第60話 プロテムと姫の記憶

 【二十六階層ダミー扉から伸びた穴】



 二十六階層、上り階段脇に空いた穴からローパー王国ララリウムへと向かうフィード一行。

 先導する守護ローパーのプロテムは、伸縮自在な触手でみなが通りやすいように穴を拡張しつつ進んでいく。

 真っ暗な穴の中を照らす明かりは最後尾にいるパルの光る触手のみ。

 プロテムの触手は光らない。

 光る触手は、女王の系譜にだけ受け継がれる特性だ。


(その威厳ある触手の明かりを、こんな者たちのために……)


 守護ローパーのプロテムは、共感能力テレパシーで姫──プリンセス・パルに尋ねる。


”姫……人間なんかを都に連れていくとは一体どういうつもりで?”


”ん、プロテム? 人間? って、それ、もしかして、フィードのこと?”


”あ……いや、ぜ、全員ですよ! 我らローパーたちの棲家は、今まで徹底的に秘匿されてきました。クイーンの力を悪用されないように。そして、次代の姫を安全に育てるために。それを……”


”プロテム? フィード達が、王国に、危害を与えると?”


”いや、しかしですね! 実際に姫はスキルを奪われ、こんな危険な目に遭ってるわけで……”


”プ・ロ・テ・ム?”


”いや……姫、いくら凄んでも私は引きませんよ! 私には、姫の安全を第一に考えるという義務があるのです! あんな得体のしれない……”


”プロテム?”


 都への道すがら延々続いているこのやり取りも、もはや何往復目か。

 基本的にこうやって共感能力テレパシーで話しているため、我々の会話は人間や他の者達には聞こえない。

 たまに連中が何か話しかけてくるが、別に答えてやるような義理はない。

 といっても、仮に答えたところで、共感能力テレパシーすら使えぬ劣った種族は、私の言葉を理解することも出来ぬのだが。



 なのに。



 なのにぃ~……!!!



「パル、疲れてないか? 色々持ってくれてありがとな」


 ぷるぷるぷるぷる。


”心配してくれて、ありがと。フィード、優しい。かっこいい。つよい。すき”


 と、下等な人間ごときに話しかけられただけで、このデレデレ具合である。

 こんなもの……一体クイーンにどうやって報告すればいいというのか……。

 いや、報告はせずとも、これだけの強さの電波……すでに自国の住民はみんな感知しているだろうが……。



 信じて育てた自国の姫が、くだらない人間ごときにくびったけ。



 ハァ………………。

 耐えられない、この現実。

 受け入れたくない、この事実。


 やっぱり、さっき……きっちりとこの手で、あのフィードとかいう人間を始末しておけば……。


 コツンっ。


”いてっ……!”


 小石が頭に当たる。


”プロテム? また変なこと、考えてなかった? 今度フィードに手を出したら、許さない、から”


”かかか、考えてませんよ……アハハ……。少なくとも都に着くまでは……”


”着くまで、は?”


”いや、まぁ、いいじゃないですか、人間のことなんか……”


”フィード。人間、じゃない。フィ・ー・ド”


”は、はぁ……フィード……ですね。はいはい、わかってますよ”


 背中の目(全身が目で全身が口や耳なので、実際に背中に目があるわけではないが)で見ると、姫はムッとした様子でこちらを睨んでいた。


”でも、姫……”


”なに?”


 けんのある言い方。


”あのフィー……ド……とかいう人間、見たところ、人間の女二人との方が仲がよさそ……”


”うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい”


”え、いや、姫……? いくら想ったところで、相手は人間で結ばれることなんか……”


”だまってだまってだまってだまってだまってだまって”


”私は姫のために言ってるんですよ。早めに見切りをつけた方が……”


”あーあーあーあーあーあーきこえないきこえないきこえなーい”


”ハァ……姫……”


”なに、まだ、小言?”


”いえ、その人間の女がへばってきてるんで、ここらで一回休憩にしましょう”


”あ、うん、わかった”


 姫は、人間たちの前に回り込むと、ふるふると腕を振って休憩することを伝えた。


 はぁ~、人間なんかのために姫みずから、わざわざそんなガイドみたいなことを……。

 それにしても、ここまで意固地な姫を見るのは初めてだ。

 ずっと柔和で人懐こかった姫だったんだが……一体、この人間のどこにそんな魅力が……。

 これなら、よっほど私のほうが姫に……。



 ──蘇る過去の記憶。

 あれは……もう十年以上前になるか。

 パル様は、いつものように元気いっぱいに、あの日も庭の土の中のミミズワームを掘り返しまくってたっけ……。


”パル、将来、かっこいい王子様と、結婚、する、の”


”そうですか、きっといっぱい現れますよ、パル様と結婚したいって人が”


”ん~、プロテムは、私と、結婚したい?”


