Ep2.×K.Tsukishima

 薄いグリーンの壁と北欧調の家具が並ぶ、さながらインテリアショップの一区画に存在するモデルルームのような部屋にて。

 中心にあるアイボリーの布がかかっているソファに座り、御堂斎みどういつき月島滉太つきしまこうたは既に何かを話し始めていた。カメラは回っていないのにも関わらず、である。


「せやからな、いっちゃんはオーバーワーク気味やって常々言うとるやろ」


 月島は白いオーバーオールに黒いシャツ、その中にブラウンのタートルネックインナーを着ている。


「自覚症状がないからなんとも……」


 御堂は水色のシャツにグレーの変形カーディガン、ボトムスは濃い色のバレルレッグジーンズという出で立ちだ。


「ぶっ倒れてからじゃ遅いねんぞ」

「だったらつっきーがもうちょい家事やってくれるようにならないと。あとひとり行動」

「それとこれとは直接的な因果関係はないやろ?」

「でもさあ……」


 どうやら御堂は、月島の生活能力のなさと自らの家事労働を結びつけてこの説教を躱したい、と思っているようだが若干苦戦している。

 実際月島に生活能力がなかろうが、ひとりでの行動が不得手であろうが放ってしまって、自分のやるべきことだけやればいいのだ。別にすべてを御堂がカバーしなければならない訳でもない。


「オレが頑張ればいっちゃんのオーバーワークはなくなるんなら頑張るけど」

「……だからそもそも今がオーバーワークっていう自覚もないんだよ」

「オーバーワークはグループのみんな言うてはるから、やっぱり家事が問題の根っこやないねんな?」

「むー」


 御堂がやり込められている様子はかなりレア、まあ『やり込められている』という言葉はよろしくないが、ここまで歯切れが悪く主張が立っていない話し方も珍しい。

何が彼をこうさせているのか、非常に気になるところだ。


「まあ誕生日企画でする話でもないねんな」

「もうおしまい?」

「せやな。カメラも回り始めるやろうし」

「いやもう回ってる」

「嘘やろ!? いつから!?」


 数分前からだが、どうして御堂は気付けて月島は気付けなかったのだろうか。がっくりと肩を落とす月島に、御堂が励ますよう背中を撫でた。


「別に僕もつっきーに苦言呈しまくってたからお互い様なのに」

「オレの生活能力ない話はネタにできるやつやけど、いっちゃんのオーバーワーク問題はネタにしにくいやつやからな……?」


 もしかするとメンタル不調にまで関わってくるかも知れないオーバーワーク問題と、単純に周りが迷惑するだけの生活能力ない話では重みがまったく異なる。だからこそカメラが回る前に話し終わろうとしていたのだが。


「まあしゃあない。いっちゃんには社会問題になってもらいます」

「なにその、今からみなさんに殺し合いをしてもらいます、的なそれ」

「バトロワ? あ、いっちゃん、お誕生日おめでとうさん」

「……どうも、ありがとうね」


 両手でサムズアップする御堂に、月島も同じポーズをして呼応する。

 誕生日企画の対談、スタートです。


※   ※   ※   ※   ※


「オレんときはいっちゃんには苦言呈されまくっとったから、逆にクレームをつけるで!」

「なにそれこわい」


 先程までの空気を一転させるために月島は声高に叫んだ。カメラが回り始めるより先に話していた内容は、あまりコンテンツ向きではないシリアスなものだ。そのため空気を入れ替える必要がどうしても生じたのである。


「オーバーワークの話だよね?」

「そやね、てかいっちゃんってオフんときなにしてはるん? 家事やっとるか、遠出しとるかしか思い出せへんのやけど」

「家事はしてるよ、ご飯の作り置きとか部屋の掃除とか。遠出もしてる、免許取ってから行動範囲が広くなった。東京からのが静岡くんだりまで近いよねえ」


 愛知からというか名古屋から静岡はそこそこあるから、と御堂は名古屋出身ならではの体験を語る。

 それ以外だと、と天井を見上げ考え込む御堂。はっとして月島の方に視線を送った。


「ダンスしてる」

「やっぱりな! 練習室で何時間くらいやっもるん?」

「長いときだと12、3時間くらい」

「うそやろ??????」


 予想を遥か斜めに超えた、とんでもない時間を出されて硬直する月島に御堂は不思議そうな表情を返す。普通に、練習生時代だと休みの日はそれくらい練習していたのに、どうして今は驚かれてしまうのか。


「あのなあ……日頃の活動量がちゃうからな? 今オレらって多忙やん? グループ活動も増えましたし、動画コンテンツの撮影、新曲の準備はもちろん、個人仕事もかなりあるやないですか」

