第65話 託されるもの
「私は、今から十分後に死ぬ。寿命じゃ」
宮殿内。昨日と同じ場所で白い座椅子に腰を落とすなり、クイーンローパーのポラリスは開口一番そう言った。
「…………は?」
ベストを貰ったオレと同様、それぞれ新たな衣服を
パルは昨日までとは違い、オレたちと対面、女王側の方に立っているが、彼女も初耳のようであわあわと慌てている。
「時間がない。まず、私のスキルから説明しよう。私の覚醒スキル
「え、いや、ちょっと……?」
【
「うむ、知りたいのは『本当の出口』じゃな……。ハァハァ……」
「女王、体調が……!」
怒涛の展開。
情報の渦に流されそうになりながらも、一つだけ、たしかにわかること。
それは、目の前で苦しそうにしているポラリス女王の体調が、とても悪そうだということだ。
「よい、気遣われる時間が無駄じゃ。本当の出口、それは────」
自ずと、みんなの注目が女王に集まる。
急転直下、あまりに突然な形で頭が全くついていかないが、オレたちがローパー王国にやってきた目的。
ダンジョンに隠された『本当の出口』を探し出す。
どうやら、その目的を果たすことが出来るらしい。
ポラリス女王がゼイゼイという
「ハァ……ハァ……本当の出口、は…………全五十層のダンジョンにある百のダミー扉……そのすべてのトラップを発動させた時に、二十五層の中間地点に現れるじゃろう……」
え……? すべて……?
あの笑気ガスのトラップを……?
「無理よ、そんなのっ! あのトラップをあと九十八個も!? あとたった二日、いや、今から戻ってたら一日とちょっとしかないのに!?」
リサが叫ぶ。
「大丈夫じゃ。あとはパルが引き継いでくれる。各々が己の役目を果たせば、必ず成功に
まだなにか言おうとしてるリサの肩を掴む。
「リサ。時間があまり残されてない。話を聞こう」
「でも……!」
抵抗しかけたリサだったが、オレの目を見ると「……わかった」と小声で呟いて前を向いた。
「続けるぞ……。そなたらには、私たちローパーの秘密を知っておいてもらう必要がある……。まず、我々は意識を共有できる。個体によって距離は違うが、数百、数千キロ離れていても共有できる場合もある。それがローパーという種じゃ」
「…………」
あまりにぶっ飛んだ話に、誰も言葉が出ない。
「……そ、それってつまり……パルさんの体験してきたことを、みなさんも知ってらっしゃるってこと……ですか?」
「そうじゃな。パルの学校でのことは、私をはじめ同胞全員が把握しておるよ」
「だから、私達の名前や体型、そして、ここに向かってることも全て知ってたってわけなのね……」
「うむ。そなたらは驚いただろうが、こちらとしても説明する時間がなかったのでな。どうか許して欲しい」
時間がなかった。
それは、おそらく彼女の寿命による体力の低下のこともあるのだろう。
今朝も、かなり辛そうに現れていた。
今だって
その、貴重な残りの寿命を、彼女はわざわざオレたちのために使ってくれているんだ。
そう思うと、急に一分一秒が重たく感じられた。
「女王。先ほどパルに引き継ぐ、と言ってましたが、パルも女王のように人化できるようになるのですか?」
「なる。そのためには、己の殻を打ち破ってスキルを覚醒させなければならんのじゃが……。まぁ、我が娘なら大丈夫じゃろう」
一言も聞き逃すまいと、真剣な様子でパルが女王を見つめている。
「ちなみに。スキルの覚醒というのは、さりとて特別なものではない。スキルはその生物の生まれ持った個性もあるが、己で切り開いていく信念の証でもあるし、背負った覚悟の証でもある。まぁ、ほとんどの者は、その事実も知らず、覚醒にも至らぬため、結果的に
「は、はい……たしかに……三十日前のあの日、オレは、絶望の中で新たなスキルに目覚めました。やはり、あれは覚醒……。そして、誰にでも起こりうること……なんですね」
「理論上は、な。ただ、実際に覚醒へと辿り着ける者はゼロに等しい。我らローパーの王族以外では、この数千年、全種族でそなただけじゃ、フィード・オファリング」
「え、そんなに……」
スキルの覚醒。
理論上は誰にでも出来る。
パルが人化できるようになるには、スキルを覚醒させなければならない。
おそらく、世界中の誰も知らない知識をオレたちは、今授けられている。
あの大悪魔ですら知らなかったであろうことを。
「それと、職業特性のことも聞きたがっていたかの……。魔物でも職業に就けるぞ。自身が強く認識すればな。ただし、魔物には『仕事』という概念がないため、職業を得ても特性を得ることは、ほぼない。しかし、ごく一部、そうじゃな……。セレアナ・グラデン」
「はい? わたくし、ですか?」
「ああ、そなたは『歌手』じゃ。これから先、歌を
次の瞬間、セレアナの体が青い光柱に包まれた。
「これは……?」
その光柱には見覚えがあった。
昔、冒険者ギルドで職業適性検査の後にみんなの体に宿ったのと同じものだ。
そして、これが本当に、その時のものと同じなら……。
「あら。わたくし、歌手になりましたわぁ」
あっけらかんと言うセレアナ。
そう、あの光を浴びると、自分の職業と職業特性が不思議とわかるのだ。
「
鑑定で見たものを伝える。
今まではなかった職業欄、そして職業特性が、セレアナのステータス欄に刻まれている。
「うむ。その者は普段から己が歌手であるという強い信念を持ち続けていたため、こうやってきっかけを与えてやるだけで自身を職業と強く結びつけて捉えることが出来た。まぁ、これは
女王の息が荒くなってきた。
肘置きにもたげ、紙一重で体を支えてるような状態だ。
もう、あまり時間が残されてない。
ここまで、女王から一方的に話を進めさせてしまったのも負担になったのかもしれない。
かと言って。
わかんない。
こんな状況で、一体、会ったばっかりのオレたちが何を聞いて、何を言えばいいっていうのか。
そもそも、こんな時に、オレなんかが話しかけたりしていいものなのか……?
