Ep7.×M.Sasaki
インテリアショップの一区画に存在する、モデルルームのような部屋はカメラが回った瞬間から騒がしい。
画面外から現れたのは
ふたりはハグのままその場を跳ねるように一周し、弾けるように体を離した。
「いえーい、つっきー、ふぅー! おたおめ~! ことよろ~!」
「あけおめみたいなテンションで言うなや~! てんきゅ~!」
「あけおめだとぼくの誕生日だからね」
「せやな、元旦生まれ」
「朝の五時くらいに生まれたらしいから、マジの元旦生まれです」
まあ座ったって、と月島は水面をソファに誘導する。あの騒がしさはなんだったのか、と唖然となるくらい静かに腰を落ち着けた。
「いくつだっけ、二十二?」
「同い年やろ」
「そーだった! 今絶賛タメ期間じゃん!」
「今年いっぱいタメやね、よろしゅうな」
「こういうとき元日生まれだと表現の仕方がいっぱいあっていいね~」
ぐぅー、と言いつつ水面は親指を立てた拳を月島に近付ける。月島もサムズアップをし、水面の拳へさながら乾杯をするかのようにぶつけた。
「いたぁい」
「えっ、オレ痛ないけど。貧弱やなあ」
「多分だけど打ち所が悪かった……」
「それは堪忍な……」
「ううん、別にいいんだけど。昔蹴られたときより痛くないし」
「蹴っ、……たな、蹴ったことあるわ」
「安心してください皆さん、よくある喧嘩です。その話も追々していこーぜー」
「今日は昔話大会やな」
「優勝したら兎と亀を食材としてもらえます」
「柿と蟹がええんやけどそこは」
※ ※ ※ ※ ※
「つっきーってわりと誰とでも仲良くなれんじゃん? ひとの顔も名前も覚えんのくそ早くて、めっちゃビビったんだよね~」
開始早々、アイスコーヒーのストローを口に差し込みながら、水面は矢継ぎ早にそう話し始める。
「しかも顔と名前、一回覚えたら忘れないし」
「早々忘れんやろ、顔と名前やで?」
「ぼく、ひとの顔の識別そこまで上手くない方だから」
「ああ……
「でも一回会っただけのぼくに関しては、『日出の弟』だから覚えてたでしょ」
「というか第一印象『日出の弟』やで?」
「ぼくのつっきーの第一印象は『日出の友達』だからね」
月島と日出は同じ公開オーディションでヤギリに入社してきた。公開オーディションは選考から順位確定まで数ヵ月を要し、期間内には合宿も行われるため練習生同士が仲を深めやすい。
彼らの仲の深さは同期故のものである。
「いっこ下って聞いて驚いたかな」
「よく驚かれんねんけど、そんなに年食っとるように見える?」
「精神年齢的なものじゃない~? 言葉よく知ってるし、受け答えしっかりしてるし、自分の考えあるし、多分ぼくらの高校の同級生よりも全然大人だった」
まあこんな仕事だからしょうがないよね、と水面は目を細める。年齢など関係なく、行動を見張られ、失言をバッシングされるような業界だ。大人にならざるを得ない部分は多々ある。
「でも大人ぶってる自分に酔ってなかったのは好感を持てた。尖ってはいたけど、イキってはなかったじゃん。素直で、可愛かったなあ」
「今も可愛いやろ、今も可愛いって言って!!」
「声でっか」
腹式呼吸の成果である。響き渡る「今も可愛いって言って」に水面は腹を抱えてゲラゲラ笑い出した。
「今も可愛いよ~、ベリーキュート、ソウスイート、ラブリーマイイチゴダイフク……」
「海外ドラマとかでよく恋人のことを『マイストロベリーパイ』とか言わはるけど、え、オレ、いちご大福なん?」
「いちご大福は可愛いよお」
「可愛いな、いちご大福は可愛い。でもなんかちゃうねんな?」
和名の難しさが含まれまくっている、まあ縁起の良い名前だしと月島は受諾したが。
「あれさ、入社してすぐだからまだ高一とかの頃だったかな、なんかつっきー、ボタンついたシャツ全部処分したことあったよね」
「ぶっっっ……あった、あったわ、なっつ」
「あれどうして? 制服のワイシャツ以外全部かぶるタイプのシャツだけにしたじゃん」
