Ep8.×Y.Minakata
薄いグリーンの壁に北欧調の家具が並ぶ、さながらインテリアショップの一区画にあるモデルルームのような部屋にて。
「ここさ、扉あるのに誰も使わないよね」
壁に存在している木目の扉。ドアノブより上には色付きガラスが嵌め込まれており、真新しいはずの扉にレトロな印象を与えている。ちなみにガラスの色はどこかで見た九色だった。
その扉とほとんど背丈の変わらない青年──ハイネックのグラデーションセーター、黒に近いデニムを着用している
「だってそれ開かないし」
御堂はつまらなさそうに応える。南方は眼鏡の向こう側で瞠目した。
「マジか、初めて知った。……っていうか、いっちゃんもしや、開けようとしたの?」
「うん、した。壊しかけたのでスタッフさんに止められた」
「流石の馬鹿力。えっ、や、これを?」
「ちょっと動いたな、って瞬間に止められたね。あれはほぼ悲鳴みたいなもんでした。本当にごめんなさい」
恐らくカメラの奥にいるだろうスタッフ陣に頭を下げる御堂だ。南方はその様子に笑いながら、彼の隣に腰掛けた。
「いっちゃんってわりと突拍子もないことやるよね」
「気になったら体動いちゃうんだよ。で、怒られる。知ってるでしょ?」
「知ってる。思慮深いのかよく分からんとこあるよね。ちなみに俺は思慮深いと思ってる派」
「思ってない派の人とかいんの?」
「みなもんとか、永介とか?」
「は!? あいつらには言われたくねーわ!」
「わははは」
御堂の心からの叫びに南方は嬉しそうに笑っている。嬉しそうに、というのが大概謎だが。
「人の振り見て我が振り直せって言葉知らんのかねえ」
「ん? それいっちゃんも思慮深くない、ってことにならない?」
「……今、みなもんとえいちゃんのこと、思慮浅いって言った?」
「やばい、語るに落ちてしまった」
「ちなみにこれは、舞台上で振りがトんだときに前で踊ってる人を見て踊れる風を装う、って意味だから」
「全然違う」
そんな意味はございません、とカメラに真剣に伝える南方に、今度は御堂が嬉しそうに笑った。なぜ嬉しそうなのかは、やはりさっぱりである。
「侑太郎がラストなんだって、対談」
「あ、そうなんだ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「……もう一声」
「お誕生日おめでとうございます」
どうも、と御堂は満面の笑みを見せた。
※ ※ ※ ※ ※
「公式的にもそうだけど、俺らってコンビ名が『4年2組』だろ?」
「初めて出会った場所だ。小学校の4年2組」
「今年で出会って11年?」
「4月に出会ったからもう11年半だよ」
「早、長」
「長くて早いなあ」
御堂と南方は小学4年生の頃からの幼なじみだ。ふたりが小学4年生になった4月に、南方が御堂のいた学校に転校してきたのである。
「転校してきた瞬間、女子からも男子からも注目の的だったよね」
「なんかやたら話しかけられたし、期待感は確かにすごかった。いっちゃんは、なんか学級委員とかなかった?」
「やってた。このド陰キャが、何故か学級委員に選ばれてしまい」
「ゴリゴリの他薦でごり押しされて学級委員になって、半期でクビになってた。さあ俺は今何回『ごり』と言ったでごりか?」
「問題文に持ってかれて話全部忘れたんだけど、なんだその語尾」
昨今のゴリラキャラでも珍しい、いや、ゴリラキャラってなんだよ、と御堂はひとりで忙しなくツッコミを繰り返す。そしてようやく「クビになった訳じゃないし」と反応した。
「元々一学期、二学期三学期で交代だったじゃん、あれは。前後期制で、僕は前期だけ学級委員やったの」
「そうだっけ、あーでも二学期なんかクラス内投票白熱してた気がする」
「あそこまで一票が重たい選挙そうないよ、未だにあれ以上を経験してない」
あくまで小学校の学級委員決めの、決選投票の話である。ただ当時の彼らにとっては大事であった。そこで南方が何かに気付いたように「そう言えば」と思わせ振りに呟く。
「いっちゃんって記憶力良いよね」
「……嫌味か?
