You&i Fine Ver-A.Tsuchiya〈2020年版誕生日対談企画〉

Ep1.×T.A.Takahashi


 場所はインテリアショップの一区画に存在するモデルルームの一室、かのような部屋。

 薄いグリーンの壁、家具はすべて北欧調で揃えられている。中心にあるアイボリーのカバーが掛けられているソファには、明るい緑のタートルネックに白いフリース、濃いグレーのカーゴパンツを着用した土屋亜樹つちやあきがぼんやりと座っていた。

 その背後から忍び寄る影。デニムのトラッカージャケットに厚めの生地の丸首シャツは白、ベージュのストレートパンツを履いている──高梁透たかはしとおるアレクサンドルだ。


「わっ!」

「ぎゃっ!? ……ねぇええ、もうさぁあ……!」


 背後に近付いたらやるべきことはひとつ、と言わんばかりに驚かせる高梁。まんまと驚いた土屋は逃げる高梁に手を伸ばし、拳で殴るふりをした。


「やーい、亜樹くんのビビりー!」

「普通こんな場所で驚かしてくる奴の方がおかしいんだっつの! 来い、一発殴らせろ、こっち来い」

「ハラパンならいいですよ」


 セット外まで逃れた高梁は『腹パンなら可』という謎の条件をつけて、土屋の傍へ寄っていく。なんで腹パン? そう思いつつ、土屋も立ち上がりかなりソフトに拳を振るった。正拳突きだった。


「……かった」

「かたいですよねー! がんばりました!」

「腹筋頑張ったのか……偉いなお前」

「亜樹くんはどうですか?」

「……訊かないでほしい」


 最近多忙を極め、運動どころか食事も疎かになっている土屋である。筋肉なんてつくはずがない、それどころか体重もどんどん落ちていた。とても、よろしくない。

 そのことは高梁もちゃんと気付いており、気付いた上での問い掛けだった。答えが決まっている質問はしないでほしい、というのが土屋の気持ちだったが。


「運動は兎も角、ご飯は食べないとだめですよ」

「めっちゃ言われるしめっちゃ分かる、けど、どうしたらいい?」

「どうしたらいいんでしょうね?」


 高梁は土屋の質問に質問で返した。

 彼はよくこういう話し方をする。対話とは解決策を講じることではなく、相手の感情に同調するためにあるという考え方が元になっているからだ。

 実際土屋は問題をすぐに解決させたい訳ではなかったので、明確な回答をもらっても困るだけだった。だからこういう会話の方が有難い。


「まあ、本気でだめそうでしたら亜樹くんはがんばりますから。大丈夫ですよ」

「それは、……マジで最後の最後って感じだな」

「そこまでになってもがんばらない人はいますからねー」


 亜樹くんはそうじゃないですよ、と高梁は目だけで訴えてきた。西洋人らしい大きな緑色の目だ、とても迫力がある。


「そんな亜樹くんも20歳ですね、おめでとうございます」

「ありがとう。『そんな亜樹くん』って、そんなって『どんな』?」

「んー。体型で悩んでるのは私と出会ってから変わらないので、……14歳の頃から変わらない亜樹くん?」

「あー……進歩がない、と」

「進歩がないじゃなくて、一生付き合っていくテーマなだけですよ?」


 そっちの方が嫌だ……と土屋は重たい溜め息をついた。


※   ※   ※   ※   ※


 トークテーマは、実は事前に決めてある。というのも土屋はバラエティとしての回しが不得手であるし、高梁はそれらを扱えるほどの言語能力がまだないからだ。

 土屋は打ち合わせで決めたトークテーマの導入を、なるべく自然になるように話し始める。


「サーシャとは先輩後輩っていうか最初から友達だった気がする」

「そうですねー。亜樹くんはあんまり、センパイです! どおぉおん! 感はなかったですねー」

「うーんと、威厳ってこと?」

「いげん?」


 話を掘り下げると微妙にややこしいことになる、それが高梁透アレクサンドルと話すということだ。単純に発した単語や慣用句の意味が分かっていないだけなのだけど。


「先輩だすごいぞ! 感だな」

「あー、ない、っていうのもちがいます」

「ちがうんだ!?」

「えらそうじゃない、ってことが言いたいです」


 なるほど、と思いつつその発言はグレーでは? と土屋は冷や汗をかく。まるで他の先輩が偉そうだ、とでも言いたげな発言だ。


「あ、ほかの人たちもえらそうじゃないです。日本人のイメージの話です。いちばんに会ったセンパイが亜樹くんだったので、亜樹くんにすごく親しみやすいイメージがついたんです」

「なるほどなるほど……」

「よかったー、亜樹くんの顔色が良くなっていって!」

「え、そんな顔色悪くなってた……?」


 まじ? 顔を触りつつ問いかける土屋だが、高梁は笑顔を浮かべるのみ。顔に色々出るの嫌だなあ、と土屋は肩を落とした。顔色もそうだが態度にも出やすい。常々やめたいと思っているのだが、なかなか直らないのだ。


