第64話 完全なる休息【後編】

 完全なる休息を取るというオレに課されたミッション。

 それをさまたげる最大の敵が目の前に現れていた。


「スターグロウの葉ですね。湯に浸すと心身を回復する効能があるんですが、こんなにたくさん……」


 しゃがんで湯船に浮いた五角形の葉を拾い上げるアルネ。

 小柄で華奢なイメージだったんだけど、おお……これはこれは……。

 っと、いかん。

 そんな見入ってたら、本当に姿を消して出歯亀してるみたいになっちゃうじゃないか。

 なるべく見ないようにして、ここから気づかれないように脱出する方法を考えるべきだ。

 湯気で、あんまりハッキリと見えないのが不幸中の幸いと言ったところか。


「珍しいものなんですか?」


「うん、地上にはあんまりないと思う。こんなに贅沢に使うなんて……魔力の濃い場所にしか群生しないはずなのに」


「じゃあ、ここが魔力の濃い土地なんじゃねぇの?」


「そうですわねぇ、噴水の水からも質の高い魔力が感じられましたし」


 ふむ……結構重要そうな話をしてるな。

 つまりローパーの王国が地中の中でもわざわざここに作られているのは、魔力の濃度や質が関係してる……?


 そんなことを考えながらアゴに手をやると「チャプ」と微かに水音が立った。


「ん? 誰かいるのか?」


 カミラは、そう言うと「とぷん」と湯船の中に入ってきた。


 ヤバ……。

 蛇って耳いいのか?

 あ~、そういえば蛇って地面とか水面とかの細かい振動を感知できるんだっけ?

 もしかしたら半人半蛇になっても、そういう特性が残ってるのかもしれない。


 なんて思ってる間に、カミラは下半身の尻尾をくねくねとうねらせながら泳ぎ、ぐんぐんと近づいてくる。


 あ、ヤバ、出ないと……いや、動くと危険だ。

 少しも物音を立てず、じっとしてたほうがまだ助かる可能性がある。

 うう……たのむたのむ、どうか気づかないでくれ~~~……!


 祈るような気持ちでスイスイと湯船の中を泳いでくるカミラを見つける。

 デカい。Dいや、Fか──! 別に自分の中になんの比較基準もないのに、ついつい適当に鑑定アプレイザルしてしまう。もちろんスキルじゃなく、オレの妄想の鑑定アプレイザルだ。ちょっと自分でも何を言ってるのかよくわからない。それくらいオレは今、混乱して焦りまくってる。思わず妄想に逃げてしまうくらいに。妄想。だが、オレの目に映る二つのど派手な高丘たかおかの存在感は、それが決して妄想の範囲内で収まらないことを高らかに物語っていた。


 二十メートル先にいたカミラが、一瞬のうちにすぐそこまで来る。

 そういや蛇って泳ぐの早いんだったっけ……!

 ヤバい……終わる──!

 あと五メートル……。

 三メートル……。

 い、一メートル……!


 スキル狡猾モア・カニングの選んだ選択は、カミラに「魅了エンチャント」をかけて洗脳すること。

 出来るだけ仲間に洗脳行為は仕掛けたくなかったが、背に腹は代えられない。

 見つかって変態覗き野郎と言われるようになってしまっては、ダンジョン脱出の成否にも関わってしまう。

 仮に脱出できたとしても、そこから先に待ってるのは地獄の日々だ。

 悪いがカミラ、使わせてもらうぞ、このスキルを。


 オレは、手を伸ばせば触れることの出来る位置にいるカミラの目を、カッと見つめる。



 【エンチャ……】



「ぷはぁ~~~!」


 

