【はじめまして。僕たちが】親睦を深めるにはやっぱお泊り【read i Fineです!】#2‐①

「チーム対抗、どっちのカレーがおいしいでShow! いえーい」

「いえーい、名前が色々とギリギリやんけー」


 中心に立った御堂斎みどういつきが手カンペを持ち、いきなりタイトルコールを叫んだ。それに合わせて他のメンバーが拍手をする、が全員ぎこちない。まともにツッコんだのは月島滉太つきしまこうただけだった。


   ※    ※   ※   ※   ※


 『read i Fineリーディファイン』のメンバーが訪れたのは東京郊外にある体験型学習施設だ。ここで一泊二日の合宿を行い、メンバー同士の親交を深めようという趣旨である。マイクロバスを降り、宿泊施設に荷物を運び入れた彼らはジャージに着替えるよう指示を受けた。薄紫の、お世辞にもスタイリッシュとは言い辛いジャージ上下、インナーとして黒い厚手の長袖Tシャツを渡される。


「なんでこんな微妙な色なんだろ……」


 桐生永介きりゅうえいすけが羽織ったジャージを訝しげに見つめつつ、そんなことを漏らした。それに対して南方侑太郎みなかたゆうたろうが「会社のイメージカラーだから?」と的確な答えを導き出す。彼らが所属しているヤギリプロモーションは、会社のイメージカラーを藤色に指定していた。


「なんか先輩方もデビューしたての頃はこんな色のジャージ着て体当たり企画してたから、俺としてはちょっと嬉しい」

「そうなんだ。俺、そういうの全然疎くて」

「桐生はあんまりヤギリとか、アイドルとか興味なかった系?」


 南方の質問に、桐生は曖昧に頷く。その頷き方を見て、これはまったく興味がなかったタイプだな、と南方は断定した。別にアイドルが好きでなければアイドルになってはいけない、という訳ではないのだ。現在第一線で活躍しているアイドル、大御所として君臨するアイドル、そのどちらにも『アイドルになろうと思ってなった訳ではない』人間が一定数いる。

 才能、という言葉が南方の脳内でリフレクションされる。自分にない訳ではないが、それでも異様に気にしてしまうのだ。その、不確かなものを。

 そして目の前にいる桐生も、才能が『ある』側の人間だ。


「こんなんで本当にやっていけるのかな……」


 桐生が青い溜息をつくが、南方はそれに対する上手い返事が思い付かなかった。


   ○    ○   ○   ○   ○


 着替えた彼らが訪れたのは施設内にある調理室だ。学校の家庭科室のような設備で、水場と調理台、コンロがセットになった広いテーブルが六つほど部屋の中に置かれている。

 所定の場所に立ち──立ったと思ったら、御堂が中心でいきなりタイトルコールをしたものだからメンバーがびっくりしてしまった、という訳だ。しかしカレーとは、一体どういうことだ、と全員が顔を見合わせる中で御堂が説明を始める。


「ルールは簡単! 今日のお昼ご飯である『カレー』を二チームに分かれて、みなさんにつくってもらいます。ただし提供されるのは食材のみ」

「レシピなし⁉」


 佐々木水面ささきみなもが声を上げると、まじかー、という声がちらほらと集まる。


「そして作ったカレーはこの御堂斎が実食し、より美味しかった方を勝者とします。あ、ちなみに普通に今日のお昼ご飯だから、ちゃんとみんなでカレーは食べます。ジャッジをするのが僕ってだけで」

「なんでいっちゃんなの?」


 佐々木日出ささきひのでの素朴な質問に全員頷きかけて、いやいっちゃんしかいなくないか? と考えを改めた。発端の日出でさえ「いっちゃん以外にジャッジできないわ」と気付いた顔をしている。


「えーと、僕がジャッジ係なのは単純にこの中でいちばん料理上手だからです……」

「そりゃそうっすよね」

「言うて桐生も料理上手やんけ……あ⁉ チーム分けはそういうとこに気ぃ遣っとる⁉」

「それはもちろん」


 サムズアップをする御堂に、一同ほっと安堵の溜息を漏らす。

 この『read i Fine』というグループなのだが、生活能力の個人差がかなりある。特に料理に関しては『できる人間』と『できない人間』でほぼ二極化できてしまうのだ。『できる人間』が固まってしまえば勝敗は決したも同然なのである。


