の両親は既に他界しており、現在では上司である風城さんが

 親代わり同然なので全てが全て嘘という訳ではない。


「ところで先輩の方はもう運動の方はしてないんですか?」

「そうだね。今はバイトに明け暮れているよ。

 といっても偶には身体を動かすようにはしてるけどね」

「というと?」

「それはほら、内緒。乙女の秘密ってやつだね」

「えーなんですかそれ」


 なんて他愛無い会話を続けていると唐突に緋音のスマホの着信音が鳴り響いた。


「あ、ごめんね、電話だわ」

「いえ構いませんよ」


 そうして彼女はこちらの様子を気にしながらも携帯を取り出し画面を耳元へと

 当てる。するとしばらくして彼女の表情が暗いものへと変化する。


「ええ、分かったわ。直ぐに向かうわ」


 彼女は通話相手にそれだけ伝えると電話を切る。


「ごめんね司くん。ちょっと急ぎの様が出来たから話はまた今度ね」

「えっああ、分かりました。それじゃあまた」

「ええ、さようなら」


 そうして彼女は挨拶もそこそこに、小走りでその場を去っていくのだった。

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