 目の前、まさに鼻の先でザバァと湯から上がるラミア。

 そう、彼女、蛇は──変温動物……。

 オレへと辿り着く前に、のぼせてしまったのだった。



 【ラミア リタイア】

 【茹で上がるまでのタイムリミット 五十七分】

 【現在の入浴人数 七人】



 残された六人の女子が、男子の品評会を行ったり(その中にはもちろんオレも含まれていたので複雑な気持ちで聞いてた)、男子の悪口を言ったり(「ワイバーンはお高く留まりすぎててキモかった」や「ケンタウロスとタロスはチェリー臭い」など)、その他スキンケアや女子力的な話で盛り上がる中、オレはただただお湯の中でじっと耐えていた。

 ただ耐えているだけだと意識が飛んでしまいそうなので、意味のないアルファベットをつけてみる。


 リサ A

 ルゥ C

 セレアナ E

 アルネ D

 ケプ ?

 カミラ F

 パル A


 特に意味のないアルファベットだ。

 意味はない。ないったらないんだ。

 ああ、なにを言ってるんだろう、オレは。

 あ、なんか……だんだんと……意識が朦朧もうろうと……して……き…………。



 ……ハッ!

 あっぶね~! いま一瞬、意識が飛んでた!

 って、あれ……なんか人数減ってるな……。

 

 すでに、セレアナ、アルネ、ケプは湯船から上がっているようだった。

 植物系や水棲の魔物たちにとって長時間の入浴はキツイのかもしれない。



 【セレアナ、アルネ、ケプ 退出】

 【茹で上がるまでのタイムリミット 三十二分】

 【現在の入浴人数 四人】



 ふぅ……どうにか終りが見えてきた。

 あとはリサ、ルゥ、パルが出てくれるまで待っていれば、オレも明日からまた何の問題もなくダンジョン脱出に向けてみんなと挑んでいける。

 そう、なにもなかった。

 オレはサッと風呂を浴びて、彼女たちが来る前に部屋に戻った。

 そういう正しい正史が待っているのだ、うん。


「私達……あと二日でダンジョンの本物の出口を見つけなかったら死ぬのよね……」


「ええ、悪魔の契約って言ってましたからね。授業で習ったとおりだったら、契約を履行しない限りなにをどうしても死ぬ……はずです」


「そう……。ルゥは、どうなの? 死んでもいいと思ってる?」


「私は……昨日までが、ずっと死んでたようなものでしたから……。だから、あと二日で死ぬと言うよりも、あと二日生きられるって感じですね」


「生きられる、か……」


「リサさんは……やっぱり死ぬたくない、ですよね……。不死のバンパイアさん、ですもんね」


「…………」


 リサは、膝を抱えて黙り込む。

 長い金髪を上でまとめ、タオルでくくっているリサ。

 白い首筋、肩が、ほんのりと桜色に染まり、その細さを一層に際立たせている。


 リサ……普段は気の強い感じだけど、きっと今、初めて実感する死の恐怖に怯えているんだろうな……。

 オレも戦いとか鑑定とかで忙しくて、全然リサ達と話出来てなかったよ。

 だから気づいてやれなかったな、そんな気持ちにも。

 そういえば、オレは二人に、一緒に人間になってくれたお礼すらまだちゃんと言えてなかったような気がする。

 でも、よくよく考えたらすごいよな……不死の命を捨ててまで、人間になるって……。

 きっと生半可な覚悟じゃ出来なかっただろうし、その覚悟を無駄にしないためにも、オレが彼女たちをしっかり守って、安全に暮らせる場所まで連れて行ってあげないとな、うん!


 目をつぶって考え込んでると、不意に鼻の中にお湯が入ってきた。



「ブフォッ!」



 やっば! うっかり眠りかけてた!


「なに!?」


「え、なんか音しましたよね?」


 やっべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 二人がこっちに向かってきてんじゃん!

 あぁぁぁぁぁ! オレの人生終わる!

 明日からオレは変態覗き男と呼ばれて生きていかなければいけないんだ……(涙)!