「というかチーム分けはこれからするんだけどね。えっと、桐生と土屋、それぞれ両端のテーブルの前に行ってください」


 御堂の指示に首を傾げながら移動する桐生と、何となく次の展開が予想できている土屋亜樹つちやあきだ。土屋が予測できているのは、先日似たようなことがあったからである。

 ちなまずとも分かると思うが、この二人は料理が『できる人間』だった。


「ではじゃんけんをして、勝った方からひとりずつ指名してください」

「またドラフトなの……⁉」


 神妙な空気を醸し出すグループの末っ子・森富太一もりとみたいち(料理はできない)に失笑がこぼれる。

 その通り、今日もチーム決めはドラフト。本物のドラフトと異なるのは、欲しい人間を決めてから運試しをするのではなく、運試しをしてから欲しい人間を決めるところだ。桐生と土屋は予定調和に「最初はグー」と唱和した。


   ○    ○   ○   ○   ○


「ではじゃんけんを制しましたチーム桐生のスターティングメンバーを紹介します」

「スターティングしかおらんやろ」

「まずはリーダー、桐生永介!」

「あっ、お、お願いします!」


 リーダーの桐生は青いエプロンと、リーダーを表す王冠の形を模したピンバッチを付けていた。青い三角巾の付け方が様になっている。


「続きまして、南方侑太郎!」

「調理なら任せとけ」


 選挙戦ポスターばりのガッツポーズを見せた南方も青いエプロンを着ている。料理はできないが調理なら何とかできる彼は、『できない人間』側では即戦力クラスだ。


「更に続けて、月島滉太!」

「ほんま怖いんやけど、大丈夫かなオレ」


 棒立ちで左右を見渡す月島は青いエプロンがまったく似合っていない。一応ガスは扱えるようだが、それ以外の実力はまったく未知数の人材である。桐生の選択の苦悩が見えた気がした。


「そしてラスト! 森富太一!」

「……怪我をしないように気をつけます」

「それがいい」


 御堂から発言のお墨付きをもらってしまった森富は、何故かエプロン姿がやたらと似合っていた。しかし似合うからといって『できる人間』とは限らない、というか彼は『できない人間』側だ。桐生と南方が森富の両サイドに立ち、必死に彼を落ち着けていた。そこまでしないといけないのか。


「惜しくもじゃんけんに敗れてしまったチーム土屋のスターティングメンバーを紹介します」

「惜しくなかったけどな、一発負けだったけどな」

「リーダー、土屋亜樹!」

「……やってやんよ」


 ファインティングポーズをとった土屋は赤いエプロンを身に着けている。桐生同様、王冠を模したピンバッチをつけていた。何故か分からないが、首から下げるタイプのエプロンが微妙に似合っていない。


「続きまして、佐々木水面!」

「なんで一番手に選ばれたのかまったく分かってません」


 困惑しきりな水面は、エプロンがしっかりと体に馴染んでいる。ちなみに彼が選ばれた理由として「飴色玉ねぎを作るのが上手いから」と後に土屋は語っていた。


「更に続いて、高梁透たかはしとおるアレクサンドル!」

「がん、ばり、まーす!」


 誰よりも元気いっぱいな高梁は、邪魔になるからと長めの前髪をテッペンで結んでいた。いわゆるちょんまげという髪型である。肉や魚を捌くこと、焼くことは得意だが他は果たして、というところだ。


「そしてラスト、佐々木日出!」

「頑張ってこの施設を燃やさないようにします」


 最後の最後まで余っていた人物らしい決意表明だった。日出は恐らくメンバー随一の不器用、調理においてはまったく戦力にならないと土屋も桐生も踏んでいた。着こなしているエプロンの赤に哀愁が漂う。

 以上のメンバー構成でカレー対決は行われる。尚、米の炊き忘れは悲惨な結末を招きかねないため、そこは御堂が責任を持って監督していた。


   ○    ○   ○   ○   ○


《Side:チーム土屋》


「じゃあまずは日出くん、そこにある絶対に使わないガスバーナーは机に置いといて」

「……はぁい」

「施設燃やす心配してたくせに、なに火つけるものを真っ先に手に取ってんだこの兄貴」


 水面が予想以上に強火なツッコミを入れたおかげで日出は大人しくなった──『落ち込んだ』とも言う。それは兎も角、土屋は調理台の上に置かれた数々の調理器具を一瞥し、大きな溜息をついた。見事に要らないものばかりだ、バーベキュー串とかブレンダーとか絶対に使わない。

