Ep4.×E.Kiryu
インテリアショップに存在する、一区画だけのモデルルーム、のような部屋。
淡い色のローゲージニット、淡い色合いのデニム、そして黄みがかった薄茶色の髪をした
「……いつまで待たせんねん!」
「すいやせん、兄貴」
「そんでなんで喋り方が三下やねん」
「そういうキャラ作りでやんす、兄貴」
腰を低めにしてやって来たのは
「まあええわ、お座り」
「わんっ」
「よーしよし、ちゃんとお座りできて偉いなあ。あとでボール投げたるからなあ」
「あ、自分、今日はボールはちょっと……」
「NOといえる現代人やな。犬扱いしてすまんかった」
「言い出したのは俺だから謝られても」
率先して犬の鳴き声をあげたのは、最近桐生が忠犬キャラとしての認知度を高めているからである。どういう認知度の高め方だ、と本人でも思わなくはない。
それは兎も角、今日の主賓は月島である。
「なんか言うことは?」
「兄貴、お誕生日おめでとうございます!」
「ほっほっほ、苦しゅうない」
座ったまま大きく足を広げ、膝に手をついて深々と礼をする桐生。その様子に月島もご満悦だ、絵面は物騒で良くないが。
「……で、なんで兄貴と子分みたいになってはるん?」
「俺に言われても困るやつだ」
「お前からやり始めたんとちゃうんか!?」
特に指示があった訳でもない。最近お気に入りのムーブメント、というだけのことだろう。月島は呆れ顔を浮かべた。
「しっかしお前、子分ムーブ上手いなあ」
「そこ褒められてもあんま嬉しくない」
「せやろな」
やってくかー、と月島は大きく伸びをした。
※ ※ ※ ※ ※
桐生にとって月島とは。
恐らくスタッフからのカンペを読んだ桐生は、淀みなくこう答えた。
「いちばん遊んでくれる兄ちゃん」
「ええっ? それはいっちゃんやないん?」
「いっちゃんは、『いちばん面倒見てくれる兄ちゃん』だから。つっきーは面倒見てくれないし」
「面倒見とるわ! 語弊がある!」
リーダーとして、年長者として、気遣ったり話を聞いたり動いたりしているが、桐生が言っているのはそういうことではないらしい。彼はアイスティーを飲み込んでから
「いっちゃんってダンスのことになると、滅茶苦茶丁寧に色んなことを教えてくれんだよ。外部の先生紹介してくれたり、参考になる動画見せてくれたり」
「うん、そのイメージは強いな」
「つっきーの面倒見の良さって、やっぱざっくりしてるんだよ。需要に合わせた供給を与えてる訳ではなく、満遍なく必要なものを配ってるみたいな。世の中には美味しい非常食は沢山あるけど、自治体の予算的にこれしか配れません、的な」
「あんま聞いてて気持ちのいいたとえやないな……?」
眉間に皺を寄せて訝しむ月島に、確かにいいたとえじゃない、と桐生は頷いた。
「逆に言えば欲しいときに何かはいつもくれるんだよね。いっちゃんはダンス関連しかそういうことしてくれないけど、つっきーはどんな話題でも何かはしようと動いてくれるし」
「一長一短、というか」
「補い合いだよ、グループってそういうものだろ」
桐生はダンスが苦手だったため、面倒見の良いメンバーと御堂がイコールになっているだけのようだ。
「つっきーはわりと緊張感溢れる場面でも、変な話して空気を柔らかくしてくれるし、何も気にしないでババ抜きとか始めてくれるから有り難かった」
「まあそれは、オレが苦手なんよ、緊張感溢れる現場。程好くならええし、何の現場にもよるけど、やっぱ全員が笑顔で始めて笑顔で終われる現場がいちばんええよな」
「つっきーにそれ言われて、俺は結構衝撃を受けたんだよな。ビビビ、ってなった」
終わり良ければすべて良し、の意味合いで「最後は笑って終わろう」と言う人は今までも沢山いたが「始めも笑顔でいよう」と言う人には出会ったことがなかった。月島の言葉で、桐生は考え方を改めたのだ。
「のでさんともよく話すんだけど、やっぱリーダーによってグループのカラーって大分変わるなって」
「それは分かるわ。グループとしての性質が変わるというか」
