第24話 徘徊トロール

 【二十六日目 朝】



 決闘まで残り四日。

 スキル吸収ストック数16。


 以前、大悪魔にスキル【魅了エンチャント】をかけたことによって、オレには毎日三食、健康的な食事が提供されるようになっていた。

 今日の朝食は、魔黒菜まこくさいとデーモンポークのサンドイッチと、透明なのにコーヒーの味がするゴーストホワイトコーヒー。


 不味くはないが、特別美味いというわけではない。

 魔黒菜まこくさいの色が多少気になるが、鑑定してみても特に問題はない。

 栄養のバランスもいい、普通の食事だ。

 それに加えて、今日から魔物たちからの差し入れが届くようになった。


 血塗り木のパイ、影踏みキャンディ、悪霊ナッツ、崩心ほうしんチョコ、などなどのお菓子類。

 名前を聞いただけでオエッとなるものばかり。


 オレのスキル【偏食ピッキー・イート】を使えば安全に食べられるだろうけど、なんとなく気分が乗らない。

 魔界の食べ物は色や見た目が毒々しくてグロテスクだ。

 ハァ、人間世界の色鮮やかなサラダが食べたい……。

 大体、オレは夜にリサが持ってくるご馳走と大悪魔の用意する健康的な三食で、もうお腹いっぱいなんだよね。


(これは夜、お茶受けとしてルゥたちに振る舞うとしよう)


 オレは魔物たちに表面上お礼を言いつつ、もらった食べ物を檻の隅に積み上げていった。


 今日着せ替えられた服装は、黒のぴったり系。

 ところどころ破けてるのが汚い感じがするけど、この服を用意したサキュバスに言わせれば、これがオシャレらしい。

 破けてるのがオシャレだなんて魔界のセンスは本当に理解できない。


 ただ、黒なのはちょうどいい。

 トロールを殺しに行く今夜、闇にまぎれやすいから。


 そういえばスキル【魅了エンチャント】をオレに奪われたサキュバスは、あれから吸精も上手くいってないようで顔色が悪い。

 自信満々にオレを見下してきていた態度も、なんだか切羽詰まったような、物欲しそうなものに変わってモジモジしている。


 サキュバスって吸精できなかったらどうなるんだろう?

 死ぬのかな?

 悪魔にも餓死とかあるんだろうか。

 まぁ、これからはスキルに頼らず頑張って欲しい。

 これからといっても。

 オレの決闘の日までの、あと四日の命だが。



 【二十六日目 夜】



 オレとルゥは、リサの両腕にぶら下がって空を飛んでいる。

 大悪魔の家に侵入した時以来のお出かけだ。

 三、四十分ほど飛んだ先、一面の沼地にはいた。


 トロール。


 緑色の肌をした巨体。

 ミノタウロスと同じような体格、身長二メートルほどか。

 ただし徘徊の結果か、加齢によるものか、肌はガサガサに乾燥してカビのようなものが半身を覆っている。

 筋力も落ち、頭髪もまばらだ。

 足が悪いのか、体は斜めに傾いていたまま、苛立ちを抑えきれない様で低く唸っている。


「おう、来たか」


 狼男のウェルリンが迎える。

 いつものような素っ裸の狼スタイルではない、ストライプ生地の仕立てのよさそうな細身のスーツを着ている。

 おそらく、これはプライベートではなく「稼業」ということなのだろう。

 顔つきも、いつものヘラヘラしたスケベ面ではない。


「ボン、彼が……?」


「ああ、こいつがる」


 ウェルリンの周りを取り囲んだ黒いスーツの集団。

 一目でカタギではないとわかる。

 そいつらが、トロールを沼地に足止めしていた。


(ほんとうにマフィアなんだな、こいつ……)


「ご覧の通り、こいつはここに押し止めといた。だが、オレたちは手出しできねぇ。出来るのは足止めだけだ。お前が殺されようが、あいつが死のうが、オレたちは結果を見届けるだけ。つまり、お前が危険になっても手助けは出来ねぇってことだ」


