Ep3.×A.Tsuchiya

 インテリアショップの一画にある、モデルルームのような部屋でカメラが回り始めた。

 淡い色合いのローゲージニットに薄い色のデニム、黄みがかった薄い茶髪をした青年こと月島滉太つきしまこうたは入ってきた相手に手を振った。

 入ってきた青年は焦げ茶の髪に日本風の顔立ちなのに青い目、服装はデニムのセットアップにインナーは黒のタートルネックだ。彼、土屋亜樹つちやあきは歩きながら月島にハグをする。


「いえーい、つっきーおめでとーぅ」

「ありがとーぅ、あっ、ハグまで、恐縮です」

「いくつになったんだっけ。50万22歳?」

「悪魔閣下方式で年齢増えていっとる!? いつからそういうルールに変わったん!?」


 土屋は月島の背中に手を回したまま、月島はそんな土屋の腕を掴んでそんなくだらない会話を交わした。


「透ん時も思ったんやけど、お誕生日おめでとう、を案外すんなり言ってくれるな。太一は全っ然言わんかったのに」

「生活環境の差じゃね?」

「なるほど、海外勢と国内勢」

「多分つっきーも俺やサーシャみたいに、どーんがーんばりーん、みたいなおめでとうは言わないと思うんだ」

「なんか壊れた音したんやけど」

「気のせいだろ」

「んな訳あるかい」


 毒にも薬にもならない会話で笑い合いながらソファに座る。ローテーブルに置かれたアイスコーヒーを啜ってから、土屋は口を開いた。


「まあそんな、大した話もできないので。お構いなく」

「言うとくけど、主賓はオレやで?」


   ※   ※   ※   ※   ※


「つっきーってマジでメンタル強いよな」

「あー、よぉ言われるわ」

「その話がしたかったんだよ今日」


 そうなん? と小首を傾げて微笑む月島に、土屋は大きく二回首を縦に振った。


「俺って比較的メンタル豆腐だから、メンタルを強くするための、秘訣? を教えてほしくて」

「生まれ持ったものとは言い難いしな、教えられるか分からんけど」

「生まれ持ったもの、ではないんだ」

「自覚しながら身につけていったものです」


 月島の言葉に土屋が唖然とする。今後に希望が持てる情報ではあるが、ここまではっきりと『学習によって身につけた』と言われるとそれはそれで疑ってしまうのは人間の性だ。

 土屋の目を見て月島は「そんな目せんといて」と自らの体を抱き締めて宣った。


「どんな想像してんの?」

「言っていいやつ?」

「言わないでくださーい」

「おっけ。で、疑うのは分かるけどそんな泥棒でも見るかのような目をせんでほしい」

「それはごめんなさい」


 深く頭を下げたあと土屋は、頭を低くしたまま「できれば教えていただきたい」と呟いた。


「初手が最難関なんやけど、」

「うん」

「『自分をできる奴だと思わないこと』」

「えっ無理じゃん」

「言うと思ったわ!」


 この天才め! と月島が吐き捨てる。まんざらでもなさそうなのが土屋だ、楽曲製作の才能とラッパーとしての才能どちらも持つ彼でもこの褒め言葉は嬉しいらしい。


「基本的にオレら、選ばれた側の人間やん。入社にしてもオーディションかスカウト、デビューすんのも直談判なんてできる訳もない」

「そういう自意識は増長してるからな」

「だけどこの業界、えぐいやろ? 才能ある奴なんてごろごろおるし」

「それは、まっっっじでそう!」


 君はすごい! と言われて入社して自分の出来てなさに絶望する、なんてよくある話だ。歌にせよ、ダンスにせよ、ラップや演技やトークなど、あらゆる技能の上位互換を見せつけられて思い上がってた自分を恥じる。そんな時期が一度はある、月島にも、土屋にも。


「でも俺は『自分はそんなちっぽけな人間じゃない……!』って思っちゃってたから、まあ、あとはお察し暗黒期ですね」

「オレやって尖り期はあったわ。でも、不思議ともう駄目だとは思わんかったというか。で、改めて考えると等身大の自分を理解してたのがでかいんよな」

「等身大の自分……?」


土屋が眉間に皺を寄せて、悟りきった顔をした月島を覗き見た。


「何をできて何ができないのか、何が得意で何が不得意なのか、それはその時点に歴然と『在る』事実なんよな。一朝一夕ではどうにもならんもんやろ」

「うんうん」

「せやから、それはそういうもんだとして割りきって、足りないものを埋めてく努力をするしかない、ってだけのことやねん」

「ド正論過ぎて節々が痛い……」

「正論ってインフルエンザなん?」


 月島の発言は正論だ。誰しも『こうでありたい』と願うそのものだ、だからこそそれを実行していると言外に発する月島が目映すぎる。


「デビューがなくなったときも『Never Betterネバーベター』に参加できんかったときも、結局そこに立ち返れたからオレは何とかなってんねん。まだ足りないものがある、埋めていけばチャンスを貰える、だからまだ『ダメ』じゃない、って風に」

