第14話 大悪魔シス・メザリアの日誌

 常に眉をしかめて気難しそうな表情をしている大悪魔シス・メザリアは、一段と眉間みけんに深いシワを刻んでいた。


「うぅ~ん……」


 かんばしくない。

 この千年間、ずっと続けてきた鑑定士の誘拐と捕食。

 そこに今回、念願の学校を開いたということもあって新しく『飼育による食育』という要素を取り入れてみた。


 そしたら三十人の生徒のうち三人が死亡。

 さらに一人が行方不明だ。


 かんばしくない。

 保護者からのクレームがただごとではない。

 自身のスキル【博識エルダイト】を用いてなんとか言いくるめ、賠償金を手渡して収めてきたが、それも限界だ。

 千年かけて貯め込んできた私財も、この学校建設と共に吐き出し尽くした。


 まったくもってかんばしくない。

 オチュー、レッドキャップは学校とは関係のない事故で死んだ。

 インビジブル・ストーカーは、もし外でなにかあって死んでたとしたら見つからないのも当然だ。


 しかし、今回のホブゴブリンに至っては完全に学校側の落ち度だ。


 生徒による生徒の殺害。


 しかも二人の死亡者、一人の行方不明者を出した後に、だ。


 あまりにもかんばしくなさすぎる。



 トントントンッ。

 握ったペンを、机の上の日誌帳に小刻みに打ち付ける。



 鑑定士、というのはやっかいな存在だ。

 人間界に潜む魔物を見分けてしまう。

 だから絶対に排除しなければならない。

 成長する前に、必ず。


 人間は魔物を狩って「経験値」というものを得るらしい。

 同様に、我々魔物も人間を狩ると「経験値」を得ることが出来る。

 そして、それを一番高く保有している人間が、この鑑定士だ。

 だから、鑑定士は私の学校で最も素質のある者に食べさせる。

 そうやって、未来の幹部候補たちを育ててきた。


 私がこれまでに育て上げ、魔王の元へ送り出してきた者たち。


 蛙悪魔のマルフォ。

 山羊悪魔のバフォメット。

 もぐら悪魔のグララ。


 なかでも、この三人は飛び抜けた存在だ。


 ああ、それと。タイミングが合わずに鑑定士は食わせられなかったが、数年前に送り出したゴーゴンのゴルーザ。あれは、隠れた逸材だった。ハァ……それに比べて、今いる妹のゴンゴルときたら……。


 いや、しかし昨日死にかけていた鑑定士の命を救ったのは、お手柄だった。ゴンゴルがいなかったら、鑑定士がミノルやオガラに食いつくされていたかもしれない。ああ……もし、そんなことになっていたら……。考えただけでゾッとする。


 鑑定士を多く食わせるならメデューサのデゥドか、ローデンベルグ家の一人娘。もしくはデュラハンのヌハンといったところだろう。幹部候補としての素質がありそうなのは、この三人くらいのものだ。


 そういえば、ローデンベルグ家の一人娘は、夜な夜な鑑定士の元を訪れているみたいだ。隠れて血でも吸っているのだろうか。もし吸っていたとなると、例え少量でもかなりの魔力量の増加が起きているはずだ。


 しかし、相手は過保護にされてるマフィアの一人娘。下手な詮索をして、こっちがとばっちりを受けてはかなわない。ここは、見て見ぬふりをするのが、悪魔族最上位に位置する私、シス・メザリアの処世術だ。


 ああ、それにしても!

 私より下位の存在のデーモンロードとアークデーモンが、偉そうに私に指示を出してくるのが腹立たしい!

 千年前まで人間だった分際の、ぽっと出のくせして。

 人間界で人間の王に擬態してるという魔王。

 その腹心として、人間に擬態して仕えてる二人。


 全ての指示は、この二人から出される。

 魔王からの直接指示は、ここ千年もの間、一度もない。

 その事実が私を苛立たせる。


 いくら戦闘能力がないとはいえ、私は悪魔族の序列一位に数えられる、あの大悪魔だぞ!

