You&i Fine Ver-K.Tsukishima〈2020年版誕生日対談企画〉
Ep1.×T.Moritomi
「えーと」
カメラが回る。
インテリアショップにある、一区画のモデルルームのような部屋だ。
部屋の中心には木目調のローテーブル、ソファにはワッフル地のアイボリーのカバーがかけられている。壁は薄いグリーンで塗られており、観葉植物や背の低い本棚などが画角に収まるよう配置されていた。
ソファに座っていたのは『
月島はきょろきょろと周りを見回していた。まるで、待ち人がちっとも来ないかのように。と思ったらいきなり立ち上がった。
「や、ちょ、来てはるんなら来てるゆうて!?」
月島はカメラの画面外に向かい、大きな声で訴えかけた。恐らくカメラの後ろにその人物はいるのだろう。薄く、くすくす、という笑い声が聞こえてくる。
「なぁー、オレの誕生日企画やろー?」
「それもそうだけど、まあ、ごめんね?」
「絶対悪い思ってへんやつやん」
カメラ外より現れたのは月島より頭ひとつ分大きな男性、『read i Fine』の末っ子である
「はい、太一。何か言うことあるやろ?」
「えー……──、……、髪切った?」
「長い! 考える時間が長い!」
「ごめ、ごめん、ごめんなさい、今のは完全に俺が悪かった」
関西出身でバラエティセンスもギャグセンスも高い月島とは流石に役不足だ、と森富は自らの不甲斐なさに体が傾く。
月島はそんな森富の様子を見て笑顔になり、「何か言うことは?」と再度促した。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとー! でも今のはワンモアチャンスのつもりやったんやで」
「えっ、えっ、それは、えっ、ごめ、え、もう一回、」
「話、進まんのやけど」
※ ※ ※ ※ ※
仕切り直し。ふたりはソファに腰掛ける。相変わらず森富は傾いていた。
「もうさ、俺は滉太くんと一緒にバラエティやっちゃダメだと思うんだよ……」
「さっきの一連の流れでそこまで落ち込むん? でもあれはあれでおもろかったと思うで」
「内輪だけが笑えるようじゃまだまだなんだよお……」
「大分仕事熱心やな」
そんなことより! と月島は手を叩いた。
「今回の誕生日企画はメンバー全員と対談っちゅーことで、まあ? オレを祝ったり? 褒め称えたり? オレとの思い出を語ってくれたり? してくれたらええらしいんやけど?」
「あー、んん、企画趣旨は分かってるけど、思い出かあ……」
森富は体を真っ直ぐにして、首をぐるんと回した。
「あるようでないし、ないようである」
「どっちやねん」
「いざ言われると困るんだよ。色々ありすぎて。だからいっそない、みたいな」
「色々ありすぎて、ってことはあるんやろ」
「うん、『夏嵐』の練習後に焼肉行ったこととか」
「オレが肉焼いとったらお前が泣き始めて、お前の皿にカルビてんこもりになったやつな?」
そうそれ、森富は歯を見せて笑う。
あれは『read i Fine』がデビューする前のこと。『プロジェクト:再定義』の放映が決まり、先輩である『
「マジでハードだったでしょ? 全体稽古のあと、俺がリハ室に座り込んで動けなかったときにあれは、嵐山さん? が連絡してくれて?」
「ちゃうよ、あれは雅春さん」
「あ、友安さんなんだ。嵐山さんいない日だったっけ」
せやで、と月島は相槌を入れる。『夏嵐』にはゲストが何人か出演しており、この年は『
「そもそも雅春さんやないと、オレに直に連絡は来おへん」
「関西繋がり? なんかあったよね、そういうの」
「『ヤギリ関西連合』や」
「名前くそださっ」
「言うな! そこがええんやろ!」
何がいいんだろう、という表情を浮かべていた森富に月島は「まあええわ」と片眉を上げて話を続ける。
「雅春さんが『お前んとこの子だと思うんだけど、床座り込んで動かない子いるから見に来て』ってメッセ送ってくれて迎えに行ったんよ」
「そして見事に滉太んとこの子だった、と」
「うちのビッグたまごボーロベイビーやったで~。あの頃はここまで大きくなかったけども」
