You&i Fine Ver-I.Mido〈2020年版誕生日対談企画〉
Ep1.×A.Tsuchiya
薄いグリーンで塗られた壁に、北欧調の家具──木製のローテーブル、ソファーにはアイボリーのソファーカバーがかけられている。ラグは濃い水色に幾何学的な模様。そんな、インテリアショップの一画にあるような、モデルルームみたいな部屋で撮影は行われる。
「おっ、早いじゃん」
ソファーに座っていた、少女のような顔をした青年は訪れた青い目の青年を見上げながらそう呟く。青い目の青年は溜め息をつきながら、彼の隣に腰掛けた。
「変に遅れていったら絶対怒られると思って」
「首根っこ取っ捕まえて引きずるね」
「発される言葉の字面が怖い。絵面はそこまでだけど」
「絵面は完全に母猫が子猫にやるやつだなあ」
はっはっは、と威厳たっぷりに笑う少女のような青年──
「じゃあ早速。今年の誕生日企画は一対一の対談ということで、初回には土屋亜樹に来てもらいましたー、拍手! ぱちぱちぱち」
「ぱちぱちぱち」
「僕について語ってくれるということで」
「そのつもりだけど、あ、その前に」
「うん」
土屋は居住まいを正して、御堂に向き合った。そして大きく腕を広げる。
「お誕生日おめでとうー」
「ありがとー」
御堂は感謝を述べながら土屋の腕の中に飛び込んだ。そこまで勢いは見られなかったが、土屋は苦しそうに野太い声を上げる。慌てて御堂は自身の体を引いた。
「大丈夫?」
「岩が飛び込んできたのかと……」
「えー、そこまで重くないでしょ」
「結構な重さだった……」
「いや絶対あきさまが細すぎるのがアレなんだって。僕、最近絞ってるのに」
水色のシャツの上に羽織っているグレーの変形カーディガンをはためかせながら、自分の胴回りを触って確認する御堂。土屋もオレンジの厚手のパーカー越しに自身の胴回りを確認した。
「いっちゃんごめん、俺が細すぎるかも」
「ほらあ。あきさま、絶対前より痩せてるって。絞りすぎ」
「不健康にしか痩せれない人だから……」
「良くないなあ。運動して痩せなよ」
御堂の体型の絞り方は、主が運動である。食事制限もある程度するが、食材を気にするだけであって食事量は然程変わらないのである。
また彼は元々運動や食事に気を付けているため、プロデュースチームからの体型についてオーダーに対応しやすいのだ。
「羨ましい……そうなりたい……そうなるための話を今から聞けば良いのか」
「僕が話せることなら全然話すよ」
「じゃあ色々聞いちゃお」
そう言いながら、ふたりは笑い合った。
※ ※ ※ ※ ※
「まずさ、
「それより前だね。アメリカに一年間のダンス留学したときから」
「あー、海外住むと確かに食生活とか気にするようになるかも。特にアメリカとか」
「亜樹もそんなんだった?」
土屋は幼少期に母の仕事の都合で東南アジアへ渡っている。シンガポールのインターナショナルスクールに通っていたそうだ。
「俺の場合はまだちっちゃい頃だったから、母親が頑張ってくれた感じだな。日本から食材や調味料取り寄せて、週に一回は絶対日本食作ってくれたよ」
「海外って生野菜怖いよね」
「あ────、ね、怖い」
「僕も食材だけは送ってほしい、って家族に連絡してたんだよ。再来週はこういう献立だから、これとこれとこれを送ってください、みたいな」
「……そっか、いっちゃん、ひとりで自分のこと全部やってたんだ」
「まあ、同じダンスチームのお兄さんとルームシェアしてたけどね」
それでも家事をすべて自分で行う、ということには変わりない。しかし御堂の場合は、小学生時代から家事の手伝いをしていたという。高学年になった時点で、御堂家のキッチンはほぼ彼の支配下に置かれていたとか。
「僕んちは父親亡くなってるし、母親は東北で大学教授やってるしで、面倒見てくれるのは近くに住む母方のばあちゃんか、父方の叔母さんだったんだよ。っていっても、全部やらせるのは変な話だからやれるところは全部やってた。叔母さんは飲食の仕事やってたから、料理好きなのはそこからかも」
「はー……、ご両親のことは聞いてたけど、他は知らなかった……」
「全部知ってるのは侑太郎くらいだよ。実際に面識あるし」
「さすが幼なじみ」
メンバーの
「幼なじみっぽーい」
「いや亜樹は覚えてないだろうけど、名古屋の小学校って分団登校だからね?」