「ちがうちがうちがう!!! そんなつもりないから!!!」
高学歴を揶揄され慌てる南方、それを横目ににやにやと御堂は笑っていた。
「なんで他のメンバーには慶櫻生でござる、って感じなのに僕にはそんなんなんかね」
「いっちゃんに学歴のこといじられるとぞわぞわするから、自分より頭良いと思ってるし」
「中学で抜かしただろ、お前」
「中学からはいっちゃんがダンスで忙しくなったから……そもそも学校にも来てなかったし、テストってどうしてたのあの頃」
「アメリカ留学してた頃?」
御堂は中学生時代、アメリカのダンス大会に出るため一年間の短期留学をしていた時期があった。この頃の話は南方も詳しくは知らない、本邦初公開だ。
「小学生の頃から留学したいって話はしてたんだよ、そもそも」
「そうなんだ!?」
「そう、出たい大会があったんだけど、“師匠”がアメリカ拠点に移そうとしてる時期とかぶっちゃってさ、じゃあ一緒に言ってレッスン見てもらおうか、みたいな。兄弟子と一緒にルームシェアして、レッスン受けて、あとは自宅学習」
「自宅学習は、学校から?」
「うん。学校でできる限り色々やってくれる、って話になって。有難い限りですよ」
「本当にねえ」
長年訊けていなかった時期の内情を知り、南方は満足そうであった。しかしそんな顔の南方を見た御堂は「なんで今まで訊いてこなかったの?」と複雑そうな顔をしている。
「えー、なんでって言われると」
「なんかお前さ、留学するって言ったときも一瞬寂しそうだったけどすぐに『頑張ってね!』だったし、見送りも来なかったし、出迎えもなかったし、本当に僕のこと好きなの?」
「そんな言葉どこで覚えてきたし……」
字面では面倒臭そうな南方の応答だが、その声音には隠し切れない笑いと幸福感が漂っている。御堂の誕生日企画なのに、何故か南方が幸せそうにしていた。
「まず、すぐに『頑張ってね!』って言ったのは引き留めても確実に無駄だと思ったからで」
「うん、決まってるからね。無駄だよ」
「でしょー!? で、見送りと出迎え行かなかったのは行ったら泣いちゃうと思って」
「泣きゃあ良かったんだよ」
「当時ゴリゴリの思春期だった男にそれは惨いだろ……」
「侑太郎、思春期拗らせてたもんな。一昨年くらいまで思春期だったし」
「大変不名誉だけど自覚してる」
そう南方は言って俯いた。その様子に御堂が噴き出した、幼なじみというのは互いの黒歴史も全部把握しているから辛いものがある。
「ちなみに、本当に好きなの? の回答は?」
「本当に好きだよ。4年2組で出会った頃から、ずっと」
「……ふぅー!」
「照れてる? 照れてんなこれ」
「やめろやめろ、変な空気になるだろ」
「もう既になってるよ」
ご尤もである。妙に甘い空気となってしまっていた。
※ ※ ※ ※ ※
「なんで斎ってアイドルになろうと思ったの?」
話は転じて御堂のオリジン部分へ迫る。
御堂は先程話に出ていたアメリカのダンス大会で連覇をした後、エキシビジョンツアーの日本公演でヤギリプロモーション含む複数の事務所にスカウトされたのだ。
そこまでは“
御堂は南方の質問に少し考えるように顎を上げ、大きく頷いた。
「僕をスカウトしたのって、ヤギリだけじゃなかったんだけど、シクラアクシスとかハセプロとかアサヒナとか」
「だよね。それは知ってる」
「アイドルの事務所が多くて滅茶苦茶びっくりしたんだよ」
御堂をスカウトしていた芸能事務所は八社、そのうち六社がアイドルのメインに取り扱っている事務所だという。
「そのびっくりした、っていうのは、自分がまさかアイドルに!? っていうそういうの?」
「や、あの、こんなゴリゴリのダンスオタクがアイドルに必要なんごりか? っていう」
「待て待て待て、話が入ってこない」
「仕返しだこのやろー」
閑話休題。
「アイドルに必要なものって、もっと違うものだと思ってたから」
「技術ではなく、と」
「言っちゃなんだけど、僕はオタクだし陰キャだしコミュ障だし、そういう陽の職業とは無縁だと思っていた訳で」
社会性があるだけで人と関わることは(ダンス絡み以外では)不得手であるし、趣味もガッツリインドア派、友達も昔から多くはないタイプである自分に『アイドル』という国民の友人的ポジションが務まるのかと御堂は危惧をしていたそうだった。
「アイドルを『国民の友人的ポジション』っていうの面白いな。普通『恋人』とか『弟』とかじゃないの?」
