桐生永介 誕生日配信【2020年5月19日】※編集済

【00:16~ 声入り】


「やっほ、聞こえてる?」


 カメラに向かって手を振るひとりの青年。黒いニット帽に五分袖のTシャツ、ちらりと見えるボトムズは恐らくカーゴパンツだ。振っていない方の手にはタブレットがしっかり握られている。

 今行われているのは、桐生永介きりゅうえいすけの誕生日記念配信である。動画投稿プラットフォーム『Now Tubeナウチューブ』によって全世界に配信されており、そのコメント欄は忙しなく動いている。まあ彼が実際見ているのは、タブレットに映し出されているであろうFC限定のチャット欄だろうが。


「思ったより早い時間に設定できて良かった。深夜一時からです、とか言われてもみんな困っちゃうよな」


 現在時刻は夜の八時を少し過ぎた頃。ご満悦と言わんばかりの顔で腕を組んでいる彼に、かわいい、というコメントが殺到する。そのコメントを見て、桐生は首を傾げた。


「今日はかなりカッコいい系だと思われるのですが」


 服の話ではなく。でも確かに、今日は珍しいくらいカッコいい系だ。桐生は通常、ユニセックスな服装を好んで着ている。『女装もする』という印象故か、衣装もそういった系統のものが多い。今日のような、ちゃんと男物だと分かるシルエットの服装の方がレアなのである。

 加えて桐生のイメージといえば長髪だが、今日はすべて黒いニット帽に仕舞われてしまっているのだ。直近の活動期では肩ほどの長さに揃えられていて色は明るめのグレイだったが、もしや……と視聴者に緊張が走る。髪色や髪型が変わっているのではないか。


「『まさか、坊主⁉』そんな訳ありますかい! ちゃんと髪はあるよ! お見せできないけど! 仕事の都合でね」


 確定で髪色か髪型かその両方かが変わっている。その事実が発覚し、コメント欄は歓喜の阿鼻叫喚により濁流と化したのだった。


「多分早くても来月かな、お知らせできるのは」


 楽しみしててね、と手を振る桐生への応答は手を振る絵文字の連打だ。コメント欄が黄色に移り変わって、ようやく本題に進んだのである。



【04:33~ 質問コーナー】


 直近で行われた誕生日配信──高梁透たかはしとおるアレクサンドルの回より、どうやら『質問コーナー』が定例化したようだ。

桐生は特にこれといった説明もせず「では質問コーナーを始めます」と言葉を発した。およそひと月ほど前から、FCサイト内において質問が募集されていたためFC会員は特段驚きもしなかったが、一般視聴者と思われるコメントは驚きで溢れている。


「みんなー、質問を送りたかったらFCに入るんだよー」


 滅茶苦茶棒読みである、そしてこれもFC販促の一環なのだと理解が深まった。

恐らく同じメンバーの森富太一もりとみたいち佐々木日出ささきひのでが言っていたなら販促だと気付かなかっただろう。前者はその内面の純粋さ故に、後者は卓越した演技の技術故に。

 桐生は日頃の行いから見るに純粋無垢とは言い難いし、だからといって腹に一物抱えたまま何かをすることは不得手なのだ。このあざとさの塩梅に一般視聴者は脱帽する、こうも露骨だと逆に入りたくなるだろうと。


「じゃあ質問そのいち、『いちばん尊敬してる先輩は誰ですか?』。御堂斎みどういつきくんです」


 こういう場の質問コーナーではあるまじきレベルの即答だった。もう少し視聴者を焦らして遊べばいいものを。こういった思い切りの良さが桐生の良さではある。


「理由もいるか。えーとね、いちばんお世話になってるのはやっぱりいっちゃんっていうのがあるかな。ダンスを教えられることもそうだけど、逆に俺が歌を教えることもあって、でも俺って感覚派だから考えるタイプのいっちゃんみたく上手く教えられないんだよ。すごくふんわりしたことばっか言っちゃう。でも、いっちゃんはそれを受け止めて、『わかった、やってみる』って絶対言ってくれるんだよ。どうしたらこんな人になれるんだろう、こういう風に言えるんだろうってずっと考えてる。だからいちばん尊敬してるのは御堂斎、これは先輩っていう枠に限った話じゃないけどさ」


