第47話 再会

「パ、パルッ! 絶対にそいつを離すなよっ!」


 ぷ、ぷるぷる……!


 羽を羽ばたかせて飛ぼうとするミニワイバーンを、パルが触手を三本使って必死に絡め取る。


「ぐ……がっ……きさ、貴様らぁ……」


「喋った!?」


「ぐああああっ……!」


 バタバタと暴れるミニワイバーンは、再び肉塊へと姿を変えると、次にやはり大きさ五十センチほどのオーガ、そしてミノタウロスへと変形していく。


「これは……?」


「もしかして大悪魔に吸収されたってことか? こいつらが……」


「あ、多分、ここに飲み込まれた時には、もう死んでた人たちだから……」


 ボゴォっ!


 そいつは、さらに姿を変えようと肉塊に戻る。

 今度は……今までよりも変形にかかっている時間が長い。

 ……嫌な予感がする。


「みんな、気をつけろ! ヤバそうだったら倒すぞ! パル、危険そうだったら離してオレたちに任せろ!」


 ぷるぷるぷる……。


 表情は見えないが、目をギュッと瞑って力を入れてそうなのが伝わってくる。



 ぎゅるるっ……。



 邪悪なオーラが、肉塊の周りを激しく渦巻き、閃光を放つ。


 と、中から────新しい肉体が現れた。


 体長五十センチほど。

 手足がある。

 顔の真ん中に赤く丸い鼻。

 頬まで裂けた大きな口。

 邪悪に歪んだ二つの瞳。

 顔と体は真っ白で、ブカブカの黒いローブを纏っている。


「ピエ……ロ?」


 戸惑い気味にリサが漏らす。


 たしかにピエロだ。

 だが、こいつからは、よくない気配……前の大悪魔と似た邪気がぷんぷん漂っている。


「くっ……!」 



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ!】



 名前:テス・メザリア

 種族:大悪魔

 レベル:10

 体力:22

 魔力:993

 スキル:【博識エルダイト2%】


 すかさず鑑定の結果を、みんなに伝える。


「レベルが上がってる……!」


「それに、スキルも2%まで回復してます!」


「おまけに手足もあって口まで出来たとあっちゃぁ……今までみたいに静かには、してくれねぇだろうな……」


 ミニ大悪魔に向けて槍を構えるリサたち。



「ぎゃはははははっ!」



 ミニ大悪魔ならぬ、ピエロ大悪魔の甲高い笑い声があたりに響く。


「きさ、きさ、きさきさきさきさ……貴様らぁ~! よくも吾輩を好き放題に拘束してくれたなぁ! 許すまじ、許すまじ……まじまじまじまじ……血反吐を吐くまでいたぶり、凌辱し、泣いて許しを請うまで、何度も何度も痛めつけ、つけつけつけつけつけ、殺してやるわぁぁぁぁぁあ!」


「おいおい、大きくなったと思ったら、ずいぶんとお喋りだな。元の大悪魔は、そんなにペラペラ喋ってなかったぞ?」


「元? 元とはぁ? ああ、死んだ奴? 間抜け、馬鹿、愚か、雑魚、増長、緩慢、油断、思い上がり、長く生きすぎた老害、滅びて当然の存在。だが、吾輩は、そうではない。そんな間抜けの二のてつは踏まない」


「二のてつ? それを言うなら『同じ轍は踏まない』だな。二の舞いとごっちゃになってるのか? どうやら、お喋りなだけで、あまり賢くはなさそうだな」


「賢くない? 吾輩が? この私が? キャーハッハッハッ! 吾輩、悪魔族序列一位の大悪魔なり! クズの人間や低級モンスターが口を聞いていいような存在ではぁ……ないないないないないない、ないのだぁ! でもぉ、吾輩、まだ子供。もっとたくさん糧を吸収して早く成長しないと。ってことで、愚かな貴様たちを早速食らってやろう! この、パワーアップした吾輩の新たな下僕しもべによってぇ!」



 にゅるにゅると、周りの肉壁から魔物が生まれ出る。



 全長一メートルほどの赤い蛇。

 赤黒い肉壁の中から、ぬらぬらと姿を現す。



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ



 名前:糧を仕留めしもの

 種族:レッドバイパー

 レベル:66

 体力:666

 魔力:666

 スキル:【毒噛ポイズンバイト



「キャーハッハッハッ! どうだ!? 恐れおののいたか!? 見るがいい、愚かな下級生物どもよ! この壁一面の我が下僕しもべをっ! こいつらは貴様らに噛みつくと──」



 【石化ストーン・ノート



 バキバキッ──!



