第113話 壁に響いた叫び声
「壊す──だと? 貴様……そんな口を叩いて無事で帰られると思ってるのか?」
ビキビキッ──っとベールの上からでもディーのこめかみに血管が浮き立ったのがわかる。
「ああ、帰れる。余裕で帰る。鼻歌でも歌いながら余裕で帰るさ。それでもって教会のおんぼろベッドでみんなで寄り添い合って寝るんだ」
「おんぼろで悪かったですね……。
空気を読まずに
うん、せっかくだから彼に話を振ってみよう。
「
ラルクくんは一瞬
「
ピシッと言い終わった後、
でも、いいことを言ってくれた。
「聞いたか、ディー? お前はこの町に積もった『
突然話を振られたドミーが慌てふためく。
「ええっ!? 何を言ってるんスか、人間に決まってるじゃないスか! ルードの
「へぇ~……なぁ、ディー。お前人間らしいぞ? お前が内心見下してるだろう人間。ちょっと声に魔力を乗せただけで
少し離れ目なディーの切れ長のツリ目。
その
「違うか? ──エルフの、ディーさん?」
ピクッ──。
ディーの眉が上がった。
「エ、エルフ!?」
ドミーが驚きの声を上げる。
「気づかなかったか? これまでにディーの耳を見たことは?」
「いや、ないっスけど……。いつもベールを被ってるんで……。ってか、そばに寄ることすらなかなか出来るような
カラカラカラカラ……。
ディーの右手のクルミの回転が早くなる。
【
大丈夫、まだ何も飛んでくる様子はない。
ボクは続けて煽る。
「辺境の街で娼館を仕切る色黒のエルフ。なんでそんなに肌を焼いてるんだ? ダークエルフにでも憧れてたのか? それとも──そんなに必死に正体を隠したかった?」
「さっきから知ったようなことをグチグチと!」
カラ……ババッ──!
【
ボクの読んだ未来の軌道。
□ ディーの右手から
□ 三発、三方へと軌道は伸びる。
□ ボクの喉、ドミーの額、ラルクくんの右目に直撃する。
やはり武器を持ち替えてきたか──!
しかも距離の離れた三方向。
手を伸ばすだけじゃ届かない!
【
強化した肉体で瞬時に二つの
【
ジュッ……!
ボクの体に触れると同時に、腐れ落ちる
「ヒッ──!」
今、まさに殺されかけていたということを理解したドミーが腰を抜かす。
そして、残った一つの
【
【
ボクが軌道上に投げた「触手」に触れた瞬間、やはりジュッ……っという音を上げて腐れ落ちた。
「何だそれは……どこから出した? 貴様のスキルか? それにどうやった私の
「へぇ、それ
「腐……らせた、だと? 鉄を? どうやっ……スキル……? いや、しかしスキルは一人一つしか持てぬはず……」
さっきまでリラックスして椅子にもたれかかっていたディー。
その彼女の豊満な体が起き上がり、前のめりになる。
「あいにくボクは──特殊体質でね」
「特殊体質だ? ハッ、そんなものがいてたまるか! 私がどれだけ長い時を生きてきたと思う!? スキルは最大で一人一つ! それは人間でも、魔物でもだ! その
「そうだね」
【
ザシュッ──!
ディーが右手を置いている辺り。
そこを巨大な魔力の爪で斜めに切り裂く。
あの、地下ダンジョンの壁のように。
「たしかにボクは
バララッ……。
カランカランカラーン……。
こぼれ落ちてきたのは隠されていた武器の数々。
おそらく、高速に動く手首の動きでこれらの武器を使い分けて敵を
ここに護衛がいないのも、そもそも彼女に護衛なんて必要ないから。
彼女の武器投げだけで十分対処してこれたんだろう。
そう、これまでは。
「貴様ッ! どうなっている!? なぜ、そんなにいくつもスキルを……!? ハッ──! そうか、職業特性だな! それか仲間が隠れてスキルを発動させてるに違いない! ああ、わかった! そうと分かれば恐れることはない! 貴様ら全員をここで葬ってやるぞ! この
興奮気味に椅子から立ち上がり、床に散らばった武器を拾おうとするディー。
「止めるだって? そんなことはしないさ」
「ハハッ! ついに
「いや、そうもならない。なぜなら、お前は──」
【
「もう二度と、武器を手に持つことが出来ないから」
しゃがみこんだディーが、武器を拾おうと手を伸ばす。
も。
「も……持て、ない……。なんで……。なんで武器が持てないんだよぉぉぉぉ!」
ディーは、床に落ちた武器を掴むことが出来ない。
その手は武器の上を数度
「ふ~ん、エルフの魔法抵抗力ってこの程度なんだ?」
「くっ……貴様……!」
地面にへたり込んだディーは、最後のプライドを掻き立ててボクを睨みつける。
「ドミー! こいつらを今すぐ殺せ! 殺せば金銀財宝なんでもくれてやろう! ああ、
しかし
少し
それが、彼女の素の声だった。
「あ~、いや~……ムリっすね、これ。ほら、大体オレって、ルードの
「ドミー、貴様……! 今まで散々にいい思いさせてやったのを忘れたかっ!」
「いい思い……なんてしましたっけ? ちょっとオレ頭悪いんで覚えてないっスね」
「き、さ、ま、ァ……! クソォ……! 武器さえ、武器さえ手にできれば……!」
ディーは、
『
ザッ。
ディーに向かって一歩踏み出す。
「ヒッ──!」
顔に
しかし、その
「森を捨て、壁の中で築いたお前の小さな帝国。それも、ここで終わりだ」
「た、たのむ……! やめて……許して……もう
「今さら話し合い? ボクはずっと話し合いをしようとしてたのに? 手を出して来たのはそっちだよね?」
笑顔で、さらにもう一歩踏み出す。
「あ、あわわ……。なんだ……なんなんだ、お前たちはぁ……!」
ディーノの腰のあたりに生温かい液体がこぼれ落ち、
「ボクたちが何かって? ボクたちはね、逃げ出してきたんだよ。ディー、お前がこれまでにずっとしてきたような残虐な人さらい──いや、死の運命から」
「な、なにを意味のわからないことを……!」
「わからなくていい。こんなところで正体を隠して人間を食い物にしてるお前には、一生理解できないと思うから」
「理解……理解なんか出来なくてもぉぉぉぉ!」
ザッ!
ディーは素早く立ち上がると。
ガリッ──!
ボクの頬を引っ掻いた。
「ルード!」
「ルードさんっ!」
「ぎゃははははは! やった! やってやったぁぁぁぁぁ! 油断しやがってボケがァ! 持てなくても最初っから
「化け物、ってのはヒドいなぁ」
「……は? なんで貴様、無傷……?」
【
ルゥからの贈り物。
この石化スキルで、ボクは頬だけを石に変えていた。
「……は? 頬が、石……? じゃあ、私の爪は……?」
パリンっ。
クルクルクル……。
プスッ!
折れた爪が宙を舞い、露わになったディーのふとももへと突き刺さる。
「? ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僻地の町の城壁に、娼婦ディーの絶叫がこだました。
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