 仕切り直しだ、と声にせず呟いて土屋は他のメンバーの方を向く。


「カレーを作るということでまずは担当分けっすね」

「玉ねぎやります! 玉ねぎ担当!」

「じゃあ水面くんは玉ねぎ担当大臣ということで」

「たいさく本部はあわじしまですね!」


 高梁が微妙に分かり辛いネタを差し込む。玉ねぎと言えば淡路島、と日本人でも何人分かるか。現に佐々木兄弟は分かっていなさそうだな、と土屋は目を逸らした。やや居た堪れない空気が流れるが、空気を読まないのはやっぱりこの男だ。


「じゃあ私はお肉たんとう大臣です! たいさく本部はしがけん!」

「西への偏りがすごい」

「滉太が事あるごとに『遷都! 遷都!』って言う理屈がちょっと分かったね」

「いや、俺は分かんないっす」


 月島滉太は事あるごとに何を言ってるんだ、という話だ。

 そうこうしている内に担当が決まった。玉ねぎ担当大臣・水面、お肉担当大臣・高梁、総理大臣・土屋、そしてその他雑事務次官・日出である。日出の役職については「事務次官って言いたかっただけだろ」と土屋は心中ひっそりツッコんでいた。


「玉ねぎは飴色だろ、サーシャはお肉どうすんの?」


 飴色玉ねぎを作ることが得意、と豪語する水面は置いといて、土屋は高梁に話しかける。

用意されている肉は豚小間、鶏のドラムスティック(下もも)、そして牛肉の肩ロースだ。正直に言うと、肩ロースは焼いて食べたい。あとで摘まんじゃだめかな、と土屋が思っていると高梁は予想外の言葉を発した。


「牛をやきます」

「……なんだって?」

「牛をやきます、にこみません」

「なんだって⁉」


   ◆


《Side:チーム桐生》


「とりあえず桐生がレシピ決定する間に俺ら調理班が野菜を切っておけばいいんじゃないかな? 滉太くんはピーラー使えるっぽいし、太一も玉ねぎくらいは剥けるよね?」

「限界まで剥いていいんでしたっけ……?」

「駄目です」


 なくなっちゃう、と真顔で宣う南方を月島は複雑そうな顔で見守っている。その表情のまま、隣に立つ桐生を伺うが彼は彼でレシピを思案している模様だった。月島はほっと胸を撫で下ろす。


「え、ごめん、気遣わせてました……?」

「いやあ、杞憂ならええねんけど。リーダーお前やのに、南方が指示出しとるなあって思って……ちょっと嫌な気持ちにならん?」

「どっちかっていうと有り難いというか、マルチタスク苦手なんで」


 考えながら手を動かしたり、喋りながら行動したりすることが苦手な桐生だ。野菜を切らなければいけない、というのは事実だし南方が動いてくれることによって自分はゆっくりと味付けを考えることができる。とは言えルーがあるのでそこまで凝ったものにはならないが。

 月島が南方に呼ばれ、三人で食材を切り始める。じゃがいもは小さめなのでざっくり四等分、にんじんは乱切り、玉ねぎは全部剥かれないように気を配りつつ、串切りにする。


「とりあえずトマト缶があるからトマト缶使おうかな」

「水っぽくならない?」


 ようやく味付けの方向性が決まり、桐生は食材の中に堂々存在しているトマト缶を掲げた。それに南方が疑問をぶつける。


「その分水を減らせばいいだけ……ああ、じゃあそうしようか」

「えっ何の話や」


 そういえば、そんな調理法もあったなあと桐生は思い至る。あまりやったことはないが、カットトマトがあるなら変な失敗もしないだろう。


「無水調理、って知ってます?」


   ◆


「ではこちらが完成したカレーですね」


 制限時間が終了した後、御堂は小振りな皿にそれぞれのカレーを盛り付けた。

 チームごとに着席し、御堂からの判定を待つばかりだ。チーム桐生の一員はドギマギしながら御堂の一挙手一投足に集中している。反対にチーム土屋は落ち着きを欠いていた、特にリーダーだった土屋は疲弊し切っており水面にもたれかかっている。


