南方侑太郎 誕生日配信【2020年7月20日】※編集済

【00:17~ 声入り】


「こんばんは。音、聞こえてるかな。画面も変な風になってない? 大丈夫?」


 大丈夫そうだね、とタブレットを片手に安心したように笑う青年。グリーンのキャップをかぶり、黒縁のウェリントン型の眼鏡をかけている。服装はレース地の白い半袖シャツの下に、白のバンドTシャツを着ており、ボトムズはルーズデニムだ。多少ダメージが入っている。


「あ、改めまして、南方侑太郎みなかたゆうたろうです」


 たった今始まったのは『read i Fineリーディファイン』南方侑太郎の誕生日配信である。配信サイトは動画投稿プラットフォームの『Now Tubeナウチューブ』、だがコメントはタブレットで映し出されているFCサイトのチャット欄のものを見ている。こうした配信時にしか適用されないFC加入者限定のチャットスペースがあるのだ。


「時刻は現在夜の七時を回ったところですが、みなさんお元気でしょうか。……『ノー残業デーだったのがラッキーでした』。なるほど、トヨタ関連にお勤めの方かな?」


 なんでそんなこと分かるんだよ、と視聴者は画面越しに失笑する。その他にも配信画面には『残業になりかけたけど上司に押し付けてきた』『バイトが夕方まででラッキーだった』などのコメントが散見される。やはり七時だと少し早い時間のようだ。ただ南方にそのコメントが響くかは微妙なところである。


「まあ、俺は逆にこれから仕事なんだけどね、十時から打ち合わせです。あははは」


 芸能界とはなんと惨いところなのか。視聴者はわりと引いている。コメント欄も彼を気遣う文面が増えてきた。


「深夜にラジオやってる『Nbエヌビー』とかの方がしんどいとは思うけど。OPRでラジオ番組持ってるの普通にすごいよね」


 同じくヤギリプロモーション所属の男性五人組アイドル『Nb』について南方は言及する。ちなみに『OPR』というのは、サクラテレビ系列のラジオ局で行われている長寿深夜ラジオ番組『Owl People Radio』の略である。


「負けないように頑張りますか。まあ今からはみんなとの時間だけど」


 そう言ってカメラ越しに目を細める南方に、コメント欄が一気に加速する。こういうところがずるい、というコメントが多い。そう、なんだかんだ“&YOUエンジュー”(『read i Fine』のファンネーム)を弄ぶことが上手い南方なのだった。



【03:18~ 新企画! プレゼント当てゲーム】


「これ、間違えたらもらえないとかそういうやつ? じゃない? なら良かった……」


 みなさん、茶番です、と南方は目の笑っていない笑顔で視聴者に呼び掛ける。

 座っている南方の前にある机に、八種類のプレゼントが置かれる。どれも形はバラバラ、包装紙やラッピング袋はすべて緑色で統一されていた。

 これから行われるのはその名も『プレゼント当てゲーム』だ。ルールは簡単、この八種類のプレゼントはメンバーからの贈り物である。その内容を見て、一体だけが選んだのかを推測して当てるだけ。冒頭でも言った通り、外れてもプレゼントは貰えるという新設設計である。


「まあ外れて貰えないとか身銭切ったメンバーが可哀想だからね、もし貰えなかったらそのメンバー含めて正式に抗議するところだった」


 目がまったく笑っていない。久し振りに出た『クレーマー・侑太郎』だ。バラエティ的不条理にも、自身が納得しなければ平然とクレームを入れることで有名な南方だ。今回は不条理がないためクレームにもならないが、圧はすごい。


「俺から見て右、えっとね、こっち側からやります!」


 そう言って南方は画面から見て右側のプレゼントを持ち上げた。画面は反転しているため、左右の説明が難しいのである。

 南方は持ったプレゼントを上下に動かし、怪訝そうな表情を浮かべた。


「やたら軽い……。開けます」


 金色のリボンをほどき、ラッピング袋を開ける。中に入っているものを見て、南方は噴き出した。そして笑いながら机に中に入っていたプレゼント本体を並べる。


「全部、グミ! しかも俺がよく作業室で食べてるやつばっか。これは、あー、みなもんじゃないかな? 違う?」


 みなもん、とはメンバーの佐々木水面ささきみなものことだ。南方は自信たっぷりに水面からのプレゼントだと言い切るが──画面の外れたところから「ピンポーン」という電子音が鳴る。どうやら正解のようだ。