 思いがけずエモい話を聞けてしまった、と言わんばかりのコメントの沸き具合だ。

 しかし桐生はそれ以上に言葉を紡ぐことはなく、続いての質問を読み始める。


「『透くんの誕生日配信でお揃いのパジャマの話がありましたが、他にメンバーとお揃いにしてるものはありますか?』好きねえ、こういう話」


 お揃いかあ、と視線を上に桐生は考え始めた。ここで察するのは、事前に質問の内容を見て考えてきている訳ではない、ということである。質問内容の事前募集は、あくまでread i Fineリーディファイン側が変なものを選ばないようにするための配慮でしかないのだろう。


「お揃い、だとみんなご存知このリング、ですけど」


 桐生が左手を上げて見せたのは、人差し指にはまっているシルバーのリングだ。少し幅のあるそれは、装飾も何もない至ってシンプルなもの。どこにでも売っていそうな何の変哲もないシルバーリングだが、“&YOU”が見れば「これは」と気付くものである。


「デビューする時に買った、九人お揃いのリング。全員欠けることなくテッペン獲るぞ、っていう気持ちを込めたやつね。内側には文字が彫ってあって、それぞれイニシャルとあと『9119』っていう文字」


 流石にこれだとみんな知ってるか。そう呟き、桐生は頭を抱える。他のメンバーなら兎も角、服装のこだわりが強い桐生では高梁とのパジャマくらいしかやはりないのだろうか。

 と視聴者が思っていると、桐生はばっと顔を上げた。どうやら何かを思い出したらしい。


「あーっ、っと! 思い出した! あのね、のでさんとお揃いの靴買った! この前! だけどこれ言っていいやつだったかな!」


 どうですか、とカメラの外側を窺うように見つめる桐生。恐らくスタッフが数人いるのだろう、問題はどうして『のでさん』もといメンバーの佐々木日出と買い物をしたことに関してスタッフへ確認しているのか、ということだ。


「……なんか、言って大丈夫そうなので話すね。というかこれ、明日あたりにアップされるVlogブイログの内容に触れるんだけど、幸い? なことにショッピングシーンそんな長くないらしく」


 またもコメント欄は大荒れ、である。

 まず近日中にVlogがアップされる、ということで新規コンテンツ確定に対し沸き、その内容が(推定)桐生と日出というボーカル隊絡みであることに沸き、そしてショッピングシーンがあまり使われていないことに嘆いている、という構図だ。

 ファンというものは、アイドルの生活感に触れたくて仕方がない生き物である。買い物シーンなんていうものはその最たるコンテンツで、そのため該当箇所が少ないことに嘆くのは当然である。


「今履いてるのがそれなんだけど、どんなものかはお楽しみに。是非動画を楽しみにしてね、高評価、チャンネル登録よろしく!」


 またしても販促である。大事なことではあるし、現実にいちいち引き戻すのが上手い。

 落ち着いたファンが今は何の配信中なのかに気付き、喜びのコメントを送り始める。変に焦らしたり翻弄したりするより、余程ファンの扱いが上手いのではないか、と思わせる出来事だった。



【15:09~ お手紙コーナー】


「続きまして、お手紙コーナー。よいしょ」


 桐生はひとりで拍手をし、ひとりで合いの手を入れる。そして机の上におかれた、八通の封筒の束をカメラに写す。すべて同じ、パステルのブルーの封筒だ。


「誰から読もうかなあ、目についたから太一にしよう」


 最初に選んだメンバーは最年少・森富太一だ。桐生は封筒を開け、中から便箋を取り出す。「ちょっと長いめ」とひとりごちて、その聞き取りやすい声で手紙を音読し始める。


「『桐生永介くん、お誕生日おめでとうございます。永介くんは俺にとって兄や先輩というより友達に近い感じ。同じ目線でふざけて笑い合ったり、しょうもないことで悩んだり、そういうことが楽しいメンバーです。

俺は悩んだときに永介くんの考え方を参考にすることが、何気に多かったりするんだ。永介くんって色々考えてるけど、決断の仕方はすごくシンプルなので真似しやすいんです。これを選ぶことによって自分がどういう風に成長できるか、そして成長した姿は好きかどうか。超シンプル、そしてシンプルであるほど難しいと思う。