「……強すぎだろ。常人は真似できないよ」

「尖っとった時期はあった、ゆうてるやろ? 全部素直に受け止めてやれた訳やない、でも、ギリギリのところで立ち返れただけのことで……まあ運やな」

「運かあ」


 デビューできているだけで相当な豪運だ、と月島は前々から言っていた。とは言えスピリチュアルな信条を持っている訳ではない、あくまで業界のことを熟知した上で何を信じるかの取捨選択ができているだけ。

 パワースポットは信じないけど、形見をお守りにしたり、御朱印は集めないけど、近所の氏神様は知っていたり、そういう人間なのだ。


「オレ、月島滉太は、不特定多数の皆様のおかげで何とか心を強く持つことができておりますぅ」

「うわーい、胡散臭ーい」

「なんでやねん! ほんまのことやのに!」

「関西弁が悪いのかな」


 オレのアイデンティティやねんけど!? と月島は地団駄を踏んだ。


   ※   ※   ※   ※   ※


 話はまた全然違う展開へと動き出す。


「つっきーって、好き嫌いわりと多いじゃん」

「太一よりはマシやない?」

「いっちゃんから見ると『どっこい』らしい」

「あの子から見たらオレもお前もどっこいやろ……」

「ええー、それは心外だ」


 大皿に広げられたポップコーンをひょいっと掴んで、ぱくっと食べながら土屋と月島は自分たちの好き嫌いについて話していた。

 いっちゃん、もとい御堂斎みどういつきは同じグループで、グループいちの料理上手である。そのせいか、それともまったく関係ないか分からないが、あまり好き嫌いがないのだ。


「つっきーと同じグループになって、いちばん親近感湧いたのそこなんだよな。あ、この人も食べれないもの多いんだ、って」

「最近じりじり増やしとるけど、あの頃はほんま多かったな好き嫌い」

「ちゃんとバランスのとれた食事をしてそうなのに、普段のご飯見るとすんごい偏ってるんだよね! さすがに白米と魚肉ソーセージとカニカマ食べてたときは引いたけど」


 献立の三分の二が魚肉ってどういうこと、と土屋は腹を抱えて笑い出す。月島もつられて笑いながら「そんなこともあったなあ」と呟いた。


「たんぱく質は大体好き──や、嘘つきましたね、オレ、白身魚あんま好きやないです」

「イカタコ系も好きじゃなくない?」

「調理法による。生が食えん、逆に白身魚は火入れると好きじゃない。貝類は大体食える。肉類も食えるけど、モツは微妙」

「俺もモツ鍋苦手、ホルモンなら食べれるけど」

「前、透が美味しいモツ鍋屋の話してきて断とったよな?」


 半笑いで月島が問いかけると、バツの悪そうな顔をした土屋が頷いた。


「あのキラキラ笑顔を断ると体調を崩す……ホルモン屋には一緒に行ったけど……」

「透のキラキラ笑顔のお願いは、確かに断ると体調崩すよな。オレ、熱出したことある」

「それどっちが先なのか分かんなくね?」


 断るが早いか熱が早いか、土屋としては熱の方が早そうだと思っている。


「そういう人間的弱点、もっと出してけばいいのにさあ」

「出しとるよ!? かなりなおっちょこエピとかあるで!?」

「つっきーのおっちょこは、疲弊が生んだものだからおっちょこじゃない。疲れてんだなこの人……ってやつだから」

「この前収録立てこんどった時に、テレビのリモコンを取りに戻ってトイレに行った」

「取りに戻って!?」


 一旦トイレに行ったのに忘れてた~という感じでリビングに戻り、テレビのリモコンを持ってトイレに再び駆け込んだ、と? 本当に疲れてるんだなこの人、と土屋は顔を青くさせた。


