第25話 老兵の最後

 小刻みに体を揺らしながら傾いた姿勢で沼地に立っている老トロール。

 持ってるスキルは【暴力ランページング・パワー】。


 このスキルを奪うかどうかは、こいつの戦いっぷりを見てから決めるとしよう。


 まずはパリィ・スケイルの実戦運用からだ。

 巨体から繰り出される攻撃を受けきれるかどうか。

 

 スキルなしの狼男の一撃であれば受け止められた。

 さて、その狼男よりもかなり巨大なトロール。

 質量だと約二倍近くあるか?

 しかも、相手は歴戦の乱暴者あばれもの

 オレの今までやってきた実践訓練を試すには絶好の相手だ。



 【身体強化フィジカル・バースト



 さぁ、どうくる?

 右腕で殴ってくるか?

 それとも蹴りか?

 まずは、受け止めてみる。

 さぁ、見せてみろ、かつての強者もののふよ。



 【軌道予測プレディクション



 視えた「未来の軌道」は。

 攻撃ではなく。


 □ 右足、泥水跳ね上げ

 □ 左足、前蹴り


(目潰しか!)


 咄嗟にトロールの右側、死角の方に回り込む。


 バッシャァン!


 派手な音を立て、トロールの巨大な足に跳ね上げられた泥水が宙に舞った。


 ブォンっ!


 間髪おかず、オレのいた場所めがけて前蹴りを食らわせるトロール。

 しかし、あいにくオレはとっくに移動を済ませている。


「??」


 手応えのなさに戸惑うトロール。


(どうやら思ってたような普通の格闘戦には、ならなそうだ)


 ならば──下手な考えは捨てて、シンプルに殺しにいくか。


 

 【斧旋風アックス・ストーム



 低い体勢のまま沼地をバシャバシャと駆けるとトロールの後ろ側に回り込み、旋回しながら左足のアキレス腱を斬り裂く。


「ぐわぁぁぁぁぁあ!」


 手応え十分。

 斧旋風アックス・ストーム

 回転を利用した鋭い斬撃。

 この技は、持っている武器が斧でなくても発動する。

 それは訓練で実証済みだ。

 これで足の悪いトロールは、もうまともに立っていられないはず。

 機動力さえ奪えば、もうこっちのも……の?


 視界が暗くなる。


 ふと見上げると、トロールがオレを押しつぶすように倒れ込んできていた。


(うおお、マジかよ!)



 【身体強化フィジカル・バースト!】



 沼地の中に飛び退いて、間一髪トロールの下敷きになるのを逃れる。


 ドバッシャァァァンッ!


 老トロールの巨躯きょくが沼地に沈み、泥水を跳ね上げる。


(ったく、あっぶねぇっ! こいつ、戦い慣れてるってレベルじゃないな! 足の腱を斬られたことすら利用して敵を倒しに来るとは……)


 いや──違う。


 これが、本当の「戦い」なんだ。


 試合じゃない。

 訓練でもない。

 技も、読みも、なにもかもを超えた、体と体、命と命で潰し合う──。


 殺し合い。


 つまり、本物の「喧嘩」ってやつだ。


 ああ……。

 最初にこれを体験出来て、本当によかった。

 最初に戦う相手が、この老トロールでよかった。

 相手を「殺す」ということが、どういうことなのか。

 それを、この老トロールは身をもって学ばせてくれる。


「ぐ、ぐおおおおおお……!」


 機動力を奪われたトロールが枯れ木を引っこ抜き、こちらへと放り投げる。


「フィード!」

「フィードさん!」


 リサとルゥの叫び声が聞こえる。

 大丈夫だ。

 そんなに心配するなよ。



 【軌道予測プレディクション



 ズズーンッ……。


 前へと突進して大木の軌道から逃れると、勢いそのままにトロールとの距離を一気に詰める。



 【身体強化フィジカル・バースト



 バシャバシャバシャバシャッ!


 トロールに向かって一直線に駆ける。

 巨木を放り投げた直後、体勢の崩れたままのトロールと目が合う。

 奴の闘気は衰えていない。

 オレに噛みつき、食い殺そうと口を開いてくる。


 年老い、衰弱し、ボケて、徘徊し、そして、ここまで絶体絶命な状態に追い込まれながらも、いまだ最後まで戦い抜こうと足掻あがく、その意気。その生き様。


 小手先のスキルどうこうじゃない、己の存在すべてを賭けた命と命の奪い合い。


 魔物的と言われれば、その一言で済むかもしれない。


 だがオレは、この老いてなお最後まで戦い抜こうとするトロールの姿に感銘を受けていた。


 すでにボロボロになっている牙が、オレを食い殺そうと迫る。


「ぐあぁあああッ!」


 本当に。


 オレの、初めて殺す相手が。


 でよかった。



 【軌道予測プレディクション

 【斧旋風アックス・ストーム

 【暗殺アサシン



 未来の軌道を読んで、トロールの牙をかわすと、右手に握った魔鋭刀を片手斧へと変形させる。

 トロールの脇をすり抜けざまに、一閃。

 首めがけて、全力で振り切る。




 ズッ…………。




 ボチャン……。




 音がした。

 オレの背後で、トロールの首が体から離れ──沼に落ちる音が。


 オレは振り返りながら、自分にしか見えない青い炎を左目に宿す。


「名も知らぬ歴戦の強者つわもの。あなたに敬意を評して、譲り受けよう。最後まで決して折れなかったあなたの黄金の精神と──」



 ──スキルを。




 【吸収眼アブソプション・アイズ




 ドッ

 クン。




 全身が脈打つ。




 【暴力ランページング・パワー




 死にゆくトロールからスキルを奪い取ったことを本能で理解する。



 オレは誓う。

 必ず、この力で四日後の戦いを生き抜いてみせると。




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 アベル(フィード・オファリング)

 現在所持スキル数 13

 吸収ストック数 15


 【鑑定眼アプレイザル・アイズ

 【吸収眼アブソプション・アイズ

 【狡猾モア・カニング

 【偏食ピッキー・イート

 【邪悪ユーベル・ズロ

 【死の悲鳴デス・スクリーム

 【暗殺アサシン

 【軌道予測プレディクション

 【斧旋風アックス・ストーム

 【身体強化フィジカル・バースト

 【透明メデューズ

 【魅了エンチャント

 【暴力ランページング・パワー


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