そんな難しいことを「難しい」って思わずできることは本当にすごいですし、尊敬してるよ。いちばん尊敬してる友達と言っても過言じゃない。友達、ですよ?(笑) また今度一緒に買い物に行こう! 良いカフェを教えてもらったんだ。ずっと仲良くしてください。森富太一。』


太一からデートのお誘いを受けました~。いいだろ。前半なんか嬉しいこと書いてあったな、シンプル、そうシンプルって難しいよな。全部二元論で決めれたら楽だろうけど、そうもいかないし、だから頑張って『そういう風』になろうとしてる訳だけど。太一ありがと~、友達だよ、友達だと俺も思ってるから」


 さて次、と桐生は次の手紙を選び始める。今までのメンバーとは異なり、手紙を全部読んでからコメントを告げる形式だ。桐生といえばこの読み方なのだが、初見の視聴者にとっては目新しかったようだ。少し読み方に言及するコメントが増え、それが桐生の目に留まる。


「ん~? ああ、読み方か。間に茶々入れると『何の話だっけ』になっちゃうんだよね、という訳でこれにした」


 続いて桐生が読む封筒をカメラに掲げる。


「侑太郎です、じゃあ読みます。──『永介、お誕生日おめでとう。永介は俺にとって、このグループで最も大きな希望だったと思う。こんなこと言うと他のメンバーに袋叩きにあいそうだけど、これは事実です。というのも俺はやっぱり、自分で作った曲は自分の思った通り以上の出来映えになってほしいと思う強欲な人間なので。

そしてそのハードルを高くしたのは、紛れもなく永介です。後で他のメンバーに謝っとくように。南方侑太郎のディレクションがよりねちっこくなったのは、永介の実力があり過ぎるから、なんだからね。

そんな永介のおかげで、俺含めてみんな引っ張られるように実力を伸ばしていったのが本当に良かった。永介はそれでしんどくないかな、と思ったけどそんなこともなく、伸び伸びとやっているようで大変よろしい。やっぱり俺にとっての最大の希望はお前なんだなあと思ったよ。これからもすくすくと実力を伸ばしてください。俺の最大の願いです。南方侑太郎みなかたゆうたろう。』


途中の謎ツンデレなんだった? あとこれ謝らないといけないのかな……俺、何も悪くなくない? 侑太郎が強欲なんてみんな知ってるし、俺が歌上手いのは周知の事実だし」


 とんでもなく自信満々の発言だ。視聴者の大半は驚きつつも納得、桐生永介推しの“&YOUえんじゅー(read i Fineのファンネーム)”は「だろうね!」と後方腕組みプロデューサー面で佇んでいることだろう。桐生の良いところは、自分の歌だけには変な謙遜をしないところだ。


「流石に『成長が最大の願い』と言われるとは思わなかったけど。有り難い限りだね、ちゃんと応えていかないとって思う。メインボーカルとして。ありがとう」


 桐生が次に選んだのはリーダー、月島滉太つきしまこうたからの手紙だ。

 どうやら宛名は見ずに、適当に選んだ手紙を読んでいるようである。


「『えいちゃんへ、お誕生日おめでとう! もうハタチってところに恐れ慄いています(笑)。だって初めて会った時、えいちゃんはまだ高校一年生、ピカピカの十六歳だった訳で、そこからもう四年も経ったのかと思うと感慨深いです。大きくなったね、というより、大人になったね、と思ってますマジで。

えいちゃんのすごいところは、強みを理解した上でそれを最大限伸ばす努力を惜しまないところ。そして「最大限」の大きさを決めずに、ずっと成長し続けるところ。えいちゃんほど歌に執着して、努力を重ねているアイドルをオレは知りません。えいちゃんにとって歌って酸素か何かなんだろうね、植物における日光とかそういう感じ。ないと死んでしまう、いや上達しようとし続けないと不義理を感じて死にそうになる的な? ちょー物騒で笑うわ。だけどそれが悪いとはオレは思わない、全部信じて努力できるのは才能だよ。

