Ep3.×I.Midou

 薄いグリーンの壁に北欧調の家具が並ぶ、さながらインテリアショップにあるモデルルームのような一画で撮影は行われている。

 中心にあるアイボリーのカバーがかかったソファに座るのはふたりの青年。緑のタートルネックに白いフリース、濃いグレーのカーゴパンツを履いている土屋亜樹つちやあきと、襟ぐりの開いたハイゲージニットに黒のインナー、黒のストレートパンツを着用した御堂斎みどういつきだ。御堂は鬱陶しそうに、首に巻かれたネックレスをいじっている。

 ソファの前にある木目調のローテーブルに置かれたティーを飲みながら、それについて話していた。


「これいっちゃんが淹れたんだよね? 上手、マジ美味い」

「本当? つっきーに手ほどきを受けたんだよ。……ってなるとやっぱつっきーの腕は確かってことだね」

「つっきーのお茶、本当美味しいもんねー」


 生活能力がない、家事ができないと度々揶揄されているread i Fineリーディファインのリーダー、月島滉太つきしまこうただが何故かお茶だけは美味しく淹れられる。

 その腕は根っからの紅茶党である土屋も唸るほど、そして淹れ方を習った御堂もその力量を再確認していた。


「あー、なんかこれが誕生日プレゼントでいいかも」

「えっ」

「あっ、いやそれくらい素晴らしいって意味だよ? いっちゃんの誕プレセンスを懸念してるとかではなく」

「……お前、微妙に地雷踏むよね」

「ひ、ご、ごめん……」


 目の据わった御堂は、その目の大きさから威圧感が増してしまう。土屋はそんな彼を目の当たりにし、思わず息を詰まらせた。


「怒ってないよ。怒ってないけど、たまに迂闊なので気を付けな?」

「……はい、わかりました……」

「素直だな……なんかもっとこう、訳分からない感じで拒否されるかと思った」

「俺のことをなんだと思ってんだ」


 土屋は青い目をじとりと細めて御堂を見やる。そんな御堂は視線など気にもせず「お前こそがリファインの生意気担当だろ」と平然と宣った。生意気担当って聞き慣れない言葉過ぎない? と土屋が困惑するのも致し方ない。


「グループでいちばん尖ってるのは依然亜樹だと思ってる」

「待って、今もまだ? 練習生時代だけじゃなくて?」

「今もだよ、ずっとだよ」

「意義を申し立てたいんですが……」

「拒絶します」


 大きく胸の前でバッテンを作る御堂に、土屋は小学生かよと思いつつ肩を落とした。この人、年々最年長の片方である佐々木水面ささきみなもに似てきている気がする、ふと土屋はそんなことを思った。


「まあいいところだから」

「似たようなことのでさんにも言われたんだけど……」

「そんなあきさまの良さが伸びますように。誕生日おめでとー」

「本当に良さなのか絶妙に微妙でなんかやだ」


 尖ってるところが良さと言われると、からかわれているか馬鹿にされているかとしか感じない。御堂が不服そうに唇を尖らせたが、その様子にお前の方が尖ってるじゃん、などと言えない土屋であった。


※   ※   ※   ※   ※


 尖ってることは果たしていいことなのか、それを掘り下げるべく会話を始める。


「無難でも淘汰されることは多々ある。差別化できなくて」

「結論出ちゃったじゃん。掘り下げる暇なかったじゃん」


 御堂が一発で回答を出してしまったが、話は尚も続く。結論が先に出てしまったのならば、その結論までの思考を掘り下げればいいだけなのだ。


「逆に尖ってて悪いことの具体例を挙げていこう。まず『協調性に欠ける』、うっ……」

「ぐっ……、や、なんでいっちゃんもダメージ受けてんの!?」

「クリティカルすぎた……気を取り直して、亜樹はなんかある?」

「あっこっちに振ってくるんだ? ……なんというか、『協調性に欠ける』が始点であり終点じゃね? 悪しき具体例の」

「悪しき具体例って言い方面白いな」


 土屋の言い方を気に入った御堂は嬉しそうに笑う。こんなことで嬉しそうに笑うの不思議だな、と土屋は真顔になった。御堂のことは、理解できない、というより、想像できないことをするタイプだとしみじみ感じる。

 閑話休題。

 結局『尖っている』ということは、言い換えると『足並みが揃えられない』ということなのだろう。採集民族時代ならば真っ先に淘汰されていた人種だ、現代社会に生まれて本当に良かった、芸術という文明があって非常に助かった。土屋は胸を撫で下ろしていた。


