Ep6.×I.Midou
インテリアショップによくある、一区画だけのモデルルームのような部屋にて。
いつもなら
「これもうカメラ回ってるよね」
「回っとるね。回っとるって分かっとるのに、特に事を起こさないオレら」
「これが僕らだからしょうがない。あ、お菓子開けていい?」
「ご自由に。言うて、他のメンバーはなんの断りもなく開けとったで」
「かなり自由な空間なんだなここ」
開けちゃお、と言って
「上品!」
「衣装に合わせてきただけだよ」
「クッキー缶似合う格好やけども!」
御堂が本日着ているのは、リボンタイ付きのワンピースのようになっている変形シャツ、ボトムズはストレートパンツだ。顔立ちが女性らしい御堂にしては、珍しくフェミニンな格好だった。
対する月島は淡い色のローゲージニットと、薄い色のオーバーめなデニム。御堂の隣にいるとカジュアルさが際立つ。
「ここのクッキーは小麦じゃなくて米粉、上白糖じゃなくてきび糖や黒糖を使ってるから好きなんだよね」
「ほーん、罪悪感ない系やな」
「いや罪の意識はちゃんと持ちながら食べる」
「抱え込みすぎやない?」
「そういえば、つっきー、お誕生日おめでとうね」
「ん、ああ、ありがとー。……雑なわりに、なんか、嫌な感じせえへんかったな」
「これが僕の力量です」
というわけでスタートです。
※ ※ ※ ※ ※
「つっきーはいい加減、自分ひとりで起きれること以外に何かできることを見つけた方がいい」
「なんやねん急に」
御堂の持ってきたクッキーをつまみながら、ぬるりと始まる会話。
御堂の痛烈な口火に、さすがの月島も多少狼狽えている。
「だって基本家事苦手じゃん」
「そんなことあらへんよ。洗濯も掃除もできるし」
「普段着以外全部洗い方分からずクリーニングに回すじゃん。あと、掃除機で床を撫でるだけが掃除じゃない」
格ゲーのコンボのような事実列挙だった。これには月島も苦笑しかない。しかし御堂のコンボは終わらない、コンボがあるということは必殺技があるということだ。
「視聴者の皆さん、騙されてはいけません。こいつマジでひとりじゃなんもできない」
「言うな言うなそんなこと言うな」
「親以外の大人もたっぷりいた環境で育ってるから、根っからの甘えたなんですよこの男」
「だから言うなや!」
カメラに向かって淡々と意見を述べる御堂と、その口を閉ざそうとする月島。だが月島の行動は完全に徒労だ、今日の御堂は確実に月島の情報を開示せんと動いている。これを止めるのは至難の技だろう、実際既に次の話題について彼は口を開いていた。
「そもそもさ、」
「まだあんねや……」
「皮膚科くらい自分ひとりで予約したらどう?」
「う、うっさいわ!」
「ジムだって好きなときに行けばいいのに、なんで誰かと一緒に行きたがるの? 謎なんだけど」
「あああぁ……、もう言わんといてくれ……」
机に突っ伏してしまった月島である。本当にこれは誕生日企画なのか、あまりにもなクレームの嵐だった。
「なに? 寂しいの? なんで?」
「なんでも何もあるかいな。一緒に行った方が楽しいやろ、行きも帰りも」
「皮膚科行くだけだよ?」
「……ジムやって、一緒に行った方が楽しいし」
「ジムはまあ……でも、僕わりとしばらくすると放置しちゃうから。ひとりで行ってる」
「いっちゃん、色んなとこよぉひとりで行けるよな」
「僕に言うのはおかしいよ。そういうのはひとり旅とかソロキャンプ上級者の亜樹に言わないと」
「オレ、ひとりでカラオケも行けへんし」
「ガチで言ってる???」
そこまでどこにも行けないとは、と御堂は漏らし月島は、それやとオレがどっかに幽閉されとるみたいやな、と疲れたように笑った。
「ひとりカラオケできひん奴が、ひとりで皮膚科行ける思うか?」
「病院の方がパーソナルな場所なんだから、普通は病院には行けると思うけど」
「……それもそうか。付き添い以外で病院には友達呼ばんよな」