今後もその才能を思う存分伸ばして、色んな人に愛されるアーティストになってください。歌だけ歌えればそれでいい、って顔をしていたえいちゃんが今やこんなに欲深くアーティストとして成長していこうとしてるなんて当時を知ってる人からすればびっくりだよね! オレもびっくりしてるし、そんなえいちゃんが大好きです! みんなのリーダー、月島滉太。』


執着、それな過ぎて。歌うことは俺にとっては一種の、なんだろう、祈りとかそういう感じがする。で、歌う仕事に就いたことで、やっぱり聴いてくれる人にいちばん喜んでもらえるようにしていきたいと思ってて。最初はね、歌えれば何でもいい、と思ってたのは皆さんご存知だと思いますが……」


 そこら辺の掘り下げはread i Fine デビュー前に放映されたリアリティショー『プロジェクト:再定義』にて散々行われていた。編集によるところも大きいだろうが、桐生永介が歌『以外』に悩んでいる様は、あの時の彼の大きな主題だったのである。


「欲深い方が、良い歌が歌えるって分かったんだよ。もっと細かい感情の、動き、揺らぎ、そういうものが表現できる。なのでこれからももっと欲深くあろうと思います。つっきー、ありがとう!」


 では次は、と広げた便箋。書いているのは佐々木水面ささきみなも、やっぱり彼の文章はかなり省略されているようで、桐生は「短っ!」と笑っていた。


「えー、『ディアえいちゃん、おたおめ! えいちゃんのすごさはその真っ直ぐさだと思ってます。自分を貫き通すって大変だよね~わかる~。でも是非へこたれずに進んでいってほしいな。最大限バックアップはするからね! その代わり新曲の歌い方を教えてください(笑)。大好きだよ。佐々木水面。』


新曲の歌い方はパートが違うから何とも、言うとするならもっと呼吸に気を遣う? くらいかな。教えるの苦手なんだよなあ、あとあんまり言い過ぎるとスポ(※スポイル:『台無し』という意味に転じて、ネタバレのことを指す)になるし。真っ直ぐ進む、に関してはそうだな! ありがとよ! って感じです。これからも自分を貫通させていきます」


 &YOUの心に貫通! とカメラ目線で言い放つ桐生に、視聴者は思わず胸を押さえる。

 続いては同い年である土屋亜樹つちやあきの手紙だ、これは水面のものと比べるとかなり長い。水面の短さを考慮しても、三倍ほどあるため桐生は一瞬顔をしかめた。


「みなもんとの対比がすごいな……『えいちゃんへ。お誕生日おめでとうございます。この一年が、えいちゃんにとって良いものになるよう心からお祈り申し上げます。

えいちゃんの音楽性は、出会った時からすごくて俺は何度も嫉妬していました。多分知らないと思うだろうけど、俺は巧妙にその感情を隠していたので。でも、当然だしえいちゃん自身も「そりゃそうだ」と思ってくれると思うんだけど、そんなことはマジで気にしないでほしい。えいちゃんへの嫉妬心が、俺の向上心に繋がっている。今は純粋なリスペクトだけだし、えいちゃんのレコーディングをディレクションするのは俺にとってご褒美みたいなものになってるんだよ。

えいちゃんみたいなボーカリストがいると、俺らみたいなコンポーザーは「次はどんな曲を歌ってもらおう」ってわくわくしながら作業に取り掛かれるんだ。技術も表現も、細かく俺らの意図を汲んでくれる有り難い存在。そんな存在が同じグループにいてくれて本当に嬉しい。えいちゃんにとってはどうか分かんないけど、俺みたいな人間と同じグループになって良かったのか悪かったのか。でも俺は、read i Fineができた当初からえいちゃんと同じグループで良かったとずっと思ってるから。実はこれ、初出し情報です(笑)。

これからもお前は、誰に言われなくとも進化と発展を繰り返すんだろうな。それでその度に色んな音楽プロデューサーやアーティストを虜にして、とんでもない数のファンを歌声だけで獲得していくと思う。ただ俺はえいちゃんの人間性も好きだし、そこも評価されるに値すると思ってるからそこを忘れないように。お前みたいに屈託なく、裏表のない人間そうそういないんだから大事にしてほしいし、俺が大事にしたい、幸せにしたい。もちろん、一緒に幸せになってくれるよね? 土屋亜樹。』