「えー、ボタンがつけられへんから」
「あっっっそういうこと!?」
「自分で縫い物ができないので、ああなりました」
「……制服のワイシャツどうしてたの?」
「ボタン取れるたびに買い換えとりました」
「はぁ────!? ちょ、えっ、言って、言ってよその時! 全然つけたのにボタン!」
「ひとに頼るっちゅー発想が皆無やったんよ! だから引っ掛けんよう、そーっと着て」
「あはははははははは!!!!」
ワイシャツをそーっと着る月島のジェスチャーに笑い転げる水面。そのように『そーっと』着ても決してボタンには関係なさそうなところが、またズレていて笑いを誘発させる。
気付けば水面の目には涙が浮かんでいた。
「つっきーの、たまに滅茶苦茶訳分かんないとこ、ぼくだーいすき! 一生そのままでいて!」
「褒められてるか微妙すぎなんやけど」
「これはね、最早文化遺産だと思うんですよ。世界遺産の、あの、京都のいくつあったっけってなるやつ」
「十七やろ?」
「十八個目」
言いつつ水面は月島を指差す。
「むしろ恥晒しやんこんなん!」
「そんなこたぁないですよ~、是非、え~とどこだっけ?」
「ユネスコ?」
「ユネスコのみなさん、このうちのリーダーを」
「お勧めせぇへんでええねん!」
※ ※ ※ ※ ※
「うちのお兄ちゃんにリーダー指名されたとき、ぶっちゃけ嫌じゃなかった?」
「おーん……そやなあ……」
唐突な水面の質問に対し、腕を組んで真面目に考え始める月島。しかし水面はその途中、それなりの大声で「あ!」と声をあげる。月島はその大声にびくついた。
「な、なに?」
「蹴った話すんの忘れてた!」
「あー、……するん?」
「するって言っちゃったからするよ~! そんな悪い話でもないし、そもそも原因と顛末言っとかないとつっきー誤解されるし~」
ネットニュースになっちゃう! と喚く水面に、確かに、と月島は頷いた。昨今のネットニュースは幅が広すぎる。
「じゃあ先にそっち話すか、原因は水面です」
「そうそう、原因はぼく」
「顛末は、あれやな、喧嘩両成敗」
「あれって何のリハーサル? レッスンだっけ?」
「『
この話は彼らがまだ練習生の頃、先輩である『2dot.』のツアーにバックダンサーとして帯同したときに起きたのである。
「大阪か、愛知か、どっちかの公演で動線を変える言うて二日前くらいに急遽リハが入ったんよな。ただみなもんが、体調不良?」
「えっとね、インフルの待機期間」
「せやったわ、変な時期に罹っとったよなあ。それでおらんくて、サウンドチェックでようやく出て来れたんよ」
「あれさ、今でも謎なんだけど、なんでぼく降ろしてアンダー呼ばなかったんだろ」
「『2dot.』の動線激ムズえぐえぐ振り付けのバックなんて、二日前にアンダー呼んでも絶対覚わらんからやろ。秒数管理されとるあんなライブ、前々日に適応できんのあの当時のヤギリ練習生やったら、いっちゃんか
「しかもふたり共、普通にバックとして選出されてたしね~。でまあ、動線変わったってぼく、実は知らなくて」
「ほんまはシンメが教えなあかんかったやつなんやけどな、いっぱいいっぱいやったんやろ。まあそのせいで事故ったんやけど」
「見事な衝突事故でした」
サウンドチェックで良かった、というレベルの人身事故だとふたりは語る。人対人ではあるが、実際人にぶつかる事故はかなり怪我の可能性が高い。急遽サウンドチェックは一旦休止し、ふたりの処置に入ったそうだ。
「大したことなかったんやけどな」
「肩にすんごい痣ができたから、暫く黒のインナーが手放せなくて」
「せやせや。そんで処置中にみなもんがぶちギレたんよ、『どこに目つけて歩いてんだよお前!』ってな。それにびっくりして」
「いやまあ完全にぼくが悪いというか、知らなかったから」
「そう、知らんかったのよこの人。でもいきなり怒鳴られて、オレなんも悪いことしてへんのに、だからって怒鳴り返せんくて、蹴った」
「蹴られた。あわや乱闘」
「あんときはごめんなあ」