「だよね! あの人くらいだもん、俺が食ってるお菓子に興味あるの」


 次はこれ、と掲げた包みは大きい。箱状のもので、重さは「重いって訳じゃないけどみなもんのよりは重い」と南方は述べる。包装紙を丁寧に開け、出てきたのはある靴メーカーの箱だった。


「スニーカーだ。え、待って、絞り辛いな……ナイキ、ナイキか……」


 グリーンのラインが入ったナイキのスニーカーを片手に、南方は唇に手を当て長考を始める。軽い放送事故だが、七秒ほど経って彼はカメラ目線になった。そしてカメラに向かって指を差し、「いっちゃん?」と囁くように答えた。すかさず「ピンポーン」と音が鳴る。正解はいっちゃんこと御堂斎みどういつき、当たったのだ。


「当たった? マジで?」


 や、あのね、と正解した興奮が抑え切れないように南方は口を開く。


「ちょっと前のダンスレッスン中、靴の話になったんだよ。どういう靴で練習するか、みたいな。まあ大体スニーカーなんだけど。その時いっちゃんが、ナイキのなんかのシリーズが踊りやすいって言ってて。それで最近靴買おうかな、って俺が調べてたから、ああ……そう、なんだ」


 なるほどね、と南方は嬉しそうにスニーカーを掲げる。先程ノータイムで水面を当てた時よりもずっと嬉しそうだ。


「いっちゃんのだけは絶対当てたいと思ってたから。当てれなかったら切腹ものでした」


 ほら、付き合いの長さ的に。南方は付け足したように言うが、恐らく理由はそこだけではないだろう。南方と御堂は幼なじみではあるが、それ以上の絆の深さというものをファンは熟知している。本人の感情的にも、御堂のは当てたかったのだろう。


「じゃあこの調子でどんどん当てていきたいと思いますー! 外したら外した人から怒られそうだな、のでさんとか、つっきーとか……」


 怖いな、と言いながら南方は次のラッピング袋を開けた。



【17:01~ お手紙コーナー】


「やや気の重いお手紙コーナーです、いやあ、あの、ちょっと聞いて」


 続いてはメンバーからの手紙を読み上げる恒例の『お手紙コーナー』である。南方はこのコーナーに気を重くしていた。というのも、普段自分が書いている手紙が理由だが。


「だって俺、みんなの手紙にクレームみたいなこと書いてるからさ。俺もクレーム塗れにされそうで」


 そうなった場合は完全に自業自得である。コメント欄──FCのチャット欄も含めて「自業自得で草」といったコメントで溢れかえる。因果応報、天網恢恢疎にして漏らさずとはまさにこのことだろう。しかし「意外とそんなことないかもよ」のコメントもわりと多い。

 南方は意を決して、パステルグリーンの封筒をひとつ、かざした。


「じゃあ、亜樹のから読もうかな。うん、いつもと同じようにそこそこ長い。えーと、『南方侑太郎くんへ。お誕生日おめでとうございます。この一年が、侑太郎くんにとって良いものになるよう心からお祈り申し上げます。』


はい、ありがとうございます。出だしは概ね良し。


『侑太郎くんは、俺との出会いについてうすらぼんやりとしか覚えていないと思いますが、』


そ、そんなことないよ! 多分そんなことない。


『俺は侑太郎くんとの出会いをはっきり覚えています。当たり前ですよね、ヤギリに入社して初めて同じ練習生に曲を褒めてもらった、その相手が侑太郎くんなんですから。』


……そうだっけ、や、そうだったの?