”ははっ、では機会があれば立候補してみることにしましょう”


”うん、立候補、待ってる!”



 触手という触手にミミズワームを握ってそう言ってくれたものです。

 そのパル様が……いまや人間なんかに夢中とは……。

 ああ、知ってたさ、私なんかにチャンスがないことは。

 でもさぁ、でも……相手が人間って…………。

 しかも、その人間は、あきらかに本妻っぽい人間を二人もはべらせている。

 これでは……これでは、まるでパル様が遊びの女のようではないか……!


 とはいえ、この人間には手を出さないと約束した手前、私はぐぬぬ……と触手を握ることしか出来ない。

 と、言ってるそばから、この人間!

 ま~た姫に触手を食べさせている!

 ここここ、こんな公衆の面前で……!


 …………は?


 焼き……触手…………?


 いやいやいや!

 焼いてる!!!!!

 触手を!!!!!!!

 焼いて食ってる!!!!!!


 へ、


 へ……



 変態だ、こいつらああああああああああああ!



 体の中に挿れるだけで十分官能的な触手を焼いて……食べる……とは……。

 き、鬼畜とは、こいつらのことか……。


”プロテム? 大丈夫?”


”ああ、姫。お気遣い感謝します。しかし、とんだ性倒錯者ですね、この人間──いや、フィードたちは……”


”仕方ない。他に食べ物、ない。栄養は、豊富”


”栄養があるのは当然ですよ、触手なんですから! 問題は……”


”いい。いいから、そういうの。それより……”


”それよりって……”


”お母様の様子、どう、だった?”


 パル姫の母君、我らがララリウム王国の女王、クイーンローパーのポラリス様。

 聡明で偉大なる統治者。

 ただ、ここ数年、体の調子があまりよくないことが心配なのだが……。


”ええ、変わりなく”


 悪くはなっていないが、良くもなっていないことを暗に伝える。


”そう……”


”やはり会わせるのですか、この者たちを。クイーンに”


”ええ、そうすれば、本物の扉の位置、わかる”


”はぁ……ゲーム……なんですよね……?”


 正直、自分としてはフィードがさっさとゲームで負けて、この世から消え去ってくれるのが一番ありがたい。

 きっと、この姫の恋は麻疹はしかのようなものだ。

 数日か数週間もすれば、綺麗さっぱり忘れて、なかったことになるだろう。

 俗に言う黒歴史ってやつだ。

 だから、あまり気が進まない。

 そのゲームとやらに積極的に関わるのは。

 だって、ゲームに負けたところで、死ぬのは、そこの三人の人間。それと、すでに別れたオークだけらしい。

 なら、自分たちには関係のないことだ。

 都に戻ったら残りの期間、姫を部屋に閉じ込めておけば……。


「プロテム、キミも食べる?」


 考えにふけっていると、よりにもよってフィードが話しかけてきた。

 し、し、し、しかも──。


 私に向かって触手を差し出して──!


 おいおい……それは姫から奪ったスキルで出した触手だろ……?

 ってことは、これはもしや姫の触手と言えないこともないわけで……。

 いやいや、スキルが姫のものなだけで、もしこの男の触手だったら最悪だぞ……。

 え、っていうか人間に触手ないし、やっぱりこれは姫の触手なのでは……?

 も、もしこの姫の触手(仮)を私の中に挿れたら……挿れたら一体どうなってしま……。



 パカンっ!



”ちょっと! プロテム! なに、考えてるの!”


 腰に手を当ててプンプンな姫。


”あ、すみません、え、今の……声に出てました……?”


”バカっ!”


 あ~、やっちまった……。


 そう思いながら、フィードの差し出した触手をペチリと払う。


 休憩が開けたらさっさと飛ばしてララリウムに行こう。

 そして姫を閉じ込め、それでこいつらとの関わりも終わりだ。

 悪いが、私達にとっては、姫の無事と貞節の方が大事なのでな。


 もう、守れないのは嫌だ。


 絶対に繰り返さない。


 弟を失った時のような悲劇は。


 他の種族を信じるな。


 姫と同胞たちは──私が守るんだ。


 守護ローパー、プロテムの名にかけて。



 【タイムリミット 二日十四時間三十七分】

 【現在の生存人数 三十三人】

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