 私の育成力がなければ、人間界での魔族の版図拡大もありえないというのに!


 ……あまりにも軽んじられすぎだ。


 どういうわけか、ちょうど百年に一度生まれる鑑定士。

 今年でちょうど十人目。


 もし、魔王から私に直接連絡のない理由が、私の功績不足だというのであれば。


 育ててみせようじゃないか、私の手で。

 この十人目の鑑定士を。


 檻に閉じ込め。

 ストレスを与え。

 成長を促し。

 持っている経験値を高めて。

 それを生徒に食わせる。


 そして生み出すのだ。

 これまでに誰も目にしたことがないような最強の魔物を。

 そうなれば、やっと魔王が直々に私の元を訪れ、今までの非礼を詫びることになるだろう。


 なぁに、鑑定士ごときがいくら成長しようとものかずではない。

 しょせんは【鑑定視える】だけだ。

 しかも報告によれば、あの鑑定士は特にレベルが低いらしい。

 なんでも、鑑定できるのは【種族】【魔力】【アイテムの状態】だけとか。


 こんなものが成長しようが、どうってことはない。

 むしろ、もっと成長させるべきだ。

 鞭がダメならば、飴で。

 飴に慣れてきたら、鞭で。

 

 私のスキル【博識エルダイト】によれば。

 鑑定士が成長したとこで、見えるようになるのは、あと【名前】【職業】【レベル】【体力】【職業特性】くらいのものだ。


 魔物は職業なんか持たないから【職業】【職業特性】に関しては気にすることはない。

 残りの要素に関しても、どうでもいいものしかない。

 むしろ、教えてほしいくらいだ。

 私のレベルはいくつなのか、と。


 おっとメガネを磨く時間だ。


 深夜二時〇〇分。

 毎日、決まってこの時間にメガネを磨く。

 スキル【博識エルダイト】の知識に沿って、水洗いしてから、丁寧に水滴を拭き取っていく。


 それから二本の太い角に椿油を塗り、布団に入る。

 知識に沿って、知識に従って生活していれば、まず間違いはない。

 今回の鑑定士飼育計画に関しては、少しだけ問題が起きているが、なぁに。すぐに、いつものような平穏な日常が戻ってくるはずだ。


 そう、私の知識は絶対なのだから。


 大悪魔シス・メザリアは、眠りに落ちる。


 己のスキル【博識エルダイト】の絶対性を信じたまま。


 鑑定士アベルが【吸収眼アブソプション・アイズ】を身につけるなんて夢にも思わず。


 自分の努力が報われる日を夢見て。


 大悪魔シス・メザリアは、今日も眠る。


 まさか自分が恐るべき怪物モンスターを育てているとは、つゆほどにも思わずに。






──────────────────

【あとがき】

 今話で、一旦大まかな設定をざくっと出しました。


【鑑定士が攫われる理由】

 人間に擬態してる魔王幹部や魔王を見破られないようにするため。


【鑑定士が食われる理由】

 経験値が高いため。


【学校に連れてこられた理由】

 未来の幹部候補育成のエサとして使うため。


【アベルが飼育されている理由】

 ストレスを与えて成長を促し、経験値を高めるため。

 また、それによって、よりよい育成結果を出した大悪魔シス・メザリアが、魔界を千年離れている魔王に気に留めてもらうため。


【大悪魔シス・メザリアの誤算】

 鑑定士が覚醒すると【スキル吸収】能力を身につけるということを知らなかった。


 こんな感じです。

 アベルの監禁生活三十日も次話で十五日目を迎えます。

 ちょうど半分。折り返し地点となるここから、加速度的に脱出に向けての勢いを上げていく予定です。

 大量に加筆したこともあり、【檻の中編】の結末も原版と比べると、かなり変わってくると思います。お楽しみに。


 PV、ハート、★、フォロー等入れていただいてる方、ありがとうございます。

 本当に励みになっています。

 どうかアベル(フィード)くんたちの成長と冒険を、これからも見守っていただけると嬉しいです。

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