「いや、生態系にもいるじゃん、尖った生態のやつ」

「……そう言われればそうかも知れない。具体例がぱっと出てこないねど」

「僕もまったく出てこないからアレなんだけど、兎も角尖った生態ってむしろ自然界で生き残るための術じゃないの? 亜樹の尖りもそんな感じするよ?」

「えー……マジ……?」

「マジマジ」


 自分という痕跡を残そうとしてる気がする、と御堂に言われた土屋は、腹落ちしそうで腹落ちしなさそうな微妙な表情を浮かべていた。

 言いたいことは分かる、が、それを肯定していいかは複雑だなと。


「そういう意味ではread i Fineのメンバー少なからずみんな尖ってるからやりやすいんじゃないかな」

「まあいっちゃんは尖ってるわ、確かに」

「特性ピーキー男ですからね。のでさんにしたって、みなもんにしたって、つっきー、侑太郎、永介、サーシャ、太一、みんなどこかしらは尖ってる」


 そもそもread i Fine自体『余り者』の『寄せ集め』グループだ、そう御堂は宣った。土屋としてもその定義には同意せざるを得ない、むしろこんな寄せ集めで上手くいっているのが奇跡。マネジメント陣のバランス感覚の良さと、メンバー各々のコミュニケーション能力が上手く合わさった結果だろう。


「その中でも亜樹はいちばんだから」

「いやそんなことは」

「だから、うちのグループは音楽性が高いんだと思ってる」


 そこをそう繋げてくるのか。土屋は舌を巻いた。


「あきさまのいちばん尖ってるところは、やっぱり音楽性だと思うんだよ。作ってる曲自体はアバンギャルドでも変則的でもないけど、ポップスなんだけど、細かい解釈や表現に命を懸けてる感じ」


 細部に神は宿るとか言うでしょ、と御堂に言われるがそんな良いものなのか、土屋は小首を傾げた。

 この言葉はドイツのモダニズム建築家、ミース・ファン・デル・ローエの引用だが、実体のある建築物と実体のない音楽では完成したときの様相が異なるのではないだろうか。

 御堂は「そんなことない」と言った。


「大事なのは細かいところまで妥協しないこと。侑太郎もつっきーも妥協はしないけど、その点においては亜樹がいちばんだよ」


 どうして妥協しないようになったの? 御堂は目を輝かせながらそう問うた。どうして、と言われても。


「求めてる音があるから、だと思う。単純に」

「理想がもうがっちり組まれてるんだ」

「曲作ったときはそうでもないよ。曲作って、実際にレコーディング入ると、かな」


 レコーディングが始まり、メンバーの肉声が音楽と同化する段階に入ると欲がむくむくと膨らんでしまう。もちろん、当初から考えているコンセプトや表現プランもある。それはそのままにして、それ以上をつい求めてしまうのだ。


「基本的にガイドって楽曲制作隊が歌ってんじゃん? そこにある程度こういう方向性でいきたい、っていう意味は込めてるんだよ」

「それはそうだと思ってる。ガイド聴かないと迷子になるし」

「だけどそれを聴いてもらった上で、予期しない表現が飛び出てくることもあって」

「え、そうなの!?」

「そういうのはやっぱ永介とか、のでさんがよく出すんだけど。ボーカル隊のふたりが」

「そうなんだー」


 桐生永介きりゅうえいすけ佐々木日出ささきひので、ふたりはグループのメインボーカルとリードボーカルを務めている。まさしくread i Fineのボーカルの中心と言っても過言ではない。

そんなふたりだからこそ、より幅の広い表現が出せると土屋は言う。


「飛び越えてこられるとさ、ついて行きたくなるしむしろ追い越したくなるんだよ。負けず嫌いだから」

「負けず嫌いだよな、確かに」

「それが回り回って妥協しなさに続いてるんじゃないかなーって俺は思う。だって妥協したら、俺が音楽に負けたみたいじゃんね?」


※   ※   ※   ※   ※


 音楽に負けた。

 そのパンチラインがやたらとしっくりときたな、と土屋は口をもごもごさせた。


「対音楽への感情なのか」

「そうだよ、ってかそれ以外になくない?」

「えいちゃんとのでさんに負けたくない、ってことじゃないんだ」

「……そっか、そうともとれるか」


 土屋はそういうつもりではなかったようだ。そもそもそういう発想自体がなかったかのような表情をしている。

 確かに土屋亜樹という男は、自分と他人の対人評価を比較して落ち込んでしまう人間ではあるが、自分と他人の能力や発想を比較して落ち込むことはないのだ。


「普通対人関係評価の方がどうでもよくならない? 結局、誰に好かれて誰に嫌われるかってだけの話だし」

「だから『ああ……俺って好かれてないんだな……』って落ち込むんだよ」

「うーん、なるほど?」

「なるほどって顔じゃないな。なんていうかこれ、俺の友達いなかった時期が原因の考え方なんだよな」


 土屋の言う『友達がいなかった時期』というのは、シンガポールのインターナショナルスクールに通っていた頃のことだ。

 当時の土屋は母の仕事の都合でシンガポールに連れてこられ、英語も話せないのにインターナショナルスクールへ入れさせられたらしく、コミュニケーションにそれは大層難儀したそうだ。