「……なんだっけそれ」
「町内会毎に集団を作って登校するやつ」
「あー……なんか聞き覚えあるかも……」
「だから登校は確定で同じ。下校は、まあ習い事次第かな。ダンスは同じとこで習ってたから、ダンスの日は一緒に帰って一緒に教室まで行ってた。自転車で行けるとこだったから」
大分脱線したな、と御堂が呟く。
閑話休題。
「ご飯は大事、食は基本、これはマジでダンスやる上でいちばん大事なことだと思ってる」
「考え方がアスリートなんだよな」
「身体表現なんだから体がいちばん大事なのはそうでしょ。自分はどうしたら最大のパフォーマンスを発揮できるか、そこを常に考えるべきであるし常に試行錯誤すべきである」
たとえば、と御堂は更に話を繋げる。
「体質的な問題で、僕は穀物を食べると結構スタミナが残る」
「穀物っていうと麦とか?」
「そうそう、大麦、もち麦、玄米、黒米とかも。だからライブ前は雑穀米炊いてるんだよ。あとは冷たいものを飲むと消化が悪くなるとか」
「いっちゃん、お茶は絶対常温だもんね」
「冷たいものは内臓冷やすから、そして僕に冷えは大敵なんだよ」
完全にオフの日にしかそういうものは摂取しない、と言う御堂の徹底ぶりに土屋は恐れおののく表情を浮かべている。
「そ、こまでする必要ある?」
「あるよ。最高の状態で踊るために必要、というか亜樹もそういうルーティーン的なものあるんじゃないの?」
「歌う前に炭酸飲まないとか……、食べ物は気にしてないかも、あんまりにお腹に入れないようにはしてるけど」
「だからそんなぺらっぺらなのか、体」
ぐ、と土屋は言葉を詰まらせる。太っていてはいけないが、痩せすぎも逆に見映えが悪いこの業界。体重管理についてはメンバーの
「どうやったら程良い体型になれますかね」
「運動」
「やっぱそうだよなあ~! え、ライブ前だけじゃだめかな?」
「継続的な運動。メニュー作ってあげようか」
「……よろしくお願いします」
「よっしゃ」
続けられるかは別だけどね、と土屋が漏らせば御堂のネコパンチが飛び交う。見事な回避を見せた土屋だったが、完全に縮み上がっていた。
「こわかった!!! にどとしないで!!!」
「ごめんて」
※ ※ ※ ※ ※
「ちなむほどのことではないけど、当てる気はなかったよ。これはガチで」
先程のネコパンチの一件で、土屋が完全に心を閉ざしてしまったため御堂が弁明を始める。こうなったときの土屋は面倒臭い、どのメンバーに(恐らくいちばん長い時間を過ごしていた南方某かと思われるが)似たのか面倒臭くなってしまう。
「どうせ面倒な男ですよう」
「えっ、口に出してなかったのによく分かったね」
「やっぱり心の中で思っとったんか!」
「いやあ、都度言っとるもんで分かっとるもんばかり」
土屋が方言で話し始めたため、御堂も方言で応酬する。実は同じ名古屋市出身のふたりだ、少々方言パートが続く。
「どうせ面倒な男だがね、ほっといてちょぉよ」
「面倒な子の方がかわいいわ。ちょーらけたこと言っとってかんよ?」
「……『ちょーらけた』ってどういう意味?」
「あっ、分かんないか」
強制終了。元の空気に戻る。
「ふざけたこと、みたいな感じかな」
「とろくさい、とは違う感じ?」
「とろくさい、はなんかもっと、罵倒じゃない?」
「まあ罵倒だね」
ふたりで顔を見合わせて笑い合う。そんな最中に土屋はふと、こんな感じだったら喧嘩にならなかったのかな、と呟いた。御堂は首を傾げる。
「喧嘩、っていうとあれか、最初の」
「read i Fine史に残る、メンバー間での最初の喧嘩ね」
「あくまで記録に残ってる範疇で、だけど」
『プロジェクト:再定義』という番組に残っている最初の喧嘩が御堂と土屋、それだけのことだ。それ以前にも些細な小競り合いや、冷戦じみた雰囲気は存在していた。
まあ怒鳴り合いとしてもグループ初か、と御堂は密かに思っていたけれど。
「いつも言ってるけど、あれ、俺が全部悪いからね」
「うん、いつも言ってくれてるから知ってる。でも喧嘩ってどっちかにしか原因がない、ってことそうないよ?」
「いやいや、あれは俺が当たりに行ったようなもんだし。ただの当たり屋と被害者じゃん」
「言い返した上に核心的なとこまで突いたのは僕だ」
「あれはのでさんに唆されたから……」
