Ep4.×K.Tsukishima

 薄いグリーンの壁に北欧調の家具が並ぶ部屋は、さながらインテリアショップの一画にあるモデルルームのようだ。撮影場所となって大分経つが、細部まで見きれていないなと月島滉太つきしまこうたはアイボリーのカバーがかけられたソファの後ろをうろうろとしていた。

 そんな白のシャツにオレンジのニット、白のパンツを履いた彼を見ながら、ソファに座っていた緑のタートルネックに白いフリース、濃いグレーのカーゴパンツを着用する土屋亜樹つちやあきは笑顔を浮かべた。


「なんか、面白いものあった?」

「んー? 面白いゆーか、細かいなあとは。小物類が全部オレらのメンカラやねん」

「うわ、マジだ」


 壁際にある背の低い食器棚にはマグカップと皿が9個ずつ入っている。それらすべてread i Fineリーディファインのメンカラで揃えられていた。赤、青、黄色、緑、ピンク、紫、オレンジ、水色、シルバー。

 その食器棚の、上の壁にはコルクボードがかけられておりそこに今までの写真(昨年の誕生日企画のものだ)が貼られている。


「うーん、愛やな」

「愛だね、これを愛と言わずに何を愛と言うのだろう」

「ええスタッフさんに恵まれましたわ本当」

「たまに思いっ切り騙してくるけどね」

「あれだけは許せませんなあ」


 なあ? と月島はスタッフがいるだろう、カメラの向こう側を凝視する。それに倣って土屋もカメラの向こう側もじっと見ていた。あまりの目力にスタッフの方から失笑が漏れる。


「まあええねんけど、本題本題。あきさま、誕生日おめでとうー!」

「ありがとうー、やっとお酒が飲める年齢になりました」

「太一ほどやないけど、いつの間にそんなに大きく!?」

「つっきーがある小惑星まで、地球の危機を救おうと出発して、戻ってくるまで……かな?」

「どこのハリウッド映画なん?」

「ピクミンだよ」

「ピクミンってそういう話やったんか!?」


 キャラクター、歌の認識は強いピクミンだったが、案外ゲームをしている人間が身近にいないのだ。土屋にやったことあるかと月島が問えば、彼は「実況しか見たことがない」と首を横に振った。


「誕プレ、ピクミンにすれば良かったわぁ」

「いや貰っても多分やんねーわ、ゲーム得意じゃないし」

「……ほのぼの系ちゃうん?」

「よく分かんない生物と戦うアクション系」

「嘘やろ……」


 想像の二転三転といく、ゲーム・ピクミンの内容なのであった。

 それでは本編、スタートです。


※   ※   ※   ※   ※


「オレら好き嫌い多いーズやけど、」

「待って待って、勝手に変な名前つけないで」

「変とはなんや!」

「変なもの変って言って何が悪い!?」


 開始早々喧嘩が始まる。喧嘩というよりじゃれ合いというべきか、少なくとも月島はノリで喧嘩を買っただけだし土屋は自身の意見は正当だと主張しているに過ぎない。

 互いの思惑に結構な齟齬が生じているが、そこが面白いところなのである。


「解散条件は互いのどっちかが好き嫌いゼロになったらやね」

「不可能すぎない? もうちょっと易しい条件にしろよ」

「これでオレとあきさまは一生ずっ友やで」

「ワードが古くて体が痒くなってきた」


 指ハートを決める月島に、土屋は鬱陶しそうに手で払う仕草をする。本気で嫌そうな顔だ。


「っていうか、つっきーとちがって俺は好き嫌いあること良しとしてないからな」

「オレやって別にええこととは思うてへんよ」

「じゃあなんで改善されない……?」

「そっくりそのままお返ししたるわ、その言葉」


 互いの悪い点を指摘し合っているが、内容は五十歩百歩どころか二十五歩二十七歩くらいの近さだ。まさにどんぐりの背比べである。

 いい加減生産性の無さすぎる会話に疲れたのか、土屋は大きくソファにもたれかかった。もたれたままで、月島の方へ視線を向ける。


「……最初さ、何言おうとしたの?」

「最初?」

「好き嫌い多いーズだけど、のあと」

「あー」


 本当に冒頭の冒頭、土屋が茶々を入れたせいで聞けなかった言葉の向こう側だ。変な茶々入れなければ良かった、と内心凹む土屋の心情を察したのか察していないのか月島は「大したことやないよ」と平然と呟いた。


「共通点そこくらいやない? みたいな話しようとしただけやねん」

「……わりと面白そうなトークテーマじゃん」

「なら今から話そか」


 よいしょ、月島は姿勢を正して土屋を見る。土屋もソファの背もたれから自分の身を引き剥がし、良い姿勢で月島の視線を受け止めた。


「まあ分かりやすいものがいくつかあるよね」

「お、たとえば?」

「虫への扱い」

「あーあーあー」


 それそれそれと言わんばかりに月島が頷く。頷き、というより最早ヘドバンだ。

月島は虫が苦手だ。存在を感じただけでビビり散らかしてしまう、そのわりに枝木を貰ったり野花を摘んできたりするので謎だなあと土屋は思っていた。虫が怖いならそんなものを拾うなと。

 ではそんな土屋は、というと。


「案外虫平気やもんな、あきさま」

「Gより蜘蛛の方が怖い。フォルム的に」

「……蜘蛛は益虫やで? 確かにアレやけど巣作るし」

「足8本の時点で心を閉ざしました」


 よく心閉ざすなあ、と月島が笑えば、防衛意識が強すぎるんです、と土屋は真顔で宣った。

 土屋は虫が平気な人種だ。アウトドアが趣味である以上、ある程度耐性があると思われていたがそれどころではなかった。普通に早起きしてカブトムシを捕りに行くタイプの人間なのである。

 閑話休題。


「怖いものはシャットアウトして、平穏を保ってるんです。じゃないと、マジですぐに心が死ぬ、ストレスで」

「ストレスに弱いもんなあ、お労しや」

「まあこのグループに来て大分マシになったけど……」

「リーダー冥利に尽きますわ」


 ふふん、胸を張って鼻高々に笑う月島に、やる気のない拍手を送る土屋。なんやねん! という威勢の良いツッコミが響いた。


「拍手は嘘だとしても」

「嘘の拍手とかいっちゃん虚しいやつやん?」

「つっきーへの恩は感じてるから。これはマジで、つっきーがリーダーだったから俺は今健やかな訳だし」

「……素直に褒められるとそれはそれで微妙やねんな」

「なんだそれ!」


 折角褒めたのに! と叫ぶ土屋。褒める行為自体、他人からの承認を得るためのものではないがそれは置いといて。ぶすくれかけた土屋は、ぶすくれかけたまま「目立った相違点あった」と声を漏らした。


「なに?」

「リーダー適性」

「……あーと、オレが昔言うた言葉のこと思い出してはる?」

「うん、それ以外になにがあんの」

「せやろな……」


 過去、月島はある雑誌の取材でメンバー全員のリーダー適性についてコメントしたことがある。たとえば森富太一もりとみたいちならば「本人のストイックさをメンバーにも求めるからすごく厳しくなりそう」、佐々木日出ささきひのでならば「やってやれないことはないだろうけど、確実に管理系できる補佐が必要」など発言していた。

 そんななかで土屋に対してのコメントが、以下の通りである。


「『向いてない。あっという間に体調崩すから勧められても断った方がいい』……ええ、言いましたな、覚えてますとも」

「ショックだったんだけど?」

「えっほんま!? す、すみません……」


 ほんとうにごめんなさい、と月島は立ち上がって最敬礼の90度に体を曲げた。そんな彼に土屋が「頭を上げて」と淡々と声をかける。顔を上げた月島に「座って」と促して、先程と同じ構図に仕立て上げた。


「いやね、自覚はしてるんすよ」

「してんのかい」

「めっちゃしてる。俺みたいなのがリーダーやってみ? メンバーのメンタル壊しながら自分のメンタルもぶち壊れてくよマジで」


 土屋のリーダー適性のなさについて、月島と土屋本人とであまり認識に相違はない。ただ『どうして適性がないか』の認識は結構異なっている、それがこの場で明かされた。


「だって深追い型完璧主義じゃん俺。絶対みんなを追い詰めて、追い詰められたみんなを見て自分も追い詰められる」

「え、そうなん?」

「あれ、そこじゃねーの?」

「オレは単純に、対人関係評価が絶対基準やと思うてるから。それはリーダーというか、まとめ役に必要ないしって……」

「そこ必要じゃないの???」

「みんなに好かれたい人間は、絶対リーダーやったらあかんよ」


 と、そう宣った月島は『愛されリーダー』として名高い人物なのは、さながらなにかの風刺のようだった。


※   ※   ※   ※   ※


「愛されリーダーのつっきーは、それで? 俺にどんなマウントをとりたいの?」

「お前も愛されとるやん」

「う、うるさい! そんなおべっか言わないで!」

「おべっかってまた珍しい言葉遣いよる」


 時折言葉遣いが古めかしいのは海外暮らしがそれなりに長いから? と月島が問うたところで土屋はだんまりだ。溜め息をつきつつ月島は次の言葉を紡ぐ。


「わりとオレら、あきさまのことを蝶よ花よと育てとるつもりやけどなあ、侑太郎以外は」

「侑太郎はそういうタイプじゃないから……」

「タイプやない、ゆーか、甘やかしすぎても変に拗らせるからバランスとってはるんやろ」

「うぐっ」


 土屋は胸を押さえてソファに倒れ込む、図星を突かれたというよりそこまで分かられてしまっていることへの不甲斐なさが主な感情だろう。

 こんなに自分は分かりやすい人間だったか、と恐ろしい感覚が靄のように自分の周りを漂う。


「大分分かりやすいやろ。顔に出まくりやし」

「そんなぁ」

「逆に分かりやすくてほんまありがたいわ。やってその性格で顔に出えへんかったら、マジで重要なサイン全部見落としとるかも知らんし」

「……いや、みんななら分かってくれるよ、多分」

「それはどうやろな……」


 人間の心は複雑怪奇やから、そう月島は苦そうに呟いた。月島ほどのコミュニケーション強者でもそんなことを思うのか、土屋はかなりの衝撃を受ける。


「亜樹が分からんー、知らんー、って思うことは普通やねん。オレやって思うし、他のメンバーやって同じ。亜樹だけやあらへん」

「……俺が、察し悪いとかじゃなくて」

「むしろ察しはええ方やろ! 気ぃ遣いすぎやねん」


 空気を読みすぎて時たまフリーズしている土屋の姿を、月島及び他のメンバーは幾度となく見てきている。その様は健気で可愛らしいというより、いっぱいいっぱいになっていて居た堪れないという感情すら沸き起こさせてしまう。

 どうしても月島は「もっと適当で良いのに」と思ってしまうのだ。難しいかも知れないが、そんなに気を遣わなくてもオレらは何も思わないというのに。


「もっとレコーディングのときみたいな欲深さを日常生活でも出せばええねん」

「……日頃から大分我儘じゃない? 俺」

「我儘なこと言っていい雰囲気でしか言わん我儘は我儘とちゃうねんけど」

「そうなの!?」

「あれは周りがそういうノリになっとるだけやし、むしろ言わん方が空気変になるやつやろ? そうやなくて、もっと何気ないところで……えーと、たとえば透の『水飲みたい』みたいな」

「あー……」


 高梁透たかはしとおるアレクサンドルの「水飲みたい」とは、メンバーと一緒にいる際にわざわざ年上メンバーに水を買いに行かせるという凶行を指す。

 ちなみにこのとき、水以外の飲み物を買ってくると散々怒られるというオプション付きだ。メンバー全員認知している、高梁なりの『我儘』なのだった。


「あれはわりとどうかと思ってたけど」

「お前、前にガチ注意してはったもんなあ」

「普通に失礼だからやめなさい、みたいなこと言ってたらみなもんに仲裁に入られた」

「目撃しとったよ、亜樹の言うことも間違ってへんのやけど、なんやろ、あれは『ああいうやり取り』を楽しんどるやつやし」

「……人間って難しい」

「うちのグループでいっぱい試せばええやん。失敗しても誰もお前を嫌わんし、邪険にもせえへんよ」


 その自信は持っとけよ、言いつつ月島は土屋の胸に拳を当てる。トントン、と軽く二回叩いて笑顔を振り撒いた。


「つっきーはずっと俺のこと好きでいてくれる?」

「メンヘラっぽいなあ、ほんまに」

「ねえ好きでいるって言ってよ!」

「はいはい、好きやで、ずっと好きやで。そういうのや、もっと頂戴」

「もっと頂戴は変態臭すぎない……?」

「変態言うか異常者よなあ、端的に」


※   ※   ※   ※   ※


「今回のプレゼントなんやけど」

「はい、楽しみにしておりました」

「プレッシャー! みんななんやの、オレのプレゼントセンス信頼しすぎやって」

「物が良くて無駄にならないものくれる信頼感が強いんだよね、つっきーって」

「くそう、嬉しい」

「で、なにくれるの?」

「ブランケットです~、持ち運び用のベルト付き」

「今の時期ありがたいやつじゃん! っていうか覚えててくれたの!?」

「講義室寒いんやろ? 覚えとりますとも」

「あー……だからつっきーって愛されリーダーなんだね……」

「まあ好きでやっとるし。使ったってな」

「うん、めっちゃ使う」

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