「えーと、亜樹、大丈夫?」

「死ぬほど大変だった……もう二度とやりたくない……」

「好評だったら第二弾やるかもらしいよ」

「次こそ俺が死ぬ」


 そんな大袈裟なあ、と周りのメンバーは思いつつ誰も口に出せなかった。それくらい土屋の顔は迫真であり、かつチーム土屋のメンバーは土屋に迷惑をかけた自覚があり過ぎたため下手なことは言えない。言ったら最後、刺される可能性すら存在する。


「じゃあまず、チーム桐生よりカレーのコンセプトの説明をお願いします」

「あっはい、リーダーです、桐生です。えー、俺らが作ったのは『無水調理のトマトたっぷり栄養満点カレー』です!」


 こっちですね、と御堂は皿を傾けてカメラにカレーを写し込ませる。

 具材がごろごろと入っており、ルーが仄かに赤みを帯びているカレーだ。


「無水調理、というと水を使ってないってことだよね」

「厳密に言うとカットトマト缶を使ったから、水が完全に入ってない訳じゃないですけど」

「トマト缶の水分のみってことか。それではじっしょーく」


 御堂の掛け声に合わせて、月島が自身を映しているゴープロに変顔を決める。本家を忠実に再現していた。


「あ、やさしい。んで、おいしい」

「おお、良かった……」


 ひとまず「おいしい」が貰えて安堵する桐生。そんな桐生の背中を、良くやった、と言わんばかりに叩き続ける月島、止める森富、喜びを分かち合いたいが席が遠い南方がレンズに映る。


「無水調理って僕もあんまやったことないんだけど、やっぱこう、ぎゅーって旨味が凝縮されてる感じあるよね。でもトマトが入ってるおかげもあって、優しい味わいになってるの。これは……豚肉だねえ」

「疲労回復にはビタミンB1って言うでしょ」


 南方の解説に「そうそう」と御堂は頷く。


「野菜を摂取する、と言えばサラダだけど、量を摂取するなら煮たり炒めたりした方が絶対に良いんだよね。カサが減るし。ちゃんと栄養満点ですね、すごく良かったと思います」


 続いてチーム土屋のカレーの実食タイムだ。依然、席周りは剣呑とした雰囲気に包まれているが、そんなことは知ったこっちゃない御堂である。


「それではチーム土屋のカレーのコンセプトの説明をお願いします」

「土屋です。えー、俺はあんまり関わってないんで分かんないですけど」

「関わってないの⁉」


 驚愕を声にする南方に、佐々木兄弟が目付きを鋭くさせる。「それを言うな」と言わんばかりの眼力だ、本当に何があったというのか。


「……えー、一言で言うなら『嫌なことも肉で忘れろ、肉カレー』です」

「めっちゃ分かりやすいコンセプトだった。こっちですね」


 そうして御堂はもう一つの皿をカメラに見せる。分かりやすく、肉が乗ったカレーだ。

逆に言えば肉以外の具材が見当たらない。


「これは、ルーの上に肉が乗ってるだけ?」

「一応、水面くんが頑張って飴色たまねぎを作ってくれたから、それは入ってます、です」

「疲れの余りか日本語が下手になってるなあ……んじゃ、じっしょーく」


 たどたどしい日本語を使うようになってしまった土屋を慮りつつ、御堂は肉と一緒にカレーを一口。ちなむと、ちゃんと一人前を二回食べている。食べ盛りなのだ。


「お、肉うまっ」

「やったあ! 私がやいたんですよ!」

「いや肉焼き選手権じゃないのよ、透」

「そうやでー、どっちのカレーが美味いかやでー」


 肉を褒められ立ち上がった高梁を落ち着かせる水面、逆サイドの席から野次を飛ばすのは月島だ。チーム桐生としての総意は「肉の美味さではなくカレーの美味さで評価してほしい」とのこと、ご尤もではあるが肉の魔力には抗えない十代男子の本能も見え隠れしている。


「肉もさることながら、カレーとしての出来も良い。肉カレーとするなら、肉の旨味を消してはいけない訳だし、これはスパイシーさが逆に引き立ててる。亜樹は関わってないって言ったけど、本当?」