「僕は個人仕事あんまりない方だけど」

「バラエティのレギュラーあって、雑誌の隔週連載やってはって、CMや広告の数はグループ随一やん!? あまりないは嘘すぎやんけ!」

「バラエティや雑誌以外は単発ばっかだよ」

「オレも似たようなもんやで!?」


 ここで軽く説明するのだが、ヤギリプロモーションという事務所は基本的にアイドルをマルチタレントする育成方法をとっていない。

 これが業界最大手・アサヒナ芸能所属アイドルとの大きな違いである。

 アサヒナ芸能のアイドルにとって最終目標は『マルチタレント』だ。歌って踊れて、バラエティや芝居、ファッションモデル、報道番組のコメンテーターや教育番組のガイド係など、様々な仕事をこなせるように鍛える。

 しかしヤギリプロモーションにとってアイドルは最初から最後まで『アーティスト』。歌って踊れる場所、すなわちファンとのふれあいを重視してあとは個人の意思と実力で仕事をとってくる。

 そういう意味で、read i Fineリーディファインで最も『マルチタレント』なのは佐々木日出ささきひのでだろう。


「今も絶賛ドラマ撮影中やしな(金曜21時放送『鐘の音が降る街』出演中)。あと映画ももうそろそろ撮影始まるし(2021年夏公開『リンドウと黒』出演決定)」

「のでさん見てると、ドラマとか映画とかが決まったときのスケジュールの詰まり具合やっばいな、って思うよ」

「だからっていっちゃんが暇な訳やないやろ」


 お芝居はせえへんの? という月島の問いに、実力がないですから、と御堂は冷静に返す。


「お芝居は得意じゃないんだ、言葉使って演技するの苦手。ただでさえあんまり抑揚のない話し方してるって言われるのに」

「綾波レイとか言われとったよな」

「それは綾波に失礼すぎるけど。アニメ好きだから声優とか~って“&YOUエンジュー(read i Fineのファンネーム)”も言ってくれることあるんだ、でもそれに関しては向いてる向いてないじゃなくて興味ないし」

「えっそうなん?」


 衝撃の事実に御堂は困ったように首を傾げた。


「アニオタが全員声優オタクだと思わないでほしいっていうのがまずひとつ」

「それは……よぉ分からへんけど……」

「声優業は特殊技能職だからね。個人的に、こんな努力もしてない輩が踏み入るには恐れ多い分野だと思ってる。やりたくてやる仕事というより、本当に選ばれて選び抜かれた人がやる仕事だから。その土俵前まで上がるのすら多分無理」


 なら踊ってた方がいい、という御堂の目には致し方なさではなく強い熱意が灯っていた。


「踊るためにアイドルやってるんだから。踊って、ファンとふれあう。そこさえ守れれば僕はいいんだ、歌もラップも頑張るけど」

「やから12、3時間? ふーん?」

「べ、別にいつもじゃないし、たまにだし、連休中とかだけだし」

「なんか口がよぉ回り出しましたな? こりゃ掘ればもっと出てくるんとちゃいますか?」

「……」

「黙りよったわこの人」


 放送事故もんやで、月島が眉間に皺を寄せたまま笑いかけるが御堂は仏頂面の膨れっ面だ。可愛さを意識していないところが逆にあざとい。


「セルフケアやメンテナンスはしてるし」

「はいはい、もう分かりました。あんま心配かけさせんといてな?」

「つーん」

「口でつーん言うてはる!? 初めて見たわ!?」


※   ※   ※   ※   ※


「ほんま不思議よなあ、いっちゃん」

「どこがどう?」

「ここがこう!」

「まったく分からん。分からせるつもりもないな?」

「まあ今のはボケとしても」


 不思議なことには変わらんのよなあ、と月島は感じ入るように呟く。御堂としては不服、不満というより、逆にその発言の方が不思議なくらいである。


「自信はあるのに自尊心低いみたいな、ん? 自尊心は高いけど自信がない? どっちやろ、分からんけどもなんかちぐはぐしとる」

「強気なのに尻込みしてるみたいなね」

「そうそう。や、分かってはるやん自分のこと」

「少なからず自覚はあるからねえ」


 自覚あったのか、驚く月島を横目に御堂は淡々と言葉を続ける。


「対談の、のでさん回のモニターチェックしてて気付いた」

「わりと直近のことやんけ!? え、そこでどう気付いたん?」

「あのねえ、僕って承認欲求が元で大会出てたんだけど正直黒歴史なんですよそれ」

「そうなん?」


 ダンスは人生と同化しているのに承認欲求が元で権威を獲りにいったことが恥ずかしくてしょうがない、と御堂は漏らすが月島にはまったくピンとこない話題である。諦めて次の言葉を待つ。


