第13話 大好きです!

 【十三日目 夜】



「下僕ぅ……? これは一体どういうつもりかしら……?」


 教室へ迎えに行ったゴーゴンを後ろに従えて保健室へと入ってきたリサは、開口一番にそう言った。


 こめかみがピクピクと引きっている。


「ああ、ゴーゴンに看病してもらってたんだ。オレ、死にかけちゃってて……」


「聞いたわよ! 使い魔から! それで! 心配して! 貴重なポーションとか色々持ってきてあげたんだから! 感謝しなさいっ!」


 オレに向かって色々と投げつけてくるリサ。


「あ、ああ……ありがと……」


「もうっ! バカっ!」


 リサはプリプリと怒りながら真っ直ぐに近づいてくると、ベッドに横になっているオレの腹に「バフッ」っと顔をうずめた。


「くん……くんくんくん……」


「リ、リサ……?」


「でも……(小声)檻から出られたことで、こうやって下僕の匂いを近くで嗅げるのはいいわね……」


「え、なに?」


「ななな、なんでもないわよっ! 無事でよかったわねって言ってるだけ!」


「あ、そう……。あ、そういえば、なんかいっぱい持ってきてくれたんだね、ありがとう」


 ドサドサと床に放り出された諸々のものを健気にゴーゴンが拾い集めてる。


「そう! 持ってきてあげたのよ! この私がっ! 下僕のためにわざわざ! 感謝しなさい!」


「うん、ありがとね」


「ふんっ、私の下僕なんだから当然でしょ! だから、その……(小声)そんな弱っちぃ人間の体なんかとっとと捨てて、私の眷属に……」


「え?」


「ななな、なんでもないってば! それより!」


 ビシッ! とリサがゴーゴンを指差す。


「なんなのよ、この女っ!」


「なんなのって、ゴーゴンだけど……」


「知ってる!」


「だから看病してくれてて……」


「それも聞いた!」


「じゃあ、一体何を……」


 リサはツンツン怒りフェイスで牙を剥きながら言った。



「なんでっ!

  私と下僕の貴重な時間にっ!!

   他の女がっ!!!

    ここにいるのかしらっ!!!!?」



 一言ごとに強くなっていく口調に気圧けおされて、思わずたじたじになる。


「いや、だから看病……」


「看病っ!? こんな時間まで!? 二人っきりで!? 檻にも入らずに!? あ~、そうですか、いいご身分ですこと! 私が……私が、どれだけ心配したと思って……思っで……ぅっ……うぇぇぇぇん!」



 あ~あ……。



 泣いちゃった。



 ●



 一通り泣いたらすっきりしたらしい。

 今、リサはゴーゴンに頭を撫でられて慰められている。

 

「ぐずっ……だっで、だっで、ずっと私と二人きりだっだのに……下僕が見知らぬ女といるんだもん……」


 いや、今お前を慰めてるのは、その見知らぬ女だけどな。


「で、私が教室に行ったら、見知らぬ女が正妻ほんさい気取りでお出迎えじで……」


 いや、だからそれ見知らぬ女じゃなくて、お前のクラスメイトだけどな。


「そうですかぁ。びっくりしちゃったんですねぇ」


「ゔん……びっぐりじた……ぐすっ……」


 完全に保母さんと幼女だ。


「ってことで、ゴーゴンがいなかったらオレは死んでたわけだ。見知らぬ女じゃないぞ。ちゃんとお礼を言って謝りなさい」


「ゔん、ごめんなさい……」


 素直に謝るリサ。

 うん、偉いぞ。


「よし、じゃあ仲直りの握手して」


「ゔん……」


 金髪吸血鬼少女と蛇髪ゴーゴン少女が、隣のベッドに腰掛けて握手してる。


 かたや黒マントに身を包んだ夜の帝王。

 かたや葬式風の黒衣をまとった石の国の女王(イメージ的に)。


 う~ん。

 この黒っぽい服装同士の二人。

 なんか、性格は真逆なのに妙に波長合ってるな?