「それはそれで、素直でステキですよ?」

「出ない方がいい場面もあるじゃん、今とか今とか今とか」

「今とかはそうでしたねー。でもまあ、亜樹くんが腹芸できないのは“\&YOU”のみんなも知ってますし」

「腹芸って言葉は分かるのか……」


 分かる日本語と分からない日本語のグラデーションが不均一すぎる、土屋は高梁の語彙に少しだけ引いていた。


「……サーシャって顔色変わんないよな」

「はい、肌色です」

「青とか赤に本当になるって話じゃねえのよ。ポーカーフェイスだな、ってこと」

「あー、そうですか? そうですね? ババ抜きは得意ですよ!」


 言われてみれば高梁はババ抜きもそうだし、七並べではしれっと大事なカード止めているし、人狼では狂人(もしくは狂信者)で無双していた記憶がある。

 嘘をつくのが得意という訳ではないのだが、一切の動揺が顔に出ないのだ。反対に土屋はそういったゲームでなかなか勝つことができない。


「でもそこは、亜樹くんの美点じゃないですか。親しみやすさの材料ですよ」

「材料……根っこがそうだっていうこと?」

「ですです。もし亜樹くんが顔に出ない嘘つきだったら、私は今ごろもっとケーカイしてましたし」

「軽快……ちがう、警戒か」


 若干イントネーションが異なる。まあそれは置いといて。

 高梁との初対面はどうだったか、土屋は思い返してみる。合同レッスンで見知らぬ人間がいて、また新しく入った人か、日本人っぽくないな、どこの国の子だろとじろじろ見てたら、いきなり目が合って近付かれたのだ。

 ガンをつけられたので喧嘩を売られたとでも思った? と内心焦っていた土屋だが、どうやら『内心』どころでなく思い切り顔面に出ていたらしい。このことは後々高梁に聞いた。


「なにかご用事? と思っただけなんですけどねー。あれにはびっくりでした」

「俺もびっくりした……。でも、サーシャとしては俺のああいう感じが信頼できた、ってことだよな?」

「ええ。可愛かったですよ」

「かわ……?」


 可愛いとはどういうことなのか。土屋は思わず顔をしかめる。この全方位彼氏面男は、すぐに口説き始めるので洒落にならない。


「亜樹くんの方が絶対センパイじゃないですか、なのに私に近寄られてびっくりしてて、可愛いでしょう?」

「うーん、よく分からん……てか、分かりたくない……」

「なんでですか! 自分の可愛さにもっとビンカンになるべきですよ!」

「なんでそこでキレてんのお前」


 まったくの意味不明である、訳が分からない。

 突然声を荒げた高梁の肩を撫で、落ち着かせる土屋。こいつのスイッチがどこにあるか依然として知れないなあ、と思ったのだった。


※   ※   ※   ※   ※


「可愛い可愛くないは置いといて」

「やです!」

「置いとくの! 話進まないから!」


 どこのバカップル候なやり取りだ、と土屋は大きな溜め息をついて肩を落とした。高梁のことは友達としてちゃんと好きだが、たまにこういう訳の分からないやり取りで疲弊してしまう。嫌という訳じゃない、ただ分からないというだけであって。


「サーシャは俺に親しみを持ってくれた訳だろ? でもさ、それだけでこんなに仲良くしてくれるもんか?」

「うーん、それは人によるとしか……」


 人と人が仲良くなるきっかけは些細なもの、と高梁は思っていた。別に同じスマートフォンの機種を使っていたからでも、笑顔が良かったからでも、エビフライを尻尾まで食べるからでも何でも良いのだ。

 しかし、高梁が土屋と友達になったのは、仲を深めたのには明確な理由があった。


「でも私の場合、私を助けてくれたのは亜樹くんなので」

「……そんなことはないんじゃない……?」

「えー???」


 意気揚々と発した言葉がやんわりと否定されてしまった。不服そうに首を傾げた高梁は、困惑顔の土屋をまじまじと覗き込む。


「そんなことありますよ! 亜樹くんがいなかったら私は自分の言葉をだれにも分かってもらえませんでしたし」

「ま、まあ、それはあるか……」

「当時の私がどれほど心細かったか、亜樹くんも想像できると思います」


 当時の高梁、というと日本に来て二年目といった頃合いだろう。生まれてこの方母国語たるロシア語と、日常会話レベルの英語でしか話したことがなかったため、今以上に必死に日本語を勉強していた時期だ。