今やグループ最高身長の森富だが、当時は年齢にしては大きい方というくらいの背丈だった。それでもやはり大きいといえば大きかったので、ついたあだ名は『ビッグたまごボーロベイビー』である。
「たまごボーロばっか食べてたから『たまごボーロベイビー』とか『たまごボーロボーイ』とか安直過ぎる」
「名は体を表すって言うしな? ちなみに初出はオレやで」
「この元凶め!」
閑話休題。
「あの日って確か、全員演舞パートを集中的にやったんだよね。なんか全部同じクオリティにしろ、って言われて何十回も」
「後半ほぼ判断力なくなって、目の前の人が間違えるとドミノ倒しみたいに間違える地獄絵図が発生しとったな。懐かしいわ」
「で、もう俺はぼっきりと」
「心がな、いってまったんやな」
「本当に動けなかった」
当時の森富はまだ高校一年生、十五歳だ。確か当日の出演者では最年少だった。成人が近いメンバーや練習生、また外部から呼んだプロもいるなかで、歴が短く経験値のない自分と常に向き合っていないといけなかった。
「だけど『動けないなあ、どうしよう』じゃなくて『明日からどうしよう』と思ってたんだよ。今の自分じゃなくて、明日以降の自分をすごく心配してた。そんな時に滉太くんが現れて、……現れていなかったら、今もあの練習室に」
「おらんやろ。守衛さんに連れ出されるのが関の山や」
的確な月島のツッコミに森富は少し甲高い笑い声を上げる。意外と音域が広いのだ。
「でも滉太くんがいなかったら、次の日来てたかは分かんないからね。フェードアウトしてた気がする。っていうか、滉太くんが俺を迎えに来たとき、なんて言ったか覚えてる?」
「なんか言うてたんオレ?」
「『どしたん太一! おなか空いて動けんくなったか!』って……」
「あー、そうやった。せやから、焼肉屋行ったんやったわ」
そして焼肉屋号泣事件が始まるのである。いや、発端はリハーサル室で動けなくなっていたことなのだが、号泣に至るには焼肉屋で月島が話したことが原因なのだ。
森富は月島の方を向いて、神妙な面持ちをする。
「自分の気持ちを上手く、言語化できなかったんだよ。今もできてないと思う、語彙がないというよりそこを二の次にしちゃう部分が自分にあって、……なんか、分からない?」
「大事なことほど言わんな、とは思う。なんか、どーでもいいワガママは言うやん?」
「ちょっと待って、俺のワガママ、どうでもいいと思ってる?」
「あかん、口滑り散らかしとるわ」
ごめんなさい、と月島は頭を下げた。誕生日企画とはなんだったのか。
「言いたいことも言えないっていうより、これ言う必要性あるのかな? とか思っちゃうんだよね。なんかここで、俺がわざわざ気持ちを伝えてもしょうがないんじゃないか、と」
「まっっったくそんなことはないんやけどな?」
「あ、それ」
と森富が月島の方を指差す。
「焼肉屋の時にそれ言われたんだよ。『そんなことはない』『オレはいつでも太一の気持ちを聞きたいと思ってるし、メンバーもそうだ』『話がまとまらなくても、涙の方が先に出たとしても、オレらはずっと待てるから』って。それで涙がだばあ」
「ナイアガラやったなあ。あんなに初手で溢れる涙見たん初めてやった」
「今でもこの言葉は覚えてる。俺が『このメンバーだけは信頼してもいいんだ』ってちゃんと思えたキッカケでもあるし、あれがなかったら俺の今は大分違ってただろうな」
滉太くんのおかげだよ、と森富は月島の袖口をいじる。それに一瞬目を落として、月島は森富の顔を見やった。
「照れとる?」
「普段言わないじゃん、こういうこと」
「ほんま可愛いなあ……、こっち向いて?」
「やだ、絶対にやだ」
「えー、オレ誕生日なんやけどー」
「安売りはしないんすよ、俺」
※ ※ ※ ※ ※
「そういえば太一って、オレのこと最初『怖い』思っとったって聞いたけど?」
月島が唐突に発した言葉に森富は噎せる。口に含んでいたアイスティーが変なところに入ったのだろう、顔を真っ赤にして月島の方を睨む。
「ごめんごめん! そんな顔せんくても!」
「……いや、どっから聞いたんだろその話、って思って」
「誰からかはちょっと伏せとくけど、まああきさまとだけは伝えとくわ」