「親ですらこの歳だとなかなかだよ」
ちなみに彼らが言う『皮膚科』は『美容皮膚科』のことである。主に脱毛のために通っているのだ。
「いっちゃんの、ひとりまるまるの最高峰ってなんなん?」
「そこそこ難しい質問だなあ……カラオケもご飯もひとりが基本だし」
「え、誘ってぇな」
「誘いたいときは誘ってる。……遊園地? 富士急ひとりで行ったことある」
「え!!?!??」
「そんな驚くことかね」
月島は驚いた表情のまま、固まって動かなくなってしまった。逆に御堂は、そこまで驚くことじゃない、と焦ってそわそわしている。
「さ、誘えや! それこそ!」
「僕だけオフだったんだって。あと乗り物乗るってよりかは、好きなアニメのコラボグッズ目当てだったし。みんな付き合わせるのも悪いなあ、とか」
「いっばい付き合ったるわそんなん……!」
「な、なんかごめんね?」
とうとう顔を覆ってさめざめと泣き始めて(泣くフリを始めて)しまった月島だ。月島の誕生日企画なはずなのに、どうしてこんな憂き目を。
「オレもいっちゃんと一緒に富士急行きたかった……」
「乗り物乗ってないし、誰とも一緒に行ってないけどねえ。今度一緒に行こう、なんかごめん、本当にごめん」
「この個人主義め……!」
「つっきーの連帯感が強すぎるだけじゃない? せめてコンビニくらいひとりで行きなよ」
「誰もおらんときはひとりで行っとるし! 放っておいてくれ!」
「誰もおらんときに誰か待って行くのは最早病気なんだって。そこまでしてみんなと行きたいの?」
「…………、寂しいやん」
とうとう言った、と御堂は思った。
「折角みんなおるのに、バラバラのことすんの寂しいやんって」
「……構ってちゃんリーダーだなあ」
「どうせオレは甘えたですようだ」
完全に拗ねた月島は唇を尖らせて、御堂とは逆方向に顔を向けてしまった。
「まあその分可愛げはあるんじゃない? みんなつっきーのこと大好きなのは、多分こういうところのお陰だと思うし」
「えっほんま?」
「待って待って、流石にチョロすぎて笑う」
「ええぇっ、嘘なん?」
「嘘ではないけれど」
メンバーはちゃんと月島のことが大好きだ、と御堂は胸を張って言える。しかしそれと、拗ねている最中にそのことを聞いて機嫌を直してしまうのとでは話が違う。
御堂は猫のように笑いながら、話を続けた。
「さっきは連帯感が強すぎるって笑ったけど、そういう人がリーダーやってるのはうちの強みだし、それがつっきーっていうのも最高なんだよ」
「えー、もっと言って」
「もっと、もっと!? 量を求められている!?」
「さっきのクレームで傷心やから」
「あれはクレームっていうか、事実……」
「ううううるさい! やっぱええわ!」
※ ※ ※ ※ ※
「メンバーのことは全員大好きやで。いっちゃんもそうやろ?」
「それはねえ、勿論そうだけどねえ」
「一緒におったら楽しいやん。日々に彩りがある言うか、ちょっとした失敗も笑い飛ばせる言うか」
「うんうん」
「もっと極端に言えば、お前らがいれば何でも大丈夫、みたいな気分やねん。常にな」
「……それが、誰かと行動したい、っていう気持ちの源?」
「……寂しがり屋言うより、臆病って言った方が近いもんはあるな?」
「いやでもそれは、……それを聞くと多少の理解が生まれる。その根っこの部分があるのとないのとでは、大分事象の意味が変わってくるから」
なるほどねえ、と御堂は腕組をして若干萎縮しつつある月島を覗き見る。どんな不可解な行動も、意味さえ分かれば『納得』ほどではないが『共感』に近しい部分まで持っていけるのだ。
「僕の話してもいい?」
「ええよ、当たり前やん」
「僕さ、
「うん」
「でもこれって不思議でさ、別に今までもひとりだった訳じゃないし、信頼できる人がいなかった訳でもないんだよ。親兄弟いるし友達いるし、練習生仲間としてなら
「……だけど、同じことに対して苦楽を共にするって意味での『ひとりじゃない』『信頼できる人ができた』ってことやんな」