「唆されて喧嘩するのもよく分かんないけどね」
「確かに、や、でもあれは、のでさんが正解だから。言い返さないといけないやつだったと思う、俺が言うのもなんだけど」
御堂と土屋の喧嘩は舞台『
当時の放送ではメンバーの
「結局、当時の俺はいっちゃんに嫉妬してたんだよ。で、一回の喧嘩程度で嫉妬心なんてなくせる訳もないしさ」
「あのあとも結構長く引きずったよね、放映されてなかった部分の話だけど」
「二週間くらいまともに口利けなかったもん、気まずすぎて」
ただ、と土屋は表情を険しくする。
「いっちゃんは気にしなさすぎ」
「だって言い合って終わったじゃん? 亜樹はちがうかもだけど、僕にとっては終わったこと」
「……永介もなかなかさっぱりしてるけど、いっちゃんのそれは常軌を逸してるな……」
メンバーの
しかし、御堂の性格は桐生のものと微妙に異なっている。
「最初に怒鳴ったときも、きょとん、としてたじゃん。あれで俺、たじろいじゃって」
「まあきょとんですよ、いきなりそこまで臨戦態勢にはなれない」
「いっちゃんって、怒るのとか悲しむのとか一拍遅れるタイプではなくない?」
「いや、遅れる遅れる。言葉の意図を探っちゃうから遅いんだよ」
御堂は考えるタイプの人間だ。行動や言葉にどのような意図があったかを探りつつ、コミュニケーションをとるのである。
「だから『なんで言われてるんだろう』って最初に思って『八つ当たりかこれ』って気付いて、『八つ当たりなら構ってもなあ……』と思って戻ろうとしたら日出に止められた」
「『言い返せよ』ってね」
「厳密に覚えてる。『なんで言われっぱなしでどっか行こうとしてるんだ? 斎、言い返しな』って言われた」
尤もだな、と思った、そう御堂は漏らす。
だからこそ逃げずに土屋の前に立って、土屋の嫌がる核心部分を抉った訳なのだが。
「言ったあとに日出に『それはさすがにオーバーキルすぎる』って引かれたけど」
「そうだったの!? じゃあ俺が傷付いたのは正当なんじゃん!?」
「わりと正当、ただ自分で吐いた唾は飲めないからさあ」
「……まあ、もう終わったことだし」
「でもあれのおかげで、なんだろうな、起伏が戻ってきた感じはあったね。感情の起伏が」
「……なかったの……?」
御堂の感想にやや引いている土屋だ。ない訳ではない、と御堂は必死に弁明をする。
「踊るための起伏になってたから、コントロールが利いちゃうんだよ。だかや亜樹にガツンと通り魔的に言われて、日出に唆されて、あー、まともに怒るってこういう感じだったわ、って思い出せた。だからそれは、ありがとう、なのよ」
「そうか……、いやていうか通り魔って……」
「言葉悪すぎだね。何にせよ良かった、あきさまとも仲良くなれたし。結果オーライだよ」
「結果オーライにしてもらったのはこっちなんだけどな……」
土屋はもごもごと応える。視線は恨みがましそうに御堂へ向けられていた。
「もしあれで、いっちゃんが俺に何も言い返さなかったら俺が完璧悪者で、今の活動に影響が出たかも知れない。いっちゃんがオーバーキルしてくれたから、今があるんだと思う」
「大袈裟!」
「じゃないよ! だから、あの時はごめんなさい、今までもこれからもありがとう」
「これからもありがとう、って珍しい言葉だね」
こちらこそ、と御堂と土屋は固く手を結んだ。
※ ※ ※ ※ ※
「いっちゃんの欲しいものマジで分かんなかったです、ごめんなさい」
「別にくれるなら何でも嬉しいよ?」
「という訳でハンドマッサージャーです」
「えっ、普通に嬉しいやつだ! ありがとう!」
「なんかこういう器具持ってるイメージないからあえて、逆に、と思いまして……」
「マッサージ機器は確かに持ってないなあ。トレーニング器具とかならあるけど」
「握力鍛えるやついつも持ってるよね。……あれ、ダンスなんも関係なくない?」
「ないね! 趣味です! 重いフライパンを片手で振るためのやつです!」
「そういうことだったの!?」
「それ以外で使い道なくない? 手絞りリンゴジュースとか作りたい訳じゃないし」
「なんていうか、それはそれでファンに売れそうだな、と……」
「やめろやめろ、商機を見つけるな」
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