Ep2.×T.A.Takahashi
インテリアショップの、一区画だけのモデルルームみたいな部屋でカメラが回る。
回った瞬間、真ん中で立っていた黄みがかった薄茶色の髪をした青年に、その青年より背の高いブルネットの髪をした青年が飛びかかった。
薄茶色の髪をした青年はローゲージの白いニットに薄い色のデニム、ブルネットの髪をした緑の目の青年は水色のシャツに胸元にワッペンのついたカーディガン、綺麗めなパンツを履いていた。
「おたんじょう日、おめでとーございまーす!」
「うるさっ! 耳元で言うな!」
なんとかブルネットの彼──
「滉太くんって武道やってたからですかね? 本当に抱きついたときの感じが大木です」
「えっ、初めて言われた。うれしい」
「ちなみにいっちゃんは壁です。日出くんはよけられます」
「納得がすごい」
メンバーいちの鬼体幹と筋肉を持つ
「しかし透は偉いなあ。何も言われずお誕生日お祝いできるなんて」
「……そういう趣旨でしょ?」
「そうなんやけどな!」
何を当たり前のことを、と言わんばかりのきょとん顔に月島は笑いながらツッコんだ。高梁は自由気儘なように見えて、案外仕事の趣旨や意義を気にするのだ。
「滉太くんの苦労がしのばれます」
「難しい言葉知ってはるなあ」
「……これがうわさに聞く、『京都いけず』?」
「どこでそんな言葉覚えたん」
日本に来て六年も経てば、地域性による性格や言動の違いも分かるようになるものなのか、と月島は感心しつつその裏で、偏った知識を教えるんじゃないと軽く憤っていた。
「オレのメンバーに対する言葉は、大体素直やで。りぴーとあふたーみー『月島滉太はいけずじゃない』」
「『月島滉太はいけずじゃない』」
「よし、大事なことを覚えたな。一生忘れんといてな」
「それはどうでしょう」
「不安にさせてくスタイルなん!?」
※ ※ ※ ※ ※
「最近、滉太くんと一緒になる機会が多いですね。遊びにも行ってるし」
ソファに座るや否や、持ってきていたスナック菓子を開けた高梁は、唐突にそんなことを語り出した。
ローテーブルの上にティッシュを広げ、その上に輪切りにされたうまい棒のようなお菓子を更に広げる。
「デビューしてからの方が遊びに行っとるよな」
「そうそう、というかここ一年くらいじゃないです?」
「確かに。メンバーにも言われとるけど、急に仲良うなった実感はあるな」
なんだかんだ趣味が合うのかなあ、と言う高梁に意趣返しではないが「それはどうかな」と月島は答えた。
「透が色々興味持ってくれるからってだけなんちゃう?」
「えー、それなら滉太くんのキョーミの持たせ方が上手いってことですよ。キョーゲンも、カブキも私だけなら観に行ってません」
プレゼンが上手です、と高梁は力強く言い放った。
「言葉に力があります。そうしたくなる力、こういうの、日本の言葉がありますよね?」
「『言霊』やね、ほんまにあるんやろか」
「意外とスピリチュアルなことにキョーミないですよね、滉太くん……」
京都という出身地からの連想なのか、信心深そうに見える月島だが案外そんなこともない。とは言え験は担ぐし、形見をお守りにしているしまったく違うということではないらしいが。
「昔、滉太くんから『不安要素を消すために、最終的に神に頼むしかない』と言われた覚えがあります」
「『夏嵐』ん時やっけ」
彼らの先輩、ヤギリプロモーション所属アイドルグループ『
月島は持ってきたアイスコーヒーをストローで吸い上げながら、高梁の次の言葉を待つ。
「あれを聞いたときに、なんだか無責任だなあ、と思ったんですよ。でも幕が開いて、ようやくその意味が分かりました」
「分かってくれたか~。ま、スポーツとか受験とかやったらあんまそんなこと思わんかもな。あくまで舞台やライブに対してはそう思っとるってだけで」
「不確定要素が本当に多いですよね」
「関わっとる人も多いし」
何人の人間が関わっているか厳密には分からないが、舞台もライブも自分たちが見えていない大勢の人たちが関わっているのは実感できる。
