第164話 駆け引き危険度SSS

 タナトアの無機質な白い瞳が、まばたき一つせずただただまっすぐに前を見つめる。


「ま……! ままままま……!」


 まずはグローバが気圧され膝をついた。

 次にザリエルが内股になって声も出せずに震えて腰を落とし、小鬼インプのホラムはザリエルのその谷間から転げ落ちて立ち上がれない。

 ミフネは相変わらず固まったまま。


 危険度SSS。

 出来ることなら即スキルを奪いたい。

 だが、天界の乱戦で権天使どものスキルを奪いまくって今の俺の『吸収眼アブソプション・アイズ』のストックは0。

 明日にならないと奪い取れない。


 選択肢は三つ。


 一、有無を言わさず魔王を殺す。

 二、魔王とお話をしてみる。

 三、ケツをまくって逃げる。


 殺す場合。この魔王がどうやって俺たちを監視してたのか、俺たちをどうしてここに呼びつけたのかがわからずじまいになる。あと、勝てない可能性もある。しかもここは向こうのホーム。罠、策略、待ち伏せ、最悪自爆、なんでも準備し放題。仮に勝てたとしても無傷で帰れる保証はない。相手は魔王。スキルについても未知数だ。


 話す場合。向こうはすでに俺たちに要求を通すための筋書きをいくつも用意しているだろう。駆け引きで勝つことが出来るかどうか。こちらは『狡猾モア・カニング』使いの俺、姑息なホラム、アホのザリエル、箱入りゴブリン王女グローバ、気持ち悪いミフネの五人だ。これまでに培ってきた連携も信頼もなにもない即席パーティー。そもそも奴隷どもは魔王にビビって腰抜かしてる。俺以外の誰も頼れそうもない。


 逃げる場合。何もわからないままになるうえ、逃げ切れる保証もない。俺たちをずっと監視し、さらには干渉までしてきた相手から逃げ切れるのか? だが逃げるなら一瞬でも早くだ。ザリエルどもを盾にして俺だけは確実に逃げ延びないと。


 さて。

 スキル『狡猾モア・カニング』。

 そこに俺の経験をつけ加えて判断すると──。


「魔王タナトア? ハンッ、ただの女にしか見えねぇな。ただテレパシーが使えるだけのハッタリ野郎じゃねぇのか?」


 会話でいく。

 イニシアチブを俺が取って有利に交渉を進める。

 俺は魔神すら倒した男だぞ?

 さらには頂上神まで倒そうとしてる男だ。

 今さら魔王なんかにビビるかよ。



処刑百般ヘンカーアルトシュタット



 予備動作もなく突如なにかが放たれ、俺の顔の横を通過していく。


「…………!」


 振り向くと、俺たちの背後で蠢いていた虫、小動物、菌類がボトボトと倒れ落ち、ぽっかりと穴が空いたかのように生物のいない素の壁の表面が広がっていき──。


 やがてすべての壁面が綺麗に俺の『後光輪バックライト』に照らし出された。

 つまり、死んだ。すべての害虫やネズミどもが。


『こうして殺しても、すぐに外から新しいのがやってくるのでな……っと、そう警戒するでない。我は貴様らに危害を加えるつもりはない』


「……さぁどうだか。口だけならなんとでも言える」


 即死魔法?

 広範囲の?

 しかも俺達だけを除外して?

 腐っても魔王ってわけか。

 完全体の俺ならともかく、今は事を構えない方がいい。


『信用できぬ、と?』


 ってことで話術でGOだ。


「信用? ハッ! 信用されてぇってのか? 魔王様が? ほれ見てみろよ、あんたから漏れ出した魔力でみんなビビっちまってるだろ。こんな状態で『自分のことを信用しろ』なんて言われても、そりゃ脅迫と一緒だぜ」


『ふむ、ではどうすれば?』


「おう、じゃあ……そうだな」


 こんなのならどうだ?