最後を看取るのがオレたちでいいんだろうか……?
内心パニックになりかけていると、女王がパルに不安そうな目を向けている姿が目に入った。
…………そうだ、あるじゃないか。
オレが言ってあげられる言葉。
いや、今、女王に言うべき言葉が。
「女王様。パルのことは心配いりません。オレたちも全力で支えます。きっと、あなたのような立派な女王になることを、オレが──」
みんなの顔を見渡す。
リサ。
ルゥ。
セレアナ。
カミラ。
アルネ。
ケプ。
離れたところに立っている守護ローパーのプロテム、女中ローパーたち。
みんなと真剣な眼差しを交わす。
これが──オレたちの決意で。
この素晴らしい国とを作り上げた女王に対する。
オレたちからの、最後の言葉だ。
「オレたちが、約束します!」
力強い、言葉。
みんなの気持ちを、オレが代表して伝えさせてもらった。
オレたちはダンジョンを攻略する手がかりを得るためにここに来た。
でも、それ以上に一人の仲間を支え、次のステージへと送り出すためにここに呼ばれたんだ。
パルのことも、この王国のこれからの
そして、リサ、ルゥ、オルクの無事に関しても。
そう心に誓い、女王の目を見据える。
「ふふ……やはり、娘の人を見る目はたしかだったようじゃ……」
すると、厳格な女王は、初めて柔和な笑みを浮かべた。
「では、遠慮なく、これからの娘のことを任せるとしようかのう……」
「はい! 任せてください!」
「うむ、では、孫も期待しておくからの……」
「はいっ! まかせ……」
…………え? …………まご?
「もう最後になりそうじゃ……私の……スキルをそなたに託したい……。貰ってくれ……」
スキルを……託す……?
オレに……?
奪え……ということなんだろう。
え、いいのか……?
一日に一回、なんでも知ることのできるスキル。
そんな神をも超えるようなスキルが、オレなんかに託されて……。
女王を見る。
もう気力だけで肘置きにしがみついている状態だ。
パルを見る。
静かに、小さく頷いている。
プロテムを見る。
相変わらずのじとりとした目線を感じるが、少し肩をすぼめ「仕方ない……」というような
これまでに、オレがスキルを奪うように言われたのはルゥとリサからだけだ。
しかし──「託す」とは……。
あまりに重すぎる……。
彼女の背負ってきた経験、信念、守ってきた王国、国民と娘への想い……それら全てを背負うことになるような気がする……。
オレは今、
そうだ、臆してる。
こんな凄い地下帝国を作り上げた
そんなものをオレなんかが受け取って……。
下を向いていたオレの手に、パルの触手がさわりと
「パル……」
そのままパルは、ツツツ──とオレの手を引き、女王の前へと連れて行く。
「女王……様……」
初めて間近で見る女王の目は、これが本当に死の間際の人間なのかと思うほど、強い光を宿していた。
(オレが迷って、この人をこれ以上苦しませてはいけない……!)
気がつくとオレは片膝をつき、右手を自分の心臓の前に置いていた。
「女王ポラリス。あなたのスキルはオレが必ず役に立てます。だから──安心して、行ってください」
【
ドッ
クン。
全身が脈打つ。
体が──熱い──!
スキルが、託された。
と、同時に。
目の前の偉大なる女王はローパーの姿へと戻っていき──。
その生涯に──。
幕を閉じた。
【タイムリミット 一日十六時間二十九分】
【残りのダミー扉 九十六個】
【現在の生存人数 三十三人】
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