Ep2.×H.Sasaki

 薄いグリーンの壁に北欧調の家具が並んだ、さながらインテリアショップにある一区画だけのモデルルームのような部屋で、何故か最終面接のような空気が流れている。

 どうしてこんな空気に? 視聴者が思うのは無理もない、何故なら当事者たる土屋亜樹つちやあきも心の底からそう思っていたからだ。


「そんな緊張しなくても良くないか」

「ごめん……条件反射で……」

「え、俺、なんかやったっけ?」


 きょとんとする佐々木日出ささきひのでは襟付きシャツにニットベスト、チャコールのセットアップを着ている。絶妙にオフィスカジュアルチックな服装だ。

 対する土屋は明るい緑のタートルネックに白いフリース、濃いグレーのカーゴパンツという出で立ち。絶望的に面接とは噛み合わない格好で、若干滑稽に感じる。


「あのー、覚えてらっしゃるかわからないんですが、」

「やめて、敬語やめてくれ」

「『プロジェクト:再定義さいていぎ』で怒られまくったじゃん? 俺。日出くんに」

「そんな怒った覚えなかったけどOA見てわりと怒ってんな? って思ったよ」

「悪編……?」

「ではないでしょ」


 悪いように編集されてはいない、と日出は断言している。オーディション番組、サバイバル番組、リアリティーショー等でよくある一部を切り取り、本人に悪印象をつける編集方法を『悪編』というのだ。

 すなわちread i Fineリーディファインのデビュープロジェクトリアリティーショー『プロジェクト:再定義』において、日出が土屋を怒るシーンはすべて配信されたままが真実ということである。


「でも厳しかったのは俺よりも南方だろ」

「それは、そう!」

「力強いな、俺が知らないところでどれだけ厳しかったの……?」

「あの人ね、俺に対してはすごく厳しかったんだよね。今もだけど」


 でも同じくらい優しいんだよなあ、と土屋は優しいだけなら良かったのにと言わんばかりに肩を落とした。同じグループの南方侑太郎みなかたゆうたろうと土屋は楽曲制作隊として練習生時代より切磋琢磨していた仲だ。そのため、南方は土屋にかなり遠慮がない。

 複雑そうな顔をしていた土屋だったが、いきなり顔を上げて日出の方を向く。


「だから、俺がのでさんに緊張してるのは単純に雰囲気故だから。苦手意識がある訳じゃない」

「うん、それは分かってるけど」

「……なんか不自然なやり取りになってしまってごめん」


 日出はまったく意に介していない様子で、土屋が下げかけた頭を上げさせる。


「そっちのが俺の心証が悪い」

「あっ、うっす」

「し、本当に何にも気にしてないから謝られて軽くパニックになってる」

「そっちにごめんだね!?」


 一気に騒がしく、華やかになった雰囲気に土屋も日出も顔を綻ばせる。これでこそ誕生日企画だ、と言わんばかりの活気だ。


「落ち着くために言うな。誕生日おめでとう」

「ぁ、ありがとうございますー」

「気軽に色々話すから是非ともメンタルを鍛えていただきたい」

「そ、それは……」


 怖すぎる、と土屋は消え入りそうな声で呟いた。


※   ※   ※   ※   ※


「というか俺、まず、のでさんとの初対面って覚えてないんだよね……」

「多分だけど2015年夏だろ」

「サマケプか……」


 サマケプもとい『Summer Escapeサマーエスケープ』というのはヤギリプロモーション主催の事務所合同夏フェスのことだ。

 2015年当時だと土屋も日出もまだ練習生、つまりバックダンサーとしての出演になる。とは言えキャリアがちがうため、同じ先輩グループのバックになるとは考えづらいが……。