「そんな顔させたくて言うた訳やない」

「いや、なんかごめん……結構重い話だった……」

「重ない重ない! ごめんてむしろオレがごめんやこれは!」


 疲れが込みすぎたエピソードは時として人を不安にさせてしまう。そう月島は学んだのだった。


「多分みんなこれくらい普通に疲れとるよ……」

「でもやっぱリーダー職って大変じゃん」

「いちばん大変なんは多分、プロデュース職やからお前とか侑太郎やない?」

「つっきーもわりと絡んでるじゃんか」

「お前らに比べたらそんなことないやろ」


 セルフプロデュースグループである『read i Fineリーディファイン』では楽曲プロデュースを楽曲製作隊──南方侑太郎みなかたゆうたろう、土屋亜樹、そして月島滉太が手掛けている。メインは南方、土屋。自分はサブだ、という月島の認識だったのだが。


「なんだかんだ決まったコンセプトをメンバーに伝える時は、大体つっきーが率先してやってくれるし。とんでもない語彙力でやってくれるよな」

「それ、良い意味の『とんでもない』?」

「もちろん」

「でへへへへ」

「あっ、褒められて照れてやんのー」


 やーいやーい、楽しそうに口ずさみながら土屋はそこそこの力で月島の頬を指で連打した。


「痛いっちゅーねん!」

「すまん」

「でもあの役割、普通に侑太郎がやった方がええやろ。あの子んのが喋るの上手いし」

「多分関西弁って、思った以上に頭に入りやすいんだろうよ」

「……なんか分からんでもないな、それは」

「真面目な話でも親しみやすさが増えるというか、だから慕われてたんじゃない?」

「方言でキレられたら怖いとは思うけども。オレ、練習生時代は太一に怖がられとったしな」

「気持ちは分かる」

「なんでやねん」


 森富太一もりとみたいちとの対談でも不思議に思ったが、こうして賛同されると不思議さが増す月島だ。そもそも森富が月島のことを怖がっている、というのは土屋からのリークである。


「俺も怖かったから、親しみやすくなったエピソードを語ってたというのに」

「伏線やったん!?」

「そんな大層なものではない。だけど存在感がかなり強いってことの自覚はしてほしいかも」

「オレが自覚したとて、って感じやない?」


 月島はほぼカスとなっているポップコーンをかき集めて、口の中にざらざらと押し流した。

 それを横目で見つつ、土屋はまだちゃんとした形のポップコーンを摘まんだ。


「目撃情報が減るかもじゃん」

「あー……」

「つっきーの目撃情報率えぐいからな? サーシャと並ぶって相当だが?」

「せやな……それは、気にします、はい……」


 背も高い方ではない、高梁のような洋風な顔立ちではないし、スタイルが鬼のように良いと自分では思っていない月島にとって、何故自分の目撃情報がこんなにあるのか謎だった。が、そうか、存在感か。


「練習生時代尖ってたって言ってただろ?」

「尖っとったよ」

「多分なんだけど、その頃の存在感がいちばんえぐかったかも。覇気出てたと思った、俺は」


 土屋が思い出すのは2015年初頭の月島だ。

 今よりも小柄で、着ている服の質は良いが着古したものばかりな当時十六歳。合同練習で先にひとりで練習室に来て、自主練習をしていた月島を見てぞっとしたのだ。


「ここまでにならないと、いやここまでに至っても選ばれない世界なんだ、って怖くなった」

「でも、お前も選ばれた側の人間やん」

「結果そうなっただけ。つっきーのあの姿を見てなかったら、危機感を覚えてなかったかもしれない」


 だからこれは正真正銘、ありがとう、なんだよ、と土屋ははっきりと言う。


「俺がアイドルに必死になれたのはつっきーのおかげもわりとあるから、だから、ありがとう。ここまで引っ張ってきてくれて」

「……自分の影響力が怖いわあ」

「とか言いつつ照れてんじゃん」

「うっさい」


   ※   ※   ※   ※   ※


「ではプレゼントです。とくと受け取れ」

「ははーっ! 開けるわ」

「実はもっと早い時期に渡そうとしてたんだよね」

「せやろな、扇子やもんな」

「でも俺らの仕事って、暑さ寒さがあんまり時期と関係なかったりもするし」

「こじつけやん」

「兎に角誕プレです、貰っといて」

「有り難く。ええやんやん。また着物の撮影があったら私物です~って持っていこ」

「そしてウェブ在庫を枯らす、という」

「透や太一やないし、枯れへん枯れへん」

「いや枯れるよ、“&YOUエンジュー(read i Fineのファンネーム)”はすごいんだよ」

「それは知っとるけども……」

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