第109話 娼館「絶壁」

 すっかりとの落ちたメダニアの町を、ボクたちはドミーに先導されながら娼館へと向う。

 僻地へきちの町──と言われるだけのことはあって、表通りでも閑散かんさんとしたものだ。

 特に産業もないこの町は、暗くなるにつれ酒と女しか楽しみのない荒くれ者たちの割合が増してくるみたい。

 ドミーは、そんな大通りを早足で突っ切ると、せた野良犬のたむろする裏路地へと入っていった。


「グルルル……」


 空腹からか、よだれを垂らしてうなる犬たち。


 ガンッ!


 ドミーが足元に落ちた木箱を蹴り飛ばすと、犬たちはキャンキャンと情けない声を上げながら蜘蛛の子を散らすように去っていった。


「こういうのは誰がボスかってのを叩き込んどきゃあ、このとおりなんスよ。ま、野良犬も番犬になるってなもんで」


 薄暗い路地裏。

 うぅ……なんか、いや~な雰囲気。

 なので、少しでも気を紛らわそうとドミーの背中に声をかける。


「それも異世界の知識?」


「はぁ、まぁそうッスね。犬の研究とか、ここよりは進んでたんで」


「犬の研究だなんて相当暇なんだね。もっとスキルや魔法の研究すればいいのに」


「ハハッ……まったくですわ、あねさんの言う通りッスね」


 異世界Bn6というところから来たという異世界人ドミー・ボウガンは、ボクのことを「あねさん」と呼ぶようになっていた。


『くくく……まるでヤクザの情婦じょうふじゃねぇか』


 そんなサタンの冷やかしを無視して、後ろからついてきてるリサたちに声をかける。


「みんな大丈夫? 怖かったら手とか繋いでいいからね?」


「だ、大丈夫に決まってるじゃないの! 私は元バンパ……もにょもにょ、今は言わないほうがいいわね……。とにかく! 私が暗闇を怖がるなんてそんなこと絶対にありえないんだからね! 余計な心配よ! ったく……でも、ルードがどうしてもって言うなら……その……手を繋いであげてても……」


「はい、じゃあリサも一緒にルードさんとお手々をつなぎましょ~」


「ちょっ……ルゥ……!?」


 ボクの後ろに差し出した手が、ぎゅぅ~っと二人に握りしめられる。

 うん、自分も今は女の子なんだけど……。

 やっぱり……女の子の手って柔らかくてあたたかいなぁ~。


「あらあらぁ、ルードは相変わらずモテモテですことぉ」


「むぅ、わがはいもルードと手をつなぎたいぞ」


 あぁ、テスも心配だな。

 一応、魔鋭刀を持たせてるとはいえ、体は子供だ。

 でも、道も狭いし、これ以上は手が……。


 と、思っていると。


「じゃ、じゃあっ! テスちゃんはボクと手を繋ぎましょうか~? そ、それと……あの……よかったら、セ……セレアナさんも……!」


 ラルクくんが声を裏返らせながら手を差し出していた。


「うむ、下等かとうな人間のわりに、気がきくではないか」


「あらあらあらぁ~? このわたくしと手を繋ぎたいですってぇ? あらあら、まぁまぁ、脆弱ぜいじゃくな人間のくせに大層たいそう見上げた発言じゃありませんことぉ?」


「あ、イヤならいいんです……アハハ……すみません……ボクなんかが差し出がましいこと言って……って、ふわっ!?」


 背後からガサッとのけぞるころもの音が聞こえた。


「光栄に思いなさい、神官ラルクぅ。このわたくしと偉大なる叡智えいちテス・メザリアが、あなたの手を取ってさしあげますわぁ」


「うむ、ぼうきれを持ってるよりは、マシだ。いざとなったら、盾にもなるしな」


「ふわぁぁ……セレアナさん、お手々すべすべ……じゃない! ボ、ボクが責任持ってお守りしますんで! って、盾はちょっとイヤですけど、あの、その、話し合いとかで、はい!」


 こうして。

 オレは、リサ&ルゥと。

 ラルクくんは、セレアナ&テスと。

 それぞれ仲良くお手々を繋いで裏路地の中へと進んでいった。



 先導せんどうするドミーが声をかけてくる。


「にしてもあねさん方、ほんとに変わってますね。神官のヤローのことを『人間』だなんて呼んで。まるで魔mまも……」


「あぁ~! そういえば! 神官と言えば、この町の人は神官をうやまってないのかな!? ほら、みんなラルクくんに当たりがきついし!」


 こんな軽薄けいはくそうな奴に、ボクらが「魔物」や「元魔物の人間」や「悪魔」や「魔神」や「魔神(仮)」や「実は蜘蛛」や「魔神の残滓ざんし」の一行いっこうだとバレたら面倒だ。