「なんかやたら睨まれてるなと思ったらお前だった」

「えっ、うそ、」

「いやマジ。忘れる訳ないよ、青い目をした練習生なんてあの頃お前しかいなかったんだから」

「そ、それは……」


 現在こそグローバル化が進んでおり各国から練習生が集まっているが、当時はそこまで多くなく青い目をしていたのはイギリス人とのクォーターたる土屋くらいなものだった。

 だからこそ、日出は深く印象に残っていたのだ。睨まれた、ということを。


「えっ、知らない子に睨まれてる、なんで? ってなってましたけど」

「あのー、すみません、睨んだ記憶があまりなく……」

「だろうね。初対面忘れてるって言ってるし」

「ただあの当時は敵対心しかなかった覚えはあるんだよ……」


 黒歴史、と土屋は恥ずかしそうに悔しそうに言葉を吐き出した。あの頃の彼は、かなり尖っていたのだ。


「お前、可愛くなかったもんな」

「さらっと言われると普通に辛い……」

「いやマジで」

「マジでとか言わんといてくださいよ!?」


 真剣な目をする日出に土屋も怯むしかない。意を決して「ちなみに」と土屋はどこがどう可愛くなかったのかを訊くことにした。確実に苦痛の伴う行為である。


「全部」

「ぜ、全部……」

「負けん気強かったし個人主義だしそのわりに他人の評価気にするし、ひとりで練習してるくせにちらちらこっち見てくるし」

「ぐ、ぐう……」


 ぐうの音はちゃんと出せるくらいにショックを受けている土屋である。身に覚えがありすぎて辛い。できれば消してしまいたい過去だ。そう考えていたけれど、しかし日出はまったく予想外のことを言い出した。


「まあ、そこが良かったんだけどね」

「え?」

「そこが良かった。場が引き締まったし多少の緊張感は必要だろ? 健気だった、やや面倒臭かったけど」

「褒められてるんですかねこれ……」

「面倒臭いとこが可愛かったし」

「あれ!? 可愛くないって言ってなかった!?」


 話がちがう! と喚く土屋。別にちがくないと日出は淡々と述べた。可愛くないと可愛いは同時に存在するよ、などと。


「可愛くなくて可愛かった、っていうか年上にとって年下はなんだかんだ大体可愛い」

「そうなんすか……」

「お前も可愛いよ、可愛くないって言ったけどちゃんと可愛かったし今も可愛いし」

「……口説かれてる?」

「うん、って言ったらどうする?」


 日出の斜め上からの発言に土屋は、複雑、というか、羞恥とも嫌悪とも好奇とも憤懣ともつかぬ微妙な表情を浮かべている。“&YOUエンジュー”ならば夢のようなといっても過言ではないシチュエーションであるが、同じグループのメンバーともなるとこの程度のリアクションだ。健全といえば健全である。


「あの、……また今度」

「どういうこと? 振ったってこと?」

「日出くん振るとか畏れ多すぎるんで、また今度ってことで……」

「振ったってことだよなそれ???」


 なんでだよお、と日出は芝居がかった大声を出す。その声にびっくりしたのか、土屋は多少肩を震わせた。


「俺のなにが不満? 年収?」

「不満っていうか、いや待って、年収は不満じゃないしそこ不満に感じると思われてたの!? 不服すぎるんだけどそれは不満じゃなくて!」

「確かにお前みたいに印税は入ってこない分、お値段やさしめになってるけどさあ……」

「お値段やさしめってもの売る側の台詞じゃない!? プライスレスじゃんのでさんは!」


 お金では買えない価値しかないよ! 土屋が声を張り上げても、日出はつーんとしたまま彼を見つめるだけだ。この表情は日出式だる絡みのスタンダードである、非常に面倒臭い状態時の顔だ。


「うう……告白の受け取り強要って暴行みたいなもんだよお……」

「誰に乱暴されたの? 可哀想に」

「しれっと何言ってんだあなた……、はあ……もういいよ、今度から口説かないでね、振っちゃうから」

「……なんかその言い草、くそほど腹立つな」

「俺にどうしろっていうんだ」


 もう嫌だ、土屋は頭を抱えてしまった。その様子を見てなぜかニコニコの日出である。ようやく調子を取り戻してきた日出と、調子を崩されまくっている土屋の対比がこれまでなく鮮やかだった。


※   ※   ※   ※   ※


「そういえばもうやめた?」

「なにが? なんの話?」

「エゴサ」


 日出の言葉に土屋は飲んでいたアイスティーを噴き出しかけた。あわや大惨事というところで飲み込んだため被害は拡大しなかったが、気管に入ったようで大きく咳き込む。日出は彼の背中を優しく撫でていた。


「げほっ、なん、いきなり、なんの、」

「ごめんごめん、そこまで動揺するとは」

「す、るわ、びっくりしたぁ……っ」


 ようやく落ち着いた土屋は日出を睨み付ける。が、当の日出はどこ吹く風だ。話を容赦なく続けた。


「お前みたいなネガティブ人間がエゴサしても良いことないからね。心配してるんです、俺は」

「……いっちゃんは許されてるのに」

「いっちゃんはいっちゃんだから」

「解せない」


 read i Fineにおけるエゴサ大魔人といえば土屋亜樹と御堂斎みどういつきである、というのがメンバーの共通見解だ。他のメンバーもしていないことはないが、このふたりほどの熱心さは見せない。

 特に御堂のサーチ能力は高くあらゆる伏字や主語なし文章を読解し、あまつさえ他国のSNSまでその収集範囲を広げているのだから凄まじい。

 対して土屋はというと、主に新曲や出演したテレビ、雑誌の反応を見るためにエゴサーチをしているのだが、本人の性格上その行為はあまり向いていないと言える。向いていないくせに、ついやってしまうのだと。