『当時の侑太郎くんは確か、月次考課のメンバーを探していたと思います。そこで誰に訊いたか、俺のことを聞きつけて曲とラップと歌を聴かせろと迫ってきましたよね。普通に怖かったです(笑)。』


あー⁉ あれ初対面か! え、その節はごめんなさい……。


『でも聴かせた瞬間、目を輝かせて「お前はすごい!」と言ってもらえて思わず泣いてしまったんです、俺。』


待って、そこだけ記憶あるわ。お前泣き虫だな、って俺がよく言うのそこの記憶があるからだ。謎が解けた。


『侑太郎くんは音楽に厳しいですが、その分褒める時も素直で真っ直ぐで、それに救われたことが沢山ありました。今も大分救われています。同じ苦労、苦難を味わってくれて、もしグループの作曲担当が俺だけだったらきっと重圧に押し潰されて、とっくに再起不能になっていたと思います。』


それは俺もだよ……、お前と支え合ってじゃないと多分とっくに潰れてた。良い相棒、だと思ってます。ずっと、これからも。


『同じグループで、作曲担当としてこれからも助け合って生きていきましょう。俺ももっと頼れる人間になれるよう頑張ります! 一緒に幸せになりましょう! 土屋亜樹つちやあき。』……はい、ありがとうございます! クレームっぽくなかったね?」


 謎も解けたし、とうきうき気分の南方である。大分感情が分かりやすくなった、と視聴者は感慨に耽っていた。記憶力の面に関してはさておき、本当にインテリ担当なのだろうか。


「この調子で、次は太一行こう。太一もきっとそんなに酷いこと言わないだろうし! 『南方侑太郎くん、お誕生日おめでとうございます。侑太郎くんは俺にとっては「兄貴」です(笑)。実の兄はいますが、実の兄より頭が良くて物知りで色々と頼りにしています。』


ほら、やなこと言わない。本当に良い子だな、太一。


『あっ便利とか思ってないからね⁉』


軽く前言撤回したい。便利と思ってるだろ、Siriかなんかだと思ってるだろお前。


『侑太郎くんみたいにはなりたくてもなれないな、とちょっと諦めモードです。そんなことを言うと侑太郎くんは「俺みたいになる必要はないよ」とか言ってくれるんだろうけど。』


よく分かってらっしゃる。なる必要ない、お前にはお前の良いところあるし、俺みたいになってほしくない。


『良いところは見習いたいなと思うんだよ。諦めの悪くて負けず嫌いなところ、できると思って何でもやるところ、すごいなと本当に思う。更にすごいのはそういう姿をよく観察しないと分からないくらいに隠してるところ。』


隠してる……そうだなあ……。


『隠さなくても良いのに、と思うけど侑太郎くんは努力を見せない方がカッコいいと思ってるよね? そういうところもカッコいいなと思います。頼りない弟かと思いますが、何でも言ってください。頑張って力になります! これからも良き兄としていてください。森富太一もりとみたいち。』……や、世界でいちばん頼りになる末っ子だと俺は思ってるよ」


 そうだなあ、と言いつつ南方は天井を見上げる。そしてすぐに便箋へ視線を落とした。


「努力を見せても、なに? なんで? ってなるんじゃないかな、と心のどっかで思ってるから。……うん、多分そう。見せる必要がない、と思ってるんですよね」


 冷めてるんだよなあ、とちょっと気まずそうに南方は苦笑する。そして、一際厚い封筒の片方を見て、南方は溜息をついた。


「じゃあここで、クレームがありそうな人からの手紙を読みたいと思います。透はなんて書いてきたのかな……『おたん生日おめでとうございます。今さら言うこともないと思いますが……いつも言い合っているので、悪い意味で。もちろん、仲が悪いとは言いませんよ。ゆうくんがどう思っているのかはしりませんけど、私は仲が悪いとはいっさい思っていないです。はい。』


初っ端から無性に腹立つな。なんだこいつ。


『ゆうくんがどうしてこんなに私へあたりがつよい? のか分かりませんけど、それもひとつの信らいのあかしだと思っています。だってほかのメンバーにこうした振るまいはしませんし! 私ならしてもいいという安心感を持っているんでしょう? そうなんでしょう? 本当にツンデレですねえ。さて、お遊びはこのへんで。』


うん、めっちゃ茶番だった。あとツンデレ呼ばわりすんな、お前だけだぞそう呼ぶの。


『私はゆうくんと話しているときによく、この人は本当にまじめなんだなあと思います。ゆうくんとしては、あんまりそういう風には見られたいと思っていないと感じます。むしろそこだけかくしておきたい、というふーいんき? も感じるくらいです。どうしてそんなことを、とおどろきます。だってがんばってるところ見せても悪いことはなにもないじゃないですか。むしろがんばってるところを見せるから、みんな思いを共にしてくれるのではないでしょうか? とそこまで考えて、ゆうくんはそれが嫌なんだと感じました。』