うちが誇る名作曲家二名から高評価をいただきました、次のレコーディングが大変怖いですね……何言われるんだか。っていう冗談は置いといて、俺も亜樹もそうだし、侑太郎の作る曲を聴くとどういう風に歌おうかってわくわくするから、本当に毎回楽しみなんだよね。あと最後のプロポーズ、これ誰にでも言ってるやつだよね? ちょっとときめいたじゃねえか、この野郎」


 今度会ったらクレームものですわ、とにやにやしながら桐生は便箋を封筒に仕舞った。


「俺はさ、自分の歌に自信が滅茶苦茶あるし、正直滅茶苦茶上手いと思ってるんだよ。だけどそれをひとから言われるのは、まあ格別だよね。別の快感があるというか、信頼されてると思うとすごい、嬉しい」


 満面の笑みで桐生は次の手紙を選ぶ。残り三人、長文勢二人がまだ出ていないため戦々恐々としている視聴者だ。引き当てたのは御堂斎、長文勢の片方である。流石の文章量に、桐生の顔は引き攣っていた。


「これは、気合入れていかないと……『永介へ。誕生日おめでとう。お前ももうハタチなのかと思うと、一緒に高校に通っていたあの一年間が懐かしくてしょうがないよ。覚えてる? read i Fineが結成されてすぐの「夏嵐なつあらし」のこと。お前は全然ダンスが覚えられなくて、学校の休み時間にダンス部の練習室で一緒に振り入れしたよね。あの頃に比べて、永介は本当に立派になったと思う。どこに出しても恥ずかしくない、一人前のアーティストだよ。まあ僕が言うのも少し違うと思うけれど。

元々、永介はアーティスト性がすごく高い人間だと思う。うちのグループだと、それこそサーシャに次ぐレベルじゃないかな。ここからは僕の持論だから、違うなと思ったらあまり気にしなくて大丈夫です。僕は、アーティスト性の高い人間とは、自分の在り方に責任を持てる人間だと思っている。どういうことかというと、確かに独自性、独創性なんていうものもアーティストには必要な素質のひとつだけど、その独創的な発想で誰かを傷つける可能性はいつでも存在している。だけどそれでアーティストは歩みを止めてはいけない。当然、惨禍のセンセーショナルな部分だけ切り抜いて娯楽として消化するのは短絡的な愚かさではあると思うけれど、どれだけ悩んで考え抜いて色々な見識を通過したあとでも誰かを傷つけてしまうことはあって、僕が言いたいのは後者のこと。そして後者について自分で責任を取れる人が、アーティスト性のある人、なんだと思っている。

永介は自分の持つ才能に自覚的で、だからこそ他人と一線を引いたり強い言葉を遣ってしまうことがある。でもそのことについて、その場しのぎの謝罪や誤魔化しをしたことは一度もない。少なくとも僕は一度もそういう場面を見たことはない。鋭い言葉は自分だって貫く、強い言葉は自分の身だって引き裂いてしまう時がある。お前はそうだと知った上で、自身の価値と弱さを天秤にかけてわざとそういう言葉遣いをする。百年前の芸術家かよ、ってくらい苛烈な面があるんだ。僕はそんなところを見て、永介って本当に信頼できる表現者だなあ、と思ってるんだけど(笑)。

お前のそういうところが歌に反映されて、宇宙だって泣かせてしまうような強烈な表現力に繋がっているんだろうな。でもあんまり無茶はしないように。表現と引き換えに我が身を差し出してはいけないよ。永介はアイドルだけど、僕らの可愛い弟だし、優しい兄でもあるんだから。優しい言葉を浴びて、温かいご飯を食べて、怖い夢を見ずに布団でぬくぬくする権利があるんだ。永介が言えばメンバーの誰だって喜んで添い寝くらいしてくれると思うし、恥ずかしいけど僕も子守唄くらい歌えるようになっておくので。

だから、気軽に甘えてね。ハタチになろうが、関係ない。お前はあの時の、泣きながら僕にダンスの教えを請うた高校二年生と地続きなんだから。お兄ちゃんはいつでもお前の力になるよ、なりたいと思ってる。手始めに今日の夜は一緒に寝る? とか言ってみたり。