「いやいやぼくが良くなかったしいいよ~」
乱闘騒ぎになりかけたところをスタッフに制止され、互いに別室で処置を受け直して事情聴取。そうした末に水面は『動線変更を聞いていなかった』ことが判明し、すぐ互いに謝罪したという。
「って話でした~。そんでリーダー指名についてなんだけど」
「展開早いわ! ちょぉ待って!」
「待つ待つ~」
閑話休題。
「正直『やめてくれ~』とは思うたわな」
「やっぱ思ったんだ」
「思うわ……当たり前やん……」
疲弊に満ちた表情で腰を落として座る月島に、水面は同情するかのように眉を下げた。
「半分くらい見知らぬ人間だしね~、気ぃ遣うよね~」
「オレが気ぃ遣うのはええねんけど、気ぃ遣われるのはほんま嫌やねん」
「なるほど、そっちか」
「なんか結成して話聞いてみると向こうはオレんこと知っとるんやけど、オレは向こうのこと知らんみたいな。それがほんま、ストレス? ずっとはらはらしとる、みたいな」
はらはら、と言いつつふたりは自分の体を抱き締める。そして顔を見合わせて笑い合う。
「はらはらってのも変な感じするけどね~」
「気付かぬうちにフキハラとかしとるんちゃうかな、とか思うと……」
「ああ……そーいうね……」
「でも逆に、そういう役割与えてもろて良かったなあ、とも思う。多分歴的に、上に立つことと言うか、引っ張ってくことを期待されとるんやろなあと」
月島は日出と同期、
そのことに対して水面は大きく頷いた。
「それはある、し、逆にぼくやお兄ちゃんがリーダーにならなくて良かったとも思う」
「まあ最年長やから確定的にないけどな」
最年長は基本リーダーにならない。年功序列が少なからず影響を及ぼす社会での最年長リーダーは、権力勾配が顕在化してしまうからだ。
「ぼくもお兄ちゃんもさ、なんだかんだ厳しいじゃん」
「……否定はせえへんけど、うん」
「すんごい悪い言い方になるけど、『え? 何でできないの?』ってなる部分が多少ある。ぼくらも努力不足とか思わないけど、どうしてもそうなっちゃう。だけど滉太はそういうのないじゃん」
「なくはないんやけど、出しちゃだめとは思うとる」
「それがリーダーの資質でしょ」
水面は断言した。それに月島は言葉を詰まらせる。決して黙らされたとは言えない、感極まった表情をしていた。
「滉太の、穏やかさを求めてるところがうちのグループに良い影響を与えてると思う。滉太がリーダーじゃなきゃ、うちのグループこんなに仲良くないし、こんな楽しくないとマジで思うから」
「……あかん、泣きそう」
「全然、泣いてもらってもいいよ、ほら、来いよ!」
水面が両手を広げて煽れば、月島は呆れた顔をして「涙引いたわ」とほんのり笑った。
※ ※ ※ ※ ※
「誕生日プレゼント、と言ったらあれだけど、おばあ様の形見の指輪のリメイクできたからこちらを進呈します。ペンダントで良かったよね? あのー、例のあいつに頼んだんだけど」
「例のあいつさん、いつもありがとうございます。って、えっもうできたん!? ふた月くらい余裕でかかる思っとった……」
「『来月誕生日でさあ』って言ったら超特急でリメイクしてくれた」
「めっちゃ申し訳ない……ありがとうございます……」
「『善意もあるけど下心もあるから』って通常料金でやってくれたから、ぼくには気ぃ遣わないでね。その分贔屓にしてやって」
「当たり前やんそんなこと」
「ちなみにそのペンダントトップに彫金されてるモチーフとか、色々説明聞いてきたんだけど全部忘れたので」
「おいこら、ちょっと待て」
「本人に連絡してください。マジで説明できない」
「ほんま記憶力めためたやん! 折角色々やってくれはったろうに!」
「色々はやってた。そこしか覚えてない」
「なんでやねん!!! お前もアーティストやろ!?」
「ぼくの記憶力のなさを舐めてはいけない」
「認めるとこやけど開き直んなや!」
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