第86話 フィード・オファリング

 まるで悪魔の王がごとく、頭に二本のおどろおどろしき巨大な角を生やした魔神サタン。

 その脇腹にめり込んだオレの右の拳が、魔界の王たるサタンの魔の神格を削り取っていく。


「ぐ……がっ──! ぐわああああああ……っ!」


 しかし、オレはすぐに悟った。

 とてつもなく圧倒的で膨大な神格の総量。

 一万数千年、世界を二分する魔界の魔力を生み出し続けてきた魔の根源。

 それを一撃で削り取るには、オレのスキルの練度じゃ足りない。


 たくさんのスキルを奪ってみてわかったが、スキルは使えば使うほどに体がその感覚を覚えて練度が上がっていく。

 なので、子供の頃からスキルの使えたモモや、生まれた時からスキルを所持している魔物は、自然と高い練度を持つことになる。

 だが、オレはこの【聖闘気セイクリッド・オーラ】を奪ったばかり。

 おそらく、この一撃じゃサタンの神格を削り取ることは──不可能。


「ハァ……ハァ……き、さ、まぁぁぁぁぁ! このサタンの神格を削り取ろうとしてるなぁぁぁぁっ! にんげん……人間ごときが神に逆らうなど……身の程を知れぇぇぇぇぇいっ!」


 サタンの体がさらに巨大に、邪悪に、忌々しい姿へと変貌していくと同時に、サタンの神格の匂いも跳ね上がっていく。


(これは……ここまでか……)


 スッ。


 オレは、サタンの脇腹に当てた右拳を静かに引いた。


「フィード! なんで……!」


 テスが声を上げる。


「くくく……くくくくくく……くはははははは! はーはっはっはっはっ! 諦めたか! 諦めたか、人間っ! うむうむ、察しがいい。その通り、いくら私に神の加護を受けたスキルを当てたところで、使っているのはしょせん人間。人間ごときが神を越えようなどと無駄なことだ! いやいや、とはいえ少しは焦ったぞ。まぁ、ここまで初めてやってきた人間だ。これくらいやってくれないと面白くない。うむうむ、よい余興だったぞ」


「そう、オレじゃダメだ」


「くく……その通り、お前では神にあらがうことなどできぬ」


「だから、オレ──の役割はここまでだ」


「はぁ? 貴様、なにを言って……」 


「あとは頼んだぞ」


 まるで二重人格かのようにオレに中にいたもう一人のオレ。

 魔界で監禁されて目覚めた冷酷無比なオレ。

 ルゥに命名された、魔界でのオレ。


 アベルとお前、二人を兼ね備えて生きていこうと思ってたが、オレは常に心のどこかでブレーキをかけていた。

 オレは、いつもお前を恐れていた。

 善人でいたかった。

 お前を都合のいいときだけ利用してたんだ。

 だが、ここでは中途半端なままでは生き残れない。

 オレのまだ使っていないスキルを活かすには、お前の力が必要だ。

 だから、好きに使え。


 フィード供物オファリング──。



「フィード・オファリング」



 お前に、オレの体の全権を委ねることにする。


「ん? どうした人間、アベル・フィード・オファリング? もう完全に諦めたのか? 子供のお使いや動物合体ショーはもういいのか? ん?」


「……ったくよう。都合のいい時だけ利用って、結局今もそうじゃねぇか……」


「?」


「まだ気づかね~のか、ボンクラ。神がなんだ? 魔神がなんだ? 人より強い力を持ってたら偉いのか? あぁ? 特権階級で人をコマ呼ばわりして上から目線で傍観者気取り。ハッ! てめぇら神は、魔界で必死に生きてるゴブリン以下の存在だぜ」


「貴様……まだ自分の立場がわかっていないようだな……?」


「わかってねぇのはテメェの方だろうが、スキルを奪われてることにも気づかないボンクラ魔神が!」


「──っ! なっ……!」


 驚愕。

 サタンの巨大な悪魔の姿の輪郭がぶれる。 


「ハッ! もうおせぇ! 魔純水エリクサーでスキル復活なんてさせねぇよ!」



 【邪悪ユーベル・ズロ

 【勧悪懲善プロモート・イビル



「さぁ~て、どっちが『より【悪】』か勝負しようぜ、魔神サタン」


 パンッ。


 拳を掌に打ち付けると、元ツヴァ組構成員の老トロールから奪ったスキルを発動させる。



 【暴力ランページング・パワー



 体の奥底から湧き出てくるマグマのよな破壊衝動。

 アベルなら戸惑い、押さえつけようとしただろう。

 だが、オレは素直に受け入れることができる。

 あの、ボケてなお最後まで戦いに生き抜いた老トロールのように。



「さぁ、魔神! オレは、アベルのように神格を奪い取るだなんて生ぬるいことは言わねぇ! 消してやる! テメェの存在自体を! この世からなっ!」

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