「『恋人』だと心理的に近すぎるし、『弟』だと妙な連帯感があるの嫌じゃない? ずっと味方であり続けるなら、『友人的ポジション』がいちばん現実的だと思ってる」
アイドルに現実を持ち込まれても。
南方はそう思ったが、あえて黙っておいた。『現実を見せてくる系』イコール『夢を見せない系』ではないのだから。
「逆に言えば、僕はアイドルのことをちゃんと分かってなかった、ってことだよ。スカウトにびっくりしたのは」
「そういうこと……になるのか?」
「調べて驚いたから、こんなに色んなアイドルの人がいるのかと」
御堂の言うような『陽キャではないアイドル』も決して珍しいものではない。人見知りだったり、オタク趣味があったり、人とは違ったこだわりが強かったりと様々な人間がいる。
そのことに対して御堂はいたく感銘を受けた、と語った。
「どんな人でも、意識があればアイドルになれる。歌やダンスやトーク力も大事だけど、それ以上に見てくれている人の背中を押したい、励ましたい、慰めたい、一緒に笑いたい──そういう気持ちが大事なんだなって」
「情緒的価値と、多幸感だね。これこそまさに」
「もしくはちかっちの言う『人生の伴走者』」
「なるほど」
ちかっち、もとい『
「スカウトされたときはまったくピンとこなかったけど、調べて色んな人がいることが分かって、こんな僕でもやってもいいんだと思えたんだ。どうせなら、ダンサーになって作品として固定された時間を生きるより、アイドルとしてみんなと同じ時間を生きたいと思った」
「それが、理由」
「理由。生きている間は、どう足掻いても流れてしまう時間を楽しんでいきたいなと思ってたし、ぴったりじゃない?」
得意気に笑う御堂に、南方は顔を俯かせてうっすらと微笑む。そしてそのまま浅く頷いた。
「でもさ」
顔を上げた南方は先程と一変、少し不愉快そうな表情を浮かべている。
「『こんな僕でも』は言い過ぎでしょ。俺はいっちゃんがヤギリに入ったのを知って驚いたけど、すぐに『でも確かに』った思ったし」
「おー……そうなんだ?」
「そうだよ! 陰キャかも知れないけど困ってる人には声かけるし、オタク趣味だけど色んな人を認められるし、コミュ障っていうのに関しては違うだろ、めっちゃ人望あるのに!」
「お前、人望ないもんな」
「そうそう、ってうるさいわ!」
「や、侑太郎も人望ない訳じゃないけど」
「フォローしないでほしい……逆につらい……」
人望がないというより高嶺の花だよ、と御堂は頭を抱えてしまった南方の背中を優しくさする。完璧超人に見えて近寄りがたいのだろう、と御堂は本気で思っていた。
「その言葉でしばらく生きていける……」
「ご飯は食べなよ」
「それはそうだよ。食べるよ。そんで結局なにが言いたかったのかというと」
南方は背筋を伸ばして御堂の方を向いた。
「お前は素晴らしい人間なんだから、もっと胸を張って自尊心高めに生きてほしい。ダンスに自信あるのは知ってるけど、他の部分にも自信持ってくれ。じゃないと、俺が悲しい」
「侑太郎が悲しいの」
「……俺だけじゃなくてメンバーも、プロデュースチームのみなさんも、いっちゃんの家族や友達だって悲しくなると思う。それは、できればの範囲でやめてほしい」
「……『絶対』って言わないのが、侑太郎だなあ」
約束しよう、と御堂は眩しそうに笑って南方の顔を見つめた。
「もう悲しませないよ、自尊心高めに生きていくって決めたから」
※ ※ ※ ※ ※
「斎の誕プレ、マジでなにあげればいいのか分かんなくてさ」
「物欲ないからね、僕」
「だからこの前さ、俺、挿入歌で参加した作品あったじゃん、アニメの」
「ああ、うん、……えっ?」
「『灯火の果て食堂』の作者、
「えっ、え、え?????」
「贈呈します。ちゃんと御堂斎くんへ、って入ってるから」
「ええええええええ!? え!?」
「……いっちゃんがテンパってる……」
「テンパるわそんなん! えっいいの? 貰ったよ? やっぱやめてとかなしだよ? てかお前は貰ったの???」
「俺はちゃんと推しの鷺塚さん描いてもらったし。いっちゃんの推しって虎鋸ちゃんだよね、そこだけ心配だったんだけど」
「大正解でございますことですわよ……、いやあ~~~~額縁、良い額縁を買おう……本当にありがとうございます……」
「喜んでいただけて何よりですわ~」
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