「斎は何書かれても『直接言われてねーからなあ』で終わりなんだけど、お前はそうじゃないから」

「でも反応見ないと不安にならない?」

「反応見て自己嫌悪に陥ってる奴を見てる方が不安だよ。しかもなんで肯定的意見じゃなくて批判ばっかり読むんだ」


 SNSの意見には肯定的なものと否定的なものが混在していることがある。これは致し方のないことだ、人間には各々が抱えている思想というものがあるから。

 ただそれの受け取り方には注意しなくてはならない。肯定的な意見ばかり読んでいいのか、否定的な意見を鵜呑みにしていいのか、これには自分以外の第三者を挟まないことには冷静なジャッジができないことだろう。

 まあ分かっていてもできないのが人間、なのだが。


「……新曲とかさ、聴いてもらってるだけありがたいんだけどさ」

「うん」

「どこか、やっぱり自分でも満足してないんだろうねって思ってしまって」

「満足は、するものじゃない。まだデビュー2年目だし。こんなところで満足する方が良くないだろ」


 リーダーの月島滉太つきしまこうたがよく言う「常に挑戦者として」という言葉は、read i Fineの一種の基本方針だ。情報化社会かつボーイズグループ群雄割拠の時代、傑物と呼ばれる魑魅魍魎たちが少ないパイを奪い合っている恐ろしい世界において自分たちができる最低ラインがそこなのだと。


「亜樹はその点、誰よりもストイックにそこを求めてるからすごいなあって思ってるよ」

「楽曲制作担当の義務だよこれは」

「それでもだし、それ以外でもだ」


 土屋の件は何も音楽プロデューサーの面だけでの話ではない。アイドルとしても当然そうだ。他者へ欲深く限界を超えさせようとする人間が、自分の限界を超えようとしない訳がないのである。


「グループ内では年少組だけど、誰よりもグループを支えてると俺は感じてる。なんだかんだ、滉太や侑太郎とはちがう『締め方』ができてるんだよな。それは、誇っていいよ」

「……ありがとう」

「もしかして、泣きそう?」

「ちがっ、べ、べつに、そういう訳じゃないし!!!」

「いやめっちゃ目ぇ赤くなってるけど?」

「目の錯覚だよ!」

「錯覚なんてことあるか??? 赤みが???」


 到底通らない言い訳をする土屋に、日出は困ったように微笑んで彼の体を引き寄せた。横からハグされるような形になり、喚き立てていた土屋の口は自然と閉じていく。


「これからも頑張らなきゃいけないけど」

「……うん」

「頑張れそう?」

「やるしかないんだから、頑張るよ」


 夢のためだし、と土屋は力強く宣った。

 デビューというのは最大の壁であるが、夢はそこで終わりではなくそこから始まるのだ。


「歴史に名を刻んでやる……」

「可愛い顔して結構大それたこと言うよね、そこが良いとこなんだけど」

「夢は大きい方が細かな躓きも見落としやすいから。致命傷の削減」

「致命傷って削減するとか言うの?」

「……普通言わないな」


 そんなCO2やゴミみたいに、と日出が冷静に呟くものだから土屋も少し面白くなってしまった。くすくすと笑いながら、未だ抱き締めてくる日出の背中に自分の手を回す。


「ぁ、ちょっと、大胆だなあ」

「……あの、変な声出さないでもらえると」

「やだぁ、っ、くすぐった、」

「してないしてない! くすぐったがるようなこと何もしてない!!!」


 普通に抱き締めてるだけ! 土屋が大声で弁明すれば日出は悪戯が成功したことを喜び、より強く土屋を抱き締めた。


「もっと大きくなるんだよ」

「心を、ってことだよな? 背丈はさすがに無理かも」

「目指せ2m!」

「まさかのそっちの意味!? 逆立ちしたって無理だろそれ!」


※   ※   ※   ※   ※


「プレゼント選びが下手な方の佐々木さんです」

「上手な方の佐々木さんもいるから言える自己紹介だね」

「本当に、なにあげようか迷ったので、ええい! と思ってアクセサリーを買ってきました」

「え、のでさんがアクセサリー!? 開けていい?」

「どうぞどうぞ」

「……指輪ですか」

「ピンキーリングです。あんまり邪魔にならないかなと思って」

「サイズはどうやって」

「寝床に忍び込みました」

「マジか……や、ありがとう、お洒落、かわいい、デザインめっちゃ好き」

「それを俺だと思って肌身離さず」

「それは重すぎるので無理です……」

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