 出てこようとしてる蛇ごと壁一面を石化。


「なっ──!?」


「噛み付いて毒を注入するんだろ? でも、オレなら──」



 【毒液ヴェノム



 効果:毒液を飛ばし、垂らし、染み込ませることが出来る。毒の強度、種類、共に調整が可能。



 ビュッ!



 魔鋭刀を振る。

 切っ先から放出された緑色の毒液が「ジュッ」という音を立て、石になったレッドバイパーを溶かしていく。


「飛ばせるけどな、毒を」


「ななな……! なんなんなんなんなん、なんなんだ貴様はっ! 知らない、知らない、知らないぞ、我、吾輩、こんな人間! 知識が戻ってないから! まだ子供だから! 成長できてないから! ああ、吾輩、可哀想! なにも知らないままクズ人間に殺されちゃう! なんという悲劇! スキルは、みんな一人一個! なんで貴様は二個も使える!?」


「へぇ。どうやらオレのことも、まだ思い出してないらしいな」


「むぅ、吾輩、まだ子供。かわいいかわいい成長期。吾輩、糧を欲す。糧を吸収すれば知識、蘇る。知識、蘇ればお前のことも思い出す」


 相手が喋れるようになったんだ。

 こっちの力を見せつけたうえで、交渉の余地がないかを探ってみる。

 こいつの意志で魔物を生み出せるのであれば……もしかすると、すんなりここから出ることが出来るかもしれない。


 となれば……これの出番だ。



 【狡猾モア・カニング



「お前のしたいことってなんだ? 元の姿に戻りたいんだよな?」


「吾輩、元の姿に戻りたいわけではない。おっんだ間抜けな元の吾輩よりも、はるかに賢くて強い、圧倒的魔界の王者になりたい。そのために、成長し、知識を得たい」


「素直に喋れるじゃないか」


「下手に煽ったら死ぬこと、悟った。吾輩、賢い」


「じゃあ、そんな危険なオレたちは、このダンジョンから出したほうがいいな? ってことで出してくれ」


「ダメ。吾輩は死にたくないけど、どうせ死んでも最初からやり直すだけ。仮に貴様らがここで生き延びるとしても、百年後にはみんな死んで、吾輩の糧になる。最後に勝つのは、吾輩。これは、確定事項。吾輩、ただ、今、痛い思いをしたくないだけ」


「ふむ……」


 そう簡単にはいかない、か。

 しかし、相手のやりたいことは、わかった。成長だ。

 こっちのやりたいことも伝えた。脱出だ。

 短期的な取り引きならこちらに主導権があるが、長期的な取り引きでは向こうに主導権がある。

 