「全然伏せてないじゃん!?」
くそ~亜樹め~! と森富は同じグループメンバーである
「まあ別に、ええんやけど。そういうのは誰にでもあるし。ただ、えっオレ? とは思ったな」
普通日出か水面やろ、月島は腕を組んでわりと酷いことを平然と宣う。グループ最年長の
「……同じグループになって、みなもんはその、初めてダンスを教えてくれたから。あんまり怖いとかなかったかな。そもそも練習生時代にあんま絡みなかったし」
「日出は?」
「のでさんは、優しいじゃん」
「優しいか、や、優しいな。あの人は優しい」
つまりオレは優しくなかった? という考えに月島が至るにはそう時間がかからなかった。慌てて森富がフォローを入れる、「そういうことじゃなくて!」と。
「滉太くんはあれじゃん、あの、すごい人だから! 恐れ多かったってのはある!」
「すごい~? そうなん?」
「なんか、入社して初めて、合同練習で言われたのが『月島って子を見習いなさい』だったから……先生にね、言われたのは」
「誰やねん、そんなこと言うたの!」
自分も知らなかった評価に、月島は床に向かってそう吐き捨てる。
「でも実際、見てたらその言葉の意味がよく分かったんだよね。アイドルってこういうことかと、本当に」
「……太一って何年入社やっけ、2015?」
「2015、の、九月だね」
「じゃあ久野とは、ほんまに関わりなかったんやな」
久野というのは『
彼は2016年から『Nb』というグループを作るサバイバル番組『
「大概、久野がおった時は『久野を目指せ』言われてたらしいけども」
「久野くんがいないから滉太、って訳じゃないと思うんだけどなあ。タイプは似てるけど、肝心なところが違うというか。シチューとカレーみたいな」
「それは、……どっちがシチューで、どっちがカレーなん?」
「そこ気にする?」
個人的にいちばんスルーしてほしいところなんだけど、と言う森富の眉毛は完全に八の字になっていた。
「でもさ、『見習え』って言われるわりに前出て教える訳でもないし、人間性が見えなかったんだよ。それが怖くて、あんなに完璧な人がどういう風に俺らを見てるんだろう、って」
「ええー褒めすぎ褒めすぎ」
「それが、滉太くんのことが怖かった理由。全然どんな人か分からなかったから」
「どっちか言うとオレの反省点やなあ」
堪忍な、と月島が両手を合わせる。当時のことについて月島は、なるべく重くならないように話し始めた。
「当時のオレは絶賛尖り期というか」
「つっきー尖ってたの!?」
「尖るよお。やって、デビューの話は消えたし、『Never Better』には出られへんし、どないしたらええねんって」
「それはあ……グレるね」
「ま、グレるまではいかんかったけど。腐るな腐るな思うても、苛立ちは募るし先は見えへんしでやっぱ人間不信なりかけやったな」
だけど。そう月島は繋ぐ。
「だけど、この事務所でデビューできない、とは思わんかったから」
「『絶対するぞ』じゃなくて『できないと思わない』ってすごくない?」
「我ながら無根拠過ぎやなとは。ただ、その時はそれが絶対の真実やと思っとったから。そこに救われたんよ」
オレの唯一の強みやな、無根拠に自分を信じられるところ、と言って月島は笑った。
「それこそが、オレのスターの資質やねん」
※ ※ ※ ※ ※
「じゃあ滉太くん、これをプレゼントとして差し上げます」
「わーいやったー! 何やろ、ちょっと重い……でもちっさい……、お? 文鎮?」
「お洒落な文鎮です。や、あのね、最近滉太くんって本読みながらタブレット見たり、メモしたりみたいなことしてるじゃん? だから……役に立つ、かな、と?」
「ええー、ちゃんと見てくれてるー! うれしー、めっちゃ使うわ、使い倒すわ」
「あと最悪、襲われた時の反撃にも使えるから肌身離さず」
「そんなバイオレンス仕様なんこれ!?」
「冗談ですよう」
「ナイスボケやん。勉強してはるなあ」
「京都いけずじゃないよね、それ」
「ちゃうよ⁉」
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