第169話 ビンビンな反応

 【前書き】


 ご無沙汰してます。

 夜中に枕元に置いてる水を頻繁に飲みに来る猫が原因で睡眠が阻害され体調が悪かったのですが、水の置き場所を変えたため熟睡できるようになって体調も復活したのでまた更新していきます。

 また、スキル【魅了】の読み仮名を今話から「エンチャント」→「チャーム」に変更しました。

 よろしくお願いします。



 ────────────────



 俺たちはモモとミフネに「パーティー移籍許可」をもらうため、二人が現在所属している『焔燃鹿団ほむらもゆるしかだん』のリーダー、マルゴットの家を訪れていた。


「アベル……じゃないや、クモノスって呼ばなきゃいけないんだっけ? クモノス、ここだよマルゴットの新しい家」


 先頭立って俺たちを案内したモモが大声で話しかける。


「わかったから近寄るな」


「あっ、ごめん」


 俺と遺伝子とやらの相性がバツグンらしいモモ。

 近くにいるだけで俺の体はモモに惹かれてビンビンに反応してる(反応するのは、あくまでアベルの残したこの体だけ。俺の素晴らしいフィード・オファリングという鋼の精神にはなんの影響も反応もない)。

 だから常に5メートル以上は俺と距離を取ることを条件に、モモの同行を許可している。


(あぁ……ったくめんどくせぇぇぇ……! 早くこの女殺すか洗脳するかしてアベル殺害の準備を進めてえ)


「ちょっと!? クモノス様を呼び捨てって何!? クモノス『様』って言い直しなさいよ!」


 馬鹿のザリエルがモモに食ってかかる。


「えぇ~? でもザリエルちゃん以外のみんなも『様』つけてないよ?」


「それでもです! なんか……なんというか……あなただけは絶対にクモノス様と親しくさせちゃだめって直感が私の本能にバリバリバキバキに伝わってくるんです! そう、この美しく賢く気高い大天使ザリエ……あ~、え~っと……大天使……のような? そう、大天使のようなザリエルさんに!」


「あはは! 大天使だって! ザリエルちゃん面白~い!」


「きぃ~っ! クソ人間ごときがいっちょ前に私を面白がるだなんて! 生意気! 生意気です! クモノス様、この失礼な売女を捻り潰してください! 今すぐ!」


「わ~、捻り潰すだって面白い! クモノスってもしかして、その呪いの仮面の力で力持ちになってるとか?」


 俺は今、仮面をつけている。

 天界の雲で適当に作った仮面だ。

 それをモモには「呪いの仮面」と説明し、俺がアベルではなくクモノスと名乗らなければ死んでしまう呪いがかけられてると説明した。


「あぁ、そうだ。この仮面は呪われてる反面、様々な恩恵が授けられてる。だから力も魔力もすべて増している。だが、この呪いには『幼馴染と5メートル以上離れてないと死ぬ』という効果もあるんだ。だから離れていてくれ、モモ」


「幼馴染と? そっか、じゃあ離れとくね! でもいつか解呪するんでしょ?」


「あぁ、いつかな」


 解呪?

 俺を捉えてる呪いが解けるとしたら、そりゃゼウス、サタン、アベルの全員が死ぬ時だけだ。

 鑑定士という俺に課された鎖も、アベルという邪魔な人格も、どちらも俺にとっては呪いに等しい。

 ってことで、その「解呪」のために今最も邪魔なお前には一刻も早く消えてもらう必要がある。


(……いま殺すか?)


 さいわいマルゴットの家は閑静な高級住宅街の一角にあり、周りには俺たち以外人はいない。

 いけるな。

 じゃあ、さっそく……。



 【処刑百般ヘンカーアルトシュタット



 魔王タナトアから奪った広範囲即死スキル。

 肉盾どもも巻き込むだろうが、今は肉盾を失うことよりもモモを生かしとくマイナスのほうがデカい。

 だからまとめて死ね。


 俺の中に不可避の死を運命づける力が渦巻いてくるのを感じる。 

 ぐらっ……!

 頭から一気に血が引く。

 ものすごい量の魔力が消費された感覚。


(くっ……! これは結構な……!)


 膝から崩れ落ちそうになるのをこらえ、体の中に渦巻く力を放出しようとモモ目掛けて右手を向ける。


 ビクンっ……!


 不意に訪れる、臓器から骨から神経から何もかも体中のすべてが逆立つような感覚。

 胃液が頭の天辺から飛び出し、目玉が足の裏から飛び出るような感覚。


(ぐっ……!)


 本能的な危険を察知し、とっさに右手を上にあげる。


 バサバサバサ!


 上空にいたカラスたちが一斉に落ちてきて、真っ黒な粉となって消え去っていく。


(ああ、これは……)


 使ってみて初めてわかった。

 これは即死スキルじゃない。





 理屈はわからん。

 存在自体がなかったこと、という意味もよくわからん。

 わからんが、この体がモモに向けてその力を使うことを拒絶した。

 ったく、このアホバカ色ボケトンチキ体は……!


 チッ、ならこれだ。



 【魅了チャーム



 よし、これは無事発動できたぞ。

 ふふ、これでこの女は俺の言いなり。

 貴様も今後はザリエルやグローバと同じように俺様の肉盾として使い潰してや……る? ……あれ?


「? どうしたの、クモノス?」


 何事もなかったかのようにモモは首をかしげる。


 えっと……今まで『魅了チャーム』された相手はボーッとしてたんだけど……あれ?


「モモ、おすわり」


「あはは! クモノス、私は犬じゃないんだよ?」


「三回回ってワン」


「だから犬じゃないって!」


「モモ、お前俺の言うことならなんでも聞くか?」


「え~? 今までもずっとアベルの言うことなら聞いてきたけど? あっ、アベルじゃなくてクモノスだね、ごめん」


 ん~……。



 【魅了チャーム

 【魅了チャーム

 【魅了チャーム

 【魅了チャーム

 【魅了チャーム

 【魅了チャーム



 連打するも相変わらずモモに変化は見られない。

 これはもしかして……。


「モモ、お前俺のこと好きか?」


「え~!? ちょっと何言ってるの、急にぃ~!」


 一瞬で距離を詰めてきてバシンと俺の背中を叩くモモ。

 あ、ラブ。もっと叩いて、もっと触って。と反応してしまう俺の体のきっしょい願望を俺の鉄の意思で押しつぶし、スキル『身体強化フィジカル・バースト』でサッと後ろに飛び距離を取る。



 こいつ……たぶん、ずっとアベルにベタ惚れだ……。



 元から『魅了チャーム』かかってる状態。

 そりゃかかるわけがない、端から俺(というかアベル)にベタ惚れで言いなりな相手になんて。

 考えてみれば俺と遺伝子の相性抜群ってことは、相手も俺と同じようにビンビンな惹かれ合う感覚を感じてるわけで。

 こいつはそれを抑え込んで普通に振る舞ってるってわけか。

 アベルが「大馬鹿鈍感」でその感覚に蓋をしていたように、こいつは「なんでも言うことを聞くお姉さん的な立ち位置を演じて」蓋をしてる感じか。


「ミフネ、ちょっと聞くが、アベルとモモってお前から見てどういう関係性だった?」


「キヒ……。互いに発情しあってるも、子供の頃よりの付き合いゆえ、大人の関係に踏み込めずこじらせた童貞と処j……」


「ちょっと!? 何言ってんのミフネ!?」


一瞬で距離を詰められたモモにミフネは背中をぶっ叩かれ──。


 バシーン! ゴロゴロゴロゴロ……! ドガーン! ガラガラっ!


 吹っ飛んだミフネはマルゴット邸に突っ込み、その立派な館の壁が派手な音を立てて崩れ落ちた。


「あ……やりすぎちゃった……」


「やりすぎってレベルじゃねぇだろ! ミフネ瀕死じゃねぇか!」


 スキル『鑑定眼アプレイザル・アイズ』で見たミフネの体力は「1」。間違いなく瀕死。あと石ころ一個でも頭に落ちてきたら死ぬレベル。


「あ~ん、ごめんってアベル……じゃなくてクモノス~!」


「謝るなら俺じゃなくてミフネに謝れ」


「そうだよね! ごめんミフ……」


 ミフネに駆け寄ろうとするモモの足が止まる。

 その先に巨漢の男が現れたからだ。


「あ? なんだテメエら?」


「キヒ……マルゴット」


 マルゴット。

 俺たちが尋ねてきた相手。

 モモとミフネ、そしてアベルの所属してたパーティー『焔燃鹿団ほむらもゆるしかだん』のリーダー。


「クモノス、ありゃぁ……」


 少女タナトアの胸ポケットが新たな定位置となったぬいぐるみを被った小鬼インプホラムの言葉に魔王タナトアが続く。


「うむ、悪魔だな」


 明らかに人とは違った禍々しさを備えた大男。

 マルゴットに向け、俺は『鑑定眼アプレイザル・アイズ』を放った。

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