マジで、気軽に何でも言って。宇宙がお前を拒んでも、僕らは死ぬまでお前の味方だよ。御堂斎。』


いっちゃんの文章は、泣かせるな~……。『夏嵐』ね、デビュー前に出てた舞台。あれは本当に、今までの仕事でも断トツにきつくて、妥協は一切許されないし常に成長を求められるし、百二十パーセントどころか二百パーセントを求めてくる現場だったから、マジでしんどかった。辞めようと思ったのは後にも先にも『夏嵐』の準備期間くらいだもんね、俺」


 どこにも明かされてこなかった衝撃の事実だ。『プロジェクト:再定義』でもその箇所の放送はあったが、まさかそこまで思い詰めていただなんて。


「歌だけは自信があったし、あの時もそれは変わらなかったけど、それでも他のところでどんどん自尊心が削られていって、それを支えてくれたのはいっちゃんなんだよな。そんないっちゃんが味方なら、俺にとってこんなに心強いことはないです。本当に、ありがとう」


 気のせいか、少し目が潤んでいる気がする。しかしわざわざ指摘するなんて野暮なことはせず、視聴者は自分が泣いているという表現でコメント欄を埋め尽くした。次は誰か、これまた短さに定評のある日出だった。


「『桐生、誕生日おめでとう。お前をボーカルリーダーにすることによって、俺が楽をする計画は破綻しました(笑)。だってお前を見てると頑張らなきゃって気持ちになるからね。しょうがないよね。そんなところが大好きです。佐々木日出。』


本当に短いな! ありがとう! 俺の姿を見て頑張りたく思ってくれる、っていうのが何だかんだいちばん嬉しい。メンバーもそうだし、&YOUに対してもそう思うよ。音楽ってそういうものだし、俺が音楽に近付いてる印だよね」


 音楽に近付く、という哲学的な発言が出てきた。これは最近の桐生のテーマだそうだ、『音楽』という根源的なものに歌とダンスで近付くということ。どういった目的でそこを追い求めているかは、未だに明かされていないが。

 そうしていよいよ最後の手紙だ、同い年の高梁透アレクサンドルからの手紙である。


「うわっ長い……頑張ります。『おたん生日おめでとうございます。私たち2000年度生まれ組ではハタチいちばん乗りですね! 大きくなったなあ、とまだ十九才の私が言ってみます(笑)。永介くんは私のあこがれです。いきなり言われておどろきましたか? おどろいていないと思います、なぜなら私はふだんからそういうことを永介くんに言っているからです。永介くんがふだんから私にそういうことを言ってくれるように。

考えてみたんですけど、私と永介くんって一回もケンカしたことないんですよね。びっくりしました。どれだけ記おくをなぞってみても、永介くんとどなりあったり、大きな声でけん制しあったりした記おくがないんです。わすれてるだけ、な訳ないですよね? 永介くんはいつも私のことを大事にしてくれます。私の言葉、思考、感覚、どれも大事に、水面にうつった星空をこぼさないようにするみたく、すくいあげてくれる。そんな永介くんのふるまいに、一体何度心をすくわれたことでしょう。星も見えない、草木のにおいもしない、そんな真っ暗なところで、急にあらわれたロウソクの炎のようで、くもり空がずっとつづく砂ばくのかたすみにあった真っ青なオアシスのようでした。

私にとって、永介くんの歌は今でもそういう風に聞こえます。永介くんの歌は、ひつようにしている人に、ひつようなもののように聞こえるんですよ。ある人にはあったかい毛布のように、ある人にはこおりまくらのように、ある人には晴れた午後のそよ風のように。こんなすてきな歌声を持った人が私のともだちだなんて、本当に、本当にすてきなことだと思います。

この間、私は永介くんの歌をきいて泣いてしまいました。悲しくて泣いた訳じゃないですよ? こんなにきれいなものがこの世にあっていいんだ、と思って泣いたんです。Now TubeにあがったCover song、ハロチルさんの「Give even One’s Bless」。私は神を信じています。でもこの歌をきいたとき、本当は永介くんの歌が神さまなんじゃないかと思いました。全知全能、すべてを知り、すべてをあたう、そんな存在なんじゃないかと。

