魔術師たちに革命を
諸星影
ROUTE1(プロローグ/斬裂魔事件編)
1-00 任務、アストラル学園へ
魔術とは何か。
――――それは魔法とは違い、仮想上の神秘的な作用を用いて常識では
ありえないことを為す概念そのものである。
かつての時代で魔術といえば、普通の金属を金や銀などの貴重な金属に変化させる
錬金術などがポピュラーなものを連想されることが多かっただろう。
しかし、それは現在の『魔術』のイメージとは大きく異なる。
現代の魔術とは、数年前に発見された新物質である『魔力』によって身体的に
及ぼす影響として現れた特異な能力の事を指す。
その影響は『魔力適正』と呼ばれ、それを持つ者は時を経るに伴い世界各国の
共通の認識とされ、新たな職業として認可される様になっていった。
それが『魔術師』と『魔導師』である。
そして現在、『魔術師』及び『魔道師』の能力が科学技術と融合し体系化され、
彼らの育成が国家主導で行われるようになった時代。
俺こと最上司は現在、人生の節目とも云える転換点を迎えていた。
『まもなくアストラル学園前へと到着します。お降りの際は忘れ物の無きように
お願い申し上げます』
ユラユラと揺れるモノレールの中で車内に流れるアナウンスを聞きながら
視線を窓の外へと向ける。すると駅から少し高い場所にある巨大な学園の姿が
見て取れた。
「ようやく到着したか」
そうして車内からの景色を眺めることしばらく。
俺は駅に降り立つと改札口の先に続く長い坂道を上り、先ほど車内から眺めていた
学園の正門前へとやってきていた。
ここはアストラル学園。
日本で唯一の魔術師育成機関であり、ここ『魔術特区』と呼ばれる学園島を
統括する中心部でもある場所だ。
ここではあらゆる魔術、魔道に関する講義を受けることが出来るとともに、
その実力に応じた進路が約束されており、多くの者の場合は卒業と同時に
『魔術師』『魔導士』としての資格を得て社会へと飛び立つことができるのだ。
そして俺はそんな学園に今日より新たに編入生として入学することになったの
だった。
「あのもし――――」
すると学園に到着してすぐに誰かが俺に声をかけてきた。
声のする方へと視線を向けると、そこには俺と同じく学園の制服に身を包んだ
一人の女生徒が立っていた。
「なんでしょうか?」
「――――あのもしかしてあなた、最上司さんではありませんか?」
俺は自身の名を呼ばれ一瞬驚きはするが、その人物を見て自身の名前を
知っていることに納得した。
「九里賀谷会長」
「あら、私を知っているのですか」
「勿論です。この学園へ来る前にパンフレットでお顔を拝見いたしました」
「そうでしたか。それは残念でした。
折角編入生をお出迎えして驚かせようと思っていたのに」
と出迎えた少女は少し残念そうな表情を浮かべ微笑む。
「では改めまして。私の名は九里賀谷桐花。この学園の学生会長をしております」
「最上司です。本日よりこの学園に編入することとなりました、
よろしくお願いいたします」
再度姿勢を正し挨拶を交わす彼女に合わせ、こちらも深々と頭を下げる。
アストラル学園の学生会長、九里賀谷桐花。
会うのはこれが初めてではあるが当然その存在は知っている。
アストラルの生徒会といえばこの学園島を統治する実地組織。
学園の母体である大企業『マギアテックス』の正式な下部組織であり、完全な実力
主義である学園内においては絶対的実力者の集まるエリート集団である。
そしてそのトップである学生会長とは即ち、このアストラル学園において最強の
魔術師であるという証。つまり今、俺の目の前で嫣然と微笑む可憐な少女は現在、
学生という枠内ならば誰よりも強い実力者であると同時にこの魔術特区で一番の
偉い人物であるという訳だ。
だというのに彼女はその肩書に胡坐をかいたりする様子はなく、
何の実績もないただ編入生に対しあたかも対等であるかのように優しげに振舞う。
「ふふっ、最上さんって随分とお堅い人なんですね。私は学生会長ではありますが
それ以前に一人の生徒ですから、そう畏まらないで下さい」
「いいんですか?」
「はい。そもそも最上さんは二学年、私は一学年。肩書はどうであれ私の方が後輩と
いうことになりますから、どうか私の事は気軽に桐花とお呼んびください。
それと敬語も省いてもらって構いません」
「…………」
俺は彼女の言葉を聞き、その文面に裏がないか逡巡する。
が、彼女の機微には何処も不自然なところはなく、こちらに探りを入れている
様子もない。
「――――では桐花。早速何だが、1つ質問してもいいかな?」
「なんでしょうか」
「まず、どうして学生会長の君が俺なんかの出迎えにわざわざ来たんだ?