……。あとこれは関係ないけど、『ゆうくん』って自分で言うのきついものがある。


『ゆうくんが作る音楽は、世界です。いっこの世界を作ってる、この作り方はあきくんとはまったくちがうものです。自分の血肉や考えをけずって作るのではなく、ひとつの物語をつづるような作り方。それならたしかに、がんばってるところは見せない方がいいな、となっとくしました。がんばってるところを見せると、リアルになってしまいます。私たちはもちろんじっさいに存在している人間ですが、アイドルとしての私たちはどうでしょうか? 少し、世界からういているような気がします。』


……こいつの言語化能力の高さ、なんだよ。ちゃんとした言葉になってる。


『もちろん、「read i Fine」としての思いを伝える曲は私たちのけいけんも大事ですが、それでもあまり近くならないように作っていると思います。それに気付いて、私は、ゆうくんはこのグループでだれよりも「アイドル」をやりたい人間なんだなと思いました。「アイドル」としてのファンタジーを伝えたい人、そこに夢をちゃんと持っている人、それがゆうくんだと思います。私は「read i Fine」の信らいを支えてくれているのがゆうくんだと思いました。曲だけではなく、身の振り方、アイドルとしてのあり方、それをちゅうじつに守っている人がゆうくんなんだと。そういうところだけは、まあ? そんけいしてもいいかな、とか思います。うそです。ちゃんとそんけいしてます、そういうところが大好きです。』


うわああ、鳥肌立った……うそ、うそうそ。分かってるよ、お前が俺のことをちゃんと好きでいてくれてるの。ありがとうね。


『これからも仲良くけんかしていきましょう! もちろん、愛していますよ。高梁透たかはしとおるアレクサンドル。』ウィリアムとジョセフが作ったあの作品みたいな感じでね。オッケー、仲良く喧嘩しよう」


 そう言って南方は軽く脱力をする。余程、高梁の手紙にあった言葉が心に染み入ったのだろう。自分でも言語化し辛かった部分が客観視され、しかもそこを良いものとして説かれた。あまりない体験だろう。彼は少し悔しそうに笑って、次の封筒を手に取った。


「はー……こういうとこ、透ってすごいんだよな。先入観がないというか。じゃ、次。みなもんいきまーす……『ディア侑太郎、おたおめ! また難しいけどカッコいい曲作りやがって~! 歌う方は大変なんだぞ! ってうそうそ(笑)。』


おい、どっからどこまでが嘘だよお前。


『新曲を聴く度に、やっぱり「read i Fine」の屋台骨はお前なんだなって思います。お前がいるからぼくらは好き勝手に表現ができる、本当にありがたい存在です。ずっと大好きだよ。佐々木水面。』……うん、短い。こんな簡潔にまとめられる方がすごいよ。これからも屋台骨、頑張ります。だから好き勝手表現してくれ」


 では次、と南方はさっさと次の封筒に手を伸ばす。


「つっきー、だね。……『侑太郎へ、お誕生日おめでとう! 初めて会った時から思ってたけど、お前は本当に生き辛そうだな。』


いきなり言葉が過ぎない? 普通に傷付くよ?


『うちのグループでも一、二を争う生き辛さを持っていると思います。その生き辛さは、お前のよく言う「できると分かってるから全部やりたい」という精神性から来てるんじゃないかな。その精神性自体は良いものだと思う。そのおかげでオレらは良い曲を持つことができて、良いラッパーを持つことができて、しかも良い歌手も持つことができている。一挙三得してるな? お前と同じグループに入れたことは間違いなくラッキーだ、だけどそのことでお前を追い詰めてはいないかな? と思うこともあります。』


ううん……なんか否定もし辛いなこれ……。


『グループを組んだ年のこと、お前には決して忘れたとは言わせないぞ、あの時のお前の態度はマジで良くなかった。正直問題児として真っ先に名前が挙がるレベルだったんだよ、でもそれもデビューできるかどうかの瀬戸際であったこと、大学受験が佳境だったことに起因している。自分で選んだものをすべてこなそうと抱えていっぱいいっぱいになっていたんだと思う。違う? 違うならちゃんと言ってね。』