重たい、ですか? 重いですよね。永介くんはただの人間なのに、だいじょうぶ、ちゃんと知っています。ロングヘアにしたはいいけどかわかすのがめんどいと思ってることも知ってますし、むくむのがイヤだけど家系ラーメンをつい食べに行ってしまうことも知ってます。だから私は永介くんのことが好きなのです。

これだけ私は永介くんのことをほめましたけど、永介くんはそんなことを気にしなくていいんです。それに気をとられて、そうであることに気をとられるひつようはないんです。そのままでいい。もちろん、永介くんがより良くあろうと思うならそれを止めようとは思いません。わすれないでください、そのままの永介くんでじゅうぶん美しく、じゅうぶんすてきです。もっとすてきになろうと努力するのは良いことですが、努力しなければならないということはないです。

これからもケンカせず、仲良く生きていきましょう。愛しています。高梁透アレクサンドル。』


……透とはね、本当に喧嘩したことないんだよね。いっちゃんが言ってくれたように、俺ら二人のアーティスト性が高いというならそこが呼応してる感じというか。ぴったり息が合う訳じゃないんだけど、なんかね『聞き逃しちゃいけない』って思うんだよ、透の言葉は。透がそこを汲み取ってくれてることが、嬉しいね」


 ぐす、と桐生は鼻を啜った。まだ泣いていない、が、そろそろ危険だ。声が震えているように聴こえるのは、決して聞き間違いや願望が聴覚に作用している訳ではないだろう。


「『Give even One’s Bless』のカバービハインドも少し話そうか。ハロチルは俺らにとっては先輩だけど、ほぼ同世代の女性グループじゃん。で、その感性っていうのはわりと近いと思ってるんだよね。だから一回ちゃんと歌ってみたくて、今回この曲を選ばせてもらった感じです。あのね、フックの歌詞が好きで、『怖がらないで、西に太陽が昇ったとしても、その翼が焼けることはない』の部分に胸を打たれたんだよ。ずきゅーんって」


 初めて聴いた時から好きな曲です、と桐生は穏やかに笑う。


「この世界、有り得ないことや天変地異だって気軽に起こるからさ、でもそれで可能性の翼をもがれることはない。今は休息の時で、いつかはその翼で羽ばたける、そのために力を溜めるんだ、って曲なんです。それを歌って、俺を神様だと思ってくれたなら、俺は色んな人間に元気を与えられたってことなんじゃないでしょうか!」


 どうでしょう! とカメラにずい、と近寄る桐生。そこには涙の残滓はなく、真っ直ぐなからっとした笑みのみが広がっていた。


「あと透、ひとの隠してることを晒すのをやめろ! ラーメンに関してはいいんだよ、最近スープ飲んでないんだから! 髪乾かすのがめんどいのも長髪あるあるなんだからいいんだって! でもそこ好きだって言ってくれてありがとう、俺もお前のこと好きだよ。一生喧嘩せず、仲良く過ごそうね」



【55:18~ 最後の挨拶】


「えー、みなさん、ここまでお付き合いくださってありがとうございました。

read i Fineとしてデビューして一周年を迎えて、初めての誕生日。こんなに嬉しい誕生日が今まであったかなという感じです。歌しか取り柄のない、歌うこと以外に興味のなかった俺が、今色んなことに挑戦してそれを歌に昇華していってる現実が未だに不思議でしょうがないです。まだまだお知らせできること、お知らせしたいことたっくさんありますので、くれぐれも焦らず、ちゃんと待っててくださいね? 約束だからね。

今もう発表されてることに関してのリマインドも少し。えーと、六月に発売しますミニアルバムは随時情報を更新していきますので、次は明後日にコンセプトフォトかな? が出るのでよろしく。予約はもうできるからね、すごい数の予約がきてるって聞いてます。本当にありがたいです。

あとこれも言っていい? ……いいみたい、俺と日出のVlogについては明日の二十時、いつもの時間にアップされるそうなので、これもお楽しみに。めっちゃただの休日Vlogです。お揃いの靴の話も出てくるので、ちゃんと見てね。

それじゃあ今年もありがとう、来年の誕生日も期待してるよ! ばいばい!」

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