「そうそう、そういうこと。同じ利益を受け取って、同じ不利益を被るって意味での仲間? ができたのはヤギリ入社してからは初めてで、だから普通に仲良いとは別にメンバーのことを『特別』だと思うのは分かる」
つっきーもそういうこと? 御堂が尋ねれば、月島は重たく、しかしはっきりと大きく頷いた。
「オレの場合はしかも『最後の仲間』やと思ってたしな。抱いてる感情の量は、その、多分誰よりもでかいんよ」
「……年齢的に言えば、最年長は
「……まあそれはそうなんやけど、ただ佐々木兄弟、生年はオレとおんなじやで? 早生まれってだけ、そう考えると条件にそこまで差ぁないで」
「言われてみれば、確かに」
「
「うん」
「せやから、やっぱオレの方がメンバーに重きを置いとるんとちゃうかな。メンバーがいれば何でもできるし、何でもやろうと思える」
しかしメンバーがいなければ何もできない訳ではないのが、この月島という男なのだ。
特にメンタルの強さは、read i Fineに入る前後で特に変化は見られない。ずっと強く、ずっと硬い。
「『守るものができると弱くなる』言うやろ」
「僕が嫌いな言葉だ」
「そうなん!?」
初耳やわ、と月島は瞠目した。それに合わせて御堂は溜め息をつく。
「守るものができたから弱くなるんじゃなくて、守るものができたから弱さが可視化されたんだよ。履き違えちゃいけない、強さと弱さは環境的要因で小さい頃にある程度決まるし生得的な部分も大きい。『守るものができたから弱い』じゃなくて元々弱いし、別に強くならなくてもいい。……はい、つっきー、続きどうぞ」
「ぉ、あ、ありがとうな……、なんかめっちゃ熱入っとったけど」
「昔言われためちゃムカ言葉を思い出しただけです。続きどうぞ」
「あっはい、すいません」
促されるがまま、月島は「『守るものができると弱くなる』言うやろ」の続きを話し始める。
「あれは厳密に言うと弱くなるんやなくて、平和を求めるんやと思う」
「平和?」
「せや。オレが練習生やっとった頃、まあ尖り散らかしとりましたわ。すべて薙ぎ倒す、すべてひれ伏せさせる、いちばんになったら否が応でもデビューできるやろ、みたいな」
「まあ似たようなことは考えたことある」
「誰しも一度は考えたことあるやつやね。せやけどread i Fineができてからは、リファインでいちばんになろうとは思っても、オレがいちばんになろうとは思わんくなっとった。オレが全員を踏み潰していちばんになるんや! じゃなくて、リファインというグループでやりたいこと、夢とか目標とかを色んな人に知ってもらって、いちばんになりたいって思った」
「……それが『平和を求める』ってこと?」
御堂の問い掛けに、月島は笑顔で応える。
「オレは、リファイン全員で穏やかに過ごしたいねん。楽しく歌って踊って、曲作って、飯食って遊びに行って、また
「丸くなったねえ……」
「これが『守るもののできた』人間や! どや!」
「めちゃくちゃ良いと思う。僕も同意、てか、メンバーみんな同意するよこれは」
※ ※ ※ ※ ※
「僕からはさっき一緒に食べたクッキー作ってるパティスリーの焼き菓子セットと、あと良い紅茶」
「紅茶や~、最近紅茶好きやねん」
「だよね、知ってる。……そういえば、つっきーってお茶はちゃんと淹れられるよね。あとは全部怪しいのに」
「怪しいってなんやねん。お茶の淹れ方くらい、家でちゃんと習うやろ」
「結構特殊な家庭環境だと思うよ」
「うそやろ!?」
「つっきーの場合、なんか茶の湯とかやっとるのは分かんだけど、ティーポット蒸らしてるのは想像できんのよ」
「全然蒸らすで……こういう、ティーポットかぶせるやつ買ったし……」
「じゃあ今度一緒に飲もうよ、飲ませてよ」
「全然ええけど。一緒に飲もうな」
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