違う、とも言えないんだよなあ……。絶妙なとこ突いてくる、本当によく見てる。


『ちなみにこれは過去の話だけど、今の話をするならお前は仕事を抱えすぎ。もうちょっと振って。それともう透も永介も成長したんだから、もうちょい色々言って良いと思う。透にはもっと甘えればいいし、永介はもうちょっと叱ってもいい。そうしても、誰もお前から離れていかないよ。ちゃんと信頼してるし、愛してるよ。お前も信頼しろよな。みんなのリーダー、月島滉太つきしまこうた。』……滉太くんって本当、リーダーになるべくしてなったよね。視野が広すぎる」


 デビュー前は各々自分自身のことで精一杯だと南方は思っていた。しかし月島だけは違う、本当の意味で大局としてグループを見つめていたのは彼だけだ。後々になってよく分かる。この人がいなかったらグループは瓦解していた。


「感謝しなきゃいけないことが多いなあ、そんな訳で永介のを読みます。えー、『南方侑太郎くん、お誕生日おめでとうございます! ゆうくんって俺に優しいんだか甘いんだかよく分からない時があります。あれはなに? っていつも思ってる。』


お前もそういう認識なの⁉ なんかごめんなさい、わりとクレーム多いな……自業自得だけど。


『個人的にはもうちょっと厳しくてもいいかな、と。一線引かれてる感じがしてあんまり好きじゃないんだよね、折角の機会なのでここで言ってみました(笑)。誕生日なのにごめんね(笑)。』


いや、いいよ。言ってもらわないと何も気付かないし。


『まあゆうくんなりに色々と考えてるんだな、とは思うけど。ゆうくんってやっぱり色々と考える人だし、その思考回路の道筋をあんま人に話さない人だよね。もうちょっと中身聞かせてもらっても良いかな? 俺も力になりたいと思うし、もっと良いものが作れるかも知れないから。そのためなら労は惜しまないです。そんな感じで、また良い曲作っていきましょう。頼りにしてるよ。桐生永介きりゅうえいすけ。』……なんかいちばん、すとん、って入ってきた。そうか、良いものを作るためならそれがいちばん、だよなあ」


 このタイミングで永介なのは良かったかも、と南方はひとりごちた。今までのクレームの数々を、すべて線でつなげてひとつにしたような、そんな手紙だ。


「ラストはいっちゃんにするとして。次はのでさんだな。……『南方、誕生日おめでとう。年々カッコよくなるね、お前。』


え、やだ、好き。……突然でびっくりした。


『ついそんなことを思いました。今はすぐに謝れるし感謝も言えるし、だけど大人っぽく見てほしくてアピールするところは子供っぽくてかわいいなと思います。そんなところが大好きです。そういうとこはあんまり変わらないでね? 佐々木日出ささきひので。』思ってたカッコよさじゃないな? でもそういうもんか、のでさん、日出くんには昔から迷惑かけてきたし」


 一般的に練習生の中で『厳しい先輩』というと佐々木水面の方だが、南方にとっては日出の方がよっぽど厳しかった。だが彼は理解して直せる人間にしかそういうことを言わない、ということが分かってから南方も自分を改めたものだった。そういう意味では恩人なのである。

 もっとも最後の手紙は、紛れもない恩人であるが。


「ではいっちゃんのですね、長いな……『侑太郎へ。誕生日おめでとう。僕の誕生日の時にお前の手紙に泣かされたので、今日は「泣かせる手紙」を意識して書いてみました。といっても書きたいことを書いてたらあっという間だったので、そこまで泣けないと思うけど。』


よし、泣かないように頑張るぞ。


『お前と出会ってもう十一年になるんだね、途方もない年月過ぎてちょっと笑う。だって、僕らが出会った年に生まれた子がもう小学五年生ってすごくない? そんなに長いこと一緒にいても、お前のことは分かったり分からなかったりなのが逆に面白いけど。』


ちょっと待って、わりとこの時点で涙腺やばい。


『お前のことでいちばんよく分からないのは、なんでずっと僕と友達でいてくれるのか、というところです。これが真面目にいちばん謎だったりする。こういうことを言うと、お前はきっと怒ってしまうでしょう。プライドの高いお前だけど、自分の認めた人間が卑下することに猛烈な苛立ちを感じるタイプだと僕は知っているので。』