そこに更に観客も加われば数千、数万単位の人間が関わっているということになるのだから、自分だけでコントロールできる訳もない。ある種、自然現象と対峙しているようなものだ。
「ただ、舞台とかライブとかの時だけですもんね、神様に頼むのは」
「せやなあ。バラエティで神に頼んでもしゃあないし」
「『ウケてくれ……頼む……』ってことですか?」
「おっもろいな、それは」
深刻な表情で指を組み祈り始めた高梁に、月島は仰け反って大笑いする。足もバタつかせて、大層ご機嫌な様子だ。
「でもそこまで神に縋ったら流石におしまいな気がする……」
「場の空気は何とか調整できますもんね。話の流れで面白くすることは可能です」
「出た~、平場つよつよアイドル」
「私の場合、日本語言われて『何言ってるのか分からないですね』顔するだけでワンパッケージなので、比較的楽です」
「ワンパッケージ作れるだけ強いんよ」
多国籍アイドルが増えてきたとはいえ、まだ欧米や欧州系統のアイドルは少ないし、ルーツが日本にあまりないアイドルも珍しい。高梁の強みを最大限に生かした身の振り方だ。
「滉太くんはワンパッケージなしでも戦えるじゃないですか。すごいですよ」
「そうかあ?」
「やっぱりコトダマです。話術だけじゃない、話をちゃんと聞いてもらえる何かがある、これはすごいことです」
「仕事やから聞いてくれはるだけやと思うんやけど……」
自分の話が面白いかどうか、月島はあまり自覚がない。ただいつ何時振られても大丈夫なように、日頃からエピソードトークの積立てをやっているだけなのだ。基本的に同じ話を何回もしないよう気遣っているし、難しい話は簡単に、内輪ネタは大衆向けに脚色したりもしている。そういうところを認められたら嬉しいなあとは思っていた。
「だからリーダーなんですね」
「オレをリーダーって決めたのは日出やから、オレが自分の強みを理解してた訳やない」
「では日出くんがすごいということで」
「オレよりもオレを理解しとるだけやで」
それはすごいことなのでは? と高梁が体ごと傾げる。確かに、でも付き合いの長さがそうしているだけだろう。自分が分かりづらい人間だとも思わないし、と月島は締めくくった。
※ ※ ※ ※ ※
「透のおかげでスキンシップをする方が得意になった、受ける方は昔から得意やけど」
そう月島が言えば、高梁は目も口も三日月型にしてにっこりと笑った。
「体がふれあうだけで、軽くなるものはあります。心配もユーウツも、なくなることはないですけど、軽くなったらいいじゃないですか」
「ほんまそれやで。それがいちばん大事」
「特に滉太くんはリーダーですので、甘えられるように私から甘えたりしてましたし」
「そうなんか」
甘えることができる人間は甘えられたことがある人間だし逆も然り、と高梁は滔々と話し始める。実際、大事にされたことのある人間しか大事にできない、という言説もあるし月島は納得していた。
「私たちに必要なのは、年れいなんて関係がない、と理解することだと思ったんです。特に滉太くんは」
「特にって言われると微妙な気持ちなんやけど……」
ただ分からなくはない、と月島は内心納得していた。同じグループになってしまえば年齢なんて関係ない、とは言え少なからず年功序列というものに気は遣っていた。一般的なそれとは多少違うけれど。
「年上を立てて、年下には萎縮させないよう気張っとったからなあ」
「当然ですけど、いいことですからね?」
「分かっとりまっせ」
「グループ結成されてすぐに、滉太くん、細かいことも全部訊いてくれたじゃないですか。あれ、ちゃんとうれしかったんですからね」
「権力持たされた以上は正しく使わんと」
「イセイシャのカガミ!」
「イントネーションがちゃうねんな」
それだと『為政者が持っている鏡』になってしまう。しかし本当に難しい言葉を使えるようになって。月島はしみじみとした表情を浮かべた。為政者ではないのだが。
「あかん、思いがけず真面目な話になってもうた」
「だめですか?」
「見てる人が面白いかは別やろ」
「それもそうですね」
ふざけた話でもしましょうか、と高梁は宣った。
そしてそれは実行される。閑話休題を挟んだ。