 ってことで、とっさに話題を変える。


「こんな辺境に飛ばされるような奴らッスよ? 信仰心なんか持ち合わせちゃいませんって」


「こんな辺境……って、キミは異世界人なんでしょ? 特別扱いしてもらえなかったの?」


「はぁ、そりゃ、誰にも言ってませんので」


「え、なんで?」


あねさん、イジメってどうやって起こるか知ってますか?」


 知ってる。

 それも。

 痛いほど、よく。

 ボクは、ずっとイジメられて、モモに守られてきたから。


「弱いと見抜かれたら……かな?」


「それもあるッスね。それは、集団の足手まといになる者を切り捨てて、集団の生存率を上げるっていう本能なんスよ」


「それも、そっちの世界での研究?」


「ええ、諸説しょせつあるんスけどね」


「そんな研究するくらいなら、みんなが幸せに暮らせるスキルの研究でもすればいいのに……」


「ま、そうッスよね」


 進むにしたがって、ただでさえ場末ばすえなメダニアの町の風景が、ますますうらびれた表情へと変わっていく。

 焚き火に当たりながら道端に座り込んだ男たちが、まるで物色するかのような視線をボクたちに向けてくる。


 ぎゅっ……!


 繋いだリサとルゥの手に力がこもる。


「不安でしょうけど、ここ通らないと着かないんで。ま、オレと一緒なら大丈夫スから、あんまり離れないでください」


 タタッ……。


 背後からラルクくんが距離を詰めてくる足音が聞こえた。


「で、さっきの話の続きなんですけど、イジメが起こる原因のもう一つは『理解できないものの排除』なんスよ。理解できないものを集団に置いてたら、どんなわざわいを招くかわかったもんじゃないッスからね。異世界人なんて──その典型ッス」


 相互理解ってやつか。


 たしかに、ボクも動物や魔物を問答無用で倒す冒険者をしていた。

 これは、理解できないものの排除、とも言えるだろう。


 でも、ボクは知った。

 魔物たちにもそれぞれの人格、個性、そして尊厳があることを。

 みんな自分の価値観に従って生きていた。


 それまでは想像だにしてなかった。

 魔物にも、日々の悩みや苦しみがあることを。

 恋をして、仲間を助けて、自分たちの信念を貫くことがあるということを。


「だから隠してたってわけなんだね」


「そうっスね。だから、オレが異世界人ってことはイシュタムのお偉いさんの一部くらいしか知らないはずッス。っつっても、オレがこっち来る時にスキルでオレの存在を忘れさせましたけど」


「え、そんなことしたんだ!?」


「はい、オレみたいな口八丁くちはっちょうくらいしか取り柄のない『ザ・異物』みたいな存在なんて絶対ソッコーで消されますって。こんな世界じゃ」


「悪かったね、こんな世界で」


「いえいえ、悪口を言ったわけじゃ……あ、ここ、くぐってください」


 そう言って、だらんと垂れたゴザを持ち上げると、ドミーは奥へと進んでいく。


「うぇ……なんか汚いわね……」


 リサが汚物をつまむようにゴザを持ち上げる。


「そう思ってもらえないと、目眩めくらましにならないッスからね」


「目眩まし?」


「ええ、娼館なんて違法ッスからね。お国のお偉いさんに見つからないような場所にあるんスよ」


 ゴザの先には、石壁に囲まれた場所が広がっていた。

 壁には松明たいまつがかけられている。

 さっきまでいたよどんだ路地裏とは全くの別世界だ。


「ここは『かべ』の中ッス」


「壁?」


「ええ、魔界と人間界を隔ててる壁ッス」


「なんでそんなとこに? ボクたちは娼館に行くんじゃ?」


「だから、その娼館がこの先にあるんスよ」


「先? 魔界ってこと?」


「いいえ、上ッス」


「上?」


「この壁の一番高いところにあるんス」


 振り返ったドミーの横顔が松明の炎に照らされる。


「このメダニアの町を裏から仕切ってるボス、ディーのいる──」


 派手な髪型で虚勢を張っている、彼の貧相な顔。


「娼館『絶壁クリフ・ブラセル』が」


 心なしか、その顔が強張こわばっているように見えた。

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