 必死に勉強したところで一朝一夕で身に付かないのが語学。生まれた国がちがう以上、高梁は今でも日本語を勉強しているしこの努力は一生続くだろう。

 しかし入社してすぐの頃は、やはりレベルが全然ちがったのだ。


「聞いても分からないんです、日本語が。まあ当たり前といえば当たり前ですけど」

「日本語って本当難しいよな……分かるよ、今まで話してた言語とまったく関係のない言葉喋るしんどさ」


 シンガポールのインターナショナルスクールに通っていた時期を思い出しながら、土屋は高梁へ労りの言葉を述べた。


「よく頑張ったよな、今も頑張ってるけど、偉いよサーシャ」

「……と、今日は亜樹くんの誕生日企画ですよ? 私に褒めさせてください!」


 話を戻しますとね、そう言って高梁は話を続ける。


「私は、孤独感に押しつぶされそうになっていたとき、亜樹くんから英語で『なんか困ってる?』と訊かれてすごくうれしかったんです! 久しぶりに日本語以外の言葉を聞いた! と思いました」

「知ってる言葉聞くと安心するよね、めっちゃ分かる」


 頷きながら土屋は高梁の言葉を引き取り、自らの当時の心境について語り始めた。


「当時のサーシャって、無口だし喋ったら声は小さいしで外見も相まってかなりミステリアスな子だったんだよな、練習生の中では。でもその無口さとか、身に覚えがあったんだよ。あー、シンガポールんときの俺と一緒だー、って。そう思ったら、なんか体が自然と動いてた」

「ひとの痛みが分かるんですねえ、亜樹くん」

「ひとの痛みっていうか自分も痛かったから。でもお前がどこの出身か分からず英語でいきなり話し掛けたのは良くなかったかな、と。バイアスかかってた、西洋人なら英語なら話せるだろう的な」

「結果話せるのでよくないですか?」

「まあ良かったんだろうけど」


 満点ではなかったよなあ、土屋の後悔すら滲む言葉に高梁は唇を尖らせる。拗ねていることを表情全体でアピールしたのだ。その様に土屋は多少驚いていた。


「アイドル保護ギリギリだぞその顔」

「え!? モザイクかけられるんですかこの程度で!?」

「いやそりゃサーシャならこの程度でも必要だろ……ってそうじゃなくて、なんでその顔?」

「……満点じゃなくても、私は嬉しかったですよ?」


 土屋が完璧主義者であることはメンバー全員の知るところだ。その上で悲観主義であることも自虐癖があることも、メンバーならばみんな知っている。

 そういうものだとは思っているが、それでも時折悲しくなるのだ。特に高梁は、土屋への恩義が溢れているからより一層切ない。


「自分の満足ではなく、相手の満足を考えた方がいいです。亜樹くんは」

「……サーシャは満足してたの?」

「大満足ですよ! むしろ、あの場所で誰かから助けてもらえるとも思っていませんでしたから! 手をさしのべてもらっただけで、充分すぎる価値があるんです」

「……そっかあ」


 土屋は自分の行動を採点するが、それはやっぱり良くないことなのだと思う。やりすぎが良くない。だって物事は大抵、結果論でしかないのに。


「亜樹くんがなにかをやろう、どうにかしてあげよう、という気持ちが大事なんですよ? あとは全部、おわってみないと分からないことですから」

「うーん、でもさ」

「でももだってもだけども禁止! けれどもだめですよ!」

「逆接全部とられた……もう喋れねえ……」

「どれだけ逆接したいんですか……もっと前向きに、はむりかもですけど」


 無理って思ってんのかい、と土屋はツッコむ。


「亜樹くんはもうちょっと、おてんばになった方がいいです」

「お、おてんば?」

「あれ、ちがいましたっけ? おてんば、やんちゃ? やんちゃです?」

「おてんばって女の子にしか使わないイメージだから、やんちゃが正、なのか?」

「じゃあやんちゃです」


 なんだそれ、と土屋が苦笑すれば高梁は満面の笑みで彼を見つめる。その表情がとても眩しい、見慣れないものだなあと土屋は思った。


「やんちゃで、いいと思います。ゼッサン反抗期? みたいな感じでやっていった方が、そっちの方がちょうどいいんじゃないでしょうか?」

「……善処する」

「やらないやつですねそれ!」

「くっ……妙に日本語上達しやがって……!」


※   ※   ※   ※   ※


「これが私からのプレゼントです! 早く開けてください! 早く早く!」

「なんかやたら急かされる……なんだろ、普通にでかいけど、んー? ぬいぐるみ?」

「抱きまくらですよー」

「あー、抱きしめて寝ろってこと? ……なんの生き物ですかこれは」

「デフォルメされたペンギンかと」

「ペンギン……チョイスがなかなか良いな? ありがとう、早速使います」

「抱きまくらでもの足りなくなったら、私を呼んでもらえれば大丈夫なので!」

「……いや抱き枕で大丈夫です」

「そんなことはないでしょう」

「ないでしょう、ってどういうこと!?」

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