「年レイのことを忘れているようで、やっぱり滉太くんは忘れられてないみたいなんですよね」
「お、その話に戻るか。たとえば?」
「この間ご飯行ったとき、頼むだけ頼んであとは私が食べるのをにこにこ見てたじゃないですか。さすがにおなかいっぱいになりすぎましたよ」
「あれはまじですまんかった!」
深々と頭を下げる月島に、高梁は更に追い討ちをかける。
「いっぱい食べる透が好き~、ならまだ良かったんですけど、あれ、自分の食べたいものちょっとずつ食べたかっただけですよね?」
「お、おお……、どこでそんな話を……」
「過去のヒガイシャである、永介くんからですが?」
「あっ、詰んだわ」
詰みも何も初手で投了だっただろうに、と言わんばかりの笑みを浮かべる高梁。
またしても誕生日企画とは一体なんだったのか、という応対をする羽目となった月島である。高梁はそこから表情を変化させ、呆れ顔で笑っていた。
「まあいいんですけどね、最初の頃は好きなもの全然たのんでなかったじゃないですか」
「そりゃみんなが食べたいもの食べられる方がええやろ」
「好き嫌いそこそこあるのに」
「お前に比べたらな! 実家で甘やかされてた自覚はあんねん」
実家は親以外の大人が多い環境で、それ故に色んな面で甘やかされていたことを自覚している月島だ。だからこそリーダーになったとき、もとい権力を持ったときに「ちゃんとしなければ」と思ったのだ。
「理想的、って色んな人から言われてるので大丈夫だと思いますよ」
「そうやろうか……こんな、多国籍グループなはずやのに英語も喋れんし……」
「そこは勉強してもらって」
「あ、受け止めてはくれへんのね」
当たり前ですよ! と高梁はとても大きい声で訴えた。それこそ、耳がキーンとなるレベルで。
「鼓膜ないなったかと思った……」
「言語は沢山話せた方がお得です!」
「損得!?」
「ケンカしたいときにケンカできるのがいちばんいいので!」
決闘者の思想だった、高梁は存外に血気盛んである。
「ボーリョクはいたいですし、なにも生みませんよ!」
「口喧嘩やって何も生まんやろ」
「私たちは口喧嘩しまくって仲良くなったじゃないですか!」
「それ言われると何も反論できん!」
オレの負けや、と月島は机に突っ伏した。高梁はというとソファの上に立ち上がってキメポーズをしている。と思いきやソファから降りて、今度はカメラの画角内をくるくると走り始めた。ウイニングランだ。
「ウイニングランってそういうのとちゃうやろ」
「勝ったおのれを見せびらかすものじゃないんですか!?」
「それは知らん……」
何度も言うが月島の誕生日企画である。
今のところ見せ場は高梁にしか存在しないが月島の誕生日企画だ。何ともこのふたりらしい対談光景ではある。
「トニカク、人と仲良くなるためには人の使う言葉を研究するところからですよ!」
「日本語勉強しとるお前が言うと説得力ものすごいわ」
「滉太くんもがんばりましょうね」
「お、お手柔らかに……」
中学英語から止まっとるんやけど、という月島の発言に飛び上がって驚く高梁なのであった。
「あんなに良い発音なのに⁉」
「発音が良い、って自覚すらあらへんわ」
「Oh……」
「めっちゃ欧米のリアクションやな……」
※ ※ ※ ※ ※
「おたんじょーび、おめでとー、おたんじょーび、おめでとー、あいしてーる、こうたくんにー」
「ハッピーバースデーの歌って日本語で歌えるんやな。開けてええ?」
「どうぞどうぞ」
「大きさの比べてわりと軽いんやけど服かな……お、おお、ちょっといいブランドのシャツ!」
「最近オーバーの柄物シャツをはおるのが流行りじゃないですか! 大きさどうですか?」
「えっなんか、大きすぎずな感じ……ほんまこれ既製品? 既製品でこのサイズ感じあんまないで?」
「探しました!」
「ありがとう!!!」
「私もなかなかウエストと長さの合うパンツがないので、苦労は分かりますよ!」
「……なんか一気にちがう話になったな。マウントとられたん? オレ」
「えっ」
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