うん、涙引っ込んだ。激おこですよ、ちょっと待つけど。


『ちょっとだけ僕の話をするけど、僕は僕のことを好きと言ってくれる人を若干信用できないことがあります。時と場合によるから、お前のことが信用できないって訳じゃないよ。僕は自己プレゼン、自己アピール能力が高いけど、技能的な部分以外での自分の魅力──人間性とかそういうものを上手く説明できないし、ぶっちゃけ自己理解もしていない。理解しようとしなくなったのは、もしかするとお前がずっと傍にいてくれたからかも知れない。だって何しても「めっちゃ好きなんだが」みたいな顔してる人間が隣にいてくれたんだよ? アイドルにしては致命的なくらい「好かれたい」という気持ちがないのは、きっとお前のおかげです。お前のせいなのかな?』


待って、待ってくれ、なんだこれ、え? いっちゃんそうなの? てか俺がそうなの?


『お前の駄々漏れな好意のおかげで僕は自尊心を保ててたということなんだけど、僕がお前のことを好きなのは「僕のことを好いてくれているから」だけではないんだよ。何となく勘違いされてる気がするからちゃんと説明するけど、お前が小学四年生の春に転校してきた時、僕がお前に話しかけたのはお前がイケメンで周りの奴らが男女関係なくざわついてて、でも僕がお前と誰よりも友達になりたいと思ったから。話しかけて、会話から頭の良さも垣間見えて、こんなにカッコよくて頭の良い奴と友達になりたい奴なんてごまんといるだろうけど、でもその気持ちはあの学校では僕がいちばん強いという自信があったからだよ。』


まっっっっって、ほしい、ちょっと、初耳なんだけど、そうなの、いっちゃんそうなの?


『「隣は譲ってやるもんか」とあれほどまで思ったことがない。「俺ばっかりいっちゃんのことが好きみたいで」とかこの間なんかで喋ってたけど、そんなことはまったくないから。お前は嫌がるかもだけど、裏返った高音だって、踏み過ぎたステップだって、とちったラップだって、没になった曲だって全部好きだよ。』


これさあ……愛だよね、気持ち悪いかも知れないけど。


「『お前と一緒にずっといれたという僕の財産、これからも蓄えさせてもらっていいかな。明日も明後日も、ずっと一緒に笑ったり泣いたり夢見たりさせてもらっていいかな。お前と夢見た未来がこれからも広がることを祈って、お前の音楽が全世界の人々へ届くことを祈って、この手紙を書きました。僕の祈りがお前を守ってくれますように。これからもよろしくね。御堂斎。』……人から貰った手紙で泣くの、初めてだあ」


 やり返されるなんて思わなかった、と南方は目に涙を溜めながら、鼻声でそんなことを呟いた。彼の泣いているところが、動画として残されたのはこれが初めてである。



【01:17:49~ 最後の挨拶】


「ああ……お見苦しいところを見せました。あのね、練習生時代のことを話させてください。練習生時代の俺は、結構期待をかけられてた人間のひとりだったんだ。俺は非公開オーディションで入ってきたんだけど、当時って非公開オーディションで入ってくるってもうほとんどいなくて、大体スカウトか公開オーディションのどっちかだったんだよ。そんななかで非公開オーディションで入ってきたから、もうトレーナーさん、先生方からのプレッシャーがすごくて。一年くらいかな、練習生を続けて、感情が本当になくなりかけてた。それはもちろん、先生方が悪い訳じゃなくて誰にもSOSが出せてなかったのが悪いんだけど。でもその頃にやっといっちゃんと同じ現場になったり、宿舎が同じマンションになったりして色々話せるようになって感情が戻ってきたんだよね。亜樹との初対面もそれくらいの頃だったかな、だからああいう感じだったんだと思う。ようやくまともに心が動くようになってきて出会った、本当に素敵なものだったから。それでもまだ自分の殻にこもってたかな、『プロジェクト:再定義』が始まっても心が開けなくて色んな人に迷惑かけました。今こうして、デビューして笑って、手紙読んで泣いて配信してるのも、全部メンバーと、見てくれてる“&YOU”のおかげと言っても過言じゃないと俺は思う。本当に、いつもありがとう。入社して六年、長かったのか短かったのか微妙な年数だけど、それだけ頑張ってきて本当に良かったと心の底から思います。また良い曲作るので、良いパフォーマンスをお届けできるように頑張るので、楽しみに待っててください。それじゃあ、またね!」

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