そういうの雑用は他の誰かにしてもらえばいいだろう」
「雑用だなんてそんな。編入生への対応も大切な生徒会の仕事のうち、ですから。
ですがそうですね、何故私が来たのかという問いに対して強いて答えるなら、
単純に気晴らしといったところでしょうか」
「気晴らし?」
「はい。こう見えても生徒会というのは激務でしてね。私としましても偶には
こうして別の事で気を紛らわせないと息が詰まってしまいますから」
「……なるほど」
「ふふふ、それにしても最上さんって随分と疑り深い性格なのですね。
少しビックリしました」
「ダメ……だったか?」
「いいえ。むしろ有り難いです。普段はあまり自分のことを話す機会がないので
新鮮な感じです」
「そう言ってもらえるなら良かったよ」
俺は再度彼女の一挙手一投足を観察するも、やはり嘘や誤魔化しといった
素振りは確認できない。今までの経験上、こう言った権力者や若くして才能のある
者は皆、心の奥底に自身も知らないような負の感情を持っていたりするものなの
だが――――どうも彼女からはそういった計算高さや下心というものがまるで
見えない。
通常であればそのような高尚な精神性は何物にも代えがたい美徳ではあるのだが、
今の俺からすればそれは不安材料にしかなり得ない危険なものだ。
「どうかしましたか、先輩?」
「いや、なんでもないよ。少し考え事をしていた」
「もしや何かご不満な点でもありましたでしょうか?」
「別にそういうのじゃないから気にしないでくれ」
「そうですか。
でしたら早速、校内を案内させていただきたいのですか、よろしいですか?」
「ああ、お願いするよ」
そうして俺は、学生会長である天草と共に晴れて学園の門に足を踏み入れた
のだった。
◇
そもそも俺がこの学園に編入することとなったのは、数週間前に遡る。
都内某所に存在するとある高層ビルの一角。
組織の人間でも限られた者しか入出することのできない特別な部屋で、
俺は首を傾げていた。
「申し訳ありません。もう一度言っていただけませんか?」
そう口にする俺に対し、目の前の高級そうなデスクに座る一人の女性が
不敵な笑みを浮かべる。
彼女の名は風城寧々。
日本国内で魔術犯罪を取り締まるここ、対魔術犯罪対策室の室長であり
俺の直属の上司でもある人物である。
「聞こえなかったかしら。貴方にはある学園に潜入してほしいの」
その言葉に俺の思考は数秒停止する。
「どういうことですか――――?」
「そのままの意味よ」
と風城さんは自身の隣に立つおっとりとした女性、有坂真夜に指示を出す。
すると有坂さんは風城さんの指示を受けタブレットを起動する。
「先日、ある筋から情報提供があった。内容はある企業から極秘実験に関する
資料が流出したとのことだった」
風城さんが事の経緯の説明を始めとしばらく。
タブレットを操作していた有坂さんによって室内の壁に設置されたモニターに
ある地図が表示された。
「流失したのは天下の大企業『マギアテックス』。
詳しい内容は不明だが恐らくは魔術に関する違法実験だと思われる」
「違法実験ですか」
「ええ。そして流出場所はなんとあの魔術特区」
風城さんがモニターに視線を向けると同時に俺もまたそちらへと視線を移す。
モニターには今、風城さんお口から出た『魔術特区』の全体図が表示されていた。
「司くん。君にはこの魔術特区にあるアストラル学園の生徒となって、この極秘資料
を確保してほしい」
「…………」
俺はその任務内容に言葉を詰まらせる。
「いくつか質問しても」
「勿論だ」
「ではまず最初に何故、俺なんですか。潜入であれば何も学園でなければならない
ということはないと思うのですが」
「普通ならばそうだ。だが生憎、今回はそうもいかない。政府により魔術における
治外法権区域である『魔術特区』が制定されて数年。うちとしても直接的な干渉が
出来ないまでも監視を続けてきたわけだが、その監視網にも一切引っかからない」
「ということはつまり、極秘資料は学園内にある可能性が高いと」
「そうだ。だが工作員を学園関係者として潜り込ませるにはハードルが高い。
何せあそこはマギアテックスの息の掛かった者が多いからな」
「講師としてはどうですか」
「それも検討したが、生憎のところ講師の採用基準としては専門知識だけでなく
その分野における実績が必要となる。専門知識はともかく実績ともなると
改ざんによる身バレのリスクは危険だ」
「なるほど。だからこそ生徒なのですね」
「ああ。中でも君は私の部下の中では飛びぬけて優秀だ。故にこそ君はこの任務の
適任者だと思っているのだよ」
「――――理解しました。ですがこの任務、自分一人では荷が重いと考えます」
「それについては問題ない。今回、情報提供者が現地にいるらしく彼には
既に協力を取り付けている」
「情報提供者? 信用できるのですか?」
「心配はない。業界でもちょっとした有名人だ。契約の元、彼に関する詳しい情報を
開示することは出来ないがそれが仕事であれば決して裏切ることはないだろう」
「そうですか」
「他に聞きたいことは?」
「極秘情報の媒体については」
「目下特定中だ」
「つまりデータか紙かも判らないと?」
「そういうことだ。こればかりはこちらの力不足で済まないと思っている。
だが1つハッキリとしていることがある。それはこの資料がこの国にとって
とても危険なものであるということだ。この意味、分かるね?」
「はい」
「よろしい、では改めて工作員、最上司に任務を言い渡す」
すると風城はデスクから立ち上がると先程までの軟和な態度を一変させ声を
荒げる。それに対し俺もまた待機姿勢を維持し傾聴する。
「貴公はこれより魔術特区にあるアストラル学園へと潜入し、どの組織よりも
早く目標物を奪取せよ。失敗は許されない。これは厳命である」
「了解しました!」
そうして俺は踵を揃え鳴らすと敬礼の姿勢を取り、その任務を授かることと
なったのであった。
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