「……多少は調節しましたけど、飴色玉ねぎ入れると甘くなるし、適当にスパイス放り込んだだけだよ」

「それが功を奏したんじゃない?」


 おいしいよ、と御堂はばくばくと食べ進める。不貞腐れていた土屋も満更ではなさそうな表情を浮かべていた。そんな彼に日出が少し擦り寄る。


   ※    ※   ※   ※   ※


 気付けば空の皿が二枚。では結果発表、と行きたいところだが他のメンバーも空腹がマックスのようだ。ひとまず一時休戦、全員でお互いに作ったものを食べることに。


「ちゅーか何人前あんねん」

「こんだけいればあっという間でしょ」


 なみなみと入ったカレーの大鍋がふたつ。それを前にして慄く月島だが、日出はどこ吹く風で全員の皿に白米をよそい、カレーを盛り付けていた。


「スタッフさんも食べますよね? あ、皿足りひんな……」

「紙皿とプラスチックスプーンあったはず。ちょっと貰ってくる」

「いっちゃん、サンキュー!」

「滉太の分、適当によそったから適当に食べてね」

「日出もありがとうな」

「お茶が良い人、水が良い人、それぞれ紙コップに入れておくから勝手に持ってって」

「みなもん、お盆見つけたから俺持ってくよ」

「侑太郎ナイス」


 そうこうしている内に御堂が戻り、再度配膳の準備に取り掛かる。リーダーの月島を筆頭に年上組──日出、水面、御堂、南方が準備に奔走している中、年下組──桐生、土屋、高梁、森富はそれを椅子に座って見ていることしかできなかった。完全に出遅れた、と桐生は顔を青くさせる。気付けばふらりと月島の前に出ていた。


「あ、あの、俺は、」

「ん? ええよ、座って食べときぃ」

「え、でも後輩なのに……」

「まあできる人がやれば良いんじゃない?」


 助け舟を出したのは日出だった。


「俺らだって最初からこうやってできた訳じゃないし、こういうのって教えてもらうことでもないから。自分で何かしようと訊いてきた時点で、同じ歳頃の俺らより上出来だろ」

「そう言われてしまうと……」

「あとな、」


 月島がひっそりと桐生に耳打ちする。


「亜樹がほんまにしんどそうやから。後輩にやらすってなるとあいつも動かざるを得んやろ、それはちょっと可哀想やなーって」

「な、なるほど……」


 それは考え及ばなかった。でも言われてみれば行きのバスの中でもそうだったし、さっきのカレーShowでも疲弊が目に見えて浮かんでいた。ただ土屋は生来真面目な人間なので、月島の言う通り指示されたら無理してでも動いてしまうだろう。

これが視野の広さ、ということか。桐生は真剣に耳を傾ける。


「透は指示飛ばしても分かるか微妙やし、太一もこういう場の経験値ないやろ? やから今日はええねん、次から頼むな」

「は、はいっ、分かりました、ありがとうございます……」

「それと桐生は、敬語どうにかした方が良いな。タメで良いのに」

「えっ」

「せやねん。作業中はちょいちょいタメで喋ってくれるんのに」

「それは、ちょっと、ええ……」


 まあ慣れるまでもうちょいかかるか、と月島と日出は向かい合って笑い合う。その間に置かれた桐生は、いつになったらこの人たちと対等に話せるようになるんだろう、と将来を想像してやや暗い気持ちになっていた。


   ○    ○   ○   ○   ○


「という訳で僅差で! 勝者はチーム桐生となりました!」

「何が僅差だ……」


 恨みがましく御堂を睨む土屋。しかし御堂はそんな彼を宥めつつ進行を続ける。


「僕の中では僅差っていうことです。という訳で負けたチーム土屋は後片付けを僕と一緒にやりましょう。勝ったチーム桐生には今日の夜行われる肝試しの『相方選びを優先的に行える権利』を差し上げます」

「待って、き、肝試し?」


 不安そうな声を上げたのは意外なことに日出だ。しかし周りも似たような反応である、肝試しをやるなんて聞いていない。


「read i Fineの合宿はまだまだこれから! あとほぼ丸一日、頑張っていきましょう!」

「え~……肝試しかあ……」

「お兄ちゃん、まだ言ってる……」

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