第166話 朝食会議 in いいことあるぜ亭

「真・アベル絶対殺す団だ」


「ダサいな」


 魔王タナトアが俺の言葉を斬って捨てる。


 俺たちは結局あの後、魔王を仲間に加えた。

 というのも、夜も明けてきて城の兵隊に見つかるのも時間の問題だったからだ。

 ってなわけで俺たち一味に魔王を加えてスタコラサッサと地下牢を脱出。

 城の庭で気持ちよさそうに伸びをするロリ幼女魔王タナトアを急かし、俺たちは開店直後の宿屋『いいことあるぜ亭』へとなだれ込んだ。

 まだ準備中だと言う従業員をすごんで勢いで押し切り、無理やり食事を出させる。


 で、そこで名乗った俺たちのチーム名を馬鹿にされたってわけ。


「ダサくて問題あるか?」


「モチベーションが上がらん。名前は大事だ」


 クソ生意気なメスガキ魔王タナトアがツンとした感じで言う。

 タナトアの体中に生えた毛は全て白い。

 まるで色素をどこかに忘れてきたかのよう。

 白というか日の光具合によっては銀にも見える。


「わかりやすくていいだろ」


「わかればいいってもんじゃない。お主らは胸を張れるのか? 『真・アベル絶対殺す団』なんていう組織の一員として」


「うっ……ごほっごほっ!」


 急に話を振られたザリエルがパンを喉に詰まらせる。

 アベルの持ってた知識によればカビパン(カビが生えてるかのごとく命に危険を感じるレベルでマズいパン)とツバシチュー(まるでツバが入ってるかのようなヌメリが特徴の貧民スープ。具は微かに目視できるなにかの肉の欠片のみ)という質素オブ質素な食事にも関わらず、天使のザリエルとゴブリンのグローバは目を白黒させながらがっついていた。


「うぐ……ごくんっ! そりゃあ胸を張れますよ! なんてったって敬愛するクモノス様のご命名ですよ!? ええ、私は『真・アベル絶対殺す団』一の矢、突撃隊長ザリエルとして胸を張れますとも! ……って、あれ? 私、突撃するんですか? なんかいつも突撃させられてたから自然にそう名乗っちゃったんですけど……」


 無駄にデカいだけが取り柄の胸(ここまでが主語)を張ったザリエルがアホ面晒して困惑してる。

 ザリエル。大天使。

 唯一の天使らしい特徴の背中に生えた翼も、どういう理屈か透過させている。

 なので今の見た目は、服が肉体によって内から外にパッツンパッツンに張ったただのエロい人間の女。

 着てるローブも胸に引っ張られて上にあがってパンッパンの丸太のように太い太ももが露わになっている。

 っていうか神族って何も食わなくていいとか言ってたくせにがっつき過ぎだろ。

 しかも必死に。こんなマズいもんを。パンッパンだし。


「私も胸を張れます。祖国を滅ぼした憎きアベルを殺すためにこの馬鹿で愚かな天使たちと同行してるんですから」


 ゴブリンのグローバ。

 道端で拾ったボロ布を頭からかぶってゴブリンであることを隠している。

 怪しさ満点なんだが、正直ミフネの方が怪しいのでグローバの怪しさランクはこの集団の中では第二位だ。

 ピンと背筋を立てて椅子に座っているその姿勢のよさも怪しさランクを下げてる一因。

 ……育ちのよさ?

 ゴブリンのくせに?

 ハッ、まったく笑える。


「キヒヒ……俺は今入ってる『焔燃鹿団ほむらもゆるしかだん』は抜けたほうがいいのか?」


「知らん、どうでもいい。っていうかそんな大々的に名乗るもんじゃないぞ、うちは」


 どっちかというと暗殺部隊だろうがよ。


「んにゃ、名乗ったほうがいいぞ」


「はぁ?」


 周囲からの視線を感じる。

 仮面を着けた俺、クモノスことフィード。

 やたら気合の入ったひらひら服を着てるロリ幼女タナトア。

 その二人がタメ語でやり合ってる。

 おまけに他にも──。

 体だけは男好きするザリエル。

 品が良すぎて場から浮いてる全身ボロ布グローバ。

 人斬り気狂いミフネ。

 捨ててあったぬいぐるみの中に入ってる小鬼インプホラム。

 あまりにも怪しい一団。

 あまりにも周りから浮いてる一団。

 ヤバい。下手に目立ちすぎてる、俺たち。


「そもそもどこにいるかわからないんだろ、そのアベルたちは」


「こっちに向かってきてるはずだ。……もしかしたらもう着いてるかも」


「どうやって確認する?」


「冒険者ギルドかな。メダニアにも支店があるはず。あいつ、あっちでワイバーンを倒したらしい。なら、それがこっちにも伝わってきてるだろ? じゃあ、そっから日数を逆算して今の位置を突き止めりゃいい」