「うちが『良い子ばっか』って言われるの、滉太のおかげが大きいよね、ってのでさんに言われて、めっちゃ分かる~ってなった」
「いやいや、元々みんな良い子なんやろ」
「なにわろてんねん」
「いや、つっきーってのでさん絡みだとすぐ照れるしすぐ怒るよなあ、って思って、ぁ、いたっ!」
「痛ないわ」
「痛いよお! 腕の肉めっちゃつねられた!」
「つねるほど肉なかったで」
「じゃあ何をつねられたんだよ!?」
「知らん、魂とか?」
「こっっっっっわ、魂つねるっていう発想が怖すぎる」
腕をさすりつつ、この世のものではないかのように月島を見つめる桐生。
「……そういや俺ら、霊感ある組だったね」
「せやな。オレがわりとはっきり感じる方で、えいちゃんが守護霊の力が強い方」
「強いと見えづらいんだっけか」
「って言われるんやけど、オレも本職ではないしなあ……」
余談だが、ヤギリプロモーションにはアイドルの副業で『本職』をしている人物がいる。あまりにも先輩過ぎるので、おいそれと会えるような人物ではないのだが。
「なんか先輩たちの新しく住む家? の内見に全部付き添ったとか?」
「『
「仲良し~、でも気持ち分かる~」
「オレも~」
「つっきー、宿舎解散したら一緒に住もうよ。ご飯作るよ」
「え、住みたい! でもオレらが住むって聞いたら、メンバー全員付いてきそう!」
「それもすっげえ分かる!」
閑話休題。
「『Seventh Edge』先輩がいくらヤサイ連(ヤギリ関西連合の略)の元締めとはいえ、内見に呼ばれるなんてよっぽど信頼されてるんだなあ」
「多分誇らしいことなんやろな。オレとしては、『また良いように使いよって!』みたいな気持ちやけど」
「でも先輩方のことは?」
「大好きやで。ほんまよぉ面倒見てくれはったし、美味しいものいっぱい食べさせてくれはったし、返したくても返せへん恩がたんまりある」
たんまり、と言いつつ掌で山を作る動作をする月島。
「でも恩って返すもんやないねん。次に受け継ぐものやから」
「……だからご飯代払ってくれるの? 同じグループなのに?」
「せやで。えいちゃんはそれを下の子にやってあげたらええ。っていうか、えいちゃん、そういうこと太一にもやっとるよな?」
「あれはただ、めっちゃ食う太一が可愛いから……」
「動機としてはオレも八割そんなんやで」
「残りの二割が、恩?」
「おん」
と月島は頷き、桐生は典型的にずっこけた。
※ ※ ※ ※ ※
続いて二人は、初対面時の印象について語り合っていた。
「初対面言うたら、あれか、
「だね。俺もその日以外思い当たらない、どっかで実は会ってましたよ、とかないよな?」
「ないなあ、だってお前、入社一年半弱とかやろ?」
「うん」
「オレもう四年目やったし、なかなかかぶらんわ。仕事もレッスンも」
「そりゃそうか……あ、」
「どした?」
急に何かを思い出したかのように口を開ける桐生に、月島が慌てて身を乗り出す。
「一回あったかも。といっても俺が一方的に、だけど。間違えて練習室開けたやつ」
「開けたやつ言われても全然ピンとこおへんのやけど、お前が間違えて開けたんよな?」
「そうそう」
あれは桐生が入社して、まだ数ヶ月くらいの頃だった。ヤギリプロモーション本社にはいくつも練習室があり、そこを予約して自主練習を行うという方式なのだ。
桐生は予約した練習室の場所を間違えてしまい、扉を開けかけたところひとりで練習している月島に出会ったらしい。
「あくまで一方的にだけど」
「へー、そんなことあったんか」
「知ってる先輩なら兎も角、知らない先輩だから焦って扉閉めて。でもあれは誰なんだろう、ってドアの窓から覗いてた。歌上手いなあって」
「お前に歌上手いって言われると嬉しいんだか悔しいんだか、みたいな気持ちになるなあ……」
「本当に上手だった」
歌っていた曲名こそ思い出せないが、音程移動が難しい曲だったと思う。そのため声域が広いことにまず驚き、ピッチの正確さに驚き、そして音程移動の滑らかさに驚いた。