 一見……手詰まりのように見える。

 どこか……どこかに交渉のヒントはないか……。


 周囲を観察する。

 不安そうに見守るルゥとリサ。

 腕組みして眉をひそめてるオルク。

 シュンとしたピエロ大悪魔を、しっかりと絡め取っているパル。

 壁ごと石化したレッドバイパー。

 発光ヒカリゴケ。

 あとは、赤黒く脈打つ内臓のような壁、床、天井。


 そして。

 ピエロ、か……。


「なぁ、お前、ゲームは好きか?」


「ゲーム? 吾輩、ゲーム、好き! 他人を陥れるとスカッとする!」


「そうか、じゃあオレたちとゲームをしないか?」


「ゲーム? どんな?」


「ああ、お前、このダンジョンを作り変えることは出来るか?」


「作り変える? 形を変えるくらいなら可能」


「なぁ、このダンジョン、なんかダサくないか?」


「ダサい!? 吾輩、憤慨! おどろおどろしくて最高!」


「そうかぁ? オレは、元の大悪魔を知ってるけど、奴は整理整頓好きで、センスがよかったぞ?」


 ルゥ、リサと一緒に大悪魔の家に忍び込んだ時。

 隙間なくピッチリと揃えられた本棚や、整理整頓されていた家具。

 当時のオレの心の大半は憎しみが占めていたため、そこまでじっくり見る余裕がなかったが、今思うとたしかにセンスはよかったような気がする。

 そして、これは、元の大悪魔にライバル心を燃やすピエロ大悪魔にとって、交渉の材料にな得るはずだ。


「ムキーッ! 吾輩、嫉妬! 吾輩、元の大悪魔より、センスいい!」


「そうか、前の大悪魔なら、こんな赤黒い肉壁じゃなくて、石造り風の直線通路の続くダンジョンだったんじゃないかなぁ。もちろん、センスいい感じのスッキリしたデザインのね」


「あ、それからきっと階段も作ってたはずね! ちゃんと階層立てて物事を考えてたから!」


 オレの意図を察したのか、リサたちも口を挟んでくる。


「この発光ヒカリゴケも通路全体にまんべんなく散らしたはずです。真っ暗な通路なんてスマートじゃないですから」


「もちろん、ちゃんと出口も用意してな! 先生は、ちゃんと『フェア』なゲームしかしない人だったからなぁ! まさか、先生以下のアンフェアなゲームなんかしやしねぇよなぁ? 先生を超える予定の次代の大悪魔さんがよぅ」


 おお、いいねぇ。

 オルクの煽りもかなり効いてる様子。

 パルに囚えられたピエロ大悪魔は、ぷるぷると震えている。


「わ……わ……わ……吾輩、大憤怒っ!!!」


 ズズズズ……ッ!


「わっ!」


 ぐらりぐらりと足元が揺れ、赤黒い肉の壁だったものが、石の積まれたような石壁へと変化していく。

 発光ヒカリゴケは天井に一定間隔で配置され、通路全体を均等に照らしている。

 薄暗いが、視界を得るには十分な明るさだ。


「ムムっ! 近くにいる連中、吾輩、発見! ついでに、まとめて、ご招待! キャハッ! 吾輩、配慮満点はいりょまんてんっ! 親切丁寧しんせつていねい! 懇篤篤篤こんとくとくとくっ! キャハハハハっ!」


 天井がぐにゃりとうねり、大きな穴が空くと巨大な白いなにかが視界に入った。




「うわっ────!」




 ボフボフボフっ!



 白いものは巨大なクッション。

 それが天井に空いた大穴から落下してきた。

 そして、その中には──。



「みんなっ!」



 クラスメイトの魔物たちが包まれていた。

 落下してきた全員を包み込んだクッションは、シュルシュルと縮まってミミックの姿へと変わっていく。



「ミミックの擬態ミミクリーか!」


「ってて……。なんなんだよ急に……って、フィードじゃねぇか! てめえのせいでオレたちが、どんな目に遭ったと……!」


 デュラハンがオレに詰め寄ってくる。



「キャハハッ! 吾輩、遂行すいこう! センスのよいダンジョンを生成完了! 全階層、五十層! 中にいる糧の人数、五十三人! タイムリミットは、三日間! 今から生き残りデスゲームの開始、開幕、幕開け、スタート! キャハハハっ!」



「な、なんだ……このピエロは……? それに、パル……?」

「ゲ、ゲーム……? こいつなにを言って……」

「おい、フィード! どういうことだ! なんだよゲームって!」


 そりゃ、戸惑うよな。

 まずは、ちゃんと説明して、彼らの判断に委ねよう。

 だが、オレは彼らのスキルを奪ってしまったんだ。

 はたして、オレが話したところでまともに聞いてくれるかどうか……。


 そう思っていると。


「おぅ! オレが説明するぜ!」


 オークのオルクが説明役を名乗り出た。

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