「よし、じゃあ仲直りは済んだな。じゃ、オレはいつもどおり筋トレしてるから」


「筋トレ? 筋トレって?」


 ゴーゴンが、(ベールで見えないが多分)きょとん顔で聞いてくる。


「ああ、こうやってトレーニングして体を鍛えてるんだよ」



 【身体強化フィジカル・バースト



 体にかける負荷を大きくするため、スキルを使って体を強化する。


「フッ、フッ、フッ、フッ!」


 以前までは十回も出来なかった腕立て伏せ。

 それが、スキルを使うことで一秒間に三回、しかも一分間ノンストップで行うことが出来る。


「え、ちょ、こんな激しい運動……えぇ!?」


「ぐず……すごいでしょ、うちの下僕? こうやってると、下僕はすごい汗かくから、ほら、ああ、人間の匂いが……あぁ……知ってる? 汗も血の成分的と似てるって」


 そう言いながら飛び散る汗を舐めようと顔を赤らめて必死に宙を舌でペロペロするリサ。

 オレもその様子を最初に見た時はドン引きしたけど、さすがにもう慣れた。

 そして、今はオレの代わりにゴーゴンがドン引きしている。


「え、でも、あの、なんのためにこんなことを?」


「なんのためって……。そりゃ、だ──」



 脱出するため。



 と言いそうになって、ギリギリで踏みとどまった。


「だ?」


「だ、だ、大胸筋……を鍛えるため、かな?」


 そう言って、あまりない大胸筋をピクピクと動かしてみる。


 苦しい!

 苦し紛れすぎる!

 バ、バレなかったか!?

 この子、察しがいいぞ!?


「はぁ。大胸筋、ですか……。でも怪我した後だから、あまり激しい運動はけた方が……」


「そうよ! 今日は安静にしてなさい! 今日は特別に! 私が! 下僕を労ってあげるわ!」


 そう言った後に耳元で。


「あっ、今日は、その、血はいいから。ほら、見られてるから、恥ずかしいから」


 とゴニョゴニョと早口で言って離れた。


(恥ずかしいもんなのか、吸血って)


 ──オレの差し出す指から出る血を舐め取る行為。


 まぁ、たしかに恥ずかしかも。

 特に絵面的に。

 プライドの高いリサなら尚更。


 それからオレたちは三人でリサの持ってきた大量のご馳走をたいらげながら、他愛のない会話を交わした。

 やがて夜も更け、今から帰られないというゴーゴンは、隣のベッドで眠ることになった。


 リサは「む、無断外泊!? しかも男と! しかも私の下僕と……! ふ、不良だわ……!」とマフィアの娘らしからぬ倫理観で驚きおののいていた。



 ●



 その後、オレは体の調子を確認しながら軽い筋トレをしたり、結局リサに血を与えたりしながら、いつものようにリサの一人喋りを聞き流していると、眠っているゴーゴンが突然うめき始めた。


「う……ううぅっ……!」


「大丈夫か? 具合でも悪いのか?」


「うっ……やめてください……お願い、殺さないで……!」


「おい、起きたほうがいいんじゃないか?」


 心配になって肩を揺すると、目を覚ましたゴーゴンの顔を覆うベールの下から涙がこぼれ落ち、シーツを石に変えた。


 気を利かせたリサが淹れてきたお茶を手に、ゴーゴンは少しずつ話し始めた。 


 クラスメイトのメデューサが出来のいい従姉妹であること(魔物の価値基準では凶悪であればあるほど優秀とされるらしい)。

 そのメデューサと比較されて、ずっと親からなじられ、虐待されていること。

 ゴーゴンをかばってくれていた姉が家から出ていってからは、生死の境を漂うほどの暴行を何度も受けていること。

 それがトラウマになって、悪夢をよく見るのだということ。


 そして。

 「私は性格的に魔物に向いてない」

 「いっそのこと魔物的価値観から逃れて、人間になりたいとずっと思ってる」

 ということまで。


 話を聞き終わった時には、彼女の涙によって周囲の床が一面の石床へと変貌を遂げていた。

 オレもリサも黙って話を聞いていた。


 しばらく沈黙が続いた後、リサが大きな声で言った。


「よし! じゃあ私が、あなたの友達になってあげるわ!」


「え? は、はい。ありがとうございます?」


「次からは何かあったら私に真っ先に相談しなさい! 親を消したほうがよければ、うちの一家総出で対処してやるわよ!」


「い、いえ、ローデンベルグさんのお家が出てきちゃうと、一族きっての大抗争になっちゃうんで……。でも」


 ベールの上からでもわかる、優しい微笑み。


「ありがとうございます」


「そ、そうね! 感謝するといいわ! なんてったって、この私がお友達になってあげるんですからね! これからは……夜、家にいたくない時は、学校に来れば私か下僕がいるから来ればいいと思うわっ!」


 赤くなってる顔を横に向けて嬉しそうに話すリサ。

 よかったな、二人とも。

 これで、オレがいなくなっても仲良く──。


 って、お前らを生かしたままいなくならないけどな!

 オレはお前ら全員殺してでも出ていくつもりだけどな!

 でも……。


 こんなぼっち同士の友情が結ばれるシーンとか見ちゃったらさぁ。

 なんか、やりずらくね?

 う~~~~~~~~ん。


 しかも。


 オレ、多分このゴーゴンを人間にしてあげることが出来るんだよな。


 ゴーゴンの【石化ストーン・ノート】って種族の根幹に関わるスキルだから、これをオレが吸収すれば、彼女は人間になると思う。

 インビジブル・ストーカーの時みたいに。

 で、それはリサの【吸血サクション・ブラッド】にしてもそう。


 でも、絶対人間になれるって保証もない。

 それに、オレのスキルも知られたくもない。


 まぁ、とりあえずは……大悪魔の【博識エルダイト】とかの必須スキルをまとめて奪えるだけのストックを貯めるまで待機だな。

 彼女のことは、ストックが貯まってから考えよう。

 どのみち、石化スキルは超強いから絶対に奪うつもりだし。


「ねぇ! 下僕も、この子と友達になってあげなさい! 命令よ!」


 リサがウキウキした顔で言ってくる。



「ん~、じゃあ、オレは。友達じゃなくて──キミを人間にしてあげるよ」 



 嘘は言ってない。

 人間にするつもりで、スキルを奪ってあげる。

 あと十七日以内に、必ず。


「はぁぁあ? 何言ってんの、下僕? 頭おかしくなった? 魔物が人間になんてなれるわけないじゃない」


 まぁ、そういう反応だよね。


「ふふっ、ありがとうございます。えっと、あの、フィード……さん?」


 あ、名前のこと気にしてるのか。

 オレが夕方に責めたから。


「ああ、フィードでいいよ。もう名前のことは気にしてないからフィードで呼んでくれ」


「はい、ありがとうございます、フィードさん! 大好きです!」





 間。




「はあああああああ!? あんた! あんたっ! なに言っ……! あんたねぇぇぇぇえ! ひ、人の下僕に……ちょ、ちょっと!? だだだだ、だいす……?」


「ひゃあ!? ち、違います! 間違えました! そういう意味じゃなくて! あの、その……!」


 カッコつけたオレの「人間にしてあげる宣言」への返しがこれとは……。

 いやはや……。

 天然、あなどりがたし……。


 こうして夜の集まりは。

 オレ。

 オレを下僕扱いするリサ。

 オレに間違って告白した天然のゴーゴン。


 の三人になったのだった。

 奇妙な。

 三角関係(?)を伴って。

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