「それは私も、ね」


 リサ。

 彼女もウェルリンとは違うファミリーのマフィアの娘だ。

 敵対組織の元組員に手を出したとなっては問題になるのだろう。


「わかった。問題ない。機会を作ってくれたことに感謝する」


「別に感謝することはねぇ。こっちにも得があるから手を貸してやっただけだ。それと、お前が死んだ場合、死体はこちらで処理させてもらう。いいな?」


 そういうことか。

 たとえオレがトロール征伐に失敗したとしても、ウェルリンたちには魔界では貴重な人間の肉体が手に入るってわけだ。

 どっちに転んでも得しかないってわけだね。

 直前に言ってくるところが実にマフィアらしい。


「ちょっと待ちなさいよ!」


 リサが口を挟む。


「下僕をずっと世話してきたのは私なのよ! それを、なに勝手に……」


 リサの前に数人の黒服が立ちふさがる。


「リサちゃぁん。悪いが今ここはもう、ツヴァ組の仕切ってるなんだわ。オレの愛しのリサちゃんでも、それくらいわかるよなぁ? ここでローデンベルグファミリーの一人娘がモメたらどうなるかくらい?」


「く──っ! ……もし私の下僕になにかあったら、一生あんたのことを許さないから!」


「おっと、それは困る。ってことで、フィード? オレは、お前に勝ってもらうしかなくなったってわけだ。リサちゃんに嫌われたくないからな」


 ウェルリンは肩をすくめておどける。


「ああ、大丈夫。死なないさ」


 オレの命はオレのものだ。

 どうなろうとオレの自己責任だ。

 ただ──。


(リサが嫌な思いをするのは、なんか嫌だな)


 ちょっとそう思った。

 そして、それは意外にも、戦いに向かうオレの心をふるわせてくれた。


 たしかに「殺しを経験したい」という目的だけで殺すよりは、そっちの方がよっぽどマシだ。

 誰かを悲しませたくないから、死なないように戦う。

 死なないで済むように、相手を殺す。


 オレは、魔物みたいに食うために殺したりするわけじゃない。

 冒険者みたいに、クエストを受けて殺すわけじゃない。

 生き残るために殺すんだ。

 そして、それは誰かを悲しませないためにやるんだ。


 人間界に戻って幼馴染のモモを安心させるために。

 両親を安心させるために。

 そして今は、リサを悲しませないために。


「フ、フィードさんっ! わ、私も! フィードさんが死んだら悲しいです! だから、あの、頑張って、頑張ってください!」


 そうだな、ルゥのためにも。


 黒服達がざわつく。


「おいおい……ありゃ、ゴーゴンか……? それにローデンベルグファミリーのお嬢まで……。ボンとも知り合いだし、あの人間は一体なんなんだ?」


「うるせぇ、黙って見てろ。どっちにしろオレたちにゃ得しかねぇんだからよ」


 どうやらルゥとリサは、マフィアの間でも一目置かれる存在だったようだ。

 まぁ、そりゃそうか。

 バンパイアとゴーゴンだもんな。

 どちらも伝承級の魔物だ。

 毎日会ってるから麻痺してたけど、こいつらも相当ヤバい奴らなんだよな。


「フィード。オレはお前の力をわかってるつもりだが、相手は老いたとはいえ、かつては相当鳴らした奴だ。覚悟して挑むことだな」


「ああ、ご忠告ありがとう」


 オレは手足を回して緊張を解くと、ブレスレット状の魔鋭刀を短剣へと変化させる。


「おお……! なんだあれ……? 急に短剣が出てきたぞ……?」


 ああ、無闇に状態変化を見せないほうがよかったかな。

 どこかから話が漏れて、四日後の皆殺しの時に知られてたら厄介だ。

 まぁ、大丈夫かな、四日だし。マフィアだし。


「じゃあ、こっから先は一対一だ。オレたちは止めねぇから好きにやりな」


 ウェルリンたちが左右にバラけ、トロールとオレが直接対峙する。


 よし、じゃあいきますか。

 まずは──。



 【鑑定眼アプレイザル・アイズ!】



 トロール 4896 【暴力ランページング・パワー



 暴力?

 一体どんなスキルだ?

 ストックを減らしてまで奪う価値あるか?

 

 それに、老いてなお、この魔力量。


 オレは確信する。


 たしかに、これは強敵だ。


 そして。


 絶好の──実戦相手だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る