「僕にとって踊ることは朝起きて夜眠ることと大差ない、特別ではないことだから、それを褒めて! ってしてる時点ではずいというか」

「はー、何も言うてはるのかさっぱり分からん」

「日出にも言われた。普通の人にとっての普通をこなしてるだけなのに、褒められるのちょっと照れ臭いじゃん。いいやみんなやってるし! みたいな」

「あー、自尊心低いなぁ」


 月島は納得したのかしていないのか、よく分からない表情で御堂の話に相槌を打つ。


「これって自尊心?」

「自尊心やない? できてなくても褒められれば気持ちええもんやで」

「えー……」

「普通の人は、普通の生活を普通にやっとるだけで『普通なんで自分……』とはあんまりならん」

「そうなの!?」

「『普通だよこんなの~!』とはなるかも知れんけど、普通であることを負い目に感じたりはせえへんのよ」


 分かる? 月島からの問い掛けに、御堂は斜めに頷いた。分かるは分かる、納得はできないが理解はできる、そういう意味を込めた頷きだ。


「いっちゃんにとって、やっぱ踊ることは一線を画するレベルの重大事項なんよ」

「そうなのかなあ」

「その上で日常っちゅーだけの話やろ? 大事なものに、大事です、譲れないです、ってなることの何があかんの?」


 承認欲求、というが結局『自分がいちばん好きだ』という気持ちを訴えたかっただけなのではないだろうか。幼稚な考えだと揶揄する輩もいるだろうが、その時期の御堂は小学生から中学生。幼稚で結構、幼稚で万歳、むしろ正常な育成過程ですらある。


「じゃあ黒歴史だって吹聴して回らなくてもいいってこと?」

「それを好きこのんで吹聴して回るの意味分からんけど。しやんでええよ、いっちゃんはダンス大好きなダンスバカってだけやし」

「おお、めっちゃ褒められた気がする」

「マジかい」


 ダンス大好きなダンスバカ、聞く人が聞けば馬鹿にした物言いだが、御堂にとっては褒め言葉に近い言葉らしい。どこまでダンス好きなんだよ、むしろちょっと引くわ、月島は顔を引きつらせた。


「なんでそんな好きなん?」

「えっ、つっきーのことは好きだけど、そんな漏れ出てるほど好きな自覚は……」

「ちゃうちゃう! ダンス! ダンスのこと!」

「あーね」

「分かるやろ……文脈で……」


 そして言葉の意味を深く考えて軽く傷付く月島だった。どうしてオレが傷付かなければいけないのか。


「なんで好きなのか、って訊かれるとわりと難しいな」

「やろうね、何となく分かっとったけど」

「人格形成に大きく作用してるから、っていうのはあるかも。僕が超のつく人見知りから脱却できたのは踊ることを覚えたからだし」

「そんな人見知りやったん?」

「知らない人を前にして、恥ずかしくて挨拶できなくて泣き出してた、5歳くらいまで」

「物心ちゃんとついてはるなあ……」

「5歳の頃のつっきー、めっちゃ喋ってそう」

「知らん人に死ぬほど喋りかけて行っとったな。おかげで町内会のアイドルでしたわ」

「アイドル自認が早すぎる」


 僕の知ってる日本での話? 御堂がきょとんとした顔で首を傾げていた。かたや人見知りが過ぎていた幼少期を送った子供、かたや人好きが高じてすぎていた幼少期を送った子供、そんなふたりが同じグループになるなんて人生とは不思議なものだ。


「だから、ダンスは好きっていうか、恩人みたいな立ち位置」

「……出会えて良かったなあ」

「お父様、様々です。これに関して言えば」

「……そうやったんやね」


 御堂は小学一年生の頃に、実父を交通事故で亡くしている。そんな父に半ば無理矢理行かされたダンス教室の見学、それが大本のきっかけだという。


「感謝を伝えたくなったときに、当人がいないのは本当にきつい」

「ほんまやで。感謝はすぐに言わんと」

「つっきー、いつもありがとね」

「おお、こちらこそ、いつもありがとう」


※   ※   ※   ※   ※


「多分全員悩んではったと思うんですが、プレゼントタイムです」

「確かにみんな悩んでたんだけどさ、そんなに物欲ないように見える?」

「物欲どうのっちゅーより、欲しいものをすぐ買うタイプやから欲しいものをあげられない、って感じやろ?」

「それはある。欲しいものは欲しいときに買わないと意味ないし」

「だからそのうち欲しくなるだろうものをあげることにしました。はい、マフラー」

「これはリアルでそのうち欲しくなるだろうものだな!? カシミアだー、大判のカシミアだー……」

「いっちゃんって先物買いせえへんもんな」

「寒くならないと冬服買わないし、暑くならないと夏服買わない。実際に着ること、使うことが確定したものしか買わない。だから貰うとめちゃ嬉しい」

「喜んでもらえて何よりやわ」

「つっきーのくれるものは質が良いから最高なんだよなあ」

「えへへへ」

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