「死んでくれたら信用してもいい」



 言い過ぎたか?

 いや、でも無茶を投げかけて会話の主導権を握る。

 駆け引きの初歩の初歩だ。

 ここで大きく張れないようじゃリードは奪えない。

 もし魔王がキレたときには……頼んだぜ、仲間すてごまたち。

 こいつらの命のストックを使い切ってでも俺だけは絶対に逃げ切ってみせる。


『わかった』


 そう答えると同時に鎖に繋がれたタナトスの両足がボロボロと崩れ落ちていく。


「は? ……ああ、そうか。これは仮初の体だな? この体が壊れてもどこか別の場所にある本体が……」


『いや、これが我の本体だ。もし別の場所に体があればこのようなところに囚われてはおらぬ』


 言ってる間にもタナトスの平らな腰、腹、そして胸までもが出来損ないの石膏のように崩れ落ちていく。


「ホラムっ!」


「お、おう」


「タナトスについて知っていることを話せ!」


 かつて大悪魔シス・メザリアの記憶の50%ほどを蘇らせていたホラム。

 地下牢の薄汚い床で腰を抜かしていた小鬼インプが、ガクガクと足を震わせながら立ち上がると、もつれる舌を懸命に回し上ずった声を一気に発した。


「すぅ……千年前に人間界へと侵攻し、姿を消した魔界最後の魔王、それがタナトア様! 姿を消した後は臣下のアークデーモン! そしてデーモンロードの二人だけが魔王の代理として大悪魔シス・メザリアと連絡を取っていた! 魔界を見捨てた裏切り者、そして魔界最後の魔王、それがタナトア様だ!」


「なるほど。千年間消息を絶ってたのはここで囚われてたからってことか。人間風情に捕まった? 魔王が? フッ、哀れだな」


 敵、異種族に囚われることの絶望、恐怖を俺は知っている。

 俺の場合は一ヶ月。

 それをこいつは千年?


「待て」


 タナトアの肉体の崩壊を止めようとするが止まらない。


「待て、待て待て待て、死ぬの待て。待てと言ってる!」


 残った肉体は顔の半分、右目のあたり。

 そこで魔王タナトアの崩壊は止まった。


『まだ死んでおらぬが』


「お前はいつから俺たちを視てた? どうやって視てた? メッセージを飛ばしたカラスはなんだ?」


『視ていたのは数刻前より。方法は貴様の濃厚な魔の力を通じて。メッセージは私の最後っ屁で使い魔を飛ばした』


 簡潔でわかりやすい。


「お前はなぜこんなところに囚われている?」


『手下だったアークデーモンとデーモンロードに裏切られ』


 仲間からの裏切り。

 まるで俺──っていうかアベルじゃねぇか。

 仲間や幼馴染のパーティーから裏切られ、追放され、囚われた鑑定士アベル。


(くそっ、なに親近感なんか覚えてんだ俺は……!)


 気を取り直して正面の崩れかけのタナトアの顔面を睨みつける。


「……で?」


 わざわざ「用件は?」なんて聞いてやらねぇ。

 てめえから媚びて懇願しやがれ。

 この交渉は俺が制す。

 俺がお前の上に立つ。

 お前から本題について切り出すんだよ、魔王タナトア。


『うむ、我を……』


 ごくり。


 魔王相手に一歩も引かない俺を見てか、体の自由を取り戻したグローバたちが息を飲む声が聞こえた。


 我を、何だ?

 救え?

 連れ出せ?

 それともワンパターンに「俺を食わせろ」か?

 さぁ言え、魔王。

 どの提案を持ちかけられても俺様の駆け引き術と奴隷たちの命で有利に駆け引きを進めてやるぜ。

 そして俺のために働かせてやる、囚われの魔王。お前をな。


『我を……』



 ………………は?


 なんて言った?


 は?


 我を?




『我を、お主の部下にしてくれ』?




 はぃい?

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