第171話 乱れたペースの原因
「なんで教えられない!?」
「ひぃ~! だから言ってるじゃないですかぁ!」
システマティックに割り振られた冒険者ギルドの一角。情報要請コーナーで、俺はおどおどした新人っぽい受付嬢に詰め寄る。
「パーティーの転入届は受理されただろ!」
「されました!」
「ならさっさとメダニアのワイバーンを倒したヤツのことを教えやがれ!」
「できません!」
「なんでだよ!」
「ひぃ~! だからクエスト達成ゼロ件のパーティーには情報開示できないんですってばぁ~!」
気弱そうな見た目にそぐわず意固地な受付嬢。
彼女は俺の剣幕に涙目でのけぞりながらも、テコでも規約を遵守しようと弱っちぃなりに決意を固めた鬱陶しい眼差しを向けてくる。
「融通きかせろよ! こっちには前のパーティーで何度もクエストを達成してるマルゴット、ミフネ、モモもいるんだぞ!」
「わかってますよ~! でも新しいパーティー……え~っと『真・アベル絶対殺す団』……? ぷふっ! あ、すみません。とにかくその新しいパーティーに入ったら、またパーティーとしての実績は一から積み直しになるんです!」
「人のパーティーの名前を笑ってんじゃねぇ。てめぇ死にてぇのか」
「お、脅しには屈しませんよ……」
反抗的な目を見せるちびっこガリガリ受付嬢。
一見従順そうな見た目なだけにイラッとさが倍増。
「あ~面倒くせぇぇぇぇ! もうこうなったら『
「待て待て。それはいただけない」
タナトア──露出過多な妖艶なドレスに身を包んだ薄肌色の幼女が俺を諌める。
「言うだろう、郷に入っては郷に従えと。結果的に穏便に振る舞ったほうが早く目的を達成できる」
「幼女のくせに俺を諭すな」
「人間界は魔界よりも複雑だ。小さな歪が大きな歪へと膨れ上がって邪魔をしてくる場合もある」
……くそ、一理ある。
魔物たちはいい意味でも悪い意味でも他人への興味が薄い。あまり複雑なことを考えずにシンプルに生きている。
けど、魔物よりも弱い人間は群れとなって力を得る。
こうやって「パーティー」を組んで魔物を殺し回ってるのも「群れ」としての集団の力だ。
そういった「集団」の中で強引に摂理を捻じ曲げれば、たとえ最初は小さな歪でも、いつしかそのうねりは大きく拡がっていって自分に跳ね返ってくる可能性はある。あるっちゃある。
「めんどくせぇ……」
タナトアは、もう言いたいことは言ったとばかりに一歩下がる。代わりに陰から大男がぬっと進み出てくる。その頭からローブを深く被ったその大男──マルゴットは、元『
「タナトア様のおっしゃるとおり、ここで揉めても時間の無駄だ。簡単なクエストならいくつもある。さっさと終わらせて、その本当のアベルとやらをぶっ殺しに行こうぜ」
「……うるせえ」
おっさんから投げつけられる正論ほど鬱陶しいものはない。
といっても、頭ではこいつらの言うことが正しいとわかっている。けど素直に受け入れられない。
……おかしい。
俺は理屈で動く冷酷で残酷な人格だったはずだ。
それがなんで「ガキに言われたからムカつく」とか「おさっさんに正論言われたからムカつく」だなんて非合理な感情が湧く?
……調子が狂う。
俺は一体いつからこんなだ?
ザリエル、グローバを【
地上に降りてきてからか?
地上でなにがあったっけ?
え~っと……辻斬り殺人鬼ミフネと出遭って……魔王タナトアに城に呼ばれて……冒険者ギルドでモモと会って……で、さっきの半魔マルゴットだ。
会い過ぎ、だな。
半日の間に4人の奴と出会った。
しかも全員を『アベル絶対殺す団』に引き入れた。
……絶対こいつらのせいだ。俺に変化が訪れたのは。
冷酷無比で冷徹。自分のためには他人をいくらでも斬り捨てる
そんな俺像に歪みが生じ始めたのは……そうだな、おそらく桃色髪のアベルの幼馴染──。
「これとかどう?」
「うおっ!?」
後ろの飛び退く。その桃色髪──モモが急に割って入ってきたからだ。
「ほら、これ簡単そうだよ。なんか本の宣伝するだけだって」
【
モモ。クエスト依頼書を手に無垢な笑顔を向けてくる彼女からスキルを使って背後へジャンプし、さらに距離を取る。
「ご、5メートル!」
「あっ、ごめ……でも近づかないと見えないから」
「わかった! わかったから! それ置いて離れろって!」
「うん……」
モモは悲しそうな表情を見せて近くにいたマルゴットに依頼書を渡してスゴスゴ下がっていった。
(ぐぉぉぉぉぉぉ……そのシュンとした顔も可愛いぃぃぃぃぃぃ! ごめんな、俺がそんな悲しい思いをさせちまって……)
じゃねぇぇぇぇぇぇぇっl!
なにこの女子ごときにこんなにドキドキさせられてんだ、このアベルのアホ肉体はぁぁぁぁぁ!
ハァハァ……。
こいつだ。
こいつのせいだ。
間違いなくこの桃色髪のせいで俺の調子は狂ってる……!
「えっと、アベル……じゃなくてクモノス? ちょっと話したいことがあるんだけど」
上目遣いで俺を見つめてくるモモ。
5メートル離れてるから、かろうじてそのラブリーオーラを躱せる。
「ああ……話。話、ね……」
決めた。
殺す、この女。
俺のペースを乱す邪魔者でアベル殺害乗っ取り計画の一番の不安要素。
俺が一番辻褄を合わせなきゃいけない面倒なやつ。
一番俺の正体を見破る可能性のある人物。
「いいぜ、話そうか。
「ほんと!?」
はぁぁぁぁん! パァと太陽のように輝くモモの可愛らしさの天元突破っぷりよ! ……じゃぇね! 二人っきりになった瞬間に殺す殺す殺す殺す。
「なぁ、クモノス? 結局クエストは……」
「うるせぇ! なんでもいいから適当に受けとけ!」
「なにキレてんだよ……はいはい、じゃあこのモモが持ってきた本の宣伝のクエスト受けとくからな」
「ああ」
さぁ、ある意味ラスボス。
遺伝子とやらが俺と相性完璧にぴったしな女モモ。
殺してやるぜ。
俺が俺になるために。
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