「俺は自分を誇示したい時以外は、だれだれよりも俺の方が上手い、とか考えないから、素直にすごいなと思ってた。でもこのレベルでもデビューできないんだ、とも思ったけど」
「亜樹にも似たようなこと言われたわ」
月島の、自称尖っている期のことだろう。
「当時の練習生にとって、つっきーがデビューできないこと自体がデビューという壁の強大さを表す、いっこの、なんだろ、指針?」
「基準? 自分で言うのもはずいけど」
「そう、基準だったんだよ。亜樹も言ってんならわりと全練習生そんな感じだったんじゃない? 同期とか先輩は置いといて」
「日出とか
日出は月島と同じ公開オーディションで入社した年上の同期、その弟である水面はそれ以前にスカウトで入社した社歴としても年齢としても先輩である。
「つっきーと比べると、俺らの感覚的に『あのふたりはすごくて当たり前……』みたいな雰囲気はあったかな」
「芸歴ダンチですからねえ」
「つっきーはまあ、言われなきゃ二世? 三世? だってみんな知らなかっただろうし」
「アイドル業界において落語家の孫、息子だったことで優位に立てた記憶あんまないねんな」
「喋りくらい? それ、めっちゃでかいアドバンテージじゃん?」
「あんな、ちゃうねん。関西の人間は、つまらんかったら放逐されんねん」
「そんなシビアな土地なのかよ……?」
事実としての、放逐、ということはないだろうが、そんなような雰囲気を生来感じてきた月島である。特に、人間国宝である落語家の孫、という地位がその雰囲気をより濃くしてしまったのかも知れない。
「期待されると応えてしまいたくなるやん? えいちゃんもそうやと思う」
「俺もそうだなあ。期待に応えたい、裏切りたくない、自分を好きでいたい、そんな感じ」
「『自分を好きでいたい』めっちゃ分かる、嫌いだったときないけどな!」
「ナチュラルボーンポジティブすぎない!?」
「オレのこと好きやない他人とか、めっちゃおると思うねん。だからこそオレはオレのこと好きでい続けないと、オレが可哀想やろ。こんな頑張ってんのに」
そういう考えか、と桐生は納得したようだった。
「つっきー、頑張ってるもんね。えらい、えらい」
「わんっ」
「あれ、立場が逆転してる!?」
「いつから自分が犬だと錯覚してたん?」
「ずっと人間ですが……」
「せやった、堪忍な」
「謝らなくて良いんですよ」
俺がやり始めたことだし、と桐生が宥めれば、それもそうや、と月島はあっさり引き下がる。あっさりと引き下がられてもなんだかなあ、という気持ちにはならざるを得ない。
「えいちゃんもポジティブやのに」
「共通点、ポジティブ、霊感持ち、ってなんかちぐはぐだな」
「あと宿舎解散反対派、ってのも一緒やし」
「反対っていうか、寂しいだけ……」
「オレもそう、寂しいだけ。あとは朝御飯が米派、そこも一緒」
「朝飯は米連合作れるよ、いっちゃんもそうだし」
「せやったわ。忘れてた」
※ ※ ※ ※ ※
「今年は良い匂いって褒めてくれたシャンプーとリンスを持ってきました」
「わーい! こういうのめっちゃ有り難い! いっこ良いの見つけると、なかなか冒険できひんしなあ」
「肌に触れるものだから合う合わないもあるからね。……というかつっきーって結構匂いに敏感じゃない?」
「えー、初めて言われた気ぃするわ」
「なんか、何の香りか結構当てるイメージある。柔軟剤とか、芳香剤……芳香剤ってお洒落な言い方あったよね」
「ルームフレグランス?」
「あ、それだ。香水とかも香り変わるじゃん、ミドルとかラストとかの正答率めっちゃ高い方だと思うけど」
「そうか? ……香道もかじったことあるから、それが原因なんかな?」
「コウドウ、ってなに? 国道?」
「華道とか書道の仲間、香りについてやんねん」
「へえぇ、さすが、お坊ちゃんすぎる」
「それは褒めてへんやろ!」
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