 終わった……オレ、終わったよ……父さん、母さん、モモ……。


 ああ……スレンダーなリサの肢体、ルゥのおそらく一般的なのではないかと思われる年頃の肉体、二人の裸体がどんどんハッキリと見えるようになってきて……。



 とぷんっ。



 思わずお湯の中に潜ってしまった。



 ぶく……ぶくぶくぶく……。



 口から泡が漏れる。


「あれ、この泡……?」


 二人が近づいてくる。

 潜ってるオレの目の前に二人のミミック……いや、宝箱……いや、お宝……いや、秘めたる部分……ああ、もうなんでもいい、とにかくそのようなものがオレの顔のど真ん前に鎮座ましましましましましまして……ああ、ヤバい……潜ってるのもあって、マジで意識がぶっ飛びそう……。


 と、意識が途切れそうになったその時。



「ぶごぉっ!?」



 いつの間にか潜水してたパルと目が合った。



 ドバッシャァァァァン!



「キャァ!」


 水しぶきを上げて浮上したパルは、二人が目を閉じてる間に触手でオレを掴んで後ろにゴロゴロゴロ! と放り投げた。


「なにぃ~? パルだったのぉ~?」


「も~、びっくりさせないでくださいよ~!」


 ぷるぷるぷるぷる。


 パルは二人の肩を掴むと、そのまま入り口の方に消えていった。



 バ、バレてたのか……パルには……。

 でも、パルだけでよかった……。

 喋れないからね、パルは……。

 っていうか、透明化してるオレに気づくとは……ローパー……本当に謎が多い……。


 がくしっ。


 オレは透明なまま、更衣室へ向かうパルに向かって親指を立て、大の字に横たわる。


 ぐっ。


 薄れゆく意識の中、触手を一本立てて「ぐっ!」みたいに返してきたパルが視界に入った。


(パル……ほんと、お前ってやつは……)



 【リサ、ルゥ、パル 退出】

 【茹で上がるまでのタイムリミット 一分】

 【現在の入浴人数 一人】

 【ミッションコンプリート!】



 そのまましばらく横になって休んだ後、ふらつく足で必死に部屋に戻って水差しの水を一気にあおりベッドに横になると、一瞬のうちに眠りに落ちた。

 なんかローパーの女王様やパルが部屋に来てたような気もするが、きっと気のせいだろう。





 目が覚める。

 サイドテーブルにサンドイッチと新しい着替え──オレの昨日着てたタキシードが置いてあった。

 血で薄汚れていたそれは、綺麗な渋い深みのある赤に染め上げてあり、ワイシャツは黒に、そして黒と赤のストライプのベストまでついてる。

 用意してくれたってことなのかな?

 わざわざ色まで揃えて?

 すごいな。

 タキシードの方も、汚れをきれいに落として、色ムラもなく自然に染め上げてくれてる。

 ワイシャツもだ。

 え……ローパー王国の染色、縫製技術? すごすぎない……?



 【タキシード(海獣レヴィアサンの骨、紅晶こうしょうの花)】

 【ワイシャツ(影花ようか)】

 【ベスト(フェニックスの赤羽根、夜明けの黒糸)】



 しかも鑑定してみたら、なんかすごそうなんだけど……。

 タキシードとワイシャツも、なんか染料っぽいのが素材に増えてるし……。


 腕を通してみる。

 一日前には自虐気味に着ていたタキシード。

 それが今は、まるで自分のためにあるかのようにピシッと体に馴染んでくる。

 染料の影響か、以前よりも丈夫になっているような感じがする。

 ベストもサイズぴったしだ。

 

 ぐっぐっと腕を横に回してみる。

 うん、いいね。

 ぐっすり寝たおかげか、体力も万全に回復している。

 頭もすっきり冴えてる。

 オレは確信する。



 よし、オレに課された『完全なる休息を取るというミッション』、完璧にクリアだ!



 天井に向かってノリノリで拳を突き上げてると、ソソソ……と女中ローパーが部屋の前に現れた。



 【タイムリミット 一日十六時間四十二分】

 【現在の生存人数 三十三人】

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