「では、まずは冒険者ギルドか。懐かしいな。かつて我の前まで訪れし勇者もたしか冒険者だったはず」


「……ん? 勇者に会ったことあるのか?」


「ああ、あるぞ。一瞬で灰に化してやったが」


「へ~、アベルの記憶によればこっちにも勇者ってのが今いるはずなんだが……」


 ザリエル、勇者に無関心でご飯むしゃむしゃ。

 グローバ、同じくむしゃむしゃ。

 ミフネ、なんか目がイッてて気持ち悪い。

 ホラム、ぬいぐるみの中でじっとしてる。寝てる?

 そしてロリタナトア──ロリトアも現代の勇者にはあまり興味なさそう。


 なので話を変えることにする。


「こほん、それより直近の問題なんだが」

「なんだ?」

「俺たちは金がない」

「ふむ」

「よってここの飯代を踏み倒す」

「なるほど」


 そりゃそうだ。

 俺は魔界生まれの天界帰り。

 ザリエルは天使。

 グローバはゴブリン。

 ホラムは悪魔。

 タナトアは魔王。

 唯一俺たちの中で人間のミフネは……。


「キヒ……キヒヒ……」


 明後日の方を見ながら涎垂らしてる。

 つまり一文無しだ。


(魔王のスキルを奪ってからタナトア込みで全員殺すか?)


 なんて思っていたら。


「揉め事を起こしたらアベルたちを討つ妨げになるのでは?」


「たしかに揉めないなら揉めないに越したことはない。だから俺の『魅了エンチャント』で店員を……」


「我が稼ごう」


「……は?」


「我が稼ごうではないか、その『金』とやらを」


「いやいや、俺たちほどの力があれば金なんかなくても……」


 なにめんどくさいこと言い出してんだこいつ。

 そんな感情が顔に出まくってる俺をロリトアが上目遣いでうるうると見つめる。


「我は魔力も使い果たし、こんな小さな体の無力な女の子……せめてお主らの役に立てるとしたらこの体を使うしか……」


「体を使う? それならザリエルのほうが」


 一般ウケするだろ。


「わ、私ですか!? 体を!? クズで卑しい人間なんかを相手に!? イヤです! 私が体を許すのはクモノス様だけです! 絶対絶対イヤです! 私の純白の翼はクモノス様だけのものです! 絶対にイヤです~~~~!」


「私も無理ですから」


「(ブンブンと首を振るホラムぬいぐるみ)」


「キヒ……(うっとり顔)」


 グローバ、ホラム、ミフネも続けて拒否? の反応。


「なんだよ、体で稼ぐってそういうことだろうが」


「チッ、チッ、チッ、知っているか? その昔、人間界に『アイドル』という超レア職種があったことを」


「アイ……?」


 ん? そういやドッペルゲンガーが、なんかそんな感じのこと言ってたような。



「ってことで、女将! ステージを用意しろ! 美少女アイドル魔王タナトアちゃんのオンステージの始まりだ!」



「………………」


 おいおい。

 魔王タナトアとか名乗っちゃってるし。

 っていうか、なんだよアイドルって。



 ♪~。



 あ~、なんか歌っちゃってるし。踊っちゃってるし。

 おいおい、それで宿の客どももなんか喜んでるぞ?

 おいおいおい、おひねりってマジかよ……。

 それでなんだよ、あの札束で出来たタスキ……。

 ザリエルとグローバも投げ込まれたおひねりを必死にかき集めてるし……真面目かよ……。

 で、ミフネはミフネでイッた顔してるし……って寝てる? もしかしてこいつさっきからずっと寝てた?

 おまけに子供の言うことだから「魔王タナトア」なんて名乗っても冗談と思われて受け流されてるし。

 うわ、なんか変な掛け声まで聞こえ始めたし。



 LIVE

 LIVE

 LIVE



「どうだ! 稼いできたぞ!」


 息を切らせ頬を上気させたタナトアが得意げに俺を見上げる。


「あっ、うん」


 面倒くせえから今回限りな。

 そう思った。

 そう言った。


 ま、金が手に入って穏便に済んだしいいとするか。

 そう思っていた。

 けど、実は全然穏便じゃなかった。


 知らなかった。

 後に「オタク」と呼ばれるようになる人種の熱狂、執着、狂信性を。


 ここでタナトアが着けた「火」は、俺たちの知らぬところで着実に燃え広がり続けることを。

 そしてそれは最終的に大火事、いや大災害レベルにまで拡がっちまうことを。

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