「言葉わかんないから友達なんてできるわけない」

「そりゃそうでしょ? 亜樹のせいじゃない」

「でも実際、拙い英語だけでも友達作ってた同級生がいた。学年の人気者だったんだよ」

「わあ……」


 御堂はそうとしか言わなかった、言えなかった、の方が正しいか。


「そういうのを見て『言葉が分からない』っていうのがいかに自分都合なのか分かったというか、俺が本当に好かれたいなら『言葉を教えてほしい』なり何なり言って頭でも下げれば良かったんじゃないか、って」

「だから対人関係評価優先なの?」

「俺こんなんだけどさ、人に嫌われんのめっちゃ怖いんだよ」


 これは紛れもない土屋の本音だった。

 余りにもてらいのない、弱さを開放した言葉すぎて御堂は気圧される。人間、強さを見せられたときより弱さを晒け出されたときのほうが、怯むということはあるのだ。


「人の顔色伺いまくるし、言葉もすっげえ気を付ける。でもあるところまで行くと、あーもういいやー、どうせ嫌われてるんだろうしー、ってヤケになって雑になる」

「良くないことだな、ってことだけは分かる」

「良くないことだよ。だって結局全部自分の中だけの話だもん」


 今も昔も、最初から最後まで自分都合。そう土屋は宣って、寂しそうに笑った。


「嫉妬も恨みも逆恨みもある。正直こんな自分は好きじゃないって思う、でも、今はそんなこと言うべきじゃないっていうのも分かる」

「僕はそういうとこ好きだけどねえ」

「あ、そういえばいっちゃんって俺のこと年下組でいちばん可愛い、とか言ってたじゃん!?」


 年下組というと桐生永介、土屋亜樹、高梁透たかはしとおるアレクサンドル、森富太一もりとみたいちのことだ。厳密に言えば森富は殿堂入りで、それ以外三人だと土屋がいちばん可愛い、と発言したのだ。


「可愛いよ、めんどくさくて」

「あー、普通に微妙……」

「嫉妬も恨みも逆恨みもある自分のことが好きじゃないわりに自己愛強いし、気が強いくせにちゃんとネガティブだし」

「悪口? 喧嘩か?」

「いとしいよ」


 御堂の一言にそれまでイライラしかけていた土屋が口を閉ざす。重たい言葉だ、重たすぎて無言で真っ赤になってしまうくらいには。


「顔どころか首まで真っ赤なの?」

「みないで」

「無理」

「ほんとにみないで、そんなこと、斎に言われていい人間じゃない」


 昔あんなこと言ったのに、と土屋が苦々しく呟くが当の御堂はそんなことどうでも良かった。過去は過去で今は今、その考え方ができないから土屋はずっと苦しいのだろう。


「……物事を重たく考えすぎじゃない?」

「……そんなことない」

「あるよ、おいで──って言っても来ないだろうから僕が行くけど」


 御堂は座る位置を大きくずらし、土屋を正面から抱き締めた。土屋は気まずそうに俯いている、俯きつつ御堂の肩に顎を乗せた。


「お前が可愛いって言われ慣れるまで、言い続けてあげる」

「……飽きたらすぐ言ってね、飽きたって」

「飽きないよ」


 一生飽きない、と呟いた御堂の声は優しい甘さをまとっていた。


※   ※   ※   ※   ※


「はい、誕生日プレゼントのタンブラー」

「お、デザイン可愛い。赤っぽい色だ、メンカラじゃん」

「飲み口がちょっと厚めだから、温かい飲み物のがいいかも。っていうか亜樹って温かい方が好きだよね?」

「よっぽど酷暑じゃなければ……炎天下とかじゃなければ……」

「それはさすがに命の危険がある。でもクーラーきいてる部屋だとホットティー飲んでるもんね」

「うん、いっちゃん見習って体冷やさないように意識してるっていうのはあるし」

「すっごい好きなんだけど……」

「なん、やめっ! 抱きつくのやめい!!!」

